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バレンタインデーのお返し

お久しぶりです!

リクエストのバレンタインデーの話、なのですが……

これじゃない感じがひしひしとします……

蓮見視点の話です。いちゃらぶしてる、かなあ……

 今日は3月14日。

 そう、ホワイトデーだ。


「これ、バレンタインデーのお返し」

「まあ。ありがとうございます、奏祐さん」


 凛花は嬉しそうに微笑み、俺からのお返しを受け取った。

 そして「開けてみてもいいですか?」という彼女に、俺は頷く。

 ここは少し高めのイタリアンレストランである。

 イタリアンが好きだという彼女のために、予約をしておいたのだ。

 そこで食事を終えたタイミングで、いつ渡そうか悩んでいたお返しを渡すことができた。


 バレンタインデーのお返しは、何にしようかと真剣に悩んだ。

 去年のようにお菓子にしようかとも思ったが、恋人同士になって初めてのホワイトデーなのだ。お菓子のような消えものではなく、形に残るものを贈りたい。

 そう考え、今年はアクセサリーを贈ることにしたのだ。


「まあ……!くまに、可愛いネックレス……!」

「君に似合いそうだと思って」


 俺が選んだのは、ハートの形をしたピンクゴールドのコーティングをされたネックレスである。

 とても可愛らしいデザインで、凛花に似合いそうだな、と思い眺めていると、店員に熱心に勧められて購入したものだ。

 箱を開けると小さなくまのが顔をのぞかせる、というラッピングもできると言われ、凛花が好きそうだと思ったのでそれでラッピングして貰った。

 予想通りに凛花は喜んでくれて満足だ。


「ありがとうございます、奏祐さん。ずっと身に着けますわ」

「…勝手にすれば?」


 そう言って俺が凛花から視線を逸らすと、凛花はくすり、と笑った。


「……そういえば、美咲がバレンタインデーに奏祐さんにお世話になったからお礼を言っておいて、と言っていたのですけど……」

「……ああ」


 凛花が不思議そうに首を傾げ、俺に言う。

 俺はバレンタインデーの前日の出来事を思い出し、遠い目になった。


「……なにをお世話したのですか?」

「お菓子作りを教えてほしい、って美咲に言われたんだ」

「まあ、美咲がお菓子作りを?」


 凛花が驚いたように目を見開く。

 それはそうだろう。俺でさえも驚いたのだから。

 俺はあの日のことを、凛花に話した――――




「は?お菓子作りを教えてほしい?」


 突然美咲に呼び出され、何事かと思えば、美咲は真剣な顔持ちで俺にお菓子作りを教えてほしいと言ってきた。


「そうなの。明日はバレンタインデーでしょう?去年、凛花が手作りのお菓子作ってきてくれたじゃない?だから、今年は私も手作りをしてみようかしら、と思ったの。だけど、よく考えたらお菓子なんて作ったことがないし……凛花に聞いたら凛花も悠斗くんに教えてもらって作ったと言っていたから、奏祐にお願いしようと思って」

「美咲がお菓子作り、ね……」


 俺は少し悩んだ。

 美咲は一度決めたら貫き通す、という頑固なところがあり、今の美咲の表情を見るからに、きっとお菓子作りをするのは譲らないだろう。

 ここで俺が断り下手なものを作られるより、俺がきちんと監視・監督していた方が昴にとってはいいのではないか、という結論に達し、俺はため息をついて美咲を見つめた。

 お菓子作りはおろか、包丁すらまともに持ったことはないだろう美咲にお菓子作りを教える。きっと大変な作業になるに違いない。

 だけど俺は昴のために、その作業をしようと決意を固める。

 昴が体調不良になって大変な目に遭うのは俺なのだ。昴の面倒を見るよりも、美咲のお菓子作りの監視・監督の方が楽に違いない。


「……わかった。ただし、俺の言うことをきちんと守ること。それが約束できるなら、教える」

「ええ、もちろんよ。だから、よろしくお願いします」


 そう言って美咲はにっこりと笑って俺に頭を下げた。




 美咲を連れて家に帰り、台所を借りる。

 大抵の材料は常に揃えてあるので、なんでも作れるだろう。

 しかし、初心者が作る物ならば、簡単な物がいい。

 よって、俺はクッキーを作ることに決めた。


「クッキーを作ろうと思う。別にいいよね?」

「ええ。手作りなら文句は言わないわ。本当はもっと凝った物も作ってみたかったのだけど、私は初心者だものね」


 美咲は生真面目に頷き、真剣な表情で俺を見つめた。


「それで、まずは何をすればいいのかしら」

「まずは手を洗うことから」


 エプロンと三角巾を身に着けた俺と美咲はしっかりと手を洗う。

 そしてお皿やボール、材料を用意し、テーブルの上に並べる。


「これがクッキーの材料。薄力粉、無塩バター、砂糖、卵、あとチョコチップ」


 俺が一つずつ材料を指さし、材料名を告げる。

 美咲は真剣に俺の指さした物を見つめ、小さく材料名を呟く。


「まずはこの計りで材料を分量通りに計る。お菓子作りは分量が大切だから、分量は間違えないように」

「ええ、わかったわ。まずはええっと…薄力粉?だったかしら……。これを240g……」


 美咲が計りの上に皿を乗せ、慎重な手つきで薄力粉を計ろうとするのを、俺は待ったをかけた。


「美咲、計りのメモリを0にしないと」

「え?メモリを0……?」

「お皿の重さの分を引かないといけないだろ?ここを押せば0になるから……」


 一から丁寧に説明し、美咲はそれを生真面目に聞く。

 その作業を何回か繰り返し、ようやく材料を計り終える。

 ここだけで物凄く疲れた。

 バターを切る時の包丁の手つきが危なくてハラハラしたり、卵を割るのに失敗し、盛大に殻を入れたり……とまあ、初心者によくあることをすべてやってくれたのだ。

 箱入りのお嬢様を少し舐めていたかもしれない、と俺は思った。


「次に薄力粉をふるって(・・・・)……」

「薄力粉を振ればいい(・・・・・)のね?」


 そう言って美咲は薄力粉の入った小さなボールを勢いよく左右に振りだした。

 俺は急いでそれを止め、振るのではなく振るうのだ、と美咲に説明をする。

 振るう、の意味がよくわからないのか、美咲は不思議そうに首を傾げる。

 俺はふるいを取り出し、これがふるうということだ、と実践で美咲に教える。

 美咲はなるほど…と真剣に俺が薄力粉をふるっているところを見つめた。


 どうしよう、上手くやれる自信がなくなってきた……。


 俺は美咲にバレないようにため息を零した。



「室温に戻したバターをハンドミキサーで白っぽくなるまでかき混ぜるんだ」

「わかったわ」

「ちょっと、美咲!?もっと丁寧に……」

「白っぽくなったわ!次に砂糖を入れるのよね?」

「そうだけどちょっと待って……」

「奏祐、卵は……」

「いや、だから待ってって……」


 頭の痛くなるようなやり取りを繰り返し、なんとか生地を完成させて、冷蔵庫に寝かすところまで作業が進んだ。

 正直、もう匙を投げたい。

 だけど、美咲はいたって真剣なのだ。真剣にお菓子作りをしている。

 まあ、あとは型を抜いて焼くだけだし、なんとかなるか……と俺は楽天的に考えていた。


 だがしかし。


「………」

「………あの」

「……どうしたらこうなるんだ……?」


 生地を寝かし終わり、生地を伸ばしいざ型を抜く作業に入った。

 入ったのだが、美咲が型を抜くとなぜか型の形を保たずびろーんとした謎の物体ができあがるのだ。

 元はハートの形だったり、星の形だったりするものが、蛇のような形になったり、未確認生物のような形になったりする。

 ある意味、これはこれで一種の才能なのではないだろうか、と俺は現実逃避をするように考えてしまう。


「……私、お菓子作りの才能ないのかしら……」

「いや、才能とかそういうレベルじゃないから……」


 しょんぼりとして肩を落とす美咲に、俺はしょうがないな、と苦笑を漏らす。


「ただの丸にしちゃえばいいんじゃない?いびつな形をしている方が手作り感があると俺は思うけど」

「そう…かしら?」

「少なくとも、俺はそう思う。それに、形じゃないだろ?美咲が一生懸命作った、ってことに意味があるんだから」

「奏祐……ありがとう。頑張るわ」

「ああ」


 美咲は気合を入れなおし、もう一度型抜きにチャレンジする。

 すると、さっきまで謎の物体ができていたのが嘘のように綺麗な形に抜けて並べられていく。

 あっと言う間に型を抜き終わり、あとは焼くだけとなった。



 そして――――



「やった……できたわ!」

「ああ、お疲れ、美咲」

「奏祐もお疲れ様。教えてくれてありがとう。お蔭で美味しそうなクッキーが出来たわ!」


 美咲はにこにこと笑顔を浮かべて俺に礼を言った。

 俺は「良かったね」と答え、いそいそとラッピングをする美咲を見守った。


 味見とかしなくていいんだろうか、と思ったが、分量も間違えていなかったし恐らくは大丈夫だろう、と信じることにした。

 そして美咲は笑顔で俺にクッキーを入れた袋の一つを差し出す。


「はい、一日早いけれどバレンタイデーよ」

「……俺に?」


 美咲はにっこり頷く。

 俺は「ありがとう」と言ってクッキーの入った袋を受け取った。

 キラキラしたまなざしで俺を見つめてくる美咲。

 食べろってことか。これは俺に味見をしろと、そう言っているのか?

 俺は冷や汗が垂れるのを感じながら、クッキーを取り出し口に含む。


「………!?」

「どうかしら、美味しい?」


 俺は不自然にならないように笑顔を作り、「……美味しいよ」と答える。

 美咲はパアっと笑顔になり、良かった、と胸を押さえた。

 俺はちらりと手元のクッキーを見つめる。


 なんとこのクッキー、味がしないのだ。

 食べてびっくりした。味のしないクッキーなんてあるのだろうか。いやここにこうしてあるわけだけれども。

 バターの風味も、卵の風味も、砂糖の甘さも、チョコチップの甘さも、なにも感じない。

 ただ、クッキーの食感がするだけの物。


 ……おかしい。

 分量は完璧だったはずだ。なのになぜこうなった。

 でもまあ、味がしないだけで不味いわけではないのだ。食べて害になるようなものでもないし、まあいいか、と思った。

 明日美咲からこのクッキーを貰った人たちは驚くだろうが。


 こうして、美咲のお菓子作りを終わらせることができたのだった。





「……というわけなんだ」

「……まあ。あの味のしないクッキーは、美咲の手作りでしたの……。てっきり、私の運が悪くて味のしないクッキーに当たってしまったのかと思っていましたけれど」

「……そんなことあるわけないだろ」


 凛花の天然ボケっぷりに、俺は脱力した。

 しかし凛花は「そうですか?」と首を傾げる。鈍感だとは思っていたが、ここまでだとは思っていなかった。

 俺が脱力していると、凛花がごぞごそと何かをしだす。

 なにをしているんだろう、と凛花に目線を戻せば、凛花は先ほど俺が贈ったネックレスをつけようとしていた。

 しかし、上手くチェーンがつけられないらしい。

 俺はしょうがないな、と席を立ち、凛花の背後に回りチェーンを止めてあげた。

 すると凛花は照れながら「ありがとうございます」と言って、俺を上目遣いに見つめた。


「どうですか、奏祐さん。似合っていますか?」


 そう言ってはにかむ凛花がとても可愛らしく。

 衝動的に俺はその唇を奪った。


「そ、奏祐さん……!」


 抗議するような目で俺を見る凛花の顔は赤く、その初心な反応がとても愛らしく、もっとその唇に触れたい衝動を押さえながら、俺はふっと笑う。


「今のは、君が悪い」

「私のせいですか……!?」


 驚いたように言う凛花に俺はもう一つのプレゼントを渡す。


「これ、もう一つのプレゼント」

「これは……鍵?」


 凛花が不思議そうに俺と鍵を見比べる。

 凛花に渡したのは、とあるマンションの鍵だ。

 マスターキーではなくスペアキーだが。


「俺、来月から一人暮らしをすることになったんだ」

「え?そうなのですか……?」

「一人でいろいろとできるようになれ、と父さんがね……」

「まあ、そうだったのですか……。では、もしかしてこの鍵は……?」

「その部屋の鍵。今度、場所を教えるから、いつでも好きな時に来て」


 そう告げると、凛花はまじまじと鍵を見つめ、そしてぎゅっとその鍵を大切そうに握り締めて、嬉しそうにはにかんだ。


「……嬉しいです。なんだか彼女みたい……」

「“彼女みたい”、じゃなくて、“彼女”だろ」


 つい不貞腐れたような声音で言うと、彼女はふふ、と笑った。


「そうですね。では、今度ご飯を作りに伺ってもいいですか?実は私、お料理を習っているんですの」

「……料理を?」


 俺が驚いた顔をして聞き返すと、凛花は少し恥ずかしそうに頷く。


「最初は違う目的で始めたものでしたけれど……ふふ、役に立つ日が来てよかったですわ」

「違う目的……?」

「あ、こちらの話ですのでお気になさらず」


 彼女は慌てたように言う。

 少し気になったが、教えてくれそうもなかったので聞くのを諦めることにした。


「ふぅん……じゃあ、君の手料理、楽しみにしてようかな」


 俺がそう彼女に言うと、彼女はにっこりと笑顔になって「頑張ります」と張り切ったように言った。

 正直、一人暮らしは億劫だったが、彼女の手料理が食べられるのなら、一人暮らしというのも悪くない。

 それに、一人暮らしなら邪魔は入らないだろうし。


 俺は春からの新しい生活を楽しみに感じ始めた。






ちなみに、凛花も今年も手作りのチョコをプレゼントしています。

弟にハラハラ見守られながらトリュフを作りました(笑)


追記。

凛花の料理を習った本当の目的は、拍手お礼小話1『ある日の神楽木姉弟』にて書いてあります。

10話ほど飛ばしたあとにあります。

よろしければそちらも合わせてお読みくださいませ。


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