33 まとわりつく過去
ある日屋敷に帰って夕食の後にくつろいでいると、ヘルベルトがやってきた。
「休憩中に失礼します、奥様。こちら、本日届いた手紙なのですが、奥様にご覧いただきたいものがございます」
「ええ、どれかしら?」
メイドが淹れた冷たいお茶で一服していた私は、ヘルベルトが銀の盆に載せて差し出した手紙を受け取った。既に封は切れているから、安心して中の便せんを取り出す。
そこには流麗な字で、バルトと私をダンスパーティーに招待したいという旨が書かれていた。
送り主は王国でも歴史の古い公爵家の当主だけど、会場は王城内の大ホールらしい。
「貴族主催のパーティーを王城で開くこともあるのね」
「こちらの公爵閣下は、現国王陛下の従弟にあたります。このパーティーは公爵家ご子息の成人祝いの会でもあるため、国王陛下が従甥の成人を祝うために王城を会場にすることを許した、ということでしょう」
「なるほどね……」
貴族の子女が成人したときはたいてい、親が自邸で立派なパーティーを開く。でもそれが王家に連なる者であれば、王城が会場になってもおかしくない。
……私は十六歳の成人を迎える前に父を亡くしたし、叔父はこういうパーティーを開いてくれなかった。
去年開かれたエルナの成人記念パーティーは、立派だったみたい。私は仕事部屋に籠もっていたし、凄まじい借金をしたという噂だったけれど。
バルトは伯爵家の次男だけれど、ヘルベルト曰くこの公爵家ご子息は少年期を騎士団で過ごしていて、バルトも何度か練習試合をしたそうだ。今回はその縁で招待してもらったのではないか、とのことだ。
「公爵閣下からのお誘いですので、奥様にも出席していただく予定です」
「ええ、もちろんよ。……そういえば、結婚してからバルトと一緒にパーティーに行くのは、これで二回目ね」
貴族の跡取り息子夫妻と違い、私たちがパーティーに招待されることはほとんどない。
そして、前回の私たちはまだ勘違い状態で関係もギスギスしていた。
……今回からは、ちゃんと夫婦としてバルトと一緒に参加できる。
間もなく帰宅したバルトに手紙のことを教えると、彼も頷いた。
「ミヒャエル様の成人祝いとなると、行かないという選択肢はないな。……リンデも、いいんだよな?」
「ええ、行くわ。夏用の正装ドレスもこの前、バルトが贈ってくれたわよね」
「ああ、あれか。……今シーズン中に一度でも着る姿を見られたらと思っていたが、予想以上に早く拝めそうだな」
手紙を置いたバルトは、優しく微笑んでいる。
仲直りしてからバルトが贈ってくれるものは、どれも私の好みにぴったりのものだ。
彼はヘルベルトやメイドたちと相談して私の衣装を注文してくれるらしく、この前も清楚でかつ愛らしい薄青色のドレスを贈ってくれた。
私も早く袖を通してお披露目したいと思っていたから、こんなに早く機会が巡ってくれて嬉しい。
「ええ! 私もバルトの正装、楽しみにしているわ」
「……男はほとんどバリエーションがないから、楽しみにするほどでもないと思うが?」
「ふふ、いいのいいの」
少し不思議そうな顔のバルトの頬をちょんと突いてやる。
バルトのことが好き、と分かってから初めて、彼の正装を見る。
きっと、私の目に映る彼の姿はこれまで以上に輝いて見えるだろう。
……その日の夜、私は夢を見た。
『お姉様は、お仕事で忙しいものね? お招きしようと思っていたけれど、忙しいのなら仕方ないわよねぇ』
残念だわ、と言うくせに楽しそうに笑うエルナの声が、頭に響く。
これは……そう、確か、去年の春に開かれたエルナの成人記念パーティーの記憶だ。
いくらエルナに嫌われているとはいえ、次期男爵夫人でもある姪を不参加にはしないだろう、と思っていたのに、叔父は「仕事で忙しいおまえに無理は言えないからな」としれっと言ってのけやがった。
『大丈夫よ、クリストフ様は私が皆にご紹介するわ。だからお姉様はお仕事、頑張ってね?』
今思えば、あの頃から既にエルナはクリストフに接近していたのだろう。
叔父とエルナは私に帳簿整理やら手紙の返事やらを押しつけ、パーティーに行ってしまった。
忙しそうな叔父はともかく、エルナはわざわざフリフリのドレス姿で仕事部屋に来て、「ねえ、可愛いでしょう? お姉様なら似合わないけれど、私にはぴったりよね!」と自慢した。
エルナに言い返しても余計面倒なことになるし、相手にするのも馬鹿馬鹿しいと思っていた。
それに、借金までして盛大なパーティーを開くという叔父やエルナの見栄がちっとも理解できなかったから、私の成人記念パーティーがなかったということは特に気にしていない。
でも、ふと思ってしまう。
もし父が健康だったら。
私はきっと十六歳でパーティーを開いてもらえたし――今思えばそもそも、バルトとこんな長期間こじれることもなかったのではないか、と。
もちろん、闘病の末に亡くなった父を恨むつもりはないし、ちやほやされるエルナが羨ましいと思ったこともほとんどない。
……でも。
ほんの少しだけ小さな棘が、私の胸に刺さっていた。
『ああ、楽しかった! お姉様もお仕事、楽しかった?』
エルナの笑い声が、頭の中でガンガンこだまする。
うるさい。
『お姉様は、かわいそうね』
うるさい。
私はかわいそうなんかじゃない。
だって私には……バルトが、いるのだから――




