逃走とわたし
宝物庫までの廊下には道しるべのように、警備にあたっていたカーネス子爵の私兵が意識を失い転がっていました。
そしてわたしが宝物庫にたどり着くと、部屋一杯にあった美術品が全て消え失せ、何もない部屋に1人、怪盗108面相が何かの書類に目を通している所でした。
「おや、もう幻術から抜け出したのかね?
流石はAランク冒険者であるな」
「よくもやってくれましたね!」
「勝負とは非情な物なのである」
「大人しく捕まって下さい!」
「それは出来ない相談である」
怪盗108面相は開いていた窓からヒラリと身を躍らせると、木から木へ、そして街灯、塀へと飛び移り身軽に逃げて行きます。
「逃がしませんよ!」
わたしも木から木へ飛び移りながら後を追います。
貴族街から平民街に向かう方向に屋根の上を走りながら怪盗108面相を追って行きます。
「しつこいのである! そろそろ諦めるのである」
「そちらこそ、年貢の納め時ですよ」
「仕方ないのである。少し痛い目を見てもらうのである」
どこぞの貴族の屋敷の屋根の上に立ち止まった怪盗108面相はこちらに向けてステッキを構えました。
わたしは怪盗108面相が立っている貴族の屋敷の屋根に向かって跳躍しながら尋ねます。
「観念しましたか?」
「いや、お嬢さんを倒してまかり通らせて貰うのである」
怪盗108面相がステッキを頭上に掲げると、そこに炎の玉が生まれました。
その炎に怪盗108面相がどんどんと魔力を注ぎ込んで行くと炎玉は次第に大きくなって行き、ついにはわたしの身長の3倍くらいの巨大な火球となりました。
「なぁ!」
「食らうのである! 【ファイアーボール】」
わたしは今、跳躍したばかりです。
つまり空中です。
「くっ!」
わたしは腕を交差し顔を庇うと、全身に魔力を巡らせ防御します。
怪盗108面相が放った巨大なファイアーボールは眼前まで迫って来ます。
そして、わたしは身体の3倍以上の巨大な【ファイアーボール】に飲み込まれ…………反対側から出て来ました。
先ほどまで怪盗108面相が立っていた屋根の上に着地したわたしは、自分の身体を確認します。
火傷どころか、服が焦げた跡すら有りません。
そして、怪盗108面相の姿は既に別の屋敷の屋根の上を走っています。
「おのれ、またしても!」
わたしは執念深く後を追います。
「しつこいのである! 嫁の貰い手が無くなるのであるぞ!」
「余計なお世話です!」
身体強化によって怪盗108面相に追いついたわたしは、取り出した双斧を振ります。
「おわっ! 危ないのである!」
「む、避けるなんて卑怯ですよ」
「無茶苦茶であるな。大体、あのお姫様は、我輩を捕らえる場合、生け捕りにするように指示を出したのでは無かったのであるか⁉︎」
「はい、その通りですよ?」
「なら、そんなものを使って我輩が取り返しのつかない怪我をしたらどうするのである!」
「…………生け捕りにする様に言われましたが無傷でとは言われていません」
「………………あのお姫様は我輩を生け捕りにして配下にしたいのであろう?
ならば大怪我を負わせると不味いのでは無いか?」
「そうですね、でもわたしは生け捕りにする様に、としか言われていません」
「な、なんてバイオレンスな奴である!」
「さあ、大人しく叩き切られて下さい」
「絶対にごめんなのである!」
わたしが怪盗108面相が立つ屋敷に向けて走り寄ると、怪盗108面相は魔法を唱えました。
「【クレイ・レイン】」
空から大きな粘土が次々に降り注いで来ました。
わたしはアイテムボックスからナイフを1つ取り出すと、こちらに迫る粘土の塊に向かって投げます。
わたしが投げたナイフは巨大な粘土の塊をすり抜けました。
「何度も何度も、同じ手に引っかかる訳がないのです!」
わたしは幻術を無視して怪盗108面相が立つ屋根に向かって跳びます。
「ふむ、幻術だと思っていてもナイフを投げて確認をするか、流石であるな。
しかし、我輩の方が一枚上手である」
「がはぁ⁉︎」
空中のわたしを巨大な粘土の塊が地面に叩き落しました。
「な、なんで……」
「木を隠すなら森の中、森が無いのなら作れば良いのである」
無数の粘土の塊の幻術の中に本物の粘土の塊を混ぜていたと言う事ですか。
「こ……の……」
わたしは粘土の塊から抜け出そうと身体に魔力を纏います。
「【クリエイトロック】」
怪盗108面相が魔法を使い、粘土を石に変えました。
悔しいですが、びくともしません。
「はっはっは、どうやらここまでの様であるな!」
「この!」
「しばらくそこで大人しくしているのである。
なに、お嬢さんなら直ぐに出られるのである」
そう口にすると、怪盗108面相は白い霧に包まれました。
一瞬、霧の中に飲まれた怪盗108面相はすぐに姿を現しました。
しかし、その姿は黒髪に黒い瞳、この世界の人間を基準にすると(←重要)低い身長、黒いローブに黒い眼帯の美少女です。
と言うかわたしです。
あの美少女はわたしに、違いありません!
「わ、わたしの姿でどうする気ですか!」
「はっはっは、さらばだ明智くん!」
「ま、待ちなさい!」
わたしの姿をした怪盗108面相は、テレサ様のいる宿の方に走り去りました。
わたしは石になった粘土によって身動きが出来ません。
怪盗108面相は、わたしなら直ぐに出られると言っていましたが、どうすれば…………は!
わたしは巨大な石をアイテムボックスに収納すると、すくっと立ち上がります。
「おのれ、どこまでも人をおちょくってくれますね!」
わたしは怪人108面相が逃げた方に走り出しました。
少し走るとテレサ様のいる宿が見えて来ます。
現在、宿はテレサ様が貸し切っています。
宿の前には近衛兵さんが2人警備にたっているのですが、2人ともわたしを見て驚いています。
わたしは若い方の近衛兵さんの胸ぐらを掴み尋ねます。
「今ここにわたしが来なかったですか?」
「え、え、ゆ、ユウ殿⁉︎ でもさっき、え?」
「ばっかも~ん、そいつがル○ンだ!」
わたしは近衛兵さんを解放すると宿に飛び込みます。
宿のロビーで辺りを窺うわたしに、声が掛けられました。
「どうやら、ユウちゃんも奴にしてやられたみたいね」
「テレサ様、それは?」
テレサ様は片手に紙の束を持っていました。
「カーネス子爵の、悪事の証拠よ。怪盗108面相がわたしの部屋に投げ込んで行ったわ」
「怪盗108面相はどうしたのですか?」
「わたしの部屋にコレを投げ込んで消えたわ」
どうやら今回はわたしの完敗のようです。
しかし、次にあったらぜったいにぎゃふんと言わせてやります。
わたしはカーネス子爵の捕縛を指示するテレサ様を横目に固く決意するのでした。




