幕間 ミシュベル酒造の隠し酒
本日、2度目の連続更新です。
話が前後しても大丈夫ですが、よろしければ前の話からお読みください。
「ついに完成しましたわ……」
懇意にしている鍛冶屋と細工師に発注して出来上がった蒸留装置を前に、ミシュベルは感無量と言った様子で呟いた。
「思えば、長い道のりでしたわ……」
ロベールから蒸留酒の話を聞いてからすぐに職人の元へ行き、ロベール作の簡易図面を見せながら説明したのだが、そういった装置を作った事が無いらしく説明の時点で難航した。
ただ、蒸留装置自体は簡単な構造なので、まずは作ってみて悪い所があればそこを直していきましょう、と職人に言われて、まずは図面通りの形の物を作る事となったのだ。
そして、4日で作り上げたのだ。今日は、その試運転である。
「お嬢様、火の用意ができました」
「分かりましたわ。では、セットしてくださいませ」
「かしこまりました」
この初蒸留の場には、何が起こるか分からないと言う事でミシュベルの執事や口の堅いメイド長が傍付きをしている。
この装置を使えば、お酒の中にある酒精だけを取り出せると言うのはロベールから聞いていたのだが、そのような酒の造り方は一度も聞いたことが無い。
帝国はもちろん、隣国を渡り歩いてきたから執事は様々な酒を飲んだし、また作り方を見てきたからこそ、そう言った答えが出るのだ。
「点火式ー!」
考え込む執事だったが、ミシュベルの興奮で裏返った声で我に返った。
これもロベールの影響だ。かまどであれ焚き火であれ、何かにつけて『点火式』を連呼するロベールの影響で、自分の主も真似をして何かにつけて『点火式』を連呼するようになってしまった。
場を選んでいるし、本人も楽しそうなので、それ以上は言うまいと口を閉じている執事だが、悪い方へ向かっていきそうで堪らなかった。
★
「できましたわっ!」
1時間ほど管の先から落ちる水滴を見つめ、ショットグラス半分ほどたまった頃合いでミシュベルは叫んだ。
正直、4分の1ほど溜まった頃合いからそわそわしだしたので、執事は主のお酒好きが誰に似たのか不思議でしょうがなかった。
「お嬢様、酒精だけを取り出したと言う事なので、まずは指で舐めてから――」
「それでは、頂きます」
メイド長の言葉を聞くことなく、ミシュベルはショットグラスに入った蒸留酒を一気に呷った。
「…………」
「いっ、いかがでしょうか、お嬢様……?」
「…………」
ドターン! とミシュベルは白目をむいて受け身を取ることなく引っ繰り返った。
「カハッ! コホッ! のっ、喉が――焼け――カハァッ!?」
「医者! 医者を早く! それと、ロベール様にご連絡を! 治療法を聞きに行くんだ!」
執事は突然の事態に焦りながらもメイド長に指示を飛ばした。
そして、すぐにメイド長から指示を受けた下男は馬を走らせて、医者とロベールを呼びに走った。
医者はすぐに駆け付けたが、ロベールは「あぁ、それなら水を飲ませておけば大丈夫だよ。その程度じゃ、人間は死なんよ」と、大樹の如く揺るがない落ち着きで、倒れたミシュベルの対処法を教えた。
初めは、「何を暢気に!」と憤った執事だったが、ロベールの言う通りに水を飲ませたらすぐに静かになり、2時間もしない内にケロッと治ってしまった。
「ひっ、酷い目に合いましたわ」
ちょっとしゃがれた声でミシュベルは唸った。ロベールを全面的に信用し、絶対に美味しいお酒であると信じて飲んだ結果だったので、ミシュベルはロベールに嫌われているのではないのだろうか、と心の中で戦々恐々となっていた。
「お嬢様、こちらを」
「なにかしら?」
ロベールから貰った蒸留装置の設計図――の説明書の3枚目。そこには『出てきた液体は、酒精度数が高いので、一気呑みしないこと。飲む場合は、水や果汁で薄めること』と書いてあった。
この日から、ミシュベル酒造にはこう書かれた紙が掲げられた。
『説明書をよく読み、思い込みで行動するな』
酒回の次の日には発注したミシュベル。
蒸留後は、アルコール度数60~70%だそうです。さらにやればもっと高くなり、燃えやすくなります。
殺菌用アルコールは70%ほどで、そのあたりの度数が一番雑菌を殺せるそうです。
包丁で切ったときは、殺菌用アルコールをぶっかければ良いとよく言われていましたw




