それぞれの物語・下
「そう言えば学校は?」
「オンラインで授業を受けている。高校に在籍しないと高校生最速にならないからね。
その辺はスミスがやってくれているよ。次の討伐目標や宿の手配、交通手段までね。俺達はただ戦うだけだ」
ライアンが言う。何から何まで抜かりが無いな
戦うことに専念してもらうためにサポートする、とスミスは言ってたけど、そこまでやっているのか。代理人というよりマネージャーみたいだ。
「危険なのは分かってる?」
魔討士協会は基本的には単独行は推奨していない……というか、やんわりと制限している。
資格認定時に言われることだ。極力、単独での戦闘は避けて仲間と行動すること。
宗片さんのように、どんな深いダンジョンでも1人で行く人はいるけど、一人で戦うことは大きなリスクがある。
どれだけ弱い魔獣であっても不測の事態は起こるからだ。
その時に一人でいるのと、二人以上でいるのだと大きな差が出るのは分かる。
何度も危ない橋は渡ったけど、完全な一人で戦ったことはない気がするな。
「能力に差がある上に、俺は一番出遅れている。リスクを負わないと追い付けないだろ?」
ライアンがきっぱりと言う。
揺るぎないって感じの口調に決意という覚悟の強さを感じた。
◆
「案山子もドロシーも異常なしだ。そろそろ帰ろう。もうじき車が来る」
話が途切れたのを待っていたように声が掛かる。
声の方を見るとさっきの黒人の人がにこやかな笑みを浮かべて僕を見ていた。
「やあ、カタオカ。俺はテレル・エヴァンス。チームOZのメカニック担当だ」
長いドレッドヘアを後ろで束ねていて、がっしりした四角いあごには濃いもじゃもじゃの髭が生えている。
それより印象的なのはその体つきだ。
これだけのガタイの人は見たことがない。背の高さはセスより低いけど、胸板が厚くて腕も太い。
なんていうか岩のような巨体だ……どうやって鍛えればこんな筋肉がつくんだろう。
「ヨヨギの動画は見たよ。あんなデカいのと真っ向から戦うなんて、本当に勇敢だな。まさに勇者だ。尊敬するよ」
「ああ……ありがとう」
あの動画、アメリカでも見られているのか。
僕の事よりも、トゥリィのことが変に拡散しないかの方が不安だ。
「あれ、カタオカじゃない、来てるなら声かけてよね」
テレルの後ろからマリーサが顔を出した。
壁のような巨体でマリーサが隠れられそうだ。
「今からディナーだけど、一緒にどう?もちろんアタシは二人きりでもいいけど」
冗談なのか本気なのか分からない口調で言ってマリーサがまた顔を寄せてくるけど。
「いや、この後は用事があるからさ」
「Qué pena 、じゃあ次は必ず付き合ってね」
マリーサがダンスのようにくるっと回ってもう一つのテーブルの方に歩き去っていった。
テレルがその後についていく。
「こんなものでいいかな?」
「ありがとう、よく分かった」
ライアンが言う。
なんとなく聞きたいことは全て聞けた気がする。
「でもよかったよ」
「何がだい?」
「あのスミスさんとか言う人はともかく、君達は正々堂々と戦っているだけみたいだからさ」
彼等には彼らなりの事情がある……僕等とは違う。
でもそれはそれとして戦う時はフェアなことは分かった。
どうせ順位争いするなら、セコイ奴や嫌な奴と競り合ってギスギスしたくない
というか、そう言う相手と競うのはうんざりする。
勝手なことを言うようだけど、競い合う相手は尊敬できる相手であって欲しい。
少なくともそこは納得できたから、来た甲斐はあったな。
「僕等は一切手抜きはしない。清里さんも斎会君もね。
だけど実力で抜かれたら文句は言わないよ。抜けるもんなら抜いてみな」
「手を抜いてほしいんだけど……私としては」
ケーシーが真顔で言ってライアンがケーシーを肘で突いた。
◆
話しているうちにいつの間にか3時くらいになっていた。
スマホを見ているところでミニバンがやってきた。彼らのお迎えらしい。
これもスミスが準備したんだろうか。
ケーシーと、ドローンを入れたデカいケースを抱えたテレルが何か話しながら車に乗り込む。
「じゃあね、カタオカ!」
マリーサが大きく手を振ってくれたのでこっちも手を振り返した。
マリーサが唇に指を当てて投げキッスしてくれた……どう対応していいのか困るぞ。
「色々と話せてよかったよ。カタオカ」
「あのさ、もう一つ聞いて言い?」
「なんだい?」
「あんなものを作れるなら別に対ダンジョン兵器を作っていなくても、他にいくらでも凄いものを作って奨学金でもなんでもとれそうだけど、なんでそうしないわけ?」
これは実は途中から気になっていた。
ただ、さすがにこんなことは本人の前では言えないわけで。
「鋭いな、君は……カタオカ。その通りさ
前も言った通り、アメリカでは対ダンジョンの装備は無用になりつつある。
ダンジョンマスターとは戦わず浅い階層で戦う分にはここまで高価な装備は不要だ」
車の方にいるケーシーを見てライアンが言った。
「だが、それでも、野良ダンジョンが現れれば誰かが戦うしかないし、そこで怪我を負った人もいる。少しでもその人たちの力になりたいってね。
特に防御に難のある能力持ちは多い。君の恋人の魔法使いもそうだろ?」
「そうだね」
魔法使いの詠唱の長さには個人差がある。檜村さんほど長いのは例外的だけど、戦闘の場ではたとえ数秒の間であっても長い。
だから大抵の乙類は前衛とペアになって戦っている。
「ケーシーは、なんていうか、思い込んだら本当に頑固でね。
もともとAIとかドローン制御を研究して機械工学の天才なんて呼ばれていたけど……おかげで一転、変人呼ばわりされてる……もっと賢く生きることもできそうだけど」
ライアンが言う。
「じゃあ君はなんで戦うの?」
「ケーシーは幼馴染で……まあ大切な人だ、だから放っておけないというのもあるが……向こうでかなり馬鹿にされてね。ケーシーは下らないものを作って、お前はショボい能力で、そんなので何ができるんだってね。だから、日本で成功して見返してやりたい気持ちはある。
それに俺は頭が悪いからね。奨学金を取るとしたら、この方向で実績を出すしかない」
「そうなんだ……」
僕の目から見れば十分にすごく見えるけど、アメリカではそう言う風にみられるのか。
「とまあ色々と言ってはみたが……この先がどうなるか分からないが……今は行けるところまでこのチームで行きたいってだけかもな」
「ライアン、行きましょう!」
向こうからケーシーの声が聞こえてくる。
ライアンがケーシーの方を一瞥して僕の方を見た。
「俺もありがとうを言わせてくれ。
実は俺も嬉しいんだよ……スミスのオファーを断ってくれてね、ケーシーには言えないけど」
「なぜ?」
「信じてもらえないかもしれないが……君と同じ気持ちだと思う、片岡君。
試合前は色々と策を練ったりもするが、実戦の場では余計なことを考えずただ単純に戦いたい」
ライアンがまっすぐに僕を見て言った。
「それに、アウェイの俺たちにフェアに接してくれて感謝するよ。
日本の魔討士を一番乗りさせるためにいくらでも対応できるはずなのに、魔討士協会はそういうことをする様子はない」
「そういう小細工をすると、むしろ清里さんが怒るね」
「日本人は底抜けのお人よしなのか?それともこれが武士道かい?」
ライアンが苦笑いしながら言う……つい先日も同じこと聞かれたな。
「そうかもね」
「ライアン!アタシ、お腹空いたんだけど!」
もう一度呼ぶ声が聞こえた。これはマリーサだな。
「万が一ヤバくなったら、助けに来てくれよ。大学も研究も生きていてこそだからさ」
「了解」
ライアンが差し出してきた手を握る。
色々と聞いた後だと前にした握手とはまた違った気分になるな。
「じゃあ、片岡。また」
面白いと思っていただけましたら、ブックマークや、下の【☆☆☆☆☆】からポイント評価をしてくださると創作の励みになります。
感想とか頂けるととても喜びます。
応援よろしくお願いします。




