偽りの特務
投下する順番は、まずはパラシュートタイプの物を落とし、その次に樽型の物、最後に骨組みタイプの物だ。理由は、骨組みタイプの物を投下してから樽型を投下しては、破片に乗り上げて見当違いの方向へ転がって行き、砦の兵士達を巻き込む可能性があるからだ。
だからパラシュートタイプの物資で壁を作っておき、そこへ樽型を突っ込ませて止める。初めの2つで危険だからと兵士達が物陰に隠れ、隠れたたところで骨組みタイプを投げ入れれば兵士が破片に晒される事は無いと言った至極単純な考えによって生まれた投下順だ。
そして、俺が受け持ったのは骨組みタイプの物だ。前よりも後ろから数えた方が早い位置に飛んでおり、周りの状況を見やすい位置に居る。
ふわり、と一瞬の浮遊感ののち、ヴィリアは他の竜騎士について滑空を開始。体から出る水分で曇ったゴーグルを少しずらすと、今まで濁っていた地上の篝火がグングンと近づいてきているのが分かる。
「先頭が投下を始めた! ロープを切り離す準備をしろ!」
「分かった!」
投下場所は予定通り砦を南北に突っ切る大通りだ。投下を始めたと言うヴィリアの報告から数十秒後、ドゴンドゴンと固く重い物を叩きつけるような音が風切り音の隙間から俺の耳に届いた。
それと共に、砦の異常に気付いた敵陣から甲高い笛の音が聞こえ始めた。
「敵が気付いて動き始めたな。すでに物資を投下した先頭集団は撤退を始めた」
音しか聞こえない俺の代わりに、周囲の状況をヴィリアが実況してくれている。
ユスベル帝国の竜騎士基準で行けば、装備を整えた待機状態から空へ上がるのに30秒。装備を整えてからでも3分強と言ったところだ。
「敵が上がってくる様子は!?」
「ない! 今は何人かでドラゴンを起こして回っている。そのドラゴンの近くに竜騎士の様な存在は見当たらない!」
油断をするつもりはないが、このままいけば3分は大丈夫だろう。
これが、不意を突いたと言うのであれば良いが、俺達が明日の明け方に来るのを見越しての夜警をしている竜騎士の少なさだったら笑えない。
「ロープを切れ!」
「おぉ!!」
ナイフで固く編まれたロープを大きく傷つけると、物資の重さも相まってロープは一瞬にして解れたあと千切れた。
ヴィリアは他の竜騎士とは比べ物にならないほど低空を飛んでいるので、落とした物資も大きな音を出したが骨組みは爆砕することなく原型をとどめている。
「上昇るぞ!」
「なるべく体を揺らさないように頼む!」
「善処する!」
砦の物資を投下している大通りは酷い有様だ。そこらじゅうに投げ込まれた物資が散乱し、それだけならまだしも衝撃が強すぎた為に箱が壊れ、中身が飛び散っている物も見受けられた。
しかし、それらは空へ上がり始めている俺にはどうすることもできない事なので、今は背もたれにしているバッグから取り出した物に集中する。
取り出したのは、砂がこぼれないように通気性の良い布で封をされた壺だ。それと共に、ヴィリアの体の左右に取り付けられた、さいの目に区切られた箱も確認する。
壺の中にはカムテー村で火を点けておいた上質な炭が種火として入っており、区切られた箱の中には、内容量1リットルくらいの厚みのない花瓶が入っており、その花瓶の口には布が詰め込まれている。
「よしヴィリア。準備ができたら、敵陣の真上へ行ってくれ!」
「怪我をするなよ!」
「当たり前だ!」
他の竜騎士と同じようなルートで飛んでいたヴィリアだが、俺の準備が整うと共に群れから離れ、戦闘準備が整いつつある敵陣へと飛んだ。
壺から種火の点いた炭を取り出すと、それまで弱々しかった炭の赤が酸素を多量に消費できるようになったので煌々と輝き始めた。
「点火式~」
自分の体を防風板に見立て、強い風が当たらないように工夫してから花瓶の口から飛び出ている布に火を点けるため燃える炭を近づけた。
花瓶の中身は蒸留酒――と言うか、蒸留酒を共沸させて取り出した高濃度アルコールだ。出所は言わずもがな、この世界で唯一蒸留酒を専門に作っている小さな蔵と言う名の屋敷からだ。
長いこと寒い空を飛んでいたので布に含まれたアルコール自体が冷えており火が付きにくかったが、それでも火を近づけているとチウチウと蒸発音を数回ならすと一気に火が付いた。
アルコールの詰められた花瓶の名前は火炎瓶だ。油ではなくアルコールを選んだのは、冷えていても燃えやすく火柱が上がりやすいのでヴィジュアル的に敵を怯ませるのに最適と思ったからだ。
「おいロベール! お前、何やってんだ!!」
箱に入れられた火炎瓶の全てに火を点けたところで、隣に仲間の竜騎士が近づいてきた。
その竜騎士は、パラシュートタイプの物資を投下する隊に居るはずのフィーノだった。
「すでに全員撤退をし始めている! 物資を投下したらすぐ逃げるって言うのは、この投下を提案したお前が一番よくわかっているだろう! 何をしているんだ!」
クソッ! 面倒くさいな!
全員が疲れており、物資を投下したあとは一目散に逃げると言う明確な目的があったので仲間に気を配る余裕は少なくなり、俺が外れてもバレ難いと思っていたが甘かった。
火炎瓶には火がついており、しかもそれが用意した物全てとなってしまっては引き返すこともできない。
「これは特務である!」
「特務だと!? 一体誰からの!」
「これは特務である!」
これ以上話していると敵陣を過ぎて攻撃できない。それに、敵の竜騎士も数頭ではあるが空に上がり始めている。
この世界の騎士気質を鑑みれば見られたくなかったが、見られたら見られたで回避する話も用意しているので仕方が無い。
「これは特務である!」
火の点いた火炎瓶を次々と投下していく。なるべく、天幕や物資を積んでいるだろう馬車へ向けて。
割れた火炎瓶は、俺の予想通り火柱を上げて辺りを赤く包んだ。その赤に包まれた敵兵は、その轟轟と音を立てながら広がる火を消す為に右往左往を始めた。
三十本入りのケースをヴィリアの左右に取り付けているので、計60本もの火炎瓶を敵陣へ放り投げたことになる。それをヴィリアに告げると、すぐに上昇を始めた。
フィーノも後ろ――燃え盛る敵陣に気を取られながらもドラゴンが自分よりも強いヴィリアにつき従うように着いてきている。
あれほど暗かった地面が、今では一部だけだが凄まじい光を放っている。
「ロベール! ワレェ、何しとんじゃ!」
「特務である!」
「何が特務だ、クソボケ! これが竜騎士のやる事か! 恥を知れ!」
「喋っている暇があるなら早く飛んでください! 貴方が先に行かないと、俺が逃げられません!」
自陣の惨状にぶち切れた敵竜騎士が、俺とフィーノに向かってぐんぐんと差を詰めてきている。
重い荷物を積んで夜通し飛んでいたドラゴンと、つい先ほどまで休んでいた竜騎士とそのドラゴンではどちらに分があるか一目瞭然だ。
「先に行け!」
ヴィリアの左右に取り付けていた火炎瓶入れを投棄した。身軽さとバランスを取り戻したヴィリアは俺が手綱を引くのに合わせて空中で背面一回転をきめ、背後から迫ってきていた敵竜騎士の頭上へ肉薄した、
「!?」
突然視界から消えたドラゴンが、次の瞬間には自らの頭上に居る。敵の竜騎士にはそう見えた事だろう。
「――――!!」
声は聞こえないが、それに類する言葉の様な物が脳内に直接聞こえる気がした。
敵竜騎士は長槍を俺達へ向けるが、それよりも早くヴィリアの足が敵竜騎士を捉えた。
巨大なドラゴンの足に叩き落された敵竜騎士は木の葉の様に舞い上がり、直ぐに闇の中へと吸い込まれていった。
その落下した仲間を救出しようと三番目についていた敵竜騎士が離脱し、残るは二番目と四番目についていた竜騎士だけとなった。
「あと2頭か!?」
「手近に居るのは、あれだけだ!」
「ならとっとと落として帰ろうぜ!」
「分かっている! お土産も付けてな!」
頼もしいヴィリアの言葉に頬がにやけるのが分かった。
こうして竜騎士VS竜騎士の戦い、第二回戦が始まった。
前線で戦う兵士だけではなく輜重隊も攻撃しました。
食う物が無ければ軍隊は維持できず、また戦う兵士が居なければ戦闘を続けることができません。
気質的にそういった相手が手を出せないところからの攻撃を嫌う竜騎士ですが、主人公はどうやって言い訳をするのか……。
そして関係のない話ですが、家でフランベをすると換気扇フードが燃えます。
前にステーキでワインフランベをやった時に換気扇フードに火が移り、一瞬ですが凄まじい火が発生しましたw
それも、0コンマ数秒の話なので大事には至らなかったのですが、油がしみこんだフードの火力は凄まじくとても驚いた思い出があります。
みなさんもフランベをするときは気を付けましょう。
10月29日 誤字・脱字を修正しました。
10月31日 文章を修正しました。
6月30日 ラフィスをフィーノに改名しました。




