乾杯三唱
「この良き日に、乾杯いたしますわ」
高飛車な声の乾杯宣言と共に、各々が続けて乾杯を唱えた。
「カンパーイ!」
「かっ、乾杯です……」
「わぁーい。かんぱいだぁーあ」
なぜか、滅茶苦茶ワクワクした感じで言うアムニットに続き、ミナ、そして白目をむいている俺が言う。
先日まで知らなかったんだけど、この竜騎士育成学校にも門限ってあったんだね。この間、飲んでから帰ってきたら寮内謹慎になったよ。
今まで、日が落ちてからも余裕で寮に戻っていたのに、今迄はおとがめが全くなかった。
なぜ今回に限ってかと教師に問いただすと、俺は準統治領を管理しているから門限は免除されていたそうだ。
準統治領の管理は忙しく、移動などの時間を考慮してそういった物を管理している期間は免除されるんだそうだ。
ただ、今回は酔いどれの状態で帰ってきたので、明らかに準統治領の管理とは関係ないじゃろ、と言う事で謹慎処分が言い渡された。
いやいや識者の方々と会談を行っていてですね、と適当に説明したけど聞く耳を持ってもらえず、俺は転生前にもなったことない謹慎処分者となった。
期間は、最低でも10日程度。外出は、認められない。必要な物は、学校に言えば買って来てもらえるもよう。
そんなこんなで、教室で腐っていた俺を飲み会に誘ってくれたのがミシュベルだった。
学校側には飲み会とは言わず、ただミシュベルの家――と言っても別荘(?)だそうだけど――に行くだけと言ったら簡単に許可された。
いや、一応条件を出されたんだけど、それがミシュベル家までは箱馬車で行くこと、絶対に町へ行かないこと、だった。
そして、一番初めに戻るわけだ。
「それにしても、ロベール様がそんなにもお酒好きだったとは思いませんでしたわ」
グラスに注がれたワインを飲み干したミシュベルは、美味しそうに一息吐くと、そんな事を言った。
ちなみにこいつ、すでに一人でボトルを一本空けている。それに、酔うどころか顔色を全く変えることなく、だ。
齢12歳で、顔色を変えずに酒を水の如く飲めるのは一種の才能だろう。余りにも軽く飲み干すので、その年齢も相まって葡萄ジュースを飲んでいるんじゃないかと錯覚を覚える。
「あっ、あぁ、まあな。俺は、どちらかと言えばエールが好きだけど……」
ちなみに、アムニットは度数の低い蜂蜜酒だ。それも、飲むのではなくハムスターの様にペロペロ舐める程度の物である。
「まあっ! でしたら、良い物がありますわ」
そばに侍らせていたメイドに話すと、そのメイドは一旦退出し、そしてすぐに戻ってきた。
その戻ってきたメイドの手には、生後数ヶ月くらいの赤ん坊サイズの樽が持たれていた。
「ウチで作ったエールですわ。コクを飲みやすいまま最大限に引き出した物ですの」
陶器製のコップにエールを注ぐと、あの飲み屋で飲むようなエールとは全く違う芳醇と言うべき香りが漂ってきた。
「さっ、ミナさんもどうぞ」
「わっ、私も良いのですか?」
まさか、自分も酒の席に呼ばれるとは思っていなかったミナは、ミシュベルの言葉に驚きを隠せなかった。
同じ貴族であっても下級貴族であれば見下すミシュベルだが、なぜか奴隷でメイドのミナには優しかった。
その怪しさ満点の優しさの理由を聞くと、元が武人であり俺の身辺の警護と世話をしているからだそうだ。そういえば、ミシュベルは自分の執事に敬意を持って接していた。
なるほど。高飛車で高慢チキな感じがしたけど、根っこではちゃんとしているようだ。
ならば、俺がミナと飲みに行けなくなった、と愚痴った時に、そのメイドは酒が飲めるのか、どれだけ飲めるのか、と熱心に聞いてきて飲み仲間を求めているような気がしたアレは気のせいだったんだろう。
「美味いなぁ……」
「はい。飲み終わった後に、喉奥で感じる苦みがとても良いですね」
グルメリポーター顔負けなコメントに、俺の感想が悲壮感漂ってしまった。何て面白みのないコメントをしてしまったのだろうか……。
豚肉を炭火で荒く焼いてもらったスペアリブを齧りつつ、子供が酒を飲む様を肴に酒を飲んだ。
「ロベール様。過分な願いであったにも関わらず、こんなにも早く叶えてくださって、本当にありがとうございます」
「いや、叶えたのは俺じゃなくてミシュベルだからな」
その言葉に、ミナは「あっ」と言う小さな声を上げてミシュベルの方を向いた。
「ミシュベル様、私をこのような席に呼んでいただいた上に、このような珍しく美味しいお酒を頂いて、本当にありがとうございます」
「ふふっ。感謝の言葉は、先ほどから何度も頂きましたわ。ここは、美味しくお酒を飲む場所ですの。それに、ロベール様の所のそば仕えであれば、私はいつでも歓迎いたしますわ。それに、そのエールの評価も私が思い描いた通りの褒め言葉でしたの。お酒の味が分かる方は、もっと歓迎ですわ」
そうか。俺は、発泡酒ばかり飲んでいたから、気の利いた言葉が出ないのか。不景気の影響とは言え、安酒ばかり飲んでいたのが祟ったようだ。
しかし、ミシュベルの意外な一面を見れたのは良かった。思えば、最初の高飛車な物言いが――対面が悪かったな。
でも、俺が貴族のサロンでどんな風に言われているのか、あれ以来逐一報告してくれているし、そんな面倒見の良いミシュベルに報いたいけど、そんな都合の良い物が――あったわ。
「なぁ、ミシュベル。蒸留酒を作る気はないか?」
「ななな、何ですの、その素晴らしい名前のお酒は!?」
この世界では、まだ蒸留酒が作られてはいない。それは、イスカンダル商会を通して確認済みだ。
この呑兵衛は、酒好きとしての鼻が利いているためか、蒸留酒についての食いつきが半端なかった。
「あぁ、それはな――」
蒸留装置を紙に描きだし、その使い方と蒸留の方法を簡単に説明した。
「酒の原料は何でも良い。色々試してくれ。あとは、樽の材料と内側をどれだけ焦がすかによって、香りや味わいに変化があるからな。そこら辺は、ミシュベルの舌と鼻にかかっているわけだ」
「こっ、この技術を私に貸与していただけるんですの!?」
「いや、やるよ。まだ、このやり方はどこにも無いはずだから、ミシュベルが技術独占すりゃいいよ」
その言葉に、ミシュベルは破顔して、でれぇとした情けない顔になった。
「まさかっ! まさか、ロベール様が私にお酒造りを全任してくださるなんて!」
「いや、全任するわけじゃないって」
「そっ、そうですの……」
しゅん、とミシュベルは眉を八の字に下げて、捨てられた子犬の様な顔になった。
興奮の為か、片手に持たれたワインの瓶が情けない。
「だから、全部ミシュベルの財産にしろって。その酒造りは、お前の好きなようにすればいいし、俺の意向を気にすることもない。お前の――ミシュベル酒造を作れば良いんだよ」
ミシュベル酒造――なんか知らんけど、いい名前じゃん。
その酒造を託されたミシュベルは、顔を上気させながらも神妙な顔つきで頷いた。
「分かりましたわ。ロベール様から教わった、この新技術を用いた全く新しいお酒。我がミシュベル酒造で作りだし、この帝国随一と呼ばれる……いえ、ユスベル帝国で、酒と言えばこの蒸留酒と言われる物を作りだしてみせますわっ!!」
ざざーん、とミシュベルの背後から荒波が立ち上がる映像が見えた気がした。
その迫力に押されながらも、俺を含めてお酒が入っている皆はノリ良く拍手した。
「さぁっ! 今日は、とてもめでたい日ですわ! 屋敷にある物で一番良い物を持ってきなさい!」
そばに侍らせていたメイドに命令すると、そのメイドは仲間を数名引き連れて退出した。
そして、再び戻ってくると、さきほどと同じように酒樽や酒瓶を大量に持ってきた。
一番良い物、多すぎじゃね?
★
こうして、その日は楽しくお酒を飲み終了した。
その後、10日の謹慎期間を経て、俺はいつも通りの学校生活に戻って行った。
ただ違ったのは、ユスベル帝国は、先のユーングラントとの小競り合いの傷が癒えてきたと言うこの時期に再び兵を起こし、西方へ向けて進軍をしたと言う話を聞いた――。
最後に、なにやら不穏な空気が……。
お知らせ。
今から明日の夕方までお出かけするので、感想の返信や修正ができなくなります。(荒天中止)
普段であれば月曜日は更新しない予定ですが、明日はうまくいけば更新します。
その時は、日の出と共に更新となりますので、よろしければ竜騎士から始める国造りをお読みください。




