23 戸惑う心
「……邪魔物は退場……できればいいんだけどね……」
「ん? 誰かいるのか?」
「女か?」
誰にともなく呟いたつもりなのに、後ろから男性の声が聞こえてきたのでぎくっとした。
振り返ると、三人ほどの男性がバルコニーに出てきたところだった。
……あ、あれ?
見張りの兵士は――あ、そうだ。さっきジルヴィア様の使用人に追い払われていたんだ――!
私は唾を呑み、無視を決め込んで三人の隣を通り過ぎようとした――けれど、すれ違い様に腕を掴まれた。
「きゃっ!?」
「あ、やっぱり女だ」
「誰かの若奥様じゃねぇの?」
「こんな色っぽい格好してんのに旦那に放っておかれて、人肌恋しくなったとか?」
あっという間に三人は私を取り囲み、廊下に戻ることができなくなった。
男たちは皆、騎士団の制服ではない普通の礼服姿だった。
ということは……彼らは騎士ではなくて、騎士団長に招待された父親にくっついて参加した客だろうか……?
「あの、おやめください。私、バルタザール・リューガーの妻です」
「リューガー?」
「あれだあれ、伯爵家の次男」
「あー、あれか。最近結婚したって聞いたのに、こんなところに新妻をほったらかすなんてな」
「どうぞご自由にお食べください、ってことじゃねぇの?」
わはは、と三人が笑うと、お酒の匂いが漂った。
……なんとなくそんな感じはしていたけれど、この人たち、かなり酔っている。
酔い覚ましのためにバルコニーに出たところで、一人でいる女を見つけたってところか……?
あまり上品とは言えないことを言われたから、私はむっとしつつ腕を引っ張った。
「そういうつもりではありません。手を離してください」
「やーだね」
「なあなあ、奥さん。旦那に放っておかれて寂しいのなら、俺たちとお喋りしないか?」
「ちょうど、空いている部屋があるんだよ。そこで一緒に飲もうぜ」
冗談じゃない。
空き部屋に連れ込まれてタダで済む保証なんてない。
「結構です。こういうことは双方の許可がなくやってよいことではないでしょう」
「あー、説教は勘弁勘弁」
「奥さんがウンって言えばそれでいいんだよ」
「どうせ、旦那には満足できていないだろう?」
「……」
あまりにもふしだらなことを言われるものだから、じわじわと顔が熱くなっていく。
でもそれを間違ったように受け取ったのか、男たちは笑い始めた。
「あー、図星か?」
「かーわいそうに。ほーら、お兄さんたちが可愛がってあげるからー」
「っ……触るな!」
思わず「やめて」と声を上げそうになったけれど、あえて低い声で怒鳴った。
女性に無体を働こうとする男に対して「やめて」と女性らしい声で訴えても、逆効果だ。中にはそれで余計に興奮する変態もいるくらいだという。
だから自分にできる限りドスの利いた声で叫んで腕を振り払い、男たちがひるんだ隙にバルコニーから飛び出す。
「あっ、この!」
すぐに会場に戻ろうと駆けるけれど――ヒールの高い靴を履いた足はうまく動いてくれなくて、すぐに後ろから首に腕を回された。
「いっ……!」
「調子に乗りやがって、この女……!」
「お口の悪い奥さんには、お仕置きが必要だな」
「かわいそうになー。おまえの旦那、ぼろぼろになった妻を見てどう思うかなぁー?」
笑うように言われて、ざっと全身の血の気が引いた。
私が、この男たちに部屋に連れ込まれたら――バルトは、どうする?
バルトは、節度のある程度になら恋人を作ってもいいと言っていた。
でも、まさか、パーティー会場で連れ込まれて、暴行されたと知ったら?
怒る? 悲しむ?
……離婚だ、と言う?
『あなた、邪魔なのよ』
「あ……」
私が消えれば、喜ぶ人がいる。
バルトは複数の男にいいようにされた女なんか捨てて、清純で若い令嬢を新しく迎えるかもしれない。
私は。
私が、ここで抵抗する意味は、あるの……?
意識がぼんやりとしてきて、体から力が抜ける。
それをどう受け取ったのか、男たちが笑う気配がして――
「……いました! こちらです!」
誰かの声と、複数人分の足音。
私を捕らえていた男たちが「何!?」「兵か!?」と泡を食らい、私を投げ捨てて逃げていった。
どさ、と床に倒れ込んだ私の頭から髪留めが外れ、まとめた髪がばさばさと乱れた。
「っ、リンデ!?」
周りで誰かが走り回る中、焦った声が私の名を呼び、助け起こされた。
乱れた前髪の向こうに、バルトの青白い顔が見える。
きれいな緑色の目は恐怖で見開かれていて、たくさんの人を虜にしていた笑顔は消えて今にも泣きそうな顔になっていて。
「バルト……」
「通行人から通報があったから、来てみたら……リンデ、大丈夫か!? 何もされていないか!?」
「……んで」
「え?」
「なんで……止めたの?」
あなたは友だちと談笑していたはずなのに、どうして駆けつけてきたの。
どうして、そんなに辛そうな顔をしているの。
「……あのままだったら、あなたは私と、離縁できたのよ……?」
「っ……馬鹿なことを言うな!」
私の言わんとすることが分かったのか、バルトは叫んだ。
そして私の体を抱きしめて、震える手で私の後頭部を抱き込んできた。
「俺は……君にそんな思いをさせるつもりは一切ない! 絶対にだ!」
「……」
「……。……帰ろう。帰って……話をしよう」
大喝から一転、窘めるように言われて、私は無言で頷いた。




