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私がヒロインだけど、その役は譲ります  作者: 増田みりん
番外編 初恋の終わり
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橘姫樺1

姫樺視点の話です。

 私が奏祐様と出会ったのは、私が5歳の時だった。

 両親から奏祐様はいずれ私の夫となる人だと言い聞かされていた私は、未来の私の夫となる人はどんな人なのだろうと期待に胸を弾ませながら、奏祐様との顔合わせを楽しみにしていた。

 奏祐様との顔合わせは、奏祐様のご自宅で行われた。

 初めて出会った奏祐様は表情が乏しく、とても冷たい印象を受けた。

 怯みそうになるも、奏祐様と仲良くするように、と言う両親の言いつけを守るため、私は愛想よく奏祐様に話しかけた。


「はじめまして、そうすけさま」

「……はじめまして」


 当時7歳だった奏祐様は5歳の私にとってはとても大人に見えた。

 私は仲良く出来るだろうか、と不安に思いつつも、最近あった良い事を奏祐様に話す。


「ピアノの先生がほめてくださったのよ。とてもすじがいいと」

「へえ」


 だけど、奏祐様は決して愛想よくなく、すぐに会話が終わってしまい、私の話題も尽きる。

 戸惑う私に気づいたのか、奏祐様は少し考えるように視線を彷徨わせたあと、「こっちにおいで」と私を誘い、部屋の片隅に置いてあったピアノまで移動する。


「俺もピアノ習っているんだよ。一緒に弾こう」

「まあ、そうなんですの。ぜひ、おねがいしますわ」


 奏祐様は頷くと、子供二人ぶんなら余裕で座れる椅子に私と共に腰掛け、私たちは連弾をした。

 それはどれも簡単なものばかりだったけれど、とても楽しかったのを覚えている。

 ピアノを通じて、奏祐様とたくさんお話をしたような気になった。


「そうすけさま、とてもたのしいです」


 私がそう心から告げると、奏祐様は柔らかく微笑み、「俺も楽しいよ」と言ってくれた。

 その奏祐様の笑顔で、私は奏祐様に恋をした。





 奏祐様と出会ってから早くも十年が経ち、私は15歳となった。

 私は奏祐様に恋をしたけれど、奏祐様の心は私にはなく、水無瀬美咲様に向いていた。

 嫉妬にかられ、美咲様には嫌がらせみたいなものをしたこともあったけれど、その嫌がらせが倍になって返ってくるので、彼女への嫌がらせは続かず、また奏祐様の心を奪うことも出来ず、もどかしい日々を私は送っていた。

 どうしたら奏祐様は私を見てくれるのだろう。

 そんなことを考える日々だった。


 あの日、私はお母様と一緒に、今度行われるピアノの発表会に着ていく服を選ぶために、買い物に出ていた。

 服を買い終わり、ちょっと雑貨もみたい、と駄々をこねて寄ってもらった百貨店で、私は偶然にも奏祐様と遭遇した。

 私は嬉しくて、思わず声を張り上げて奏祐様の名を呼ぶ。


「奏祐様!」


 奏祐様が振り返り、私を見て驚いた顔をする。


「姫樺……」

「奏祐様、こんなところで会うだなんて、奇遇ですね。私、とても嬉しいですわ!」

「あぁ、本当にね」


 そう言って顔を綻ばせる奏祐様に、私は見惚れる。

 奏祐様は笑うととても優しい顔をするのだ。その顔が一番、私は好き。

「買い物ですか?」と尋ねる私に、奏祐様は少し横を気にして答える。

 そこで私は、奏祐様が一人でないことに気づいた。


「……ところで、そちらの方は奏祐様とどういったご関係ですの?」

「ああ。彼女は俺のクラスメイトなんだ」

「初めまして。神楽木凛花と申します」


 少し照れくさそうに答える奏祐様に、私の胸が嫌な音を立てる。

 だって彼女を見る奏祐様の目が今まで見たことのないくらい、甘く柔らかいものだったから。

 綺麗にお辞儀をして挨拶をする彼女を私はまじまじと見つめた。

 背中にかかるくらいまでの緩く巻いた艶やかな黒髪に、ぱっちりとした二重の大きな瞳。

 そして小ぶりな唇はきれいな桜色のグロスが塗られ、とても可愛らしい。

 はっきり言って、とても奏祐様にお似合いの美少女だった。

 ドッドッと心臓が嫌な音を立て、私は奏祐様と彼女を見比べて、絶望的な気持ちになった。

 気づいてしまった。奏祐様は彼女に惹かれているのだと。

 美咲様への想いが吹っ切れたようだ、ということは知っていた。

 だけど、また新しい想い人ができただなんて、聞いていない。

 私の中で、嫉妬という今は小さな火が灯るのを感じた。

 そして気づいたら彼女を睨んでいた。


「神楽木、彼女は俺の幼馴」

「奏祐様の婚約者の、橘姫樺です」


 私のことを幼馴染みだと紹介しようとした奏祐様の言葉を遮って名乗る。

 奏祐様の婚約者だと名乗れば、彼女は動揺したように瞳を揺らした。


「婚、約者……?」


 そんな彼女の反応を見て、私はまたもや絶望的な気持ちになる。

 彼女もまた、奏祐様に惹かれている。

 美咲様の時は、まだ良かった。なぜなら美咲様は昴様が好きだから。

 美咲様の眼中に奏祐様はいなかった。奏祐様をとられる心配はない。だから、私は安心できたのだ。

 だけど、彼女は違う。

 邪魔をしなければ、いずれ彼女に奏祐様をとられてしまう。

 私の中で焦りが生まれた瞬間だった。




 あのあと、奏祐様を残し立ち去った彼女を、奏祐様は慌てて追いかけていった。

 その行動でどれほど私が傷ついたか、奏祐様はきっとわかっていない。

 仕方がない。だって、奏祐様の中で私はただの妹なのだから。

 だけど、私の中では奏祐様はただの兄ではなく、大好きな人なのだ。

 大好きな人を突然現れた女に取られたくないと思うのは、自然なことではないだろうか。

 嫉妬にかられた私は、下校時間に彼女を待ち伏せし、牽制をした。

 お願い、私から奏祐様を奪わないで。

 彼女は別に奏祐様を好きなわけではないとかなんとか言っていたけれど、そんなの嘘だと思った。

 そうでなければ私が婚約者だと名乗った時、あんなあからさまに動揺なんてしないはずだ。

 私は彼女の話を無視し、彼女を睨みつけて立ち去る。

 だけど、どうしてだろう。とても虚しい。




 その後は焦りばかりが募る日々だった。

 さりげなく奏祐様から学校の話を聞くついでに彼女のことを聞いて、二人の進展具合を確かめるくらいしか、私にできることはなかった。

 私はまだ中等部で、奏祐様や彼女と同じ校舎で学んでいるわけではないから。

 その間にも私の嫉妬の炎は大きくなり、やがてこの身を焦がしてしまうんじゃないか、と思うくらいに膨らんでいった。

 私はお父様とお母様に頼み込み、桜丘学園で毎年開かれるクリスマスパーティーに、奏祐様と一緒に参加させてもらうことになった。

 クリスマスパーティーは高等部の人たちと、高等部の卒業生しか参加することはできない。

 けれど、私は母の名代としてパーティーに参加させてもらうのだ。

 私はドレスを新調し、いつもより大人っぽく見えるように、奏祐様の隣に並んでもおかしくないように頑張った。


 パーティーに参加する際の根回しも忘れない。

 私はこれでも橘家という力ある家の娘であり、それなりに他家のご令嬢方とのお付き合いもある。その中にはもちろん、桜丘学園に通っている方もいる。

 そのご令嬢方に、「最近奏祐様と親しくしている方がいらっしゃるみたいなの……」と愚痴をこぼし、彼女の名を告げておく。

 ご令嬢方は私が奏祐様の婚約者に納まることは確実だと思っているので、私から蓮見様を奪おうとしている彼女に好印象は持つことはない。

 これで準備は整った。

 私は意気揚々と奏祐様にエスコートされて、クリスマスパーティーに臨んだ。




 出始めは良かったと思う。

 彼女に奏祐様との仲の良さをアピールする、という目的は果たせたはずだ。

 私と奏祐様がダンスを踊りだすと、彼女はまるで見ていられない、というように会場から去っていくのを視界の端に捕らえた。

 私は内心でほくそ笑む。

 だけど、その笑みも長くは続かず、ダンスが終わると奏祐様はすぐに彼女を追いかけるように去っていった。

 私は悔しくて、美咲様と昴様に飲み物を貰ってくると断りを入れ、その通りに飲み物を頂き、令嬢らしくなく一気飲みした。


 どうして。どうして、奏祐様は彼女ばかり。

 なぜ私を見てくれないの。

 こんなに頑張って着飾ったのに。奏祐様に似合うように努力しているのに。

 どうして。


 悔しくて、悔しくて、この想いをどこにぶつけたらいいのか。

 私は手に持ったグラスをぎゅっと握りしめた。



「ねえ、そんな顔してたら折角の可愛い顔が台無しだよ?」


 突然降って来た言葉に私は顔を上げる。

 そこには色素の薄い茶色のさらさらした髪に、光の加減によって碧に見える黒い瞳を持った、人懐っこそうな笑みを浮かべた少年が立っていた。

 私はツンと、顔を逸らす。


「余計なお世話ですわ」

「そう?ごめんね?」


 謝るのになぜ疑問形なのか。

 私は思わず眉間に皺を寄せる。


「でも、さ」


 意味ありげに呟く彼の顔を私は吸い寄せられるかのように見つめた。

 彼はとても妖艶な笑みを浮かべ、私に言った。


「きっとおれの話を聞いたら、君のその可愛い顔がとても輝くと思うよ」

「……話?」


 歯の浮くような台詞をまるっと無視して、私は前半部分だけ抜き出し尋ねる。

 彼は気にした様子もなく、「そう」と頷く。



「彼女を、神楽木凛花を、追い詰めてみない?」



 これが私と彼――矢吹カイト様との出会いだった。





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