106
とうとう2学期が終わる。
結局、2学期の間に打倒蓮見の目標を達成することはできなかった。
あともう少し、といったところで蓮見に届かない。
とても悔しい。
もう3学期の学期末テストに賭けるしかない。
死ぬ気で頑張ろう、と私は誓った。
そして待ちに待ったクリスマスパーティーである。
新しく新調してもらったドレスを着込み、私はドキドキしながら蓮見を待つ。
何回も鏡を覗いて全身をチェックする。
うん、どこもおかしくないはず。
ドレスは母の見立てだし、メイクはプロにやって頂いたので完璧だ。
私がそわそわしていると、スーツをしっかり着込んだ弟がひょっこりと顔を出した。
「姉さん、なにそわそわしてるの?」
「そわそわなんてしてないわ」
「……ふーん?」
「本当なのよ?」
「………あ、あれ蓮見さんちの車かな?」
「えっ」
弟が窓を覗き込んで言った。
私は思わず窓に駆け寄って確かめる。
しかし、車なんてどこにもない。
弟の方を見ると、弟はニヤリと笑った。
「嘘」
「~~~っ!悠斗!!」
「本当に引っかかるなんてね……」
「もうっ、悠斗ったら!姉をからかうんじゃありません!」
「はいはい。ごめんなさい、おねえさま?」
「悠斗!」
弟はペロっと舌を出す。
なんて小憎たらしいのだろう。
「……からかうくらい許してほしいな。本当ならオレが姉さんをエスコートしたのに」
少し不貞腐れたように言う弟に、私は瞬きをした。
そしてにやける。
「まあ。ふふ……私を蓮見様に取られて嫉妬しているのね?」
「…………」
弟は何も言わずにふいっと私から顔を背けた。
その行動が、私の言ったことが正しいと物語っている。
なんて可愛いのだろう!
さっきまで小憎たらしいと思っていたけれど、今はその小憎たらしい態度すら可愛いと思ってしまう。
「可愛い……私の弟が、とても可愛いわ」
「……だから可愛いって言われても嬉しくないんだってば……」
「でも可愛いのだもの。悠斗、大好きよ」
私はぎゅっと弟を抱きしめる。
弟は戸惑った顔をしていたが、それでも私にされるがままだ。
「……ダンス、オレと踊ってね?」
「もちろんよ。しっかりリードしてね?」
「うん。任せてよ」
弟はにっこりと笑う。
どうやらご機嫌が直ったようだ。良かった、良かった。
ちょうどその時、使用人さんたちが私を呼びにやって来た。
どうやら蓮見がやってきたようである。
私は弟と一緒に玄関先に向かう。
蓮見は珍しく前髪を上げていた。
去年の文化祭ぶりのオールバック姿に私の心臓が大暴れする。
残念なことに今年の文化祭ではオールバックをしてくれなかったのだ。
私は、静まれ、静まるのだ、我が心臓、と内心で唱えながら優雅に微笑み、暴れる心臓の手綱をとる。
ああ、やっぱり私は蓮見のオールバックに弱い。
グレーのスーツをしっかり着込んだ蓮見が、私を見て微笑む。
オールバックにした蓮見の微笑みの破壊力がとてつもないので、いきなり微笑むのはやめてほしい。心臓が破裂しそうである。
しかしそんなことは表情にはおくびにも出さず、私は挨拶をする。
「ごきげんよう、蓮見様。わざわざお出迎え、ありがとうございます」
「いや……こちらから誘ったんだし、迎えに行くのが当たり前だろ」
私と蓮見が会話をしていると、弟が間に割って入ってきた。
「こんばんは、蓮見さん」
「あ、ああ。こんばんは」
「今日は姉をエスコートしてくださるそうですね。オレがエスコートできないばかりに、ご迷惑をかけてすみません」
「いや、迷惑では……」
「オレがエスコートできれば良かったんですが……申し訳ありませんが、オレの代わりに姉をよろしくお願いします」
「ああ……」
「姉さん、蓮見さんに迷惑をかけないようにね。あと、足を踏まないように」
「わかってます。……もう、子供じゃないのだから……」
弟は蓮見にヘコリと頭を下げるとすぐに私の方を向き、注意を促す。
まるで私が子供みたいだ。
そんな弟の態度に私は少し拗ねる。
そして蓮見の方に近づいていく。
「蓮見様、もう行きましょう。早くしないと時間が」
「そうだね。行こうか」
私は差し出された蓮見の腕を取り、歩き出そうとした。
しかし、一度後ろを振り返り、弟に微笑む。
「悠斗、またあとでね」
「うん、またあとで」
弟はにっこりと笑う。
私は笑顔の弟に見送られながら、蓮見の車に乗り込んだ。
私が最初に乗って、そのあとに蓮見が乗る。
蓮見が乗ると車のドアが閉められ、運転手さんが運転席に座る。
なんとなく落ち着かなくて、私はそわそわしてしまう。
人の家の車は慣れない。
「緊張している?」
「ええ……少し、落ち着かなくて」
「へえ。君も緊張するんだね」
「当たり前ですわ」
蓮見は私をなんだと思っているんだ。
人並みに緊張くらいするぞ。
そんなことを言っているうちに、車が走り出す。
私は窓の外の景色を眺める。
蓮見も私も話さないので車の中は静かだ。
しかし、その沈黙に私は耐えられなくなる。
口から出たのは、ずっと気になっていたことだった。
「……あの。橘さんと一緒でなくて、良かったのですか?」
「姫樺に、『今年は違う方と参加しますので、奏祐様も私以外の誰かを誘ってくださいな』って先に言われたんだよ……」
「まあ、橘さんが」
気まずいのかな?そうかもしれない。
振られた相手と一緒にクリスマスパーティーに参加するのは、今の橘さんにはつらいのだろう。
「だからって訳ではないけど、君が一緒に来てくれて助かった」
「いえ、そんな……私もちょうど相手がいませんでしたし……お互いさまですわ」
私がそう言った時、車が静かに止まり、会場に着いたことを知らせる。
蓮見が車から降り私が続くと、蓮見が手を差し出す。
「お手をどうぞ、お嬢様?」
悪戯っ子のような顔をして、蓮見が言う。
蓮見らしくない、少し無理をしたような表情。
そんな蓮見の表情に私は瞬きを数回して、ぷっと噴き出す。
「ふふっ……ありがとうございます」
私は蓮見の手を取り、車から降りた。
しかし、私の笑いは収まらない。
クスクスと笑い続ける私に、蓮見がむっとした表情を浮かべる。
「そんなに可笑しかった?」
「ええ……だって、蓮見様がそんな顔をされるなんて思わなくて……ふふ」
「………ほら、行くよ。通行の邪魔になる」
「はい」
不貞腐れた蓮見に促されて私たちは歩き出す。
私は蓮見にエスコートをされ、会場に足を踏み入れた。
会場に一歩足を踏み入れると、痛いほどの視線を感じる。
さすが蓮見だなあ、と私は感心した。
蓮見はそんな視線をものともせず、堂々と歩く。
ホールの中心に差し掛かったところで、ダンスが始まる時間になったようだ。
蓮見は足を止めて、私の方を振り向く。
「……踊る?」
「え?あ、あの……私、ダンスがあまり得意ではありませんの。なので、もしかしたら足を踏んでしまうかもしれませんけれど、それでもよろしいなら……」
自分で言ってて恥ずかしくなって、私は俯く。
蓮見はフッ笑って、私と向かい合った。
「大丈夫、ちゃんと避けるから。だから、俺と踊って」
「あ……ええ、喜んで」
私はドキドキしながら、蓮見の手を取った。




