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 私は初めて蓮見とお茶をしたお店に足を運んでいた。

 お店に入ると、相変わらず優しそうな店主さんが出迎えてくれる。


「お久しぶりでございます、お嬢様」

「ええ。本当に、久しぶりですね」

「はい。お席へ案内いたします。どうぞこちらへ」


 私は店主さんのあとについていく。

 そして私が案内された席で待っていたのは―――


「……ごきげよう、神楽木さん」

「ごきげんよう、橘さん」


 少し居心地悪そうにしている彼女に、私は微笑んだ。




 なぜ私がこうして橘さんと会っているかというと、それが橘さんの希望だったからだ。

 私に会って話がしたい、それからじゃないと蓮見に会わない、と彼女が言い張ったそうだ。

 蓮見は難色を示したが、彼女は自分の主張を頑として譲らず、根負けした蓮見が私に電話をかけてきたのだ。

 無理にとは言わないけど、会ってやってくれないか、と。


 正直に言えば、彼女に会いたくはない。

 だけど、彼女に会って確かめたいこともあった。

 よくよく考えたすえに、私は彼女に会うことに決めた。

 彼女に会う場所は蓮見が決めてくれた。

 少し時間が経ったのち、蓮見もこちらへ来ることになっている。


「……前にも言いましたけれど、私は貴女に謝りません」

「ええ」

「私は間違ったことをしたかもしれない。だけど、やったことに後悔はしていないのです。だから、謝りません」

「ええ」

「……貴女、なぜ怒らないの?私、貴女に散々酷いことをしたのに……」

「私も前に言いましたわ。橘さんの気持ちも少しはわかる、と」

「………本当に、甘い人。あの人の言った通りだわ」


 橘さんはぽつり、と呟いた。


「あの人、とは、カイのことでしょうか?」

「……ええ。あの人、貴女のことばかり話すんですのよ。いつもいつも、リンちゃんが、リンちゃんの、リンちゃんは、とそればかり。あの人、本当に貴女が好きだったのですわ」

「……そう、ですか」

「私とあの人は、同じ種類の人間です。好きな人を手に入れるためなら手段は選ばない。そういう人種なのです。けれど、あの人は自分から話を持ちかけたくせに、勝手に終わらせて、一人だけ前を向いてどこかに行ってしまいました。……本当に、ズルイ人です」

「……橘さん」

「私はまだ、前を向けないでいるというのに……本当に、勝手な人。最初はあの人に怒りを覚えましたわ。だけど、今は怒りよりも羨ましいと思う気持ちが強いのです」


 橘さんは俯く。

 そして顔を上げると、見ているこちらが切なくなるような顔をした。


「私も前を向きたい。この気持ちに、踏ん切りをつけたい。そのために、私の質問に答えてください。―――神楽木さんは奏祐様を異性として、好きですか?」


 瞳を潤ませ、私を真剣に見つめる彼女に、私は息をのむ。

 その決断をするために、どれくらい時間がかかったのだろう。

 どれほど、涙を零したのだろう。

 前を向きたい、と彼女は言う。

 ならば、私は彼女の問いにちゃんと答えてあげるべきだ。

 菜緒に聞いた。カイトが、最後まで彼女の心配をしていたと。

 カイトのためにも、私は彼女の問いに正直に答えよう。

 私はまっすぐ彼女を見つめ、微笑んだ。


「―――ええ。私は、蓮見様を異性として、お慕いしています」


 彼女が息をのむ。そして切なそうに俯き、だけど、すぐに顔を上げた。

 そして、切なそうに微笑んだ。


「……正直に答えてくださって、ありがとうございます。これで、私も前を向けますわ」


 そして彼女は私の背後を真っ直ぐ見つめた。

 私が後ろを振り向くと、ちょうど蓮見がやってきたところだった。


「ここで、聞いていてください。私の初恋の結末を、あの人の代わりに」

「……わかりました」


 私が頷くと、彼女は柔らかく微笑む。

 初めて見る彼女の心からの微笑みに、私は見惚れた。

 私と同性なのに、彼女がとても綺麗に見えた。



「姫樺」

「奏祐様……お待ちしておりましたわ」


 彼女は蓮見を真っ直ぐ見つめた。

 いつもの媚を売る声音ではなく、すこしの諦観の混じった瞳をして。


「奏祐様、私は、奏祐様をお慕いしておりました。兄としてではなく、一人の男性として」

「……姫樺の気持ちは嬉しく思う。だけど俺は……」

「わかっていますわ。ちゃんと、わかっています。奏祐様の気持ちが、私にないことは」

「姫樺……ごめん」

「謝らないでください。私は、貴方を好きになれて、幸せでした。辛いこともたくさんあったけれど、貴方を好きになれて良かった、と思いますの」

「…………」

「そんな顔を、なさらないでくださいな。私、いい女になってみせますわ。将来、奏祐様が振るのではなかった、と後悔するくらいの、いい女に」

「……ああ。それは、楽しみだ」

「奏祐様……でも、これだけは許してください。異性として貴方を想うことは諦めます。だけど、兄として、貴方を好きでいることだけは、許してください」

「許すも許さないも、今も昔も、姫樺は俺にとって大切な妹だ。それはこの先ずっと変わらない」

「……ありがとうございます」


 彼女は涙を浮かべて、微笑んだ。

 そして立ち上がる。


「私は、お暇させて頂きます。神楽木さん、お付き合いしてくださって、ありがとうございました」

「いいえ、こうして橘さんとゆっくりお話をできて良かったと思いますわ」

「……私、貴女のそういう甘いところが嫌いだと思っていました。だけど、今はそんなに嫌いではありませんわ」

「え……?」

「それでは、お二人とも、ごきげんよう」


 橘さんはそう言って優雅に一礼をして立ち去った。

 彼女が立ち去ると、蓮見が息を吐いた。


「……これで、良かったのかな」

「ええ。橘さん、スッキリした顔をしていましたもの。これで良かったのだと思いますわ」

「そうか……そうだといいな」


 蓮見はそう言って、表情を和らげた。

 私は橘さんが去っていった方を見つめ、思った。

 カイトに手紙を書かなければ、と。

 橘さんが前を向き始めたこと、カイトに伝えてあげなくては。

 きっと向こうで心配しているだろう。


 こうして、私の苛め事件は、完全に幕を閉じた。




 夏休みが終わり、2学期が始まる。

 そろそろ私たち3年生は生徒会を引退する時期である。

 今まで慣れ親しんだこの生徒会室ともあと少しでお別れしなければならないと思うと、とても寂しい。

 次の生徒会長には弟が立候補することになっている。

 他の立候補者もいないようだし、弟が次期生徒会長になるのは確実だろう。

 弟なら何も心配はいらない。だけど、やっぱりさみしいものはさみしくて。

 私たち3年生は、感慨深く生徒会室を見つめた。


「……あと少しでこの部屋ともお別れ、か」

「そう、ですね……寂しいですわね」

「ああ……いろいろあったし、ね」

「……君たちがな」


 ボソリと付け加えられた飛鳥の一言を、私と蓮見は思いっきりスルーした。

 ナンノコトデショウ。サッパリワカリマセンワ。


「文化祭で俺たちの出番も終わりだ。文化祭まで精一杯頑張ろう」

「ええ、そうですね、蓮見様」

「……誤魔化したな」


 蓮見が良いことを言ったので私も便乗した。

 しかし、飛鳥はそんな私たちをじと目で見る。

 私と蓮見は飛鳥の視線を華麗にスルーし、生徒会の仕事に取り掛かる。

 藪蛇になるのはごめんだ。




 私たちのクラスは、文化祭で劇をやるか喫茶店をやるかで揉めた。

 私と蓮見でもう一度いばら姫を、という声がちらほら上がる。

 しかし、私と蓮見は全力でそれを拒否した。

 その結果、喫茶店をやる方向に決まった。

 しかし、ただの喫茶店では面白くない。なにかもっと珍しく面白いことをしたい。

 そんなことを言いだした奴がいた。

 ヘタレである。


 余計なことを言うな、と内心思ったものの、みんなその意見に賛同してしまっては、一人だけ反対するのも時間の無駄なので、ヘタレの提案に乗るしかない。

 とは言っても、できるだけ変な方向にならないようにしなければならない。

 私は真剣に話し合いに参加し、なんとかただのコスプレ喫茶で収めた。

 これでも大奮闘である。

 男装女装喫茶、着ぐるみ喫茶、いっそ動物を放って……などなど、ちょっと待った、と言わざるを得ない案がたくさん出されたのだ。

 よく頑張った私、と自分を褒め称えたい。

 まあ、美咲様や蓮見、飛鳥の援護があったからこそ成し遂げたことだが。


 そんなこんなで、クラスのみんなでなんのコスプレをするかを話し合う。

 一番最初に決まったのは、飛鳥の新撰組のコスプレである。

 うん、似合いそうだよね。というか、確実に似合うよね。

 これで集客率アップは間違いない。飛鳥は宣伝係りになってもらおう。

 段々とコスプレの内容が決まっていく。

 美咲様は、アリスの格好をされるらしい。絶対似合う。一緒に写真を撮ってもらおう。

 ヘタレは吸血鬼のコスプレをするらしい。うん、似合いそうではあるな。

 蓮見は軍服を着るらしい。……滅茶苦茶似合いそう。蓮見も宣伝係りだな。


 そして私は、コスプレをしない。

 と言ったら猛反対を食らった。私は裏方でいいのに……。


 もう、ダース○イダーの格好とかでいいよ。

 え?顔が出ないからだめ?

 チャイナ服?いやいやそんな派手なのなんて着ませんよ?

 アオザイならどうだって?だから、なんで中華系なんですか。

 え?いっそのこと魔女っ娘でどうだ?

 やだ、東條様とお揃いっぽいじゃないですか。

 ナース?巫女さん?うーん……それもちょっと……。

 え?文句ばかり言うなって?

 だから私コスプレしたくないんですってば。


 そんな押し問答を繰り返した結果、私は結局チャイナ服で妥協した。

 まあ、チャイナ服と言っても千差万別。そんな派手じゃないのを選べば良いか。

 そう思っていたのに、どこかから聞きつけたのか、母が張り切って勝手にチャイナ服を選んできてしまった。

 スリットの大きく開いたデザインである。ちなみにかなり派手だ。

 えぇー?これ着るの?

 髪飾りまで用意済みですか……準備のよろしいことで。

 母に逆らえない私は大人しく母が用意したチャイナドレスを着ることにした。

 ああ……文化祭が憂鬱だ。

 初めて文化祭を憂鬱に感じた。





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