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私がヒロインだけど、その役は譲ります  作者: 増田みりん
番外編 初恋の終わり
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橘姫樺3

 そのあとのことは、あまりよく覚えていない。

 想定外のことばかりで、私は混乱していた。

 とにかく早くあの場から立ち去りたくて、なにか捨て台詞なようなものを吐いて逃げた気はする。

 そのまま教室に戻る気はしなくて、どうしようかと悩んだところで、私はカイト様に呼び出されていたことを思い出した。

 人目を避けるように私はカイト様に指定された、あまり使われていない教室に向かう。

 その教室にはカイト様がすでにいて、いつもと同じようににこにこと笑っていた。

 そして、お疲れ様、と言った。


「カイト様……一体これはどういうことです」

「どういうこともなにも……君も実際に体験したでしょ?終わったんだ」

「終わった……?」

「そう。おれたちの恋は―――終わったんだよ」


 私はカイト様の言うことが理解できなかった。

 ちがう、理解したくなかった。


「うそ……まだ終わってない……」

「終わったんだよ、ヒメカ。もう、おれたちはこの恋を胸にしまって、進まないといけないんだ」

「……じゃあ、私は……私は今までいったい……」

「本当はヒメカもわかってたんでしょ?全部、終わらせるためにやってたことだって」

「あ……」


 私はその場に座り込んだ。

 そんな私をカイト様は少し困ったように見つめる。


「おれは、ちゃんと決着をつけてくるよ。もう最後だし」

「最後……?」

「おれ、明日イタリアに帰るんだ」

「え……?」

「だからきっとヒメカに会うのもこれが最後。今までありがとう。じゃあね」


 カイト様はそう言って、私の肩に軽く手を置いてから、軽やかに教室を立ち去った。

 置き去りにされた私は、始業のベルが鳴ってもなお立ち上がることができずに、呆然としていた。




 どうやって家に帰ったのか、わからない。

 でも気づいたら自分の部屋にいて、私はぼんやりとベッドで寝転んでいた。

 そして涙がぽろぽろと零れ落ちる。

『終わったんだよ』

 そう言ったカイト様の声が繰り返し頭の中で再生される。

 認めたくない。終わっただなんて、認めたくない。

 だけど、私はあの時、奏祐様に冷たい目で見られたあの時、確かにほっとしたのだ。

 やっと終わることができる、と。

 私はぎゅっと目をつむる。


 私は、この苦しい恋を終わらせたかった。

 だけど、私はこの恋とともに育ったのだ。それを終わらせることは、もっと苦しい。

 苦しくて苦しくて、胸が張り裂けそう。

 ―――私は、前を向けるのだろうか。

 自問しても、答えは返ってこなかった。




 次の日、私は学校を休んだ。とても学校に行く気分にはなれなかった。

 そしてなにより、私は最後にもう一度、カイト様に会いたかったのだ。

 私は学校を休み、空港に向かった。

 広い空港の中からカイト様を探すのは一苦労だった。

 そしてようやく見つけたカイト様の顔は、少し腫れていた。

 カイト様の顔を見て、カイト様も昨日は私と同じように泣いたのだ、と思うと少し心が慰められた。


「カイト様」


 私はカイト様に声をかける。

 カイト様が訝し気にこちらを向き、そして目を見開く。

 私は余裕な笑みを浮かべて言った。


「見送りに来て差し上げましたわ」

「ヒメカ……どうして」

「お世話になりましたので、挨拶くらいするのが当然でしょう?」


 私はすまし顔で答える。

 本当は、ただカイト様に会って話がしたかっただけだった。

 昨日、貴方はどんな風に過ごしましたか、と聞きたかった。

 だけど、彼の顔を見たら答えはすぐわかった。

 カイト様は私を見てとても神妙な顔をして、すぐにきりっと顔を引き締めて、私に頭を下げた。


「ヒメカ、ごめん」


 突然謝られたことに私は驚くと共に、怒りを覚えた。

 謝るくらいなら、最初からあんな提案を持ちかけないでほしかった。

 それに私は謝ってほしくて見送りにきたわけではない。


「謝らないでください。私を、見くびらないでくださいな。私がしたことは全て私が決めて行動したことですわ。貴方が謝る必要はありません」


 私がそう言うと、カイト様は微妙な顔をして、そしてすぐに苦笑を浮かべ、「ヒメカらしい」と言う。

 私が後悔をしていますか、と尋ねればカイト様は少し考え込み、首を横に振る。


「後悔はしてないよ」

「そうですか。それは、良かったですわ」


 私は微笑む。

 やっぱり、私たちは似ている。

 どんなに歪んだ想いを抱いて、大好きな相手を傷つけても、それが自分の選んだ道なら後悔はしない。そういう恋の仕方をした。

 そしてアナウンスが流れ、カイト様との別れの時がやって来た。


「……お別れ、ですね」

「そうだね……でもまた日本に来るから、そしたらその時に、ヒメカの出した道を教えてよ」

「……貴方は、本当にずるい人ですわ。そんなこと言われたら、私も答えを出さざるをえないじゃないですか」


 まだ、答えなんて出ていないのに。

 前すら向けないでいるというのに。


「そうなんだ。おれはずるいんだよ」


 開き直ったように笑うカイト様に、私は唇を尖らせる。

 そして、約束をする。

 カイト様が日本に戻るまでに、私の答えを出すことを。

 またね、と手を振り去っていくカイト様の後ろ姿を私は見えなくなるまでじっと見つめた。

 段々と視界がぼやけていく。ぽたり、と一筋の涙が零れ落ちる。

 そして、私は気づいた。

 私は悲しいのだと。カイト様がいなくなって、悲しいのだと。




 それから私はいつも通りの生活に戻った。

 どうやらあの場にいた美咲様や昴様、そして会長が上手くあの場を収めたようで、あの場で起こったことはきつく口止めがされているようだ。

 そのおかげで私は特になにもなく、平穏に学園生活を送っている。

 やがて夏休みに入り、私はぼんやりと日々を過ごした。

 その間にも奏祐様から会ってくれないか、と再三頼まれたが、私は断った。

 まだ奏祐様と正面から向き合えない。

 夏休みも中頃に入った頃、私はふと思い出し、奏祐様からもらったオルゴールを取り出す。

 そしてオルゴールのねじを回して音を鳴らすと流れたのはキラキラ星だった。

 初めて奏祐様と会った時に連弾した曲でもあった。

 優しいオルゴールの音色に、涙が溢れた。

 そしてオルゴールを抱きしめ、奏祐様との思い出をひとつずつ思い出していく。

 覚えている限りの思い出を思い出したあと、私は決めた。

 この恋も過去のものにしよう、と。

 私は早速奏祐様に連絡を取り、神楽木さんと会う約束を取り付けた。




 奏祐様行きつけの喫茶店で私は神楽木さんと向き合った。

 そしてぽつぽつと話をすると、私から出てくるのはカイト様のことばかりで、自分でも驚く。

 どうしてだろう。いつの間にか、カイト様が私の中で大きな存在になっていたようだ。

 私はその事実に、苦笑する。ああ、本当にあの人はずるい人だ。

 そして、今なら聞ける気がした。

 神楽木さんの気持ちを。


「神楽木さんは奏祐様を異性として、好きですか?」


 そう尋ねた私に、彼女が息を飲む。

 すぐに真っ直ぐに私を見つめ、柔らかく微笑んで私の問いに彼女は答えた。


「ええ。私は、蓮見様を異性として、お慕いしています」


 そう言った彼女がとても綺麗で、私は思わず息を飲み、俯く。

 だけど、聞けて良かった、と心から思う。

 私はすぐに顔を上げ、微笑む。


「……正直に答えてくださって、ありがとうございます。これで、私も前を向けますわ」


 私はちょうどやって来た奏祐様を真っ直ぐ見つめた。

 そして、彼女に頼む。

 この恋の結末を、カイト様の代わりに聞いてほしいと。



 私の気持ちをすべて伝え終わり、私は店を出る。

 久しぶりにすがすがしい気持ちだ。

 これなら、カイト様が帰って来た時にきちんと報告できるだろう。

 きちんと答えを出すことができた、と。




 卒業式の日、私は小さなピンク色の花束を用意した。

 今までのお詫びを含めて、神楽木さんに渡すためだ。

 神楽木さんをイメージして頼んだものだ。

 だけど、どんな顔をして彼女に渡せばいいのだろう?

 彼女は校門のところにいて、楽しそうに談笑している。

 私が渡すタイミングを計り、木陰から彼女たちを伺っていると、なぜか大きな花束を抱えたカイト様が登場し、辺りを騒然とさせていた。

 あんな花束を渡されたあとで、こんな小さな花束なんて渡せない。

 どうしよう、と私が困っていると、後ろから声がかけられた。


「橘さん?こんなところでどうしたの?」

「ひゃっ」


 私は驚いて飛び跳ねる。

 そして勢いよく振り向き、声を掛けてきた人物を見ると、その人は意外な人だった。


「ゆ、悠斗様……?なぜこんなところに?お姉様のところに行かなくてもよろしいのですか?」

「先にオレが聞いたんだけど……まぁ、いいか。今から行くとこだよ。橘さんは?蓮見さんのところに行かないの?」

「あ……その。私……」

「あれ?蓮見さんに花束を渡すんじゃないかと思っていたけど……随分可愛らしいね?」

「えっとあのこれは……」


 私がもごもごとしていると、悠斗様はにやりと笑って私の手を引っ張る。


「ゆ、悠斗様!?」

「行こう。それ、姉さんに渡すんでしょ。オレも付き合ってあげる」

「えっ……あのっ」


 私は強引に悠斗様に引っ張られ、神楽木さんのところへ連れてかれてしまった。

 戸惑う私を無視して、悠斗様はにっこりと笑顔を受かべ、彼女を呼ぶ。


「姉さん!」

「悠斗?」


 彼女たちが一斉に私たちの方を振り向き、驚いた顔をする。

 私は顔を赤らめ、手に持っていた花束を隠す。


「姉さん、卒業おめでとう」

「ありがとう、悠斗。……あら?橘さん?」


 彼女は私の存在に気づき、首を傾げる。

 彼女の後ろからカイト様も私を見て、そしてにやりと笑う。

 悠斗様と同じ笑い方だった。


「なんか、彼女、姉さんに用があるみたいだよ」


 悠斗様がにやにやしながら私の背中を押し、神楽木さんの前に押し出す。

 神楽木さんの前に追いやられた私は、もじもじとする。

 ちらりと奏祐様を見れば、奏祐様は微笑ましそうに私を見ていた。

 助けは求められそうにない。

 覚悟を決めて渡すしかないようだ。


「橘さん?」

「あ、あの!ご卒業おめでとうございます!」


 私はそう言って、花束を彼女に差し出す。

 彼女は驚いた顔をして、花束を見つめた。


「これを、私に?」

「……神楽木さんにはご迷惑をおかけしましたので。ただそれだけです」

「そう……とても可愛らしい花束を、ありがとう」


 そう言ってはにかんで彼女は私の花束を受け取った。

 神楽木さんに花束を渡せて、私はほっと息をつく。

 すると、奏祐様が良くやったと言わんばかりに私の頭を撫でる。

 それがくすぐったくて、私は照れ笑いを浮かべた。

 今ではもう、奏祐様をただの“お兄様”として見れるようになった。

 昔は嫌だった子供扱いなこの仕草も、今ではとても嬉しく感じる。

 そんな私の様子を、カイト様は柔らかい笑みを浮かべて見ていた。

 そして私にそっと近づき、「答えが出せたんだね」と囁く。

 私はカイト様に笑顔でしっかりと頷いて見せた。

 カイト様はまるで自分のことのように、とても嬉しそうに笑う。



 私はきっと、これから新しい恋をするだろう。

 カイト様もまた、新しく恋をするだろう。



 初恋は実らないものだとよく言うけれど、それは私たちにとっては本当だった。

 願うならば、私たちの次の恋こそ、叶えられたらいい。

 私はそう、心から願う。





これにて番外編は終了です。

次からはいちゃらぶ後日談に突入します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] カイトとひめか視点が良かったと言うより、泣いた… 変にザマァ展開にしなかったのは良かった これだけでも評価に値する作品
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