45 ディートリンデの決めたこと
救出された私は一日ぐっすり寝て、翌日は当然仕事は休みでお医者様が呼ばれた。
屋敷に来たのはエレルフィアではまだ珍しい女性医師で、私の体に大きな怪我がないことを確認した後はその場から他人を追い払い、強姦されていないことなどを確認された。
体は触られたけれど未遂で終わったし、念のために検査もしてもらった。
女性医師はずっと優しくて、検査を終えた後も「これからも体を大事にして、旦那様と仲よくなさってくださいね」と声を掛けてくれた。
今回の誘拐事件は、エルナ主犯でそそのかされたジルヴィア様が実行犯ということになり、数日後に司法の場で裁かれることになった。
とはいえ、子ども相手とはいえメイドたちにも何も告げずに馬車を降りた私が悪いのは当然なので、バルタザールには遠慮しながらも注意されたし、皆にも謝った。
メイドや御者は「奥様の優しさにつけいる者が悪いのです」と言っていたけれど、私自身がしっかり自衛しないといけない。そのことを肝に銘じた。
その後は主に私の精神面での休養ということで屋敷でゆっくり休み――エルナと叔父、そしてフレーリヒ子爵家に関する司法の場に参加することになった。
バルトには「リンデの精神的苦痛にならなければ」と言われたけれど、私もきちんと判決を聞きたいと思っていたので、会場に向かった。
結局のところ、「私」という存在を見下していないと気が済まないエルナが諸悪の根元だと分かり、ものすごく虚しくなった。
途中でエルナが私についてのないことないことばかりを言い始めたので、バルトに手を引かれて私は途中退出した。その後はバルトと一緒に控え室で過ごし、代理で出席したヘルベルトから話を聞くことになった。
エルナはパーティーでジルヴィア様を見つけ、彼女を手先にしようと目論んだ。心が弱くなっていたジルヴィア様は甘言に乗ってしまい、小姓二人を巻き込んで私の誘拐を企てた。
同時にエルナは下町の男を雇い、もしジルヴィア様が失敗しても確実に私を強姦できるようにした。もちろん、ばれたとしても全ての罪をジルヴィア様に着せるつもりで。
でもジルヴィア様は良心の呵責に耐えられずにバルトに白状したし、彼女や小姓たちは私を誘拐したものの丁寧に扱ってくれた。それに、小姓たちも最後には自分から謝罪して私を屋敷に帰そうとしてくれた。
その点を私もバルトも主張したし、三人は未成年だったということもあり、要再教育などが命じられたけれど、かなり軽い罰で済んだ。
子爵も娘の罪をしっかり背負う覚悟だったそうだし、後で私たちのもとにも謝罪に来られた。
ジルヴィア様は震えながら謝罪して、「どうか更生の機会を与えてほしい」「罪を抱えた上で大人になる」とおっしゃっていた。
私もバルトも彼らについてそこまで責めるつもりはないので、家族でよく話をして小姓たちの心のケアもしてほしい、ということだけを伝えた。
ジルヴィア様や小姓たちはずっと後悔していたし、これから立ち直れるはず。
……そうはなりそうにないのが、エルナだ。
「あの後もひどいものでしたよ。奥様を責められなくなったと思ったら、今度は婚約者にも責任転嫁。最後には裁判の場で親子喧嘩が起きる始末でした」
ヘルベルトが疲れた顔で教えてくれた。
私が救出された日、バルトは男爵家に乗り込んでエルナたちに釘を刺していたという。
でも、やっぱりエルナは「私がこんなことをしたのはディタお姉様のせい」の一点張りだった。自分が悪いことをしたとは、露ほども思っていない。
これには娘を駒にされたフレーリヒ子爵もさすがにお怒りだったようだし、バルトも怒っていた。
当然司法の皆様もエルナの自分勝手きわまりない発言について擁護できず――エルナは修道院送りになった。
「一応修道院とは言いますが、まあ簡単に言うと厳しい環境での奉仕労働ですね」
私はその修道院についてよく知らなかったので、ヘルベルトが教えてくれた。
「寒風吹き付ける土地を耕し、凍るように冷たい水で洗濯をして、肉も魚もない食事だけで飢えを凌ぐ。……そこで真面目に作業に取り組めば待遇のよい別の修道院に移されていき、きちんと更生できれば解放されます。多くの者は自らの行いを悔い改めるのですが……判決を受けたときの彼女の様子からして、更生は無理でしょう」
「……そうなのね」
「そして、父親である男爵も爵位剥奪されることになりました。こちらは娘と違い普通の施設で働きますが、逆に態度が悪ければ悪いほど悪条件な場所に追いやられます」
……あの叔父が真面目に働くとは思えない。
ということは、エルナは最初の修道院から出られず、叔父はどんどん移動していくことになるのか。
「それから、奥様の元婚約者のクリストフ・トイファーですが」
「えっ、クリストフも?」
「はい。彼はこの件についてはほぼ無関係でしたが、奥様やエルナ・ミュラーについて大変失礼な態度を取っていた様子で。使用人への聞き取りの結果、これに関してはエルナ・ミュラーの発言に正当性があったそうです。後ほどトイファー家にも、次男への処罰についての知らせが届くはずです」
……そう、か。
確かに今思えば、クリストフは私を見下すような発言をしていた。そして私がいなくなってからも、エルナに対して同じように接していたってことなのかな。
元々エルナはそこまで勉強が得意ではないし根気もないから、もしクリストフが私と全く同じことをするようエルナに強いていたら……エルナにとって苦しいことになっていただろう。
でも、だからといって皆に減刑を申し出るつもりはない。
そうなったのは自分が悪いのだろう、としか言いようがないから。
「判決については、以上です。旦那様と奥様から、何かご意見はございますか?」
「ない。……ないが、妻の実家がこれほど腐っていたのだと思うと頭が痛くなってくる」
「私もないわ。……本当に、あそこから連れ出してくれたバルトには感謝しかないわ」
父が死に、叔父に引き取られてからの七年間。
いろいろあったし、言いたいこともたくさんある。
でも、私は過去の声に引っ張られるのはもうやめた。
私はこれから、バルトと一緒に生きる。
そうすると、決めたのだから。
叔父とエルナが処分を受けたことで、ミュラー男爵家は後継者をなくした。
私も既に結婚しているし、内政のやり方を教わったわけではない。バルトも貴族の次男だけど騎士だから、自分では領地を治めたりはできないと言った。
そういうことでミュラー男爵家は消滅し、その財産は国庫に納められることになった。
といっても叔父とエルナは借金まみれで、屋敷にあるものを全部売り払ってようやく財産ゼロになったくらいだった。
男爵領は狭いけれど、そこで暮らしていた人たちのためにも一旦土地は国に管理してもらい、その地を治めるにふさわしい新貴族が立ち上がった際に譲り受けるのが妥当だろう。
そうして司法関連が全て終わり、私もようやく仕事に復帰できるようになった。
私が久々に出勤すると見習いたちは大喜びで、中には無事な私を見て泣きだす子もいたくらいだった。
どうやらエトヴィンをリーダーとして彼らも私の捜索や男爵家の監視で活躍してくれたそうで、彼らにも礼を言った。
皆は「休憩時間を活用しただけッスよ」「あれくらいどうってことないです!」と朗らかに笑っていたけれど、ちょっと前よりもその面差しが凛々しくなっているように思われた。
そうして仕事を再開して、二日経った頃。
屋敷に、小さな届け物があった。




