100 幼馴染み
100話目です。ついにここまできました!
今回は菜緒視点での、会話多めの話になってます。
私は外泊許可を貰って、実家への道を急ぐ。
あいつから電話をもらったのは、1週間前のことだった。
私はあの時、寮で勉強をしていた。
ちょっと疲れたな、と思ったちょうどその時に、携帯が鳴った。
誰からだろう、と思いながら電話に出る。
「もしもし」
『あ、おれだよ、おれ』
「オレオレ詐欺……?あの、間に合ってますので他所を当たってください」
『なに言ってんの?おれだよ、カイトだってば!』
「冗談だって……どうしたの、カイト。電話してくるなんて、珍しいね?」
『まぁね……菜緒にだけは、言っておこうと思って』
「私にだけは……?」
嫌な予感がして、私は眉に皺を寄せる。
『おれ、来週イタリアに帰ることになった』
「は……?また急に……」
『急じゃないよ。前々から戻ってこいって催促されてたんだけどね……なんとか躱してたけど、もう無理っぽい』
「御曹司も大変ねぇ……」
『まぁそれなりにね……あと、もう一つ言っておきたいことがあって』
「言っておきたいこと?」
『うん……実は、おれ……』
私はカイトが話した内容に、ああ、やっぱり、と思った。
なんとなく、そうなるんじゃないかと思っていた。
私の思い過ごしであることを祈っていたけれど、現実になってしまったようだ。
だから凛花に気を付けろ、って言ったのに。
『……驚かないの?』
「なにをいまさら。私はあんたの性格を知り尽くしているし、いずれそうなるんじゃないかと思ってたから。だから、凛花をいじめるように指示してたって聞いても驚かないわ。むしろやっぱりね、って感じ?」
『あはは……菜緒にはお見通しってことかぁ』
「そういうこと。まったく、本当にあんたって馬鹿ね。どうしようもない大馬鹿だわ。歪んでる」
『……自覚はしてるけど、そこまで言われるとつらいかも……』
「いい気味だわ。凛花はそれ以上につらい想いをしてるんだから。本当に……馬鹿ね。そんなに凛花が好きなの?」
『……好きだよ。病気じゃないかって思うくらいに』
「……本当に歪んでる。それ完全に病気よ。好かれないならいっそ嫌われたいってなにそれ。馬鹿じゃないの。バーカ」
『バカバカ言いすぎ……』
「周りまで巻き込んで……本当に馬鹿ね。なんでわざわざ悪役やろうとするわけ?もっと他にも方法があったでしょうに」
『これが一番嫌われるかなぁって。おれが良ければ周りなんてどうでもいいんだよ』
「うわぁ……引くわぁ……」
カイトの想いが重すぎる。
でも、それくらい凛花のことが好きだっていうことも知ってた。
ずっと隣で見てきたから。
カイトの恋を、ずっと見てきたから。
不器用で、純粋な恋を。
『……今の本当に傷ついたんだけど?』
「ごめん。でも引いた。拗らせすぎでしょ……」
『かもね。だから、もう終わりにする』
「え?」
『イタリアに帰る前の日、おれ、決着をつけてくるよ。おれが引き起こしたこと、きれいに収めてくる』
「どうやって?」
『そんなの、人を使って、に決まってるじゃん。リンちゃんの周りには、すばるんとはすみん、それにミクもいるから。上手くやればその3人と、あ、あとトーマもなんとかしてくれるはずだから。下手におれがどうこうするより、その4人に任せた方がきれいに収まるはずだし。その4人を、使う』
「……ずいぶん大物を使うね」
『へへ。おれもそう思う。とにかく派手にやってみるよ』
「もう、決めたの?」
『決めた』
「そう。なら私は、頑張れ、って言ってあげるわ」
『ありがと。菜緒に話したら少し気が楽になったよ』
「……ねえ、凛花には帰るって言ったの?」
『言ってない。ギリギリまで黙っているつもり。だから、菜緒も余計なこと言わないでね?』
「……いや。って言いたいけど、いいわ。今回だけは、言わないでいてあげる」
『ありがとう』
「……最後の日に、事の結末、全部聞かせてね」
『わかった』
電話が切れたことを確認すると、私はため息をついた。
本当に、私のバカ従弟は、初恋を拗らせて。
なんて不器用なんだろう。
自分も傷ついて、凛花を傷つけて、周りも傷つけて。
それでも諦められなくて。
私は引き出しにしまってあった、外泊許可の紙を取り出す。
あまり使うことはない、この紙。
不器用な従弟のために、使ってあげよう。
それが私にできる、精一杯のことだから。
私は実家にはすぐ寄らず、カイトの家に直行した。
呼び鈴を鳴らすと、カイトがひょっこりと顔を出した。
「え?あれ?菜緒?なんでここに……」
「ちゃお、カイト。優しい従姉が慰めにきてあげたわ」
「あ、ああ……そういうこと……。上がって。なんにもないけど」
「遠慮なく。お邪魔しまーす」
私は本当に遠慮せずにカイトの家に上がり込む。
カイトの家にはものの見事に物がなくなっていた。
それもそうか。引っ越しの前日だからね。
「さあ、カイト。約束よ。事の顛末を話してもらおうじゃないの」
私はどかっと適当に床に座り込む。
そんな私にカイトは苦笑しながら、今日あった事を話してくれた。
「きちんと終わらせてきたよ」から始まった、カイトの話。
「……そう。ちゃんと終わらせてきたんだ」
「うん。これでおれも、前を向ける気がする」
「無理しちゃって……」
「無理しなきゃ、終わらせられないから。おれも、ヒメカも」
「そのヒメカって子……その子も、ちゃんとカイトみたいに“終わった”の?」
「うーん……どうかなぁ?終わらせられるように徹底的に追い詰めたつもりだけど……ヒメカは精神力強いから……微妙かも」
「徹底的に追い詰めたって……あんた、鬼畜すぎ」
「おれ、リンちゃん以外には優しくないから。それに、ヒメカを見ていると、なんだか自分の姿を見ているようでイライラするんだよね……ヒメカも前を向けるようになればいいけど」
カイトは少し心配そうな顔をして言った。
なんだかんだ言って、結局カイトはヒメカって子がほっとけないのだろう。
ヒメカという子がどういう子なのかは知らない。
だけどその子もカイトと同じように報われない恋をしているのなら、このことをきっかけにして、前を向けるようになればいいと思う。
カイトはへらっと笑う。
「まあ、明日にはイタリアに帰るおれが心配してもしょうがないんだけどね」
「カイト……ねえ、私の前くらい、無理して笑わなくていいんだよ?」
「別に無理してなんか……」
「無理してるでしょ。私にはわかる。だって、カイトとは姉弟みたいなものだもん。わかるよ。失恋して、辛かったね?」
「……っ」
カイトは俯く。
私はそんなカイトの頭を撫でる。
「よしよーし」
「こども扱いしないでよ……」
「いいじゃないの、今くらい子供になっても。私とカイトの仲だし?」
「……菜緒ってずるい……必死に泣くの堪えてんのに……なんで泣かせようとするの」
「泣いた方がすっきりするかもよ?おねえさんに甘えなさい」
「……妹の間違いじゃないの……」
「おねえさん!」
カイトの瞳からぽろぽろと涙が溢れた。
カイトの泣き顔を見るのなんて久しぶりだ。
もう十年以上見ていない。
「そのヒメカって子も、前を向けるといいね」
「うん……心から、そう思うよ」
私はカイトが泣き止むまで、ずっとそばにいてあげた。
カイトは泣き止むと、すっきりしたように笑って、「ありがとう」と言った。
私は朝一番で寮に戻った。
学校で授業を受けながら、空を見上げる。
カイトは今頃、空の上だ。
見送りはできなかったけど、今度、カイトが日本に戻ってくるときは出迎えてあげよう。
凛花や悠斗、桜丘学園で仲良くなった人たち、全員で。
そして笑顔で「お帰り」と言ってあげよう。
その時は、みんな笑顔で話せるようになっているだろうと信じて。




