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 ダンスが始まる。

 蓮見はとてもダンスが上手だった。ちゃんとリードしてくれて、私が踊りやすいように気遣ってくれる。

 お蔭で私はなんとか足を踏まずに1曲を終えることができた。

 夢のような時間だった。

 ダンスなんて楽しいと思ったことなかったけれど、今はダンスがとても楽しいと思えた。

 私たちがダンスを終えたタイミングで、私に声が掛けられた。


「こんばんは、神楽木さんと奏祐」

「ごきげんよう、東條様」

「昴……」


 蓮見がほんのわずかだが、顔をしかめた。

 私はそんな蓮見の様子に首を傾げ、ヘタレは苦笑した。


「神楽木さん、良かったら僕と一曲踊ってくれない?」

「……足を踏んでもよろしければ」

「あはは。任せて、ちゃんと避けるから。……というわけで、ごめん、奏祐。少し、神楽木さんを借りるね」

「……ああ」


 蓮見は不承不承といった様で頷く。

 そんな蓮見にヘタレは申し訳なさそうな顔をしてから、私と向かい合う。

 そして曲が始まる。

 ゆっくりとした音楽に合わせてステップを踏む。


「東條様、今日はどなたと参加されているのですか?」

「もちろん、美咲とだよ」

「まあ。今年は自力でちゃんと誘えたのですね。偉いですわ」

「……素直に言えないけど、一応、ありがとうって言っておくよ……」


 ヘタレは笑顔を引き攣らせて言った。

 でも、去年に比べたら大した進歩だ。

 心から、ヘタレも成長したなあ、と思う。


「東條様。美咲に、ご自身の気持ちを打ち明けましたか?」

「……いや、まだなんだ。言い訳がましいと思うかもしれないけど、中々時間も取れなくて……僕も美咲も」

「そうですか……東條様。ひとつ、提案がありますの」

「提案?」


 私にはずっと考えていたことがある。

 誰がどう見ても両想いなのに、ヘタレも美咲様の気持ちが自分にあるとわかっているのに、ヘタレが今まで美咲様に気持ちを言えないのは何故か。

 まあ、ヘタレがヘタレであるが故に言えない、というのも確かだろう。

 だけどそれ以上に、漫画の補正の力が働いているのではないか、と私は考えている。


 本来なら、ヘタレは凛花(わたし)に惚れるはずだった。

 途中までそうだった。あのままでいたなら、彼はここまでヘタレなかったのではないかと思う。

 実際、私へのアピールはとても積極的だったのに、美咲様が好きと自覚した途端、ヘタレだした。

 なぜここまでヘタレたのか。

 それは(ヒロイン)以外の人間と東條(ヒーロー)がくっつかないようにするためではないだろうか。

 そう考えればここまでヘタレたのにも納得がいく。

 (ヒロイン)東條(ヒーロー)に惚れず、東條(ヒーロー)(ヒロイン)以外を好きになる。

 これはそんな異常(イレギュラー)に対応するべく補正の力が働いた結果なのだ。


 ならば、漫画の物語(ストーリー)通りの展開に持っていけば、ヘタレずに済むのではないだろうか。

 漫画では、東條(ヒーロー)凛花(ヒロイン)に告白をするのは卒業式。

 そこで二人は結ばれ、後日正式な婚約者となるのだ。

 この凛花(ヒロイン)の立ち位置に、私の代わりに美咲様に立って頂く。

 そうすれば漫画通りの展開には、なる。

 ただ、結ばれる相手が違うが。



「卒業式の日に告白をする、と決めてはいかがですか?」

「卒業式に……?」

「ええ。いいタイミングでしょう。卒業式と言えば高校生活最後の日。高校生活最後の日に好きな人に想いを伝える、なんて定番でしょう。その定番な流れに乗って告白して(言って)みればどうでしょう?」

「……確かに。日にちを決めれば覚悟も決めやすいかもしれない……」

「そうですわ。いっそのこと、全校生徒の前で言ってみれば如何です?引くに引けなくなって、東條様には丁度いいかもしれませんわよ?」

「それはさすがに……」

「ふふ、冗談ですわ」


 くるり、と私は回る。

 ヘタレもダンスが上手い。喋りながら踊っても足を踏むことがない。


「……決めたよ。卒業式に、告白する」

「ええ。陰ながら応援してますわ」


 私はにっこりと笑う。

 ヘタレも私につられて笑う。

 そして、ふと気づく。


「そういえば、美咲はどこに?」

「……ああ。美咲なら、あそこに」


 私はヘタレの視線の先をちらりと向く。

 そこには珍しい組み合わせがいた。


「あら。飛鳥くん……と美咲?珍しい組み合わせですね。どうして、あの二人が?」

「こっちが聞きたいよ……美咲も楽しそうだし、なに話しているんだろう?まさか、こんな近くにライバルがいたとは……」

「……それは東條様の思い込みだと思いますけれど……」


 私は苦笑すると、ステップを間違えた。

 足を踏みそうになるのを、危機一髪でヘタレが避ける。

 危ない、危ない。

 私はヘタレに謝るが、ヘタレはそれどころではないようで、チラチラと美咲様の方を気にしている。


「そんなに心配なさらなくても大丈夫だと思いますわ。だって、飛鳥くんですもの。友人の好きな人を奪うようなことはしませんわ」

「……そうだね。でもやっぱり嫉妬は、するな」

「仕方ありません。それが恋ですもの」


 そこでちょうど曲が終わる。

 私たちは向かい合って一礼をした。


「東條様。卒業式、期待してますわ」

「ああ。期待して待ってて。神楽木さんに良い報告をするから」

「はい」


 私たちが笑い合っていると、また私に声が掛かる。


「姉さん!」

「あら、悠斗……?どうしたの?」

「どうしたの、じゃないよ。今度はオレと踊ろう。約束しただろ?」

「ああ、そうね。いいわ、あと1曲くらいなら踊れるから」

「ということなので、東條さん、姉さんを借りますね」

「あ、ああ……」


 ヘタレは少し呆然として頷く。

 しかし弟はそんなヘタレにお構いなしに、私とダンスを踊る態勢に入った。

 そのすぐあと、また音楽が流れだす。


「姉さん、大注目されていたの、気づいた?」


 私をリードしながら、弟がからかうような顔をして言う。


「私ではなく、蓮見様や東條様が注目されていたのでしょう?」

「それもあるけど……まあ、気づいてないならいいか」


 きょとんとする私に、弟は苦笑いを浮かべる。


「姉さんダンス上手くなったね」

「本当?頑張って練習した甲斐があったわ」

「本当だよ。それも、蓮見さんのため?」

「えっ……な、なにを言っているの」

「……動揺しすぎだよ、姉さん。でも、やっぱりそうなんだね?」

「えっと……その……」


 なんて答えればいいのかわからず、私は戸惑う。

 そうだと頷くのも何となく憚れるし、否定するのも違う気がする。

 なんて答えればいいのだろう。

 戸惑う私に弟は優しく笑う。


「……蓮見さんなら、認めてあげてもいいよ」

「え?」

「蓮見さんになら、姉さんを譲ってあげてもいいよ。本当は、ずっとオレだけの姉さんでいてほしかったけど、姉さんが幸せになれるのなら、蓮見さんを認めてあげる。蓮見さんなら姉さんを任せられる……気がするし」

「すごい上から目線ね」

「当たり前だろ。オレが一番姉さんの近くにいたんだから」

「ふふ……そうね。……悠斗、ありがとう」

「…………うん」


 弟は少し切なそうな顔をして、すぐににこっと笑みを浮かべた。


「それに、姉さんもそろそろ弟離れしないといけないしね」

「そう言う悠斗こそ、姉離れをしないといけないのではないの?」

「オレは大丈夫だから」

「私は大丈夫じゃないかも……。だって、悠斗が大好きなんですもの。弟離れなんてできそうにないわ」

「……それ、蓮見さんの前では言わないでね?オレ、あとで怖い目に遭いそう……」

「まあ、どうして?姉が弟を大好きなのは変なことではないでしょう?」

「そうだけど……はぁ。オレ、蓮見さんに少し同情する……」


 なんで?

 私が首を傾げた時、ちょうど曲が終わった。

 一礼をすると、腕を引かれた。

 ふと振り返ると、そこには少し不機嫌そうな蓮見がいた。


「蓮見様?どうかされました?」

「……本当に、油断も隙もない……向こうに行こう」

「え?あ、はい……それじゃあね、悠斗」


 私は蓮見に連行されるように歩きながら、後ろを振り返り、弟に手を振る。

 弟はにっこりと笑顔を浮かべて、小さく手を振りながら見送ってくれた。




 蓮見に連行されるように連れてこられた場所は、スイーツコーナーである。

 辺りを見渡せばずらりとさまざまなお菓子が並ぶ。

 私はお菓子たちに目を輝かせた。


「まぁ!どれも美味しそうだわ……なにから食べようかしら」

「……ほどほどにしときなよ」

「わかってます。あ……そういえば、私になんのご用ですか?」


 わざわざ私を連れ去ったくらいだ。

 きっとなにか用があるのだろう、と思ったのだ。


「……用なんてないけど」

「え?ではなぜわざわざ……」

「用がなければ君に話しかけてはいけないの?」

「え……?そういうわけではありませんが……」


 戸惑って蓮見を見ると、蓮見は顔をしかめていた。


「続け様に違う男と踊って、君は俺を嫉妬で狂わせたいの?」

「え?でも、踊ったのは東條様と悠斗ですし……」

「それでも、だ。例え親友と君の弟が相手でも、それでも、嫉妬するんだよ。……呆れるくらいにね」


 蓮見は自嘲の笑みを浮かべる。

 だけど、私はそんな蓮見の嫉妬を嬉しい、と思った。

 私はおかしいんだろうか?

 嫉妬されて嬉しい、だなんて。

 私は緩みそうになる頬を抑え、真面目な顔をして言う。


「今後から気を付けます」

「……そうしてくれると助かる」


 蓮見が苦笑を浮かべた。

 ああどうしよう。緩みそうになる頬を抑えるのが大変だ。

 表情筋がとても鍛えられそう。


 そんなことを考えていると、良く知った顔が集まって来た。


「凛花!」

「美咲……それに、飛鳥くんも」

「僕もいるよ?」

「あ、東條様もいらしたのですか……」

「うん、いたよ、さっきから」

「そ、そうですか……」


 にこにこと笑うヘタレの笑顔がとても黒く見えたのは私の気のせいに違いない。

 そう思っておこう。


「よぉ、凛花」

「……さっきぶり、姉さん」

「悠斗に朝斐さん……?」


 なんてことだろう。

 顔見知りが大集合である。

 知り合いが集まると、あっと言う間にその場が賑やかになる。

 私たちはスイーツを堪能しつつ、笑いの花を咲かせる。


 ああ、楽しいな。

 このままずっと時間が止まればいいのに。


 私はそう思わずにはいられなかった。



 ―――卒業まで、あと少し。



 卒業式は、すぐそこまで迫っている。





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