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卒業アルバムに一言メッセージを書き込んでいく。
今は美咲様の分を私が、私の分を美咲様が書いてくれている。
ありきたりなメッセージになってしまったけど、また会えるしいいよね?
私たちは蓮見・ヘタレ・飛鳥に近づき、メッセージを頼む。
私たちがメッセージを頼むと、私も!と便乗した女子たちの大群が3人に押し寄せる。
うおお……すごい人気。
とても1人ずつメッセージは書けないようで、サインだけで済ませている。芸能人か。
なんとか3人から卒業アルバムを回収した私たちは他の友達にもメッセージを頼む。
段々とメッセージで埋まっていく卒業アルバムに私は微笑む。
きっとこれも良い思い出になる。
一通り落ち着いたところで、私は「最後だから、二人で写真を撮りましょう」と言って、美咲様と共にある場所へ向かう。
それは漫画で凛花が東條に告白される場所。
そう、校門の前だ。
帰ろうとする凛花に東條が大声で待ったをかけ、告白をする。
それが漫画のストーリーである。
それをヘタレに言ったら渋面を浮かべた。
それはそうだ。ここまで散々のヘタレっぷりを発揮した東條である。
だけど、私には勝算があった。
これは、漫画の展開に乗っ取ったこと。だから、これは東條のヘタレっぷりが発揮されない可能性が高い。
今までのヘタレっぷりが物語の本筋に沿ってないことに対する反動なら、ヘタレがなりを潜めるはずだ。
そう考えた私はヘタレに言ったのだ。
「美咲は人気者です。それくらい大胆に告白しなければ、変な虫がつきますわよ」と。
そう言えばヘタレは大人しく従ってくれた。
うむ、物分かりがよくてなによりだ。
私は教室を出て、少ししたところで、さも今気づいたように言う。
「あら……私、教室に忘れ物をしてしまったみたい。取りに行ってくるわ」
「まあ。では私も一緒に……」
「美咲は先に校門に行ってて。すぐ追いつくから」
「そう?じゃあ、先に言っているわね」
「ええ」
私は美咲様にくるりと背を向け、教室に戻るふりをする。
忘れ物はただの方便だ。
少し遠回りして校門に向かう。
そして私が美咲様に声を掛けて写真撮影に入ろうとしたとき、後ろから声が掛かった。
「待って!」
私と美咲様が振り返ると、そこには少し息を乱したヘタレがいた。
少し緊張した顔をしているヘタレを見て、私は微笑む。
ああ、始まった。
「昴?どうしたの?」
「美咲に、どうしても伝えたいことがあるんだ」
周りにいる生徒たちが、何事かとこちらを注目し始める。
私は注目される前にさりげなくその場から遠ざり、陰からこっそり成り行きを見守ることにした。
そして心の中でヘタレにエールを送る。
頑張れ!
「伝えたいことって?」
美咲様は首を傾げ、ヘタレを見る。
ヘタレは一瞬臆したような顔をしたが、すぐにきりっとした表情に戻る。
そして、隠し持っていた薔薇の花束を美咲様に差し出す。
「……昴?」
「僕は……美咲が、好きだ。僕と正式に婚約者になってほしい」
真剣な瞳で美咲様にヘタレは言い切った。
私はその様子に、にんまりと笑みを浮かべる。
漫画通りの台詞だ。
そして美咲様は、漫画の凛花と同じ反応をした。
「…………」
美咲様は信じられない、という表情をしてその瞳から大粒の涙をこぼし、両手で口を押えた。
「……これは、夢……?」
「夢じゃないよ、美咲。これは現実だ。答えて、美咲。僕の婚約者になるのは、嫌?」
「………嫌なわけ、ないわ。ずっと……ずっと昴にそう言ってほしかった……これは、本当に夢じゃないのよね……?」
「ああ、夢じゃない。美咲が信じられないのなら、信じてくれるまで何回でも言うよ。僕は、美咲が好きだ。美咲が好きなんだ」
美咲様はぽろぽろと涙を零しながら、花束を受け取る。
そして薔薇の匂いを吸い込むように顔を花に近づけた。
「……これは、現実なのね。知らなかった……人って、嬉しくても泣けるものなのね……」
「美咲……」
「ありがとう、昴……ふつつかものですが、よろしくお願い致します……」
美咲様はそう言って、涙を零しながらとても綺麗に笑った。
その顔を見て、ヘタレも破顔する。
ううん、もう彼はヘタレじゃない。ヘタレと呼ぶのはもうやめよう。
ワア、と美咲様と東條の周りで歓声が沸き起こる。
誰もが笑顔を浮かべ、二人を祝福する。
二人はとても嬉しそうに笑い合う。
まさに、ハッピーエンド。
漫画の終わり方と同じだ。
―――ああ、これで、私の役目も終わった。
幸せそうな二人を見て、私も笑顔になる。
良かった。本当に、良かった。
「――ここにいたんだ」
涼やかな声が後ろから聞こえ、私は振り返る。
そこには相変わらず無表情な蓮見がいた。
こんな喜ばしい事が起こっているのに、よくもまあ無表情でいれるものだ。
呆れを通り越して感心する。
「蓮見様」
「何をしていたの?」
「見守っていました」
私はそう言って、視線を美咲様と東條に向ける。
蓮見も私の目線の先を見て、ああ、と納得したように目を細める。
そして、柔らかく微笑んだ。
「ようやく、伝えられたか」
「ご存知でしたの?東條様の気持ちを」
「本人に言われたわけじゃないけど、付き合いは長いから、見ていればわかるよ」
「そうですか……でも、良かったですわ。これで最後の私の念願が叶いました」
「……念願?」
「美咲と東條様が想いを通じ合って結ばれたことですわ。ずっと、夢見てましたの、この時を」
「ああ……出会った時からそう言ってたね、君は」
「ええ。蓮見様にとっても念願でしょう?」
「そうだね。うん、そうだ。君よりも、ずっと前からの願いだった」
蓮見はそう言って、視線を落とす。
色々と思うところがあるのだろう。
蓮見は私よりも二人との付き合いが長いから。
「二人が幸せそうで、良かった」
視線を上げてそう言った蓮見はすがすがしい顔をしていた。
私はそんな蓮見を見つめ、私も覚悟を決めよう、と思った。
あの東條でさえ、約束を守って言ったのだ。
私も、約束を果たさなければ。
「蓮見様」
「なに?」
「私との、約束を覚えていらっしゃいますか」
「もちろん、覚えている」
私と蓮見は向かい合う。
蓮見と視線が重なる。
じっと、真剣な瞳で私たちはお互いの顔を見つめた。
「聞かせてくれる?君の答えを。君の答えを聞く覚悟は、できているから」
「ええ」
私は目を閉じて大きく息を吸い込む。
ドキドキと高鳴る鼓動が、自分が緊張していることを教える。
逃げたい、と思う。
ああ、告白ってこんなに勇気のいるものなんだ。
初めて知った。
私はゆっくりと目を開いて蓮見を見る。
いつになく緊張した面持ちの蓮見がそこにいる。
緊張しているのは私だけじゃない、と思うと、少しだけ勇気が沸いた。
「私は、恋なんてする気はありませんでした。ここが少女漫画の世界だと知ってからは特に、自分が恋をするよりも、他人の恋を見守る傍観者でいたかった。最後まで、傍観者でいるつもりだったのです。でも、私は傍観者ではいれなくなってしまいました」
「なぜ?」
「それは……私が、恋をしてしまったからです。それも、漫画の登場人物に」
私は蓮見の顔を見て、微笑む。
漫画の物語通りに進んだなら、これは“あり得ない”ことなのだ。
あり得ないはずの二人が、恋をした。
「最初は嫌な人だと思っていました。でも段々と良いところを知っていって、弱いところを知って、気づいたら、惹かれていました。そして、恋に落ちていたのです。
―――私、蓮見様に、恋をしてしまったのです。恋をする気なんてなかったのに、恋なんてしたくなかったのに、あなたは私の心を奪ってしまった」
私は震えそうになるのを堪えて、言う。
ああ、どうしよう。私、泣きそう。
泣きたくなくて、瞳に溜まる涙を見られたくなくて、私は俯く。
「……私、蓮見様が好きです。自分でもどうしたらいいのかわからなくなるくらい、蓮見様が好きです」
「……………」
最後は声が震えてしまった。堪えようと思ったのに。
いつまで経っても蓮見からの反応がない。
今更、と怒ったのだろうか。それとも、呆れてなにも言えない?
私は蓮見の反応を見るのが、顔を見るのが怖くて顔を上げられないでいる。
「……神楽木、顔を上げて」
しばらく経ってから掛けられた蓮見の言葉に、私はびくりと肩を揺らし、恐る恐る顔をあげる。
すると蓮見と目が合い、私はさっと目を伏せる。
「俺の目を見て」
「…………」
私がちゃんと蓮見と目を合わせると、蓮見はとてもきれいに笑った。
思わず見惚れてしまうくらいに、きれいな笑顔だった。
「―――やっと、捕まえた」
蓮見がそう呟いた、と思った瞬間、気づいたら私は蓮見の腕の中にいた。
ふわり、と私は蓮見のにおいに包まれる。
ああ、このにおい。慣れてしまった、蓮見のにおい。
この匂いを嗅ぐと安心する。
「蓮見様……」
「夢みたいだ……これは夢なのかな」
「夢じゃありませんわ。現実です。そうでなければ、困ります」
「どうして?」
「だって……告白するのは、心臓に悪いんですもの……」
「俺は、何回だって聞きたいけど」
そう言って蓮見はクスリと笑い声を漏らす。
「……俺、結構嫉妬深いし、あまり素直になれないと思う。こんな俺でもいいの?」
蓮見は少し間を置いて、自信なさそうに私に聞いた。
そんな蓮見に、私はなにをいまさら、と思う。
「そんな蓮見様がいいのです」
きっぱりと私がそう言い切ると、蓮見は呆気にとられた顔をして私を見る。
そしてからかうような顔をする。
「もうずっと離さない、と言っても?」
「ええ、望むところですわ。……お願い。ずっと離さないで」
私は蓮見に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、最後は呟いた。
しかし、ちゃんと蓮見には聞こえていたようで、蓮見は私の耳元で囁く。
「わかった。もうずっと離さないから」
色めいた声音に、私はゾクリとする。
ずっとこうしていたい。
そう思うけれど、遠くで私たちを呼ぶ声が聞こえる。
「蓮見様、呼ばれてますわ」
「うん、そうみたいだね」
「行かなくてよろしいんですの?」
「……いいんじゃない?」
蓮見は声をスルーしようとするが、だんだんと声は大きくなってきた。
なんかまずい気がする。
「蓮見様」
「……観念するか……行こう」
「はい」
私は差し出された蓮見の手をしっかりと握り、笑顔で返事をする。
そして、皆のいる方へ歩く。
「凛花、奏祐!どこに行っていたの?」
「探してたんだよ……おや」
美咲様と東條が私たちを見ると、一瞬だけ目を丸くしたあとすぐににやにやと笑みを浮かべる。
私たちはそんな二人の顔を無視した。
「見てましたわ。お二人とも、おめでとうございます。心から、祝福しますわ」
「……ありがとう、凛花」
「ありがとう、神楽木さん。いろいろ協力してくれて。こうして美咲に気持ちを伝えられたのは神楽木さんのお蔭だよ」
「そんなことありませんわ。東條様が頑張ったから言えたのです。私はそのお手伝いをしただけに過ぎません」
「……神楽木さんには感謝してもしきれないな。本当に、ありがとう」
「いいえ。お二人が幸せそうで、私もとても嬉しいですわ」
私が笑顔で、もう一度おめでとう、と二人に言う。
蓮見はなにも言わないが、とても柔らかい笑みを浮かべているのが、蓮見の気持ちを表している。
付き合いの長い二人なら、これだけで蓮見の気持ちが伝わるのだろう。
美咲様と東條はお互いに顔を見合わせて、照れくさそうに微笑む。
まさに、ヒロインとヒーローのような構図だ。
私は幸せそうな二人を見て思う。
―――ヒロイン役は美咲様に譲れたのだと。
ヒロイン役を美咲様に譲ろうと考えて過ごした高校の3年間。
私は、無事に美咲様にヒロイン役を譲ることができたのだ。
3年間がんばったことは、無駄じゃなかった。
私たちが談笑していると、見知った顔が集まって来る。
そしてみんなで記念撮影を校門前でする。
撮れた写真は、みんな笑顔で写っていた。
私はこの写真を見るたびに、この高校3年間の思い出を色鮮やかに思い出すことができるだろう。
色々空回りしたことも多かった3年間だったけれど、とても充実した3年間だった。
心許せる貴重な友人もできた。
大切に想える人も、できた。
私はこの色鮮やかな高校3年間を、ずっと忘れない。
これにて、本編終了です。
ここまでお読みくださった方、ありがとうございました!
来週中には番外編のカイト視点の話を更新する予定です。




