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 文化祭の当日、私はため息が止まらないでいた。

 ことあるごとに、はぁ、とため息を漏らす私に、みんな苦笑している。

 そんな中、美咲様はにこにこと笑顔を浮かべていた。


「凛花、そのチャイナドレスとても似合っているわ」

「……ありがとう。美咲もその恰好、とても似合っているわ」

「まあ。嬉しいわ。ありがとう」


 美咲様は照れ笑いを浮かべた。

 水色のエプロンドレスに黒いリボンを頭に着けた美咲様はとても可愛らしい。

 普段ならそんな美咲様を見ればテンションが上がるのに、今はそんなに上がらない。

 それはひとえに、このチャイナドレス(コスプレ)のせいだ。


 母が選んだチャイナドレスは袖がなく、胸部に涙模様のカットがされていて、胸元が露わになっている。その上、スリットも深く入っていて、太腿も大胆に見えるデザインになっていた。

 チャイナドレスらしく、赤い生地に派手な蓮の花の模様が刺繍されている。

 もっと地味なのがたくさんあっただろうに、なぜ母はこれを選んだのか。

 そう問い詰めると、母は妖艶な笑みを浮かべて言った。


「なぜって?それはもちろん―――私の趣味よ。一度着て見たかったのよ、チャイナドレス。絶対汚さないでね。私も着るから」


 そんな母の回答に私が脱力したのは言うまでもない。

 しかもこのチャイナドレス、ちゃっかり母のサイズで採寸されているのだ。

 お蔭で胸元がとても寂しいし、ウエストやヒップが少しキツイ。

 身長は大して変わらないのに、このスタイルの差はなんだろう。

 泣きたい。


 私の髪は一つにきれいにまとめられている。

 ドレスとお揃いの蓮の髪飾りが挿されていて、とても中華っぽい雰囲気だ。

 あくまで“ぽい”だけなので、エセ中華娘である。

 最後の仕上げとばかりに扇を持たされ、私は投げやりな気分になる。

 もうどうにでもなれ!


 そんな心境に私が陥った時、周りがざわりと色めき立つ。

 騒がしくなった方を向けば、そこには着替えたヘタレ、蓮見、飛鳥と、なぜか弟の姿があった。

 私は着替え終わった3人の姿に、思わず見惚れた。

 それくらい、3人はとても似合っていた。


 飛鳥は新撰組の衣装として有名な、袖口にダンダラ模様を白く染め抜いた浅葱色の羽織に、着込襦袢(きこみじゅばん)襠高袴(まちだかばかま)、紺の脚絆(きゃはん)を着ていた。

 額にはもちろん鉢巻も巻いてある。飾り物の刀や脇差もきちんと腰に下げている。

 どこからどう見ても幕末の人間だ。飛鳥の雰囲気にぴったりな衣装である。


 ヘタレは臙脂色のベストに黒色のタイ、黒のズボンに黒い革靴、そして吸血鬼には欠かせない黒いマントを着込み、八重歯までつけていた。

 とても良く似合っている。その全体的に黒い感じがとてもヘタレらしいと私は思う。


 蓮見は、去年着た王子の衣装をもとにしたと思われる軍服を着こんでいた。

 去年は白がベースだったが、今年は黒い軍服である。

 軍帽まで被って、若い少将という風体だ。

 こんな少将になら、拷問されてもいい。と思ってしまうくらい、蓮見によく似合っている。

 思わず私はガン見してしまう。写真撮りたい。


 そして、問題は弟だ。

 そう、弟なのだ。


「ゆ、悠斗……?」

「ね、姉さん……」


 私が弟の名を呼ぶと、弟は私の存在に今気づいたようで、私を見てぎょっとした表情を浮かべた。

 そしてすぐにしかめっ面をする。


「姉さん、その衣装は?」

「あ、これ?うちのクラスはコスプレ喫茶をすることになって、私はチャイナ服を着ることになったの。それをどこかから聞きつけたお母様が、これを選んできたのよ」

「あぁ……母さんの仕業か……」


 弟は眉間に皺を寄せ唸る。

 文句を言いたいけれど、母が選んだものに文句は言えない。

 それが神楽木家の暗黙のルールなのだ。

 いや、私の衣装のことなんてこの際どうでもいい。

 問題は、弟のその恰好なのだ。


「悠斗」

「……なに」

「その恰好は……?」

「……………」


 弟は私から思いっきり顔を背けた。

 私は弟が向いた方に移動する。すると弟はまた違う方を向く。

 弟が向いた方にまた私が移動し、弟も負けじと違う方を向く。

 そんなやり取りを数回繰り返していると、「いい加減にしたら?」と蓮見が呆れた声で私たちの間に入ったことにより、私と弟の攻防に終止符が打たれた。


「悠斗、説明して。その恰好はどうしたの?」

「……これは、その……うちのクラスの出し物で……」

「悠斗君たちのクラスは、男装女装喫茶をやるんだって。男子がウエイトレスの格好をして、女子がウエイターの格好をするらしいよ。これはその衣装なんだって。神楽木さんそっくりだよねぇ。さすが姉弟だねえ」


 ヘタレはとても楽しそうに言った。

 弟は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。


 そう、なんと、弟は女装をしていたのだ。

 それもミニスカートをはいている。

 なんてことだろう。私より脚がきれいだ。

 それに、私より美人なのではないだろうか。なんというか、とても色気を感じる。

 色んな意味で、ショックだ



「…………」

「…………」

「…………」

「……姉さん。お願いだからなにか言って……」

「え……あ……ごめんね。なんていうか……ちょっと私には衝撃が強すぎたみたい……」

「あ、そ……」

「えっとその……とても美人よ、悠斗。さすが私の弟だわ。とても良く似合っている。……私の女のとしての自信を失うくらいに……」

「姉さん……ごめん。なんか、色んな意味でごめん……オレ、素直に喜べない……」

「そ、そうよね……ごめんなさい」


 私たち姉弟の間に微妙な空気が流れる。

 なんでだろう。どっちも悪くないのに、なぜかお互い謝り合いをしている。

 なんていう、カオスな状況。

 誰かなんとかして!




 結局、弟と微妙な空気のまま、私たちは別れた。

 弟のクラスに顔を出すつもりでいたけど、無理そうだ。

 今、弟のクラスに顔を出して弟に会ったら、私はとても落ち込む気がする。

 明日になったら、姉よりも弟の方が実は美人、なんて噂が流れていたらどうしよう。

 私、立ち直れないかもしれない。

 弟に、男に、負けるなんて……!


 少しへこみながら私はクラスの接客に精を出す。

 生徒会の見回りもあるので、見回りついでにクラスのPRをすることになった。

 うん、飛鳥と蓮見がね。私は辞退しましたよ、ええもちろん。

 しかし、これで女の子の集客は間違いなしだ。うふふ。

 なんて思っていたら、私は美咲様に連行されて、美咲様と一緒にPRするはめになりました。

 愛想笑いをして歩いていた成果がでて、男子の集客率も上がったようだ。

 うん、美咲様のお蔭ですね。さすがです。



 色んな意味で疲れた文化祭がやっと終わった。

 うちのクラスはそれなりに稼いだようだ。うん、良かった。

 しかし色んな意味で疲れ果てた私は着替える気力もなく、人気のない生徒会室でぐったりとして休んでいた。

 弟の女装姿が、頭から離れない。滅茶苦茶ショックだったのだ。

 あんな美人になるなんて……!

 私の姉としての威厳がどんどんなくなっていく……。


「……なにを落ち込んでいるの?」

「あ……蓮見様」


 私が机に突っ伏していると、蓮見が声を掛けてきた。

 蓮見はもう着替えたようである。少し、残念だ。


「まだ着替えてないの?早く着替えてきなよ」

「え、ええ……」


 蓮見に着替えろと言われたことに、私は少し胸が痛む。

 やっぱり、母のスタイルに合わせたこのドレスは似合ってなかったのだろうか……。

 この胸の寂しさがいけないのだろうか。

 いやでもこれは母が異常なのであって、私は標準程度の大きさはある私は悪くないと思う。

 私は心の中で言い訳をしつつ、少ししょんぼりしながらのろのろと立ち上がる。

 すると、蓮見が自分の上着を私にかけてきた。

 なぜ?


「あの、蓮見様?」

「……見ている方が毒だから」

「え?」

「君がそんな恰好をして学校を歩いて注目を浴びるのは、気分が悪い。本当はPRもやめてほしかったけど……」


 え?それって、もしかして、嫉妬?

 私に早く着替えるように言ったのは、このドレスが似合ってなかったからじゃなくて、このドレスの大胆なデザインを着て私が注目を浴びるのが嫌なだけってこと?

 それなら、嬉しい。

 私は思わず笑みを浮かべる。


「……なに笑っているの?」

「なんでもありません」

「なんでもないのに笑うの?」

「ええ」


 変なの、と蓮見が顔をしかめる。

 ああ、私ってなんて単純なんだろう。

 さっきまで疲れ果てて、とても落ち込んでいたのに。

 こんな些細なことで疲れが吹っ飛んで、こんなに気分が上がるなんて。


 だけど、そういうのも悪くない。

 そう、思った。





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