12
「それで、どこに向かっているのですか?」
「昴が行きたいと言っていたスイーツの店だよ」
蓮見は疲れたように言った。
なんでも、結局美咲様はゴーイングマイウェイで引くことを知らない王子に負けて、スイーツを食べに行くことにしたらしい。
私より、王子を取ったのだ。
そのことにショックを受けたが、好きな人から強引にでも誘われたらクラリとしちゃうのが乙女心だろう。
だから、泣かない。私は泣かない。
「美咲たちと離れた場所を取っておいた。当初の予定とは違うけど、昴が満足して帰ってからそこで会おうってことになった。美咲は君に申し訳ないって謝ってたよ」
美咲様……!
美咲様は、私のこともちゃんと考えてくださっていたのだ。
今度は別の意味で泣きそうだ。
考えようによっては、美咲様と王子のイチャイチャぶりを眺めるいい機会ではないか。
美咲様たちのイチャイチャぶりを眺められて、美咲様とお話ができる。私にとっては一石二鳥だ。
そこまで考えて、はっとして蓮見を見る。
蓮見は、辛くないのだろうか。
楽しそうな美咲様たちの様子を見て大丈夫なのだろうか。
そんな風に私が考えているのを見抜いたのか、蓮見は苦笑した。
「平気。覚悟はできてるから」
「……あまり無理しないでくださいね?私が蓮見様の分までしっかりお二人を見守りますから」
「どうせ俺が見ててもしっかり見守るんでしょ」
もちろんですとも。
私はしっかり頷くと、蓮見は小さく笑った。
連れて来られたお店は、とてもお洒落な今風なお店だった。
テラス席もあって、たくさんのカップルで賑わっていた。
たくさんのカップルの姿にスイーツを食べる前に胸焼けがしてきた。
決して僻んでるわけではないのだ。
さりげなくエスコートをしてくれる蓮見に、こいつもしかして女慣れしてる?なんて勘繰りながら私たちは店内に入った。
美咲様たちはどこにいるんだろう。美咲様はともかく王子には見つかりたくない。
蓮見は店員さんに何か言うと、迷いなく店内を進んで行く。
店内を進んでいる間、女性からの目線が痛かった。
うっかり忘れていたが、蓮見はイケメンなのだ。
そんなイケメンに注目が集まらないわけがない。失念していた。
……ここに桜丘学園の生徒はいないよね?
万が一、誰かが私と蓮見が一緒にこの店に入ったことを見られたら、すぐさま噂になるだろう。
それは避けたい。うっかりそんな噂が父や母の耳に入って勘違いされても困るし。
私と蓮見の間には、恋愛のれの字もない。清い関係なのだ。友達以下ただの顔見知り以上なのだ。
蓮見が奥の席に座ったので、私も蓮見と向かい合わせで座る。
店員さんがお冷やとおしぼりを持ってきてくれた。
私はおしぼりで手を拭いたあと、鞄から鏡を取り出して身だしなみチェックをした。
少し乱れていた髪をを手で軽く整えた。よし、これでいつでも美咲様にお会いできる。
その様子を見ていたらしい蓮見がぼそりと「一応女なんだな……」と呟いていたので、私はすまし顔で足を踏んでやった。
高さ5センチ程度だが、ヒール攻撃は痛いだろう。
案の定、蓮見の顔が痛みに歪んだ。
乙女を侮辱した報いだ。ざまぁみろ。
「美咲様たちはどちらにいらっしゃるのですか?」
「美咲たちはテラス席にいる。ほら、あそこ」
私は蓮見の指差した方を見てみると、そこには楽しそうにしている美咲様の姿があった。
私服姿も大変素敵です、美咲様。
良家のお嬢様らしい、清楚な淡い水色のワンピースに身を包んだ美咲様は、輝いて見えた。
きっと好きな人と二人きりだから余計に嬉しいんだろうなぁ。
私まで自然と笑顔になってしまう。
「何か頼む?」
蓮見はメニューを開いていた。
私は名残惜しくも美咲様から蓮見に視線を戻す。
「おすすめは、日替わりのタルトらしいよ」
「他には何があります?」
私は興味津々でメニューを覗こうとする。
蓮見は私に見やすいようにメニューを見せてくれた。
わあ、ここもケーキの種類が豊富だ。
特にタルトが多い。タルトに力を注いでいるお店なのだろう。
他にもパフェとかプリンとか、ぜんざいやあんみつといった和菓子もある。
どうしよう、目移りしてしまう。
前のお店でケーキ食べなくて良かった。あの時、ケーキを無意識に頼まなくて良かった。グッジョブ私!
私は真剣な表情でメニューとにらめっこをした。
幾つか候補を選び、その中から更に2つまで絞っていく。
いつまで経っても決まらない私に焦れたのか、蓮見が私に問いかけてきた。
「なにで悩んでるの?」
「日替わりタルトにしようか、シフォンケーキにしようか迷っているのです」
「2つ頼めば?」
「2つも入りません」
1人か家でだったらワンホール食べれるが、さすがの私も外ではそんなことはしない。
外聞が悪いからね!
蓮見ははぁ、とため息をつくと、店員さんを呼んだ。
蓮見に呼ばれた店員さんは少し顔を赤くしながら、注文を取りにやって来た。
「ご、ご注文をお伺いしますっ」
「日替わりタルトとシフォンケーキを1つずつと、コーヒーを。君は飲み物はどうする?」
「え?私はアイスミルクティーを」
「日替わりタルトを1つ、シフォンケーキを1つ、ドリンクはコーヒーとアイスミルクティーでよろしいでしょうか?」
「ああ」
「畏まりました。お持ちするまで、少々お待ちください」
店員さんはぎこちなく去っていく。
蓮見の注文を取るのに緊張したのだろう。
まあ、顔だけはいいし。性格はともかく。
注文を蓮見がしてから、沈黙が私たちを支配した。
きまずい。早く届け。
そんな私の願いもむなしく、なかなか頼んだ物は届かない。
蓮見の方を盗み見ると、彼は頬杖をついてどこかを見ていた。
それがまた憂いを帯びていて様になっている。
少し長めの前髪が目にかかっていて煩わしそうだ。
そうして蓮見を観察してると、蓮見と目があった。
やば。
「……なに?」
「いえ、なんでもありません」
「あっそ」
そしてまた沈黙が支配する。
私はチラッと蓮見を見た。
蓮見の姿なんてどうでも良かったから気にしていなかったが、改めて彼の姿を観察すると、制服より大人っぽく見える。
黒いジャケットは七分袖で、紅いVネックのTシャツからのぞく鎖骨に色気を感じる。
私が鎖骨に注目してるのに気づいたのか、蓮見は怪訝そうに私を見る。
「さっきからなに。言いたいことがあるなら言いなよ」
「なんでもありません」
「なんでもないならなんでさっきから俺をこそこそ見てるわけ?」
「そ、それは……」
鎖骨を見てました、なんて言えない。
変態みたいじゃないか。
いや、それよりも頭おかしいんじゃないかと思われるようなこと言いましたけど。
「蓮見様の私服姿が見慣れなくて、つい見てしまいました。気分を悪くしてしまったのならごめんなさい」
「ああ……なるほど」
私は無難なことを言ってみた。
いや、本当のことだし。私、嘘はついてません。
蓮見も納得してくれたようだ。
私はほっと息をつく。
蓮見はにやりと笑って言った。
「俺に見惚れた?」
私は飲もうとしていたお冷やを危うく吹き出すところだった。危ない。
かわりに、むせた。
ゴホゴホッと咳き込む私を蓮見は楽しそうに見ている。
ようやく落ち着いた私は、涙目できっと蓮見を睨んだ。
「ご冗談を。そんなこと、あるわけないじゃないですか」
「それは残念だな」
少しも残念そうじゃなく、蓮見はにこにこして言った。
あれか。足を踏んだ復讐か?この腹黒め!
私がそう心の中で罵ったとき、頼んだケーキが運ばれてきた。
「本日の日替わりタルト、ブルーベリーのタルトとシフォンケーキです」
そう言って並べられたケーキはどっちも美味しそうだった。
ブルーベリーがふんだんに乗っているタルトと、生クリームがたっぷりついたシフォンケーキ。
どっちも食べたい……!どっちにしよう。
というか、蓮見はどっちを食べるんだろう?
悩んでいる間に飲み物も並べられ、店員さんは伝票を置いて去っていった。
蓮見はブルーベリータルトを迷いなく取った。
私は思わず物欲しげな目をしてしまう。
蓮見はブルーベリータルトをフォークで器用に二等分にした。
そして続いてシフォンケーキも二等分にする。
私はぼんやりと蓮見の行動を見ていると、蓮見は二等分にしたのをそれぞれのお皿に乗せ替えて、私に差し出した。
「両方食べたいんでしょ」
「え……?あ、でも……いいんですか?」
「俺は別にすごく食べたい物はなかったし、いいんじゃない。これならどっちも食べられるだろ」
蓮見はコーヒーを飲みながら言った。
私はそんな蓮見を戸惑いながら見て、ケーキを食べる。
……美味しい。どっちも一口ずつ食べたけど、どっちも美味しかった。なんだか、優しい味がする。
「……ありがとうございます。とても美味しいですわ」
「そう。なら良かったね」
そう言って優しく蓮見は微笑んだ。
やめて。そんな顔で笑わないで。
私は悔しくなった。
さっきまで、心の中で罵っていたのに。
認めない。優しく微笑んだ蓮見に見惚れたなんて。
これはケーキにつられただけ。思いがけず優しくしてもらったから。そうに決まってるんだから。
だから、この胸のドキドキも、絶対に認めない。
なかなか美咲が登場してくれません……。




