顔合わせ
一話完結を目指した結果、今回の話は長くなりました……。
久しぶりの凛花視点の話です。いちゃらぶしてる、はず。
卒業式から早くも1週間が経ったある日。
私はいつになくそわそわしていた。
何度も何度も鏡を覗き、変なところはないかチェックをする。
呆れ顔で私を見つめている蓮見に、私は今日何度目になるかわからないくらい繰り返した質問をする。
「蓮見様。どうでしょう。この服装、変ではありません?」
「別に変じゃないよ」
「髪はどうですか?」
「大丈夫」
「蓮見様、この……」
「―――凛花」
私はそわそわとあちこちをチェックしていた顔を上げて、蓮見を見つめる。
蓮見は苦笑を浮かべて私を抱きしめ、そして囁く。
「落ち着いて。大丈夫。ちゃんと可愛いよ」
「………!」
私はかあっと顔が赤くなるのを感じ、俯く。
未だになれないこの距離に私はいつもどきどきしてしまう。
だけど蓮見の腕の中にいるととても落ち着くのだ。
「落ち着いた?」
「は、はい……取り乱して申し訳ありません」
蓮見の腕から解放された私は赤くなった顔を見せるのが恥ずかしくて、俯いたまま蓮見に謝る。
「ところで」
蓮見の言葉に、私はゆっくりと顔を上げる。
そこには、とてもイイ笑顔をした蓮見の顔があった。
「いつになったら名前で呼んでくれるわけ、君は?」
「あ」
私は目を見開き、パチパチとわざとらしく瞬きをする。
いや、忘れていたわけでない。うん、忘れていたわけじゃないんだよ。
ただ、今までずっと蓮見様と呼んでいたから、名前で呼ぶのを躊躇ってしまうのだ。
そう、たとえ本人がそう希望していたとしても。
「ねえ、凛花?」
「は、はい……なんでしょう」
「名前で呼んで」
「えっ。あの……その。心の準備が……」
「言わないなら、お仕置きするよ?」
お仕置き、ですと……?
やだ、なにそれ怖い。
でも名前で呼ぶのは恥ずかしいし、慣れない。
「5つ数えるまでに呼ばなかったらお仕置きする。いち……に……さん……」
いきなり始まったカウントダウンに私は焦る。
やばい。お仕置きはなんとなくやだ。覚悟を決めるんだ、私!
「そ、奏祐さんっ!」
私が全身の力を振り絞り名前を呼ぶと、蓮見はとても満足そうに頷いた。
これでお仕置きは免れた。良かった……。
「……これから両親に会うのに、俺のこと『蓮見様』なんて呼べないだろ?みんな“蓮見”なんだから」
「あ……そうですね」
私は納得して頷く。
ここは蓮見の自宅で、これから私は蓮見のご両親と会うことになっている。
それが兼ねてからの約束だからだ。
卒業するまでに蓮見がこの人だと思う人を、蓮見のご両親の前に連れてくること。
それが蓮見とご両親が交わした約束。
そしてその人がご両親のお眼鏡に適えば、晴れてその人が蓮見と婚約をする権利を得られる。
その役目を、私が担うのだ。
もし、私が蓮見のご両親のお眼鏡に適わなければその時は私たちは……。
私はぎゅうっと手に持っていたバックを握り締める。
すると、蓮見が優しく私の手を握った。
「大丈夫だから。そんなに心配しなくても大丈夫だから」
「奏祐さん……」
「そこまで厳しい人たちじゃないから、気楽にしてよ」
「だけど、私が変なことをしてしまったら……」
「大丈夫。君はもともと変だから。それはちゃんと両親にも言ってあるから安心して」
「…………」
これは、感謝すべきところなのだろうか?
いや、怒っていいところだよね?そうだよね?
「まあ、冗談だけど」
「奏祐さん……言っていいことと悪いことがあるのをご存知?」
私はひくひくと頬をひきつらせながら蓮見を睨む。
「……緊張、解けたみたいだね?」
「あ……ええ。お蔭様で」
怒りで緊張なんて吹き飛びましたよ、ええ。
でもきっとこれも蓮見の計算のうちなんだろうな。
そう思った時、扉を叩く音がした。
蓮見が返事をすると、なんとなく見覚えのある人が一礼して部屋に入って来た。年齢は二十代中頃くらいだろうか。とても優しい顔だちをした男性だ。確かに見覚えはあるのだが、誰だったのかわからない。
「奏祐様、準備が整いました」
「わかった。じゃあ、案内よろしく」
「畏まりました。どうぞ、こちらです」
優雅な動作で私たちを案内する彼の後ろ姿を私はじっと見つめる。睨んでいるんじゃないかと思うくらいの眼力で見つめる。
誰だったかなぁ。あともう少しで出てきそうなのに出てこない。すごくもやもやする。
「……なに睨んでるの?」
「睨んでません。ただ見覚えがあるなぁと思って記憶を辿っていただけです」
「龍之介を?……ああ」
少し考えて、蓮見は納得したように声をあげる。何に納得したんだろう。
「龍之介は、俺がよく行く喫茶店の店主の息子なんだ」
「あ。あの、店主さんの……なるほど、通りで見覚えがあるわけですわ。そっくりですね」
私がそう言うと、彼が振り向いて私の方を向き、店主さんそっくりな優しい笑みを浮かべて「よく言われます」と答えた。
「あの店主――和田というんだけど、和田があの店を開いたのも、龍之介が和田の跡を継いだからなんだ。喫茶店を開くのが和田の長年の夢だったらしい」
「まあ、そうなんですの」
「ええ、そうなんですよ。父は昔から喫茶店を開きたい、と言っていましてね……夢が叶い、今は毎日とても楽しそうです」
「それは、良い事ですわね」
そんな話をしながら歩いていると、あっと言う間に目的の部屋に到着した。
蓮見の家はとても広い。私の家よりも広い。一体部屋数はどれくらいあるんだろうと疑問に思うくらいだ。
疑問を抱きつつ、私の心拍数が緊張のため急上昇する。
落ち着け、落ち着くんだ私。
蓮見が大丈夫だって言っていたんだから、大丈夫だ。自然体でいればいいのだ。
すーはーと私が深呼吸をしたところで、龍之介さんが扉を叩く。
中から返事が聞こえ、一拍置いてから部屋に入る。
「失礼致します。旦那様、奥様。奏祐様とお連れのお嬢様をご案内しました」
「ああ、案内ご苦労」
そう言って答えたのは、蓮見のお父様だった。
以前クリスマスパーティーでお会いした時と変わらず、ダンディだ。
やっぱり蓮見には似ていないが、何回見てもとてもカッコいいおじさまである。
私は蓮見に続いて部屋に入る。
「失礼します」
「失礼致します」
おじさまは私を見て、にっこりと笑う。
「やあ、よく来てくれたね、凛花さん。一昨年のクリスマスパーティー以来かな?」
「ご無沙汰しております、蓮見様」
「うん、前よりも綺麗になったね」
「いえそんな……」
私は照れ笑いを浮かべると、隣の蓮見が面白くなさそうな顔をして「父さん」と言う。
おじさまはそんな蓮見をにやにやと見つめ、「若いっていいねぇ」と親父臭い台詞を言った。しかしダンディーなおじさまが親父臭い台詞を言ってもただカッコいいだけである。なんでだろう。
「―――皆さん、楽しそうね?私も仲間に入れてほしいわ」
鈴のような澄んだ声のした方を向くと、そこには蓮見そっくりの女の人がいた。
おじさまの隣に座っていることから、この人が蓮見のお母様なのだろうが、随分若い。蓮見の姉と言っても通用するくらい若々しい。
「ねえ、奏祐。私に彼女を紹介して?」
「はい。母さん、こちらが約束した彼女です」
「初めまして。神楽木凛花と申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます。つまらないものですが、よろしければどうぞ」
そう言って私が差し出したのは、母一押しのショートケーキである。クリームが濃厚で、とても美味しいのだ。
蓮見のお母様はとても嬉しそうに「わざわざありがとう」と私にお礼を言ってはにかむ。
そこから取り留めない話を私たちはして、私の緊張が程よく解けたころ、蓮見のお母様が爆弾発言をしてくださった。
「ところで、凛花さんはいつお嫁さんに来てくれるのかしら?」
ぶっと私は飲んでいたお茶を思わず吹き出しそうになるのをなんとか堪えた結果、変なところにお茶が入ってしまった。ゴホゴホとむせる私の背中を、蓮見が優しくさすってくれる。
おじさまが少し困ったような顔をして蓮見のお母様を諫める。
「まだ気が早いよ」
「そうかしら……?でも、いつでもお嫁に来てくれてもいいのよ?私、すごく楽しみにして待っているわ」
「まだ婚約すらしてないよ母さん……」
「あら。じゃあ、婚約しちゃいましょう」
本日二回目の爆弾発言に、またもや私はお茶を変なところに流してしまう。ゴホゴホとむせる私の背中をやっぱり蓮見が優しくさする。
蓮見のお母様とおじさまは、ではさっそく神楽木さんに話を……なんて話し合っている。
……なんだかいきなり話がぶっ飛びすぎてよくわからないけれど、これは私はおじさまたちに認めて頂けたということでいいのだろうか?
私がむせながらそんなことを考えていると、扉が勢いよく開いた。
私たちが一斉に扉の方に目を向けると、そこに立っていたのは二十代前半くらいと思われる女性だった。とても綺麗な人だ。蓮見によく似ている、というよりも、女版蓮見といった風の女性だ。
その女性を見て、蓮見の顔が一瞬恐怖に歪んだように見えた。
女性は部屋を見渡し、そして私と目が合うと、とても綺麗な笑顔を浮かべた。
そして蓮見や蓮見のご両親には目もくれず私に抱き付いた。
え?なにが起こった?
「まあ!なんて可愛いの!!ああもうこんなかわいい子をゲットするなんて……奏祐もやるわね。褒めてあげるわ」
「ね、姉さん……なんでここに」
「私の家よ。私がいたらおかしいかしら?」
「いやそんなことはないけど……でも姉さんは今留学中……」
「あなたが凛花ちゃんね?うちの奏祐が迷惑かけたんですってね?ごめんなさいね」
蓮見が言い終わらないうちにお姉さんは私の方を向き、にこにこと笑顔で話しかけてくる。その後ろで蓮見がお姉さんを睨んでいるのにお姉さんも気づいているはずなのに、まったく動じずに話しかけてくる心臓の強さに拍手を送りたい。私にはそんなことできない。さすが姉弟だというべきか。
私は蓮見の方をチラチラ見つつ、お姉さんを無視するわけにもいかないので返事をする。
「い、いえ……そんな。むしろ私の方が迷惑をかけているので……」
「まあ、そうなの?でもそれくらいの方が可愛らしくていいと思うわ。あ、自己紹介がまだだったわね。蓮見琴葉です。奏祐の姉よ。そして未来のあなたの義姉でもあるわ。よろしくね」
「……姉さん、無視しないでくれる?それに凛花が困っている」
蓮見がお姉さんから私を取り返すように、私を抱き寄せる。
すると負けじとお姉さんも私を抱き寄せ、私は蓮見とお姉さんの板挟み状態となった。
「いいじゃないの、奏祐はいつでも凛花ちゃんに会えるんだから!私は滅多に帰ってこれないのよ?今日くらい優しくて美人なお姉様に譲りなさい」
「そんな人どこにいるの?俺には見えないんだけど」
「まあ。奏祐の目は節穴なのね、可哀想に。ねぇ、凛花ちゃんもそう思わないこと?」
「え?あの……」
私が返答に困って視線を彷徨わせていると、見かねた蓮見のご両親が二人を諫めてくれた。
「こら、琴葉と奏祐。凛花さんが困っているからやめなさい。凛花さん、大変申し訳ない」
「い、いえ……」
私はなんとか笑顔を作って答える。
うちは姉弟とっても仲良しだが、蓮見のところは喧嘩が多いようだ。だけど、本当に険悪な感じではないので、喧嘩するほど仲が良い、というやつなのだろう。
それから琴葉さんを交えて、私たちは楽しくお茶をした。
琴葉さんはとても明るく社交的な素敵な人で、琴葉さんが加わったことによりさらに話が盛り上がり、私はすっかり緊張が解けて普通に談笑できるようになっていた。
一番盛り上がった話は蓮見の子供の頃の話である。私の知らない蓮見の話を聞いて、私は思わずにやにやしてしまう。蓮見はとてもきまり悪そうにしていて、耳が少し赤くなっていた。
そんな楽しいお茶の時間もあっと言う間に終わり、おじさまたちはこのあと予定があるそうで、別れを惜しみつつ、「婚約の話はお父さんに言っておくから」と言い去っていった。
琴葉さんも用事があるそうで、おじさまたちと一緒に部屋を出て行った。去り際に「今度二人でお茶しましょうね」と言ってくれて、私は笑顔で「楽しみにしてます」と答えた。
残った私は、思わずほっと息を吐く。
「ほら、大丈夫だったでしょ」
「ええ。とても素敵なご家族ですね」
「……まあ、それなりには」
蓮見は少し照れくさそうに答えた。
そんな蓮見がとても可愛らしく、私は笑みを零した。
「あー……どうしようか?どこか行きたいところとかある?」
誤魔化すように蓮見は話題を変えた。
「行きたいところ、ですか?」
いきなり行きたいところと言われても、すぐには思いつかない。
私は少し考えたのち、答えた。
「……あの、良かったらでいいのですけれど……奏祐さんのお部屋を見てみたいです」
「俺の部屋?別にいいけど……」
蓮見は不思議そうな顔をするも、快諾してくれた。
一度見てみたかったのだ。蓮見が毎日過ごしている場所を。
「どうぞ?」
「お邪魔します」
そして蓮見によって案内され、私は蓮見の私室に足を踏み入れた。部屋の広さは私の部屋と変わらない。
部屋の内装は蓮見らしく、とてもシンプルなものだった。モノトーンで整えられた家具がいかにも蓮見らしい。
必要最低限の家具しか置いてないイメージが私の中ではあったのだが、大きめの本棚や部屋の片隅には電子ピアノが置かれていて、とても意外に感じた。
「電子ピアノ……弾いたりするのですか?」
「姉さんの影響で、小さい頃にピアノを習ってたんだ。今でもたまに弾いてる。うちの会社の主力商品でもあるしね」
蓮見の家の会社は音楽楽器を取り扱っている。蓮見の名前からとられたのか、蓮のマークが目印の音楽楽器は音がとても良いと評判で、世界中で飛ぶように売れている。その中でも電子ピアノやピアノが大人気なのだ。
「奏祐さんもピアノを習っていたのですね。なんだか意外です」
「そう?」
蓮見は首を傾げて私を見た。私たちの視線が絡み合う。
そして唐突に私は意識をした。ここは蓮見の私室で二人きりだということを。
意識しだすと急に緊張してきて、私は意味もなくきょろきょろと視線を彷徨わせる。
「凛花?」
「は、はい。なんでしょう?」
「きょろきょろしてないで、座れば?」
「は、はい……」
私はぎこちなく頷き、そしてぎこちなく蓮見が座っているソファーに腰掛けた。
一人分くらい離れて。
「………」
蓮見が半眼で睨んでくるが、私は知らん顔をする。
ただでさえ意識してしまっていて心臓がバクバクしているのに、蓮見の近くに座ってしまったら心臓が爆発してしまうに違いない。
蓮見は私をしばらく睨んだあと、にやりと笑った。
なんだろう、すごく嫌な予感がする。
「凛花?」
「……なんですか」
「もしかして、意識してる?」
「ま、まさか!意識なんて全然まったくこれっぽちもしてませんわ!」
動揺のあまり、私は噛んだり全力で否定するという、あまりにもわかりやすすぎる反応をしてしまった。
あ、まずい。そう思ったがもう遅い。蓮見の笑みが深まった。
「ふーん。意識してないんだ?じゃあ、近づいても平気だよね?」
「え?ま、まあ、そういうことになりますわね」
意識してないと言った手前、否定もできず、私は蓮見から視線をそらしつつ答える。
すると蓮見が私に近づき、私を抱きしめた。
私の脈拍数が急上昇するのを感じる。痛いくらい鼓動の音が全身に響く。蓮見にもこの鼓動が聞こえるんじゃないだろうか、というくらい大きな音を心臓が立て出した。
やばい、爆発する。
「あああの、蓮見様……」
「名前、もとに戻っている」
蓮見が話すたびに耳にかかる吐息に、私はぞくりとする。
「名前、呼んで?」
低く甘い蓮見の声に私はノックアウト寸前。
そんな甘く囁かれたら、呼ばずにはいられない。惚れた弱みというやつだろうか。
「奏祐さん……」
私が息を吐くと共に蓮見の名を呼ぶ。すると蓮見は嬉しそうに微笑み、よくできました、と言う。
そして至近距離で見つめあった私たちは自然に、顔を近づけていく。蓮見の顔が間近に迫ってくると、私はそっと目を閉じてその瞬間を待った。
蓮見の唇と私の唇が重なりそうになった時、勢いよく扉がバーン!と開かれた。
私と蓮見は慌てて離れて扉の方を見る。
するとそこには「あら?」と首を傾げた琴葉さんが立っていた。
「あらあらあら。ごめんなさいね、お邪魔しちゃったかしら?」
「……わかっているなら出て行ってよ……」
「やだ、奏祐ったら。そんなに怖い顔をしてはいけないわ。凛花ちゃんに嫌われしまうわよ?ああ、それよりも凛花ちゃん。このあと用事があったのだけど、急にキャンセルになってしまったの。よかったら一緒にご飯を食べに行きましょう?」
「え?よろしいのですか?」
「もちろんよ!未来の義妹と仲良くなりたいし、なによりも凛花ちゃんのことが知りたいの。さあ、こんなお邪魔虫なんて放っておいて、行きましょう」
「え?」
琴葉さんは私の手をぐいっと引き寄せる。
私は琴葉さんに引き寄せられるがまま、立ち上がる。
その時に蓮見を見ると、とても怖い顔をして琴葉さんを睨んでいた。
「ほら、奏祐も。ボケボケしていないで早く行くわよ」
私たちは琴葉さんに引っ張られるまま、美味しいフランス料理のお店に案内され、フランス料理のフルコースをご馳走になった。
その間の会話もとても楽しく私は過ごせたのだけど、蓮見だけはむっつりとしたままだった。
「琴葉さん、ご馳走様でした」
「いいのよ。とても楽しかったもの。また一緒にご飯食べに行きましょうね?」
「ええ、ぜひ」
私は笑顔で答えると、琴葉さんも笑顔で私を見つめたあと、困ったような顔をして蓮見を見た。
「いつまで拗ねているの、奏祐」
「……別に」
「もう……子供ね。さあ、凛花さんをきちんと送ってあげるのよ」
「わかってる。行こう」
「あ、はい。では、琴葉さん、また」
「ええ、またね、凛花ちゃん」
笑顔で手を振る琴葉さんに私も答えつつ、私は蓮見のあとに続く。
そして車に乗り込み、車が発車する。車が走っている間、私たちは無言だった。
車が緩やかに停車し、私の家の前に着いたことを告げる。
私は車から降りる前に、蓮見に話しかける。
「奏祐さん」
「……なに?」
「今日はありがとうございました。奏祐さんのご家族とお会いできて、お話をさせて頂けて、楽しかったですわ」
「……そう。それは、良かった」
蓮見はほんの少しだけ、口角をあげた。
その蓮見の顔を見て、私は勇気を出してみよう、と思った。
「奏祐さん」
なに、と蓮見が答えようとして顔を上げた瞬間を狙って、私は蓮見の唇に軽く口づけた。
驚いたように私を見つめる蓮見に、私は恥ずかしさを堪えて微笑む。
「おやすみなさい」
そう言って私は車から降り、逃げるように家に駆けこんだ。
「……今のは、反則だろ……」
顔を赤く染めてそう呟いた蓮見の姿を、私は知らない。




