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40 脱出②

 二人は、ある貴族の屋敷に仕える小姓らしい。


「お嬢様に、バルタザール・リューガーの奥さんを誘拐するように言われたんだ」

「あなたがいると、お嬢様は幸せになれないんだって。だから、こうするしかないんだって」


 口を割った二人は思いの外大人しかった。

 お腹を空かせているようなので、さっきの部屋で回収したパンと焼き菓子をあげると、必死になって食いついていた。やっぱり毒は入っていなかったみたい。


 それにしても……私がいると幸せになれないお嬢様、ね。

 予想が付きそうだけど、小姓二人はお嬢様の名前や自分たちの所属については頑として話そうとしないので、推測で言うのはやめておいた。


「それで、町中で私に声を掛けて薬を嗅がせ、二人がかりでここまで運んだの?」

「ううん、辻馬車のおじさんに頼んだ」

「お姉ちゃんが体調を崩したから近くまで送って、ってお願いしたんだ」


 なるほど……子ども二人が大人を抱えて歩くのは難しいけれど、「姉のため」と嘘をつけば運んでくれるだろう。

 その辻馬車のおじさんも、まさか自分が誘拐の片棒を担ぐことになったとは夢にも思わないだろうし、気づかない方が彼のためだろう。


「でも、私を誘拐したのはいいけれど、あそこに寝かせてどうするつもりだったの?」

「それは……お嬢様にも、ちょっと怖い思いをさせればいいって言われて」

「どうすれば怖い思いをさせられるか、三人で考えたの。痛いのとかはだめだし、お嬢様は『女性として最も恐れることをさせてはいけない』って言ってたの。よく分からなかったけど。それじゃあ暗いところで脅かせばいいかな、って思って」


 もじもじしながら喋る小姓たちを見ていると……怒りやら恐怖心やらが薄れていった。


 この子たちは、敬愛するお嬢様のために私を誘拐した。

 でも小姓二人だけでなくお嬢様も、私の対応に考えあぐねた。


 本当に私が邪魔なら、男に暴行させたりしたはず。でもお嬢様の方から、そういうことを阻止してきた。


 部屋のドアには鍵が掛かっていなかったし、私が寒がらないように毛布も用意していた。

 テーブルには食料もあったし、荷物もそのまま。


 子どもたちが、子どもたちながら一生懸命考えた、誘拐作戦。

 それは許されていいことではないけれど……彼らだって迷った末に、この作戦を決行したのだろう。


「誘拐された私が言うのはおかしいかもしれないけれど、こういうことをしても何の意味もないわ。あなたたちもお嬢様も、分かっていたんじゃないの?」


 尋ねると、二人は気まずそうに頷いた。


「うん……お嬢様も、ずっと苦しそうだった」

「こうしないといけない、って必死になっていて……そんなお嬢様が放っておけなかった」

「大人たちに言ったら止められるだろうからって、三人で考えたんだ。だから、あの、お嬢様のことは……!」

「ええ、よく言っておくわ」


 貴族の令嬢として褒められたことではないけれど、きっとそのお嬢様――私が想定している人と条件が合っている――はまだ幼くて、バルトに横恋慕するあまり自分の感情がコントロールできていないのだろう。


 もしかしたらそのお嬢様も、今頃後悔しているかもしれない。


「……分かったわ。それじゃあ、もう行きましょう。帰る道は分かっているわよね?」

「う、うん。ここは王都の隅にあるボロ屋なんだけど、ちょっと歩けば大通りに出るよ。……あの、ひどいことをして、ごめんなさい……」

「……僕も、帰る……ごめんなさい、ごめんなさい……」

「ほら、泣かないの。帰ったらたくさんお仕置きはあるだろうけれど……それをきちんと受けるのなら、私からは何も言わないわ」


 年少の方が泣きだしてしまったので、彼を抱えてあやしながら言った。


 最初に言ったとおり、もし彼らとお嬢様が責められることになったとしても、彼らが最大限私の心と体を傷つけないようにしたことを説明しよう。

 それにこの子たちはまだ若い。未成年は成人とは罰の受け方が違うから、皆きちんと正しい教育を受けて更生できるはずだ。


 年少の方はずびずび言っているので彼は私が抱っこしたままにして、年長の方がランタンを手に道案内をしてくれた。


 さっきの部屋を抜けた先はちょっとややこしい造りになっていて、階段を上がったり下りたりする必要があった。


「もう、夜ね。あなたたちも夜間外出は禁じられているでしょう」

「……うん。きっと、すごく叱られる……」

「それは悪いことだから、きちんと叱られて反省するのよ」

「……うん。お嬢様も……きっと、叱られるよね」


 本当に、この子たちはいつでもお嬢様のことを案じている。

 でも、そんなに大事なお嬢様が、誘拐なんてぶっ飛んだことをするものなのかな……?


「この作戦は、お嬢様が考えたの?」

「え、ええと……僕たちはよく知らないけれど、お嬢様はバルタザール・リューガー様への恋について誰かに相談したそうなんだ」

「え、誰?」


 それは初耳なので尋ねると、年長は困ったような顔で振り返った。


「よく分からない。でも、その人はもっと変な提案もしたみたいなんだ。僕たちには教えてくれなかったけれど、お嬢様は『そういうのは絶対にだめ』って言っていた」

「……」


 ひやり、と冷たいものが胸を掠めた。


 この作戦を実行させたのはお嬢様だけど……彼女に犯行をそそのかした人が、いる。

 その人は……おそらく、私をもっとひどい目に遭わせようとしていたけれど、お嬢様の方がそれを却下してこの誘拐に終わった。


 それじゃあ。


 お嬢様が相談したという、「誰か」は……誰なの?

 そして、その「誰か」は、今どこで何をしているの?


「……あ、見えた。あれが玄関だよ」


 年長がそう言って、ぼんやりと輪郭の見えるドアの方へ向かった――直後。


 凄まじい音を立てて、玄関のドアが外から蹴り開けられた。

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