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再び動き出す物語1

 講義が終わったら一緒に帰ろうと約束をしていた。だから私は待ち合わせ場所である大学内のカフェに向かって歩いていて、忘れ物をしたことに気付いた。私は慌てて来た道を引き返し、忘れ物を回収して歩いていた。

 そして、それを目撃してしまった。


「………え?」


 蓮見と仲良く連れ添って歩く見知らぬ女の子。ふんわりとしたボブカットの、遠目からみても可愛らしい子。

 この時の私のショックは計り知れない。だって蓮見は、女の子なんて寄せ付けない人なのに。蓮見の傍にいるのはほぼ私だけで、美咲様とだって、あんなにくっついて歩かないのに。


 いや、それよりも、私はあの女の子をどこかで見た気がしてならない。

 会ったことはないはずだ。だけど、私はどこかで彼女を見た。

 どこだっただろう…と記憶を辿って、思い出したのは橘さんの顔だった。なんで橘さんの顔が出てくるのかと疑問に思ったところで、私は思い出す。


 そうだ。橘さんは、スピンオフの悪役令嬢だった。

 そして蓮見の隣であるく彼女は―――――


「スピンオフの……ヒロイン…」


 私は悟った。

 物語は、また動き出したのだと――――






 蓮見たちの姿を見て動揺した私は、気持ちを落ち着けるため、キャンパス内を歩くことにした。蓮見には『少し遅れます』とメールをしておく。

 こんな気持ちのまま蓮見に会えない。どうにかして気持ちを落ち着かせなくちゃ。きっと今の私の顔はとても醜い。嫉妬で歪んだ顔なんて、見られたくない。

 そう思ってひたすら足を動かした。だけど中々さっきの光景は私の頭から消えてくれない。諦めたように足を止めてふと周りを見渡す。


 …あれ?ここどこ…?


 闇雲に足を動かしていたせいで、知らない場所に来てしまっていた。ここの大学の敷地は高校の時とは比べ物にならないほど、広い。だから、知らない場所もまだたくさんあった。

 考え事をして歩いていたせいで、どこから来たのかもわからない。どうしよう…と顔を青ざめた私に、声が掛けられた。


「…あれ、神楽木さん?」


 声のした方を向くと、そこには相変わらず王子のようなオーラを纏った東條がいた。ただし表情はいつものアルカイックスマイルではなくて、珍しい物を見た、という顔をしているけれど。


「東條様…」

「珍しいね、神楽木さんがこんなところにいるなんて。奏祐はどうしたの?」

「奏祐さんは……」


 蓮見の名前を口にすると、一瞬忘れかけていた嫉妬がまたくすぶり出す。

 そんな私の変化を見て、東條が不思議そうな顔をした。


「……?どうしたの?奏祐となんかあった?」

「いえ、なにも…」


 すっと東條から視線を逸らして答えた私を、東條がじっと見つめる気配がする。

 だけど、なにもないとしか答えようがない。だって、これはただの私の嫉妬で、蓮見はなにも悪い事なんてしていない。女の子と一緒に歩いていただけ。

 ただそれだけのことなのに、なんで私はこんなにも動揺して嫉妬しているのだろう。一緒に歩いていたのがスピンオフのヒロインちゃんであっても関係ない。だって、蓮見の彼女は私なのだから。


 しばらく考え込むようにして黙っていた東條が「もしもし?」とどこかに電話をしだした。

 訝しく思った私が顔をあげると、東條はにっこりと私に笑って見せた。

 …嫌な予感しかしないのだけど。


「うん、僕。今、神楽木さんと会ってね、迷子になっているみたいだから、迎えに来てくれる?ああ、うんそうそう。その辺り。じゃあ、よろしくね」


 そう言って電話を切った。

 ちょっと待って。今聞き捨てならない台詞があった。

 私が迷子?いや、迷子なんだけど、私は奴にそんなこと一言も言っていないのに、なぜ私が迷子だとわかったんだろう。


「あの、東條様?」

「ん?なに?」

「今、どなたに電話を?」

「ああ、奏祐に、君のお迎えを頼んだんだよ。君はこっちの方へ来たことないでしょ?だからきっと迷ったんだと思って」


 …確かに来たことありませんけど、それだけで迷ったと断言しないで貰いたい。

 それよりも。


「奏祐さんが、迎えに…?」

「うん。なにか、まずかった?」


 そう返す東條に、私は何も言えずに黙る。

 そんな私を東條は柔らかい目で見つめた。


「…なにがあったのかは知らないけど、ちゃんと奏祐と話をした方がいいと思うよ。まあ、大体察しはつくけど」

「え…?」


 察しがつく?東條は、知っているのだろうか、彼女の事を。

 私がその質問をしようとした時、「凛花!」と私の名を呼ぶ声が聞こえた。

「お迎えが来たみたいだよ」と東條が軽く私の背中を押す。戸惑った顔をして東條を見つめると、東條は声に出さず「頑張れ」と告げて爽やかな笑みを浮かべ手を振って去っていく。

 まだ聞きたいことがあったのに、再び声を掛けようとすると腕を掴まれた。


「凛花。迷子になったなら、電話をしてくれれば良かったのに…」


 そう言って呆れた顔をした蓮見はいつもと同じで。

 私はそんな蓮見の顔をまともに見れずに俯いた。


「ごめんなさい…」

「別に怒っているわけじゃないけど…何かあった?」


 一向に顔を上げない私を訝しく思ったのか、少し不安そうに蓮見が問いかけた。

 いいえ、なにも、と答えても私はやっぱり顔があげられなくて、そんな自分が情けない。

 きっと蓮見は戸惑っているだろう。わかっている。でも、気持ちの整理が追いつかない。


「…凛花?」

「……行きましょう、奏祐さん。私、甘い物が食べたいです」


 そう言って笑顔を作って顔を上げた私に、蓮見は少し顔を強張らせた。そしてゆっくりと不自然ではないくらいに笑みを作り、「じゃあ、行こうか」と歩き出す。

 いつもと同じ、横に並んで歩いているのに、壁を感じる。

 この壁は私が作ったもの。だから、私がそれに対して寂しいなんて思う資格はない。


 気まずい空気は、その日別れるまでずっと続いた。





スピンオフヒロイン編開幕です。

出来るだけ続けて更新を目指して頑張ります~。

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