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10 弟/親友

弟視点と蓮見視点です。

今回、通常の倍以上の文字数になっております……。

少し書き足しました(6/21)

 オレにはひとつ違いの姉がいる。

 姉はちょっと……いや、かなり変わっている。

 行動が奇抜なのだ。

 気分がいいと変な歌を歌い出したり、調子のいいときには変な振り付けまでつけている。

 夜中に歌ったり踊り出すのは勘弁してほしい。うっかり見てしまった時には恐怖で眠れなくなる。


 そんな姉だが、近頃おかしい。

 いや、おかしいのは元からかもしれないが、いつも元気な姉が最近はため息ばかりついている。

 桜丘学園の話を聞いた時からだろうか。

 母はオレたちに桜丘学園に通ってほしいみたいだが、姉は行きたくないらしい。

 なんでだろう。何かあるんだろうか。



 結局、姉は母の“一生のお願い”に勝てず、桜丘学園に入学することになった。

 桜丘学園は入試試験のレベルが高い。姉はろくに勉強をしてないくせに受かった。正直、その頭が羨ましい。

 春休みに入ってから姉はよく頭を抱えて唸っていた。


「どうすればこのフラグを折れるんだろう……?」


 オレには意味がわからなかった。



 入学式が終わってから、姉は急にいきいきとしだした。

 前日までの姉の様子はいったいなんだったのだろう……?

 姉については、考えるだけ無駄なのかもしれない。

 ちょっと心配して損した。



 ある日、いきなり姉に連れ出された。

 憂さ晴らしに買い物に行きたいらしい。

 オレは荷物要員か?

 姉は楽しそうに買い物をしている。

 真剣な表情で悩んでいる物は選んでやった。姉は嬉しそうにオレの撰んだ方を買う。

 そんな姉の様子に、オレはちょっといい気分になった。

 重そうな姉の荷物を持ってやると、姉は笑顔で「ありがと」と言った。

 結局オレは荷物を全部持ってやった。


 買い物が終わったあと、姉が突然慌てた様子でどこかに行ってしまった。

 なんなんだ?と思っていると声を掛けられた。

 東條さんと蓮見さんだった。

 彼らとは父の付き合いでたまに会うことがある。

 そういえば、彼らは姉と同じ学校に通っているんじゃなかっただろうか。

 姉が逃げたのは彼らが原因か?

 いや、まさか。彼らは男のオレから見ても格好いいのだ。そんな相手を避けるわけがない。……普通は。

 ………そうだった。姉は変わり者だった。何らかの理由で彼らを避けているのかもしれない。


 そんな事を考えていたら姉の話題になった。

 彼らの前であまり姉の話をしたくない。

 なのでどんなに気恥ずかしくても、しれっとした顔をして姉のことを聞かれないようにした。

 それで東條さんは引いてくれたが、珍しく蓮見さんが食いついた。

 蓮見さんは姉と顔見知りだったのか?

 蓮見さんはちょっと話した後、どこかに行ってしまった。

 東條さんに蓮見さんはどうしたのかと聞くと、トイレに行ったというありきたりな答えが帰ってきた。

 気のせいだろうか。

 蓮見さんはここを離れる前にどこかを見ていた気がする。


 やがて蓮見さんが戻ってきて東條さんと一緒に去っていった。

 オレは人知れず息を吐いた。

 やはり東條さんたちと話すのは緊張する。

 その時、姉が帰ってきた。少しよろよろしていた。

 なにがあったんだろう……。

 不意に姉が抱きついてきた。突然のことに手に持っていた荷物を少し落としてしまった。


 姉はいつになく疲れているようだ。

 背中をぽんぽんと叩く。お疲れ様の意味を込めて。


 しばらく経っても姉が離れない。

 オレは姉を呼んでみたが返事は無し。

 よく見ると姉は抱きついた体勢のまま眠っていた。



 まじかよ。オレ、両手に荷物持ってるんだけど。

 その上姉さんまで運ばないといけないのか?

 オレはちょっと泣きそうになった。

 結局、姉を強引に起こした。

 起きて姉が言った最初のひとことは「てんどん……」だった。

 天丼って……。食べたいの?食べたいのか姉さん。

 オレは思いっきり脱力した。



 こんなオレの姉だが、オレにとっては自慢の優しい姉なのである。

 まあ、たまにはこうして姉の気晴らしに付き合ってあげるのも、悪くない。





 -----




 入学式に、変な女を見掛けた。

 他の女は新入生代表としてステージに上がった昴に魅入っているのに、その女だけは違った。

 ちょうど彼女は俺の斜め前に座っていて、俺からは彼女の様子がよく見えた。

 俯いているな、と思っていたら、頭が時折かくんと揺れている。

 もしかして、寝てるのか?昴が話してるのに?

 どの女も昴が話し出せばうっとりとして昴の話を聞くのに。

 昴の話が終わっても彼女が目覚める気配はない。

 入学式に爆睡する女を初めて見た。

 彼女が起きたのは閉会する直前だった。

 周りをきょろきょろ確認し、密かに口許を拭う彼女は他の女とは違う気がした。



 父に絶対に遅れるなと厳命されていたパーティーは、入学式の後すぐに開かれる。

 こんな日に限って、だらだらとくだらない話が続くのだ。

 担任は話好きなようだ。おかげで長引いた。

 俺は少しイライラしながら急いで荷物をまとめて教室を出る。

 その途中で何人かに話し掛けられたが、急いでるからと話を拒否した。

 ああ、もう、時間がない。

 俺は腕時計を確認する。

 少しの間、前方への意識をそらした瞬間に誰かにぶつかった。俺は慌てて、誰かの手を掴んだ。


「ごめん、大丈夫か?」


 手を掴んだ人物を見て、俺は息をのむ。

 その人物は滅多にお目にかかれないほどに美しい容姿をしていた。

 どこかで見たことのある顔だ。どこだったか。

 一瞬考えて出てきたのは、彼女にそっくりな顔立ちの少年と、入学式で見た変な女だ。

 ――入学式で爆睡してた女か!

 容姿が良いだけに、その行動が物凄く残念に思う。

 その気持ちがうっかり声に出ていた。


「ああ。入学式の最中に爆睡してたやつか」


 彼女は一瞬固まったが、すぐに戻った。


「…………なんのことですの?身に覚えがありませんわ?」


 白々しく言った彼女をからかいたくなり、よだれと言ってみたら物の見事に反応した。面白い。

 もっと彼女の反応が見たいが時間がない。

 俺は彼女に断りをいれて立ち去ろうとした。


 そこでふと、思い付いたことを言ってみようと彼女を振り返った。

 彼女は怪訝そうな顔で俺を見た。


「入学式のことは黙っていてやる。さっき、鼻歌を歌いながらスキップをしていたことも、な?」


 後半はこうしてたら面白いな、と思うことを言っただけだった。実際にやってるわけがない、と。

 だから何を言ってるんだ、という顔をされると思ってた。

 しかし、予想に反して彼女はぎょっとした顔をした。


 ……まさか、本当に鼻歌を歌いながらスキップしてたのか?

 本当に、彼女は面白い。



 そんな彼女と次に話せたのは遠足の時だった。

 昴と美咲が植物園を周ると言って植物園に向かった。

 俺も誘われたが断った。二人きりにしてあげたかったのだ。

 しかし、やっぱり気になって、後を追って見ると、昴と美咲をじっと見ている影を見つけて近づいた。


 ……彼女だった。

 正直、俺はこの時ガッカリした。

 彼女は昴に興味がない、他の女とは違うと思っていたのに結局は他の女と変わらなかった。

 その苛立ちもあってか、彼女に掛けた声は冷え冷えしていた。

 彼女は俺を見て驚いた顔をした。

 だが、すぐに険しい顔をして俺を睨む。

 なんなんだ?なんで俺は睨まれている?


 戸惑っていると「しっ!隠れて!」と彼女に勢いよく押し倒された。

 俺は彼女に馬乗りされている。

 ……なにがどうなってる?なんなんだ、この状況は?

 しばらくして、彼女は安心したように息を吐いて、俺を見下ろす。

 と、不思議そうに俺を見て首を傾げた。

 俺はたまらず、彼女を軽く睨んだ。


「……ねえ、君、誘ってんの?そういうの、嫌いじゃないけど」


 彼女の容姿はいいのだ。

 俺だって男だ。見目のよい女に押し倒されれば、そういう風に思いたくなる。

 彼女は狼狽したように、顔を青ざめながら俺から慌ててどいた。

 俺はため息を吐きたくなった。

 普通、顔を赤くするところじゃないか、ここは?

 それとも俺ってそんなに怖いイメージあんの?


 そんな不満を押し殺し、どうしてここにいたのかを彼女に問えば、昴と美咲を見ていたと彼女は語った。

 彼女は昴と美咲の二人に憧れているらしい。

 昴が好きなんじゃないのかという質問を全力で否定した。


 なんだ、結局俺の思い込みだったんじゃないか。

 じゃあ、さっきまでの態度はただの八つ当たりってことになる。

 なんてことだ。それじゃあ俺は、ただの恥ずかしい奴じゃないか。


 その気恥ずかしさをごまかすようになにか言おうとして出てきたのは、なんで名前を知っているのかというバカみたいな質問だった。

 もっと違う質問はなかったのか、俺。

 彼女は、何を言ってるんだ、と言う顔をしつつも、丁寧に答えてくれた。

 その流れで彼女の名前を知ることができた。

 神楽木という苗字と彼女の顔を見て、俺は入学式の時に思い出した顔が浮かぶ。


 神楽木……彼女は悠斗の姉だったのか。

 そう言えば悠斗にはひとつ違いの姉がいると聞いたことがある。

 悠斗は父と付き合いのある人の息子だ。

 とても優秀で将来有望な少年だ。昴が彼を気に入っていた。


 彼女は昴に恋愛感情を抱いていないようだし、あの悠斗の姉だ。悠斗の姉なら、俺の望みを叶えるのを手伝って貰ってもいいかもしれない。

 そう考えた俺は彼女の弱味をちらつかせて、手伝って貰う約束を取り付けた。



 彼女が手伝うことに対して出した条件はただひとつ。“昴に近づかない”ことだった。

 最もらしいことを言っていたが、それだけが理由ではない気がする。

 そんなことを考えていた矢先、昴から買い物に付き合ってほしいと頼まれた。

 特に予定もなかったので、俺は付き合うことにした。

 なんの買い物かと訊ねると「美咲の誕生日プレゼント」と返ってきた。

「奏祐も買ったらどう?」と言われたが、俺は買う気はない。美咲の誕生日プレゼントは花と決まってるのだ。

 手元に長く置けない、生花をプレゼントする。

 枯れた花を見れば、実らないこの想いを実感できるから。


 いろいろ見て回り、昴はようやく納得した物を買えたようだ。

 昴は満足げな顔をしている。

 何を買ったのかは知らないが、アクセサリーの売っている店で買っていたので、アクセサリーであることは確かだ。


 その帰り道、悠斗と会った。

 たくさんの買い物袋を持っていた。

 昴がからかい交じりに「彼女と買い物でもしてた?」などと聞いていたが、悠斗は真面目な顔で「いえ、姉の付き添いです」と答えた。


 姉の付き添い。ということは彼女も近くにいるんだろうか。

 そう思って悠斗に聞いてみると、忘れ物を取りに行った、という答えが返ってきた。

 念のため辺りを見てみると彼女らしき人を発見した。

 俺は昴に断ってその場を離れ、彼女らしき人物に背後から近づく。

 やはり彼女だった。

 彼女は俺たちの死角にいたつもりなのだろうが、わずかに角度が悪い。俺のいた場所からは彼女の姿が見えた。


 なぜ隠れているのかと聞いてみれば、物陰にいると気分が落ち着くというとんちんかんな答えが返ってきた。

 ……本当に彼女は良家のお嬢さんなんだろうか。いろいろ規格外だ。

 彼女は昴を避けている様子だったので、その理由も聞いてみたがのらりくらりとかわされた。

 まあ、いい。今日がだめでもまた次がある。

 俺はあっさりと引き下がった。



 月曜日、俺はいつもより機嫌が良かった。

 そのせいか、いつもより早く学校に着いてしまった。

 彼女と話すのが俺はどうやら楽しみみたいだ。

 彼女は面白い。きっと俺が思いつきもしないことをしてくれるだろう。それが楽しみだ。


 自分の席で授業の準備をしていると、なにやら廊下が騒がしい。

 気になったので、廊下に出て窓を覗く。

 そこには仲の良さそうに寄り添い歩く昴と美咲の姿があった。

 二人の姿に胸がざわめく。

 わかってたはずだ。こんな場面を何回も見てきたはずだ。なのに、二人のそんな姿を見るたびに胸がざわつく。


 胸が、痛い。

 あんな二人の姿なんか見たくない。見たくないのに目が離せない。

 さっきまでの機嫌の良さが嘘のようにどこかに行ってしまった。



 彼女との待ち合わせの場所に、俺は一足早く訪れた。

 ここに来るのは久し振りだ。


「いっらっしゃいませ。……おや、奏祐坊っちゃんではありませんか。お久し振りでございます」

「ああ、久し振り。いつもの場所は空いてる?」

「ええ、空いておりますよ」

「じゃあ、そこへ案内して。……あぁ、もう一人来るから、桜丘学園の制服を着た人が来たら俺の所に案内してほしい」

「畏まりました。その方は、お嬢様ですか?」

「まぁね」


 頷くと店主は食えない笑みを浮かべた。

 その笑みに、なぜか無性に腹が立った。


 彼女は15分ほど遅れて来た。

 目で座るように促すと彼女は優雅に座った。

 その仕草だけなら立派なお嬢様だ。

 中身が違っているのが残念だが。


 彼女と話していると、話す気がなかったことまで話してしまう。

 なぜか彼女に美咲への気持ちを言ってしまった。

 なぜ言ってしまったのかはよくわからない。

 だけど、誰かに聞いて貰いたかったのも確かで、彼女に話して幾らか気が楽になった気がした。

 ただ聞いて貰うだけで良かったのに、彼女は俺に気持ちを否定するな、と言った。

 真摯にそう言う彼女に、いつもあった胸のつかえがとれた気がした。


 なんとか自分の中の気持ちに整理をつけ、今度は彼女の昴を避けている理由を聞いた。

 彼女は言い渋ったが、最終的には教えてくれた。

 彼女の話したことはにわかには信じられない話だったが、彼女は嘘をついているようには見えなかった。

 本当に信じられない話だ。


 ―――彼女が少女漫画のヒロインなんて、ねぇ。


 容姿はともかく、中身が合ってないと思う。

『美咲様の幸せを願う会』の会長にしてあげるなんてわけのわからないことを言い出すヒロインがいるか。しかも自分のライバルの幸せを願うとか、ないだろ。

 彼女の話を受け入れられたわけじゃないが、彼女は真剣そのものの顔で言っているので話を合わせておこう。


 まあ、そのことはともかく、当分の活動方針を決めた。

 その中で俺は彼女に美咲の相談役になって貰うことを思い付いた。

 彼女ならその斬新な行動で美咲を助けてくれるだろう。そう思って言ったのだが。


 それを聞いた彼女は言葉通り、泣いて喜んだ。しかも号泣である。

 そこまで喜ぶことか?どれだけ美咲のこと好きなんだろう……。


 変な方向に張り切りそうな彼女の様子に、俺は人選を間違えたかも、と本気で後悔しかかった。

 まぁ、さっきのお礼と思えばいいか。

 いまだに泣いている彼女に引きつつ、俺はハンカチを差し出してやった。


 ………頼むから俺のハンカチで鼻をかむなよ……。


 そう思ったと同時にちーん、と音がした。



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