飛鳥君の恋愛事情
以前に飛鳥に可愛い彼女を~という声を頂いたので、その話です。
凛花視点です。本日2度目の更新。
無事に大学に入学し、少し経った頃。
私が蓮見と大学の敷地内を歩いていると、ばったりと飛鳥と出会った。
制服を脱いで私服に身を包んだ飛鳥はとても大人っぽく感じた。
ほんの数週間会っていないだけなのに、大人の男性のようになっていた。
「やあ、蓮見と神楽木」
「ごきげんよう、飛鳥くん」
「……こんにちは」
飛鳥は爽やかに笑い、私と蓮見を交互に見つめた。
「久しぶりだな、二人とも。大学には慣れたか?」
「ええ、本当に。なんとか慣れてきましたわ」
「俺も」
「そうか。……せっかく会ったんだし、このあと用事がなければお茶でもしないか?」
「ええ、ぜひ。奏祐さんもいいですよね?」
「別に構わないけど」
構わない、と言いつつ、蓮見はとても不本意そうだった。
それに気づきながらも気づかないフリをして、大学の敷地内へ併設されているカフェへ私たちは足を運ぶ。
私と蓮見が並んで座り、飛鳥と向かう形で座り、適当に飲み物を頼んだ。
それから私たちは大学の話や最近あった事などを話して、楽しく過ごした。
「……まだ卒業してそんなに経っていないのに、こうして三人で話をするのがとても懐かしく感じますね」
「ああ、本当にな。生徒会の時は大変だったが充実していた」
「ええ、とても楽しかったです。良い思い出ですね」
「……凛花はずっとお菓子を食べていたよね」
「ああ、そうだったな」
「そうでした?」
飛鳥は懐かしそうに頷くが、私は恍けてみせた。
ええ、確かにお菓子をずっと食べていましたけれど。だってそれが楽しみだったんだもの…。
私は話を逸らすべく必死に話題を探した。
「……そう言えば、飛鳥くんにはファンクラブというか応援団のようなものがありましたけれど、飛鳥くんは高校の間、浮いた話が全くありませんでしたね」
「……そういえば、そうだね。そういう話を聞いたこともないけど、恋愛に関してはやけに的確なアドバイスをしていたし、彼女でもいるの?」
「恋愛に関する……的確なアドバイス?」
蓮見からポロリと零れたその言葉に私は思わず反応する。
そして蓮見はしまった、という顔をしてそっぽを向いた。顔が少し赤い。
「ねえ、奏祐さん」
「……なに」
「飛鳥くんにどんな相談をしていましたの?」
「それは……君が知らなくてもいいことだろ」
「知りたいです。ねえ、教えてください、奏祐さん……」
最近わかったことだが、蓮見はどうやら私の上目遣いに弱いらしい。
私が上目遣いで頼めば大概了解してくれるのだ。それを知ってから、上目遣いは私の必殺技(ただし蓮見に限る)になった。
蓮見はうっとした顔をして視線を彷徨わせる。
ああ、葛藤している。あともうひと押しだ。よし。
「お願いです、奏祐さん……教えて?」
私渾身の上目遣い、どやあ!!
目を少し潤めるのがポイントなのだ。これで蓮見も陥落さ。ふっふっふ。
「実は……」
蓮見が口を開く。
私はそれにやった、と勝利の笑みを浮かべた。
「―――なんて、俺がいつまでも君の思い通りになると思った?」
……なに?
私が呆然として蓮見を見ると、蓮見はニヒルな笑みを浮かべて私を見ていた。
「逆に、誘っているの?って問い詰めたくなるんだけど」
「え?」
私が間抜けな顔をして蓮見を見つめると、蓮見は艶やかな笑みを浮かべた。
ぞわっと私の背筋が泡立つ。
「―――すごいこと、してあげようか?」
蓮見が私の耳元で、低く甘い声で囁く。
え?すごいことって……なに?
「……君たち、ここに俺がいることを忘れていないか?」
呆れた飛鳥の声に、私はハッとする。
すぐ近くからチッと舌打ちが聞こえたがそれどころではない。
公衆の面前でなんてはしたない真似を……!
周りをさっと見渡せば多くの人がこちらを注目していて、私と目線が合うとそっと逸らす。
……穴があったら埋まりたい。
「……相変わらずだな、君たちも」
「わ、私たちのことはどうでもいいのです。それよりも飛鳥くんのことですわ!」
私は話を逸らすべく、全力で飛鳥に矛先を向ける。
そして学園時代に聞いたとある噂を口にする。
「……飛鳥くんは男の人が好きだと聞いたのですが、本当ですか?」
飛鳥がゴッホゴホッと咳をする。
そして咳が収まると慌てて私に言う。
「違う!断じて!断じて俺は男が好きなわけではない!!」
「ですが、実は飛鳥くんが奏祐さんに想いを寄せていると……」
そういう話が出回っているようですが。
と言う前に、飛鳥と蓮見の両方から「それはない」と否定されてしまった。
つまらないなあ。
「……君たちには言っていなかったが、俺には婚約者がいる」
「え?」
「ふーん?」
初耳な事実に私は目を見張る。
蓮見はとても興味深そうに目を細めた。
「小さい頃からの付き合いでな。親同士の仲が良いんだ。それで高校を卒業すると同時に婚約したんだ」
「まあ。その婚約者の方は幼馴染みなのですか」
「そういうことになるな」
「そのお相手は、どんな方なのですか?」
「そうだな……おっとりしていて、見ていて危なっかしい。そういうところは神楽木に似ているかもしれないな」
「危なっかしい……その方の写真はないのですか?是非写真を見たいですわ」
「どうだったか……」
そう言って飛鳥がスマホを操作しだす。
そして私は先ほど飛鳥に言われた「危なっかしい」の一言がとてもショックで、飛鳥が見ていないのをいいことに、項垂れた。
そんな私を蓮見は面白そうに見つめていて、私がギロリと睨むと楽しそうに笑った。
そして唇を私の耳に近づけて、「でも、そういうところも可愛いよ」と囁く。
ずるい!そんなことを言うなんて、ずるい!
私は今きっと顔が真っ赤になってしまっているに違いない。
蓮見のばか!
私が照れ隠しでそっぽを向いた時、飛鳥が「あった」と声を上げる。
自然と飛鳥に視線を向けると、飛鳥が私たちに見えるようにスマホを差し出す。
「これが俺の婚約者だ」
「まあ、この方が飛鳥くんの……」
「ふーん……この子がね……」
私と蓮見は同時に顔を見合わせて、そして飛鳥を残念そうに見つめた。
「飛鳥くんってまさかの」
「……ロリコン、だったわけ?」
「違う!!」
飛鳥が全力で否定する。
私と蓮見はもう一度飛鳥のスマホを見つめる。
さらさらとしたみどりの長い黒髪に、前髪は切り揃えていて、少し垂れ目気味な目は黒目がとても大きい。
まさに日本人形のように可愛らしい少女であった。和風な飛鳥の隣に並べばさぞお似合いだろうと思う。
……思うのだけど、その少女はどう見ても小学生なのだ。
大学生と小学生……犯罪じゃないだろうか。
真面目な元生徒会長が犯罪者になるなんて思ってもみなかったんです。あの時、気付いてあげればよかった……。
そう言ってテレビの取材に答える自分の姿が浮かぶ。
「あのな……彼女は中学生だ。これは数年前のものだから……」
「大学生と中学生って、どうなんですか、奏祐さん?」
「……さあ?ギリギリセーフか、アウトか……難しいところだな」
蓮見と私は難しい顔で考え込む。
「言っておくが、彼女とはなんにもしてないからな!?」
「あらやだ、飛鳥くん。そんな邪推なこと私は考えてなくってよ?」
「……本当か?」
ほほほ、と笑う私を飛鳥が怪しそうに見た。
「なんにもしてない……ということはいずれなにかするつもりなのですか?」
「あのな、神楽木……いい加減怒るぞ」
冗談です、と私がへらっと答えると飛鳥は脱力したように肩を落とす。
そして「だから君たちに言わなかったんだ……」と呟く。
ちょっとからかい過ぎたようだ。反省しよう。
「ごめんなさい、飛鳥くん。でも、とても可愛らしい子ですね?まるで日本人形みたいだわ」
「……ああ。都は……ああ、彼女の名前は都と言うんだが、都は昔から人形みたいでな……。初めて会った時は表情が全く変わらないから本当に人形だと思っていたんだ。何回か会ううちに段々と懐いて来てくれて……」
そう言って婚約者の事を語る飛鳥の目はとても優しい色を宿していた。
私と蓮見はそんな飛鳥の様子に顔を見合わせて、柔らかく微笑んだ。
飛鳥にもこんな一面があったのか、と三年間付き合っていて初めて知った。それがとても嬉しくて、微笑ましい。
「……冬磨さん」
不意に可愛らしい声が聞こえて、私たちは声のした方を振り向く。
するとそこには飛鳥に見せて貰った写真の何年後かを連想させる少女が立っていた。
紺色のセーラー服に身を包んで、飾り気のないカチューチャをしている彼女の表情は乏しい。それが彼女を人形のように見せていた。
「都……?どうしてここに?」
「おじさんに、冬磨さんの居場所を教えて貰って……入口のとこで冬磨さんのことを聞いたらここにいるって教えて貰ったの」
「……そうか。それで、どうしてここに?何か用事があったんだろう?」
「用事というか……今日、約束していたでしょう。冬磨さんがなかなか来ないから……」
「……もうそんな時間だったか。済まない、高校の時の友人に会ってつい話し込んでしまったんだ」
「お友達?」
そう言って彼女が初めて気付いたように、私たちを見た。
「ああ、紹介しよう。彼女がさっき話していた俺の婚約者の北条都だ」
「……初めまして。冬磨さんがお世話になっています」
「初めまして、都さん。私は神楽木凛花です。飛鳥くんには私の方がお世話になりっぱなしなのよ」
「そうそう。君はよく迷惑をかけていたよね」
「……奏祐さん」
「俺は蓮見奏祐。俺も飛鳥にはよく世話になっている」
蓮見は私が睨んでいるのを無視して、都さんに挨拶をした。
無視するな!
「……面白い人たちだね」
「ああ、そうだろう」
そう言って飛鳥と都さんは笑い合う。
想像通りにお似合いの二人だ。
「なにか約束をしていたのでしょう?今日はこれで解散しましょう」
「ああ、すまない、二人とも。それではまたな」
「ああ、またね」
都さんはペコリと私たちに一礼して二人は仲良く連れ立っていった。
それを見送った私はぽつりと呟く。
「……飛鳥くんにあんな可愛い彼女がいたなんて……」
「なに、ショックなの?」
蓮見が少し不機嫌そうに聞く。
私はそれに苦笑して、首を振る。
「いえ、ショックというよりも、驚いた、という感じですわ。あの飛鳥くんに……」
「まあ、確かにそうかもね。浮いた話一つなかったから、飛鳥は」
蓮見も私の意見に同意したように頷く。
「お似合いでしたね、二人とも」
「そうだね」
「……私たちも……あんな風に見えているのでしょうか……」
私が蚊の鳴くような声で呟くと、それをちゃんと拾ったらしい蓮見が目を見開く。
そして柔らかく微笑んで言った。
「見えているに決まっている」
そう断言してくれたのが嬉しくて、私はにっこりと笑った。
なんと言いますか……飛鳥に幸あれ!と思いながら書きました。
ちなみにこのお茶会でけっこう時間経ってます。本当に気づいたら時間が過ぎていたという感じです。飛鳥はこの話の中で一番真面目で良い子です。




