46 これからも
屋敷に届いたのは、小さな箱。送り主は、城下町にある宝飾品店の職人だ。
仕事から帰って知らせを受けた私は、すぐにその箱を開けた。中には――傷一つない銀色のタイピンが。
バルトの二十一歳の誕生日プレゼントとして注文したタイピンだけど、ポシェットに入れたままだったため私と一緒に誘拐され、その後は年少の小姓がずっと持っていた。
幸か不幸か彼がずっと抱きしめていたおかげで、タイピンに大きな破損はなかった。でも念のためにもう少し手入れをした方がいいということで、私はそれを職人に預けていたのだ。
残念なことに、私が療養している間にバルトの誕生日は過ぎてしまったし、バルトも忙しくてパーティーどころではなかった。
一応、その日の夕食には豪華な料理が並んだけれど、私が厨房に立つことはできなかったし当時プレゼントもまだ手元に返ってきていなかった。
誕生日プレゼントとしては大遅刻だけれど、どうしてもバルトに贈りたかった。
職人は少し歪んでいた鎖やクリップ部分のへこみも直してくれていて、元の状態と全く遜色ない仕上がりのものが返ってきた。
それをもう一度、私の手でラッピングしてから、帰宅したバルトに渡した。
「……これは?」
「もうだいぶ過ぎてしまったけれど、誕生日プレゼントよ。……二十一歳の誕生日おめでとう、バルト」
誕生日当日の夕食でも言ったけれど、改めて彼の誕生日を祝う言葉を贈る。
最初ぽかんとしていたバルトは視線を落とし、こわごわと箱を受け取った。
「あ、ありがとう。まさか、プレゼントまで準備してくれているとは思わなかった……」
「あなたの誕生日当日に間に合うように、夏の初め頃から計画していたの。……実は誘拐されたあの日に注文した工房に寄っていて、ポシェットに入れていたから一緒に攫われてしまったの」
「……そういえば君、荷物はどこにあるかと必死に聞いていたけれど……もしかして、これが入っていたからなのか?」
バルトの問いに頷くと、彼はふっとため息をついて箱を胸元に寄せた。
「……本当に、ありがとう。プレゼントもまあそうだけど、君が無事でよかったと……本当に思うよ」
「ええ。実はポシェットはあの小姓の子がずっと抱えていて、だからほとんど壊れずに済んだのよ」
「なるほど。不幸中の幸い、ということか」
バルトは微笑むと、「開けてもいいか?」と尋ねた。
私が頷くと、バルトは丁寧に――それでいて目はわくわくと輝かせながら、包装のリボンを解いた。
「このリボンも、きれいだな。リンデの髪に飾ったら素敵かもしれない」
「いいわね。そうなったら、プレゼントは私、ってことになるわね」
「……。……うんまあ、たまにはそういうのもいいかもな……」
バルトはなにやらぶつぶつと言った後、リボンはくるくると巻いてポケットに入れ、箱の蓋を開いた。
中にあるタイピンを見て、バルトの目が丸くなったのが分かった。
「これは……とてもきれいなタイピンだな」
「ええ。あなたは普段、クラヴァットとかは身に付けないけれど、式典とかでは必要になるかと思って」
「ああ、もちろん。……この宝石の色は、俺とリンデの目の色かな?」
さすがバルト、すぐに気づいたみたいだ。
彼はそろりとタイピンに指先を伸ばし――途中で何かに気づいたかのように手を引っ込めた。
「手に取らないの?」
「取りたいが……今の俺は帰宅したばかりだから、触ると汚してしまいそうだ」
「そこまで気にしなくていいと思うけれど」
「いや、重大問題だ。これは体中を洗って清潔にしてから、手に取らせてもらう。万が一にでも、俺の指紋の脂が付いて錆びてはいけない」
「……そんなことを言っていると、身に付けられなくなるわよ?」
わりと普段のものの扱いは剛胆でがさつなところのあるバルトらしくもないと思って言うけれど、バルトは真面目な顔で首を横に振った。
「いや、そのときはそのときできちんと身に付ける」
「ふぅん。……でもやっぱり今、バルトに似合うかどうか見てみたいなぁ」
「うっ……。……わ、分かった。ヘルベルト、手袋を」
「やっぱりそこまでするのね……」
普段執務室をほどよく散らかしている人らしくもない反応だ。
それまで黙って側に立っていたヘルベルトが差し出した手袋を嵌め、バルトはそっとタイピンを摘み上げた。
そして、胸元――正装だとクラヴァットを締めている辺りにかざして、照れくさそうに笑った。
「……似合っているか?」
「ええ! ああ、よかった。私が想像していた以上にぴったりだわ!」
「リンデほど俺のことをよく知っている人はいないから、見立てが正確で当然だ」
私のことなのになぜか自慢げに言ったバルトは、丁寧にタイピンを箱に戻した。
「これは俺にとって、一生の宝物になりそうだ」
「大げさよ」
「大げさなものか。妻からもらった初めての誕生日プレゼントなのだから、一生大切にするに決まっている」
「あらあら、それは大変ね。……これから毎年プレゼントを贈るのに、だんだん感動が薄れてしまうわ」
私がちょっと演技っぽく言うと、箱をジャケットのポケットに入れたバルトはくすりと笑って指先で私の頬に触れた。
さっきタイピンを手にしていたときと同じ、宝物に触れるかのような優しい手つき。
「それはない。毎年、新鮮な感動が積み重なって行くさ」
「……ふふ、そうだといいわね」
「……毎年夏の終わりには俺の誕生日を、そして冬の初めにはリンデの誕生日を祝おう。これからずっと、な」
「ええ。来年こそはちゃんと誕生日の夕食も作るし、当日にプレゼントを贈れるようにするわ」
バルトの手に自分の手を重ねると、愛おしい温もりが伝わってきた。
そう。
来年も、再来年も、その次の年も。
私たちはずっと一緒にいられる。
誕生日を祝って、小さな出来事を通して愛情を深めていって、たくさんの思い出を共有することができる。
リンデ、と優しく囁かれ、抱き寄せられた。
バルトの胸元に手を当てると、とく、とく、と普段よりも少し速めの――でも今の私とほとんど同じ速度で脈打つ心臓の動きが伝わってきた。
「……冬になったら、リンデの誕生日を精一杯祝うからな」
「ありがとう。……でも、元々あなたよりも二つ年上だし、先におばちゃんになってしまうようでなんだか複雑だわ」
「君はいくつになっても素敵だし、年を重ねるごとに魅力も増していくに決まっている」
バルトは囁くと、「それに」とどこかいたずらっ子のように囁いた。
「……その頃になると、別の嬉しい知らせが出てくるかもしれないし」
「……。……どれ?」
なんとなーく予想は付くけれど滑りたくはないのであえて先を促すと、バルトはくすっと笑ってから少し体を離し、こつ、と額同士をぶつけてきた。
「早ければ来年くらいには、この屋敷の住人が増えるかもしれない、ってこと」
「……。……ええ、そうねぇ。確かにそろそろほしいと思っていたのよ」
「……えっ!? リ、リンデ、それって……」
それまではどこか余裕のある態度だったバルトが突如、狼狽え始めた。
体を引くと、頬を赤くして目を彷徨わせるバルトが。
……可愛い。
「ええ、あなたも同じことを思っていたんじゃないの?」
「っ、ああ、そうだよ。リンデ、俺と――」
「そろそろメイドがもう一人くらいほしかったのよ。仕事中に頼みたいこととかもあるし、ね」
「……」
あ、バルトが硬直している。
作戦成功みたい。
緩んだ腕の隙間からぬるっと出てバルトの顔を覗き込むと、彼はしばらくの間固まっていたけれど、やがて声にならない声を上げて顔を手で覆ってしまった。
「リンデ……俺をからかっているだろう……?」
「あらあら、何のことかしら? お姉さんにもよく分かるように教えてくれる?」
「っ……こういうときだけ年上ぶって……本当にずるい」
はーっとため息を吐き出して、バルトは頭を掻いた。
……最近分かったのだけれど、バルトは自分が年下であることをちょっと気にしている一方で、私が「お姉さん」の顔をするとかなり動揺するみたいだ。
最初は嫌がられているのかと思ったけれど、彼を昔から知るヘルベルトや女仲間のメイドたちに聞いたところ、「あれは嫌がっているのではなくて、照れて喜んでいるのです」と教えてくれた。
そういうことで、ここぞというときにはバルトを攻める手段として活用することにしていた。
くすくすと笑っていると次第にバルトも調子を取り戻したようで、小さく笑って再び私を抱きしめた。
「分かったよ。それじゃあ、いたずら好きなところが魅力的なお姉さんに今夜、丁寧に教えてあげる」
「……ええ、楽しみにしているわ」
笑いあい、顔を寄せる。
バルトが遠慮がちなキスをしてきたので、私もそれに応える。
「……愛している、リンデ」
「ええ、私も。……愛しているわ、バルト」
明日も、明後日も、来年も、再来年も。
私はバルトと一緒にいられる。
多分、彼とはこれからも喧嘩をしたり、からかいあったりするだろう。
時には意見がぶつかって、お互い意地になってしまうかもしれない。
それでも、私たちは支えあって生きていきたい。
『俺と結婚してください』
あの日、バルトの手を取ってよかった。
疎遠になっていた幼なじみに金貨百枚で買われた花嫁は、今、とても幸せだった。
これにて完結で、最後に登場人物紹介を入れます。
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