第8話:公爵令嬢と魔神
「嗚呼!?」
その時だった。
遂に結界が破られ、その隙間から夥しい魔物たちがなだれ込んでいった。
「うわあああああああああああああ!?!?」
「イヤあああああああああああああ!!!!」
「ひいいいいいいいいいいいいいい!?!?」
「だ、誰かあああああああああああ!!!!」
見ればその先にはサイラス様にジャスティーンに国王陛下、それに私のお父様も尻餅をついて絶叫していた。
くっ!
「ヴァルダート!」
「クハハ! 任せておけ!」
「「「――!!!」」」
ヴァルダートはサイラス様たちと魔物の群れの間に、ズドンという轟音を上げながら下り立った。
「なっ!? 何者だ貴様は!?」
「クハハ、さっきぶりだな、ボンクラ王子」
「その声――! ヴァルダートか!?」
ヴァルダートを見た魔物の群れは、ピタリとその場で止まり、唸り声を上げながらヴァルダートを警戒している。
やはりヴァルダートがいたからこの国は平和だったというのは、本当だったのね……。
「どうだボンクラ王子? 吾輩の出す条件を呑むなら、この魔物たちを吾輩が倒してやってもよいぞ?」
「じょ、条件、だと……? あ、ああ! いいぞ! どんな高価な金銀財宝でもくれてやる! だから倒してくれッ!」
「クハハ、言ったな? ――ではこの国はたった今から、吾輩が貰い受ける」
「「「――!!!」」」
ヴァルダート!!?
「はあああああああああ!?!? 何を言ってるんだ貴様は!?」
「別に変なことは言ってなかろう? 無能な貴様ら王族に代わって、吾輩がこの国を統治してやろうというのだ。お互いにとって、悪い話ではあるまい」
「いや僕らにとっては悪い話だよ!? それじゃこの国が救われても、意味ないじゃないか!?」
「そ、そうだそうだ!」
サイラス様と陛下は、必死に抗議する。
この期に及んで保身しか考えていないなんて……。
つくづく呆れた方たちね……。
「そうか、まあ、吾輩はどちらでもよいのだがな。そういうことなら、吾輩は帰るとするか」
ヴァルダートが羽で宙に浮いた途端、また魔物の群れがこちらに襲い掛かってくる素振りを見せた。
「ひいいいいいいいいいいいいいい!?!? わ、わかった!! お前にこの国はやるから、どうか助けてくれええええ!!!」
「父上!?!?」
遂に陛下は泣き叫びながら、ヴァルダートに土下座したのだった。
「クハハハハ!! 最初からそう言っておけばよいのだ! ――さて、ではさっさと片付けるとするか」
再び地面に下りたヴァルダートは、左腕で私を抱いたまま、右の手のひらを上空に向けると、空が瞬く間に黒い雲で覆われていく――。
「その雷は光すら呑み
総てを黒で塗り潰し
瞬きの間に世界を溶かす
後に残るは 刻の流れのみ
――黒雷魔法【世界を熔解させる雷】」
「「「――!!!!」」」
「「「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」」」
天から降り注いだ無数の漆黒の雷が、一瞬で夥しい魔物の群れを消し炭にしてしまった――。
凄い……。
やはりヴァルダートの強さは、桁外れだわ……。
「ヴァルダート様、マジカッケェケル!」
「ヴァルダート様、一生ついていくベロ~」
「スッスッス!」
「クハハハハ!! そうかそうか」
「……ありがとう、ヴァルダート、お陰で助かったわ」
私はヴァルダートに、精一杯のお礼を言う。
私にできるのは、これくらいだから。
「クハハ、この程度、児戯にも等しいわ。しりとりのほうが余程難しいぞ」
はは、ヴァルダートにとってはそうでしょうね。
「ヴァルダート様! ありがとうございました!」
「あなた様は命の恩人です!」
私を国境まで送り届けてくれた二人の護衛の方が、ヴァルダートに深く頭を下げる。
ああ、よかった。
お二人も無事だったのね。
「クハハ、礼ならヘレンに言うがよい。吾輩はヘレンに泣いて頼まれたから、手を貸したに過ぎん」
「な、泣いてはないわよ!?」
「そうだったんですね! 本当にありがとうございます、ヘレン様!」
「あなた様こそがこの国の英雄です!」
「いや、私は別に……」
大したことはしていないのにこんなに感謝されると、何ともむずがゆい。
「――さて、ヘレン、約束は覚えておろうな?」
「――!」
ヴァルダートが私の目をじっと見つめてくる。
あ、助けてくれたら何でもしてあげるってやつね……。
「え、ええ、もちろんよ。何でも言ってちょうだい」
「クハハ! では――」
「ヴァルダート様!」
「――!」
その時だった。
ジャスティーンがヴァルダートにしなだれかかってきた。
なっ!?
「ヴァルダート様! さっきの魔法、とっても素敵でした! ――私ヴァルダート様に、一目惚れしてしまいました。どうか私を、ヴァルダート様の妻にしてはいただけないでしょうか?」
そ、そんな――!?
ジャスティーンッ!?
「ど、どういうことだジャスティーン!? 君は、僕の妻になるんじゃなかったのか!?」
サイラス様が慌てふためいている。
さもありなん。
義理の妹ながら、何とも強かね……。
「ヴァルダート様! 私からもお願いいたします! どうか我が娘を、あなた様の妻に!」
お父様まで!?
ああもう、こんな人が実の父で、私は本当に恥ずかしいわ……。
「――失せろ」
「「「――!!」」」
が、ヴァルダートはジャスティーンとお父様に、氷のように冷たい目を向けたのだった。
「ひっ!?」
「あ、あぁ、ひいいいい!?!?」
その目は絶対的な威圧感を放っていた。
ジャスティーンとお父様はその場に倒れ、白目を剥いてしまった。
いつもは飄々としているヴァルダートだけれど、やはり伝説の魔神なのだということを改めて実感した。
――でも、不思議と恐怖は感じない。
むしろどこか懐かしいような、温かな胸の高鳴りが私を包んでいた。
もしかして私は、ヴァルダートのことを――。
「さて、では続きだ。――ヘレン、お前は吾輩の妻となれ」
「――!?」
え????
今ヴァルダート、何て言ったの????
「聞こえなかったのか? 吾輩の妻となれと言ったのだ」
「でも……、私なんかで本当にいいの、ヴァルダート?」
「ああ、吾輩はこの日を、三百年待ったのだからな」
「え?」
三百年??
「いや、何でもない。で? どうなのだ? 吾輩の妻になるのか?」
ヴァルダートは火傷しそうになるくらいの熱い視線を、私に投げかける。
ふふふ。
「ええ、なります。――あなたの妻に、なります、ヴァルダート」
「クハハ! クハハハハ!!! よろしい!! もう一生離さぬからな、ヘレン!」
「キャッ!?」
ヴァルダートは私のことを、強く――とても強く抱きしめてきた。
ヴァルダートの胸が、ドクドクと激しく音を立てている――。
その音が、何とも心地良くて……。
「ええ、私も離さないわ」
そんなヴァルダートのことを、私も抱きしめ返したのだった――。
「わあぁぁい!! おめでとうだケル!!」
「今夜は祝杯だベロ~」
「スッスッス!」




