慰労会でのやりとり~宴の最後に
おはようございます。朝更新。良い一日を
暫くしてセスだけが戻ってきた。
何があったのか分からないけど、ちょっとさっきより表情が柔らかいというか、落ち着いた感じがする。
何かあったのかな。
テーブルの上に置いてあったワイングラスを取って、セスがこっちに近寄ってきた。
「今回はありがとう」
「礼には及ばん。俺もお前に大切なものに気付かせてもらったからな」
「そういえば……大丈夫だったの?」
フィッツロイの脅しめいた言動を思い出すと、セスがあいつの命令を無視したのは結構重大なことだった。というか色々と後で不都合がありそうだったけど。
「あのフィッツロイ家に我がグランヴェルウッド家は色々と借りがあるのだ。
だが、今回の戦功を認めてくださって団長殿が後ろ盾になって下さった」
セスが言う。そう言う事なら良かった。
「正直言ってあの方に思うところはあるのだが……背に腹は代えられん」
セスがなにやら苦々し気に言った……聖堂騎士も内部で色々あるらしい。
「カタオカ、俺は聖堂騎士の騎士団長を目指す。頂点に立つ騎士となりより良き騎士団を作る。
その時はお前と共に歩みたい。お前も良き騎士……魔討士となっていてくれ」
妙に大げさなことを言ってセスがワイングラスを掲げた。こっちはジュースのグラスを触れさせる……同じ年のはずだけど酒飲んでいいんだろうか。
イギリスではアリなのかどうなのか。
「そういえばさ……一つ聞いていい?」
「ああ、構わんぞ」
「あの人は強いわけ?あの団長さん」
あの偉そうなフィッツロイに全く反論を許さなかったあたり、偉い貴族なんだろうというのはまあ分かるんだけど。
セス達があれだけ畏まるってことは、フィッツロイみたいな家柄だけの奴じゃなくて実戦でも強い能力を持っているっぽい。それに団長がお飾りってことはないだろう。
とはいえ見た目は全然強そうに見えないから魔法使いとかだろうか。
セスが僅かに顔をしかめた
「イギリスでは最強の聖堂騎士だ。欧州全域で見ても恐らく屈指だろう。
周囲の魔素を吸収し続ける剣、九人の魔女を持っている。なのでほぼ無限に戦い続けられるのだ」
セスが答えてくれる。
なんとなく、絵麻の能力に戦闘能力をくっつけたって感じだな……そりゃ強そうだ。
「……団長になるにはあの人を押しのけないといけないってこと?」
「まあ……そういうことになるな」
そう言ってセスがグラスに残ったワインを一飲みにした。
魔討士はランクを昇格する時に上を押しのける必要はないんだけど、聖堂騎士は大変そうだな
◆
セス達のテーブルを離れて皆がいる机に戻った。
檜村さんがグラスを掲げてくれる。ワインを飲んだせいか、頬がほんのり赤い。
机に置かれた皿は殆ど空になっていて、食べ疲れたのか、絵麻と朱音と七奈瀬君は椅子に腰かけて休んでいた。
時計を見るともう開始から2時間は経っている。そろそろお開きになるかな。
「皆さま少しよろしいでしょうか」
そんなことを思っていたら、スピーカーから団長さんの声が響いた。
いつの間にか団長さんが壇上に上がっている。
「魔討士の皆さんに、その勇気を称え我ら聖堂騎士団からも敬意を表します。
此処にいる魔討士の皆様を聖堂騎士の客員騎士に任じさせて頂きたい。後日徽章を届けさせていただきます」
団長さんが言って、会場がちょっとどよめく。
その後ろで木次谷さんがちょっと渋い表情を浮かべているのが見えた……何かあったんだろうか。
「自分以外の誰かのために戦うというのは誰にでもできることではありません。それは損得だけを考えれば損なことだからです。
だからこそ賞賛は与えられるべきだと思います。その勇気と献身に。これは私達聖堂騎士から貴方たちへの敬意と思って頂きたい」
団長さんが言葉を続ける。
「貴方達が窮した時は我らが力になりましょう。代わりに我らにも力を貸していただきたい。勇気ある魔討士の皆さんと共に歩めるのは我らの喜びです。
今後もよろしくおねがいします」
団長さんが言うと、会場から拍手が上がった。
◆
それからしばらくして木次谷さんの挨拶があってパーティは終わった。
みんなが会場から出ていく。あの戦いも含めて色々とあったけど、とりあえずこの会は楽しかったな。
料理も美味しかったし。
如月達はいつの間にかいなくなっている。
鐙さんと鈴森さんは仲良さげに話しながら会場を出ていくのが見えた。
「美味しかったね」
「うん、そうだね」
「あのトマトとカニのパスタが一番良かったな、どう思う?」
「あたしはあの魚のオリーブオイルで煮た奴が好き」
絵麻と朱音と七奈瀬君が料理の話をしている。
檜村さんはちょっと酔ったのか疲れたのか口数が少なめだ。
そして、トゥリイさんはなんか思いつめたような表情をしている。どうかしたかな。
団長さんが木次谷さんと何か話して握手を交わす……遠目にも微妙な緊張感が漂ってる気がするぞ。
団長さんが歩き出して、セス達が団長に従うように後ろについて行く。
カタリーナが軽く手を振ってくれた。
フィッツロイが露骨に意気消沈してるのは何となく気分がいい。太った体が一回り小さく見える。
あの団長に〆られたんだろうか。
今は出口も混雑してるし、もう少ししたら行こうか、と思っていたけど。
「あの……セスティアンさん!」
トゥリィさんさんの声がざわついていた会場に響いた。
止める間もなくトゥリイさんが駆けだしていって、セスの前に立つ。
「なんでしょう」
セスがトゥリイさんさんの方を向いて丁寧に応じた。
そういえば、女性と話す時は口調が変わってる気がするな。これも英国紳士ってことなんだろうか。
トゥリイさんが深呼吸する。
ただならぬ雰囲気を察しのか、ざわついていた会場が静まり返った。
「良かったら。あの……」
そう言ってトゥリイさんが言葉を切る。
僅かな間をおいて意を決したようにトゥリイさんが言葉をつづけた。
「あの!私の婿として私の国にお越し頂いて……あの、我が家を継いでくれませんか?お願いします」
◆
あまりに唐突なセリフに会場がどよめいた。
カタリーナとパトリスが驚いたように顔を見合わせる。団長さんはあらあらって感じで面白がるような微笑みを浮かべてセスの方を一瞥した。
セスが無言でトゥリイさんを見る。
婿になって家を継いでほしいなんて僕らの世界では時代錯誤にも程がある発言だけど、トゥリイさん的には大真面目だろう。
ていうかソルヴェリアの名前が出なくてよかった。
というかそう言う問題ではなくて、これって完全な公開プロポーズだよな。
どうなる事かと思ったけど。
「レディ……大変光栄だが私にも継ぐ家があるのだ。だから君の気持に応えることは出来ない。済まない」
セスが静かだけどはっきりした口調で言った。
「だが貴方のような美しく勇気ある方にそのように言ってもらえるのは男としてこの上なく名誉なことだ。
その言葉を得たことを我が誇りとしたい」
バカにする様子もなくセスが礼儀だたしく言って、深々と頭を下げる。
トゥリィさんががっくり項垂れた。セスがもう一度一礼して、団長さんに促すような仕草をする。
団長さんを先頭にセス達が会場から出て行った。
檜村さんが横でなんともいえない表情を浮かべて、トゥリイさんに歩み寄って肩を抱いた。
周りでは目の前で起きた衝撃的な展開について話しているけど……トゥリイさんの正体を知っている木次谷さんは魂が抜けたような表情をしていた。
……最後の最後にこんな爆弾が落ちるとは。
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