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 私は蓮見を連れて、よく蓮見と待ち合わせをしていた中庭に行く。

 そしていつもお菓子を食べていたベンチに腰掛ける。

 蓮見も私の隣に腰を下ろした。

 私はぼんやりと空を見上げる。

 もうそろそろ、カイトは出航する頃だろうか。


「矢吹は……そろそろ向こうに行く時間、かな」

「ええ。そろそろだと思いますわ」


 蓮見も私と同じことを考えていた。

 そんな些細な共通点がとても嬉しくて、でも、カイトのことを想うと胸が痛い。


「私、昨日の放課後、カイと話をしました」

「……うん」

「私が、嫌がらせを受けていたのは、もうご存知ですよね?」

「……ああ。ごめん。俺がもっとちゃんとしていれば……」

「いいえ。嫌がらせとは言っても可愛いものでしたし、蓮見様のせいではありません。……本当に、蓮見様のせいではなかったのです……」

「どういうこと?」


 蓮見は戸惑った顔をした。

 私は少し顔を伏せて、昨日のことをポツリポツリと話し出す。

 この一連の黒幕は、カイトであったこと。

 そして、蓮見の幼馴染みである橘さんもカイトに利用されていただけだったこと。

 そして、カイトが私を好きだったこと。


 本当は、この話は誰にも言うべきことではないのだと思う。

 でも私は自分で思っている以上に心が弱い。

 誰かに、縋り付きたかった。

 誰かに思っていることを打ち明けて、自分が楽になりたいのだ。

 私はなんてズルイのだろう。

 それでも私は話さずにはいられなかった。



「…………」


 話を聞き終えた蓮見が、黙り込む。

 やはり呆れてしまっただろうか。ズルイ私に。

 私は顔を伏せたまま、拳を握り締めた。


「……それで?君は、どうしたいの?」


 蓮見がいつもと変わらない口調で私に尋ねる。


「どうしたい?」


 私は蓮見の台詞をおうむ返しする。


「君は俺になんて言ってほしいの?」

「私、そんなつもりでは……」

「神楽木」


 蓮見が柔らかい口調で私を呼ぶ。

 私はびくりと肩を揺らす。


「俺の目を見て」

「あ……」


 私は蓮見に無理やり顔を上げさせられる。

 蓮見はいつもと変わらない無表情だった。


「君が、矢吹のためにできることなんて、もうないんだ」

「…………」

「だから、君がそんな顔をする必要はない。矢吹だって、君がそんなつらそうな顔をするのを望んではないはずだ」

「私……つらそうな顔をしていますか?」


 コクリと蓮見は頷く。


「君は矢吹に答えを出した。それが矢吹の望みだった。きっと矢吹はそれ以上のことを望んでいないよ」

「そうでしょうか……」

「君は、優しすぎるよ。矢吹は君に酷いことをしてきたのに、君は矢吹のためにそんな顔をする。少し、嫉妬するな」

「蓮見様……」


 蓮見は苦笑した。

 私は目を閉じて、自分の気持ちを整理する。

 そして目を開くと、蓮見の目をしっかりと見た。


「私、カイにメールを送ろうと思っていました。でもなんて書けばいいのかわからなくて……でも、蓮見様と話をして、メールの内容を決めましたわ」

「そう」


 ええ、と私は頷き、携帯の画面を開く。

 そしてカイトに言えなかった一言を打ち、送信した。


 たったひとこと、『ありがとう』と。



「……次にカイと会える時、笑えるでしょうか」

「笑えているんじゃない?君、結構図太いし」

「……酷い言い方」

「事実でしょ?」


 蓮見のドヤ顔がなんだか可笑しくて、酷いことを言われたのに私は思わず笑ってしまう。

 笑いだした私を蓮見はムッとしたように一瞬だけ見て、そしてすぐに柔らかい表情を浮かべた。


「もう大丈夫そうだね?」

「ええ。話を聞いて貰えて、スッキリしましたわ。ありがとうございました」

「そうか……よかった。今度は、俺の番だな」


 そう言った蓮見を私は怪訝そうな顔で見つめる。

 蓮見は私をしっかりと見て、言った。


「俺も、姫樺とちゃんと向き合ってくる」

「……はい。頑張ってください」

「ああ」


 蓮見はしっかりと頷いた。

 そして私たちはまた空を見上げる。

 青い、澄んだ空。

 その空に、飛行機雲が浮かんでいた。




 そうして、夏休みに入った。

 夏休み前に行われた期末テストでは、あと一歩のところで蓮見に届かなかった。

 今回もだめだったか……と私ががっくりとしつつ、そろそろ受験に向けて本腰を入れないといけない時期だ。

 美咲様やヘタレ、飛鳥と蓮見も、そのまま桜丘学園の付属大学に行くらしい。

 希望する学部は違うけど、それでも同じ大学に通えるのはやっぱり嬉しい。




「凛花―!」

「菜緒!」


 私は夏休みに帰還した菜緒を出迎えに来ている。

 珍しく菜緒が私に駆け寄って来る。

 そして私に抱き付いた。


「わっ!……菜緒?」

「ごめん……ごめんね、凛花……!」

「菜緒?どうしたの?」

「カイトのこと。ごめんね、私のバカ従弟が迷惑かけて……」

「……菜緒、なんで……?」


 私、菜緒にカイトの事言ってないのに。


「カイトから聞いたの。私、こうなるんじゃないかって想像はついていたのに……凛花に何も言えなかった……」

「菜緒……ううん、菜緒のせいじゃ、ないわ」

「私、知ってたの。カイトの歪んだ気持ち。知ってて、凛花に黙っていた」

「……そう。でも、それはカイのためでしょう?だから、いいの」

「凛花ぁ……」

「もういいの。大丈夫。私もカイも、ちゃんと前を向けているから。カイが日本に戻ってきたら、一緒に笑顔で出迎えよう?ね?」

「……うん。ありがとう、凛花……」


 いつもは私のお姉さんみたいな菜緒を、私はよしよし、と頭を撫でてあげている。

 いつもと逆の立場になっているのが、少し不思議で、ちょっと嬉しい。

 私と菜緒は、それから、たくさん話をした。

 友人たちのこと、家族のこと、1学期にあったこと……。

 気づいた時には夜遅くになっていた。

 私が慌てて家に帰ると、玄関先で弟が仁王立ちで待っていた。

 そして「帰って来るのが遅い!」と弟に怒られた。

 なぜか最近弟がオカンになってきている……。

 ちょっと弟の将来が心配である。




 夏休みも中頃に差し掛かった。

 私が自室で勉強に精を出していると、控えめにノックがされた。


「はい、どうぞ」

「失礼致します。お嬢様宛にお手紙が届いています」

「まあ。誰から?」

「カイト様からですわ」

「カイから……?」


 私は使用人さんから手紙を受け取り、お礼を言う。

 使用人さんが部屋から出ると共に、手紙の封を切った。


『親愛なる、リンちゃんへ』


 カイトの字でそう書かれた手紙。

 カイトらしい明るい文体で書かれた手紙に私は涙が出そうになる。

 私は手で目頭を押さえて、涙を堪えて手紙を読んだ。


『親愛なる、リンちゃんへ


 リンちゃんに手紙を書くのは初めてだね。なんだかちょっと気恥ずかしいけど、メールよりも手紙の方がおれの気持ちが伝わるかなぁって思って手紙にしました。

 メールありがとう。たった一言だけど、おれ、凄く励まされたよ。飛行機内で思わず涙ぐんじゃったよ。すっごく嬉しかった。こちらこそ、ありがとう。

 今頃、リンちゃんたちは夏休みかな?おれはイタリアで父さんの仕事の手伝いをさせられつつ、元気に頑張ってます。

 リンちゃんたちは来年受験だね。リンちゃんたちなら余裕で合格できるんだろうけど、受験勉強頑張ってね。おれもイタリアから応援してるから!

 しばらくは日本に戻れないけど、日本に戻ったらまた遊んでね。

 できればリンちゃんたちの卒業式の日には日本に戻りたいなぁ。

 おっきな花束持っていくつもりだから、楽しみにしててね!

 またリンちゃんたちに会えるのを楽しみにしてます。

 それまで元気で。


 カイト』



 なんて、カイトらしい手紙。

 カイトはちゃんと前を向いている。

 蓮見の言った通り、私にできることはもうなにもない。

 悩む必要なんてなかったのだ。

 そう思ったら、胸につっかえていたものがすっと取れて、楽になった。


 返事を、しなくちゃ。

 でもまだ、なんてカイトに言えばいいのかわからない。

 だから、もう少し落ち着いたら、返事をしよう。

 そうだ。みんなにも手紙を書いてもらったらどうだろう?

 きっと喜んでくれるはずだ。


 私は修学旅行にみんなで撮った集合写真の入った写真立てを見つめる。

 みんな笑顔で写っている。

 きっと卒業式には、これと同じ写真が撮れるはず。

 ううん。これ以上の笑顔でみんな写っているに違いない。

 私はそう確信を持つことができた。





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