アメリカの乙類5位・上
大変長らくお待たせしました。
本章のラストまで一気に行きます……多分。
あの宗片さんとの試合の日から1週間ほどたった。
そろそろ梅雨入りと言う感じで雨が多かったけど、今日は晴れだ。空気には湿気を感じるけど。さわやかな青空が見える。
藤村に頼まれて放課後退魔倶楽部の新人と練習をしていたら結構時間が遅くなった。
遠くからまだ運動部……多分野球部のランニングをする掛け声が聞こえてくるくらいで、校門の周りにはもう周りに生徒の姿は少ない。
少し空が夕焼けの赤から紫色に変わりつつある。スマホの時計を見ると5時くらいだ。
家に帰るには少し早いけど、遊んでいくには少し時間が足りないな。
「Hola、ようやく下校なのね」
どうしたものかと思ったところで不意に声を掛けられた。
「ずいぶん待ったわ。あなた、ミスター片岡、そうよね?」
声の方を向くと、小型のカメラを構えた背の低い女の子がいた。
緑と赤に染め分けた長い髪で、半そでTシャツにスリットいりのパンツ姿。肌が褐色で顔立ちも日本人じゃない。
唇や鼻にピアスをしていて金の十字架のネックレスが夕日に反射して光っている。
その後ろにはもう一人、1人は焦げ茶色の短い髪の白人の男がいた。
灰色の大き目の英語のロゴが入った地味なパーカーを着ている。
多分年は僕と同じくらいだろうか。
セスほどではないけど180センチくらいあって背が高い。
遠目のパーカー越しにでも一目で鍛えているのが分かった
「うん、動画よりホンモノは遥かにハンサムね。Qué lindo」
カメラを構えたままで、その子が明るく言う。
最近は伊達さんの会社とか伊勢田さんだけじゃなくて戦闘とか日常を配信する魔討士も増えてきたからその感じだろうか……思ったけど。
それはそれとして、勝手に撮られるのはいい気分はしない。
「初めまして。俺はライアン・グリフィン」
「アタシはマリア・ルーイサ・アンヘル・ロドリゲス。長いからマリーサって呼んでネ」
止めようかと思ったけど、先制されるように相手が名乗った。
初めまして、と言われたけど……その派手な感じの女の子の方に見覚えがある。あの動画の最後に出ていた子だ。
ということはこの男の方が清里さんが言っていた外人さんの魔討士か。
そういえば、動画の中でも名前が出ていたな。
ただ、ライアンの方は動画で見るのとはだいぶ雰囲気が違う。
あの時はサングラスにSFっぽい黒のボディアーマーみたいなのを着ていたけど、今日は英語のロゴが入った灰色のパーカー姿だ。
マリーサの方は半そでTシャツ姿で、褐色の肌のタトゥが目立つ
……というか寒くないんだろうか。Tシャツ一枚じゃまだ肌寒い季節だと思うけど。
「自己紹介させてくれ、俺は……」
「知ってる、動画見たよ」
「俺のことを知ってくれているんだね。それは光栄だ。乙類5位の先輩、片岡君」
ライアンが爽やか口調で言って手を差し出してくる。
握手すると、デカくて硬い掌で強く握り返された。
「俺も一昨日5位に上がれたんでね。さっそく4位昇格を争うライバルに宣戦布告ってわけだ」
「ライバルとのバトルは盛り上がるデショ?スポーツでもゲームでも常識よ」
カメラを回しながらマリーサが言う。
これは会いに来た、というより宣伝動画を撮りに来たって感じだな……しかしもう5位とは、異常なくらいに昇格が早い。
「ステイツでの戦闘実績が評価されてね、7位からのスタートだったからというのはあるだろうな」
疑問が顔に出ていたのか、ライアンが先回りするように教えてくれる
動画で見た雰囲気と同じでなんか気さくな感じだな。
ライアンの後ろではマリーサがカメラを回しながら英語で何か話していた。
ただ、撮られるのはどうも好きになれない。
檜村さんの大阪の魔法の動画もだったけど、動画が独り歩きして自分の知らないところで悪目立ちするのは抵抗がある。
「ただ、撮るのは辞めてもらえません?」
「えー、ナンデ?有名人でしかもハンサムガイなんだから、ノープロブレムでしょ」
マリーサがお気楽な口調で言うけど、そう言う問題じゃない。
「おやめなさい、マリーサ」
もう一度抗議しようと思ったところで、女の人の声が聞こえてマリーサが体をこわばらせた。
声の方を向くとタクシーから降りた女の人がこっちに歩いて来ている。
「いないと思ったら案の定……まったく、困った子ですね。
いいですか?こういうのは日本では失礼に当たります。ステイツのやり方を持ち込むんじゃありません」
マリーサがイタズラを咎められた子供のように俯いた。
その人がライアンの方を一睨みして、ライアンが気まずそうに顔を逸らす。
ぼさぼさした感じの長い赤毛を後ろで結んだメガネ姿の女の人だ。
落ち着いた感じの紺のスーツ姿だけど、眼鏡の向こうの眠たそうな目で、シックな服装とは何となくミスマッチ感がある。
そう言えばこの人も動画に出てたな。
年上に見えるけど、ライアンが高校生ならこの人もそうなんだろうか。
「すみませんが、ミスターカタオカ。
少しだけ配信に協力してもらえませんか?今回は英語での配信で本国のリスナー向けのものです」
丁寧な口調でそのメガネ姿の女の人が言った。
◆
なし崩しに撮られるのは抵抗があったけど、丁寧に言われると気分も変わる。
……というのもあるけど、英語配信ならまあいいか。それに流石に絶対に嫌だと拒否するのもなんか申し訳ない気もするし。
暫くして撮影が終わってマリーサがカメラを下ろして会釈してくれた。
どうやら終わったらしい。
「Lo siento、カタオカ」
「いいよ、でも突然撮るのは日本ではやめた方がいいよ」
同じことをやったとして、斎会君は割と怒らなそうだけど、清里さんは怒りそうだ。
「気を付けるわ」
「初めまして、ミスター片岡。私はケーシー・クラウセン。チームOZのシステム開発担当です」
その女の人が名乗ってくれた。
動画ではドローンっぽいものの名前は出てたけど本人の名前は無かったな。
なんとなく雰囲気は檜村さんに似ている。魔法使いだろうか
「システム担当?魔討士じゃないんですか?」
「私に戦う能力はありません。戦闘補助のドローン、案山子と制御AIドロシーの開発をしました」
そう言ってケーシーがタブレットを取り出した。
タブレットに前にも見た宣伝用らしき動画が映る。彼女がライアンが戦っている場面で動画を止めた。
「これは私が作ったドローンで、AI制御されています。
このスーツは従来からあったものに私がダンジョンでの戦闘用に手を加えたものです。筋力、瞬発力の向上用ですね」
タブレットで動画を見ながらケーシーが教えてくれた。
これは自作なのか……改めてケーシーを見るけど、多分同年代っぽい。
自衛隊でもダンジョンでの戦闘で使える装備を開発中らしいけど、まだ上手く行っていないらしい。
動画を見る限り、ライアンを防御するように動くドローンらしいけど、よくこんなもの作れたな。
「私は戦えないですけど、こういう機械いじりは得意なので」
ケーシーが言うけど……機械いじりとかそう言うレベルじゃない気がするぞ。
どういうキャリアなんだろうか。




