21 夫婦でパーティーへ
バルトから贈られたドレスや小物一式を身に付け、このドレスに見合うような化粧もしてもらう。
そうして完成した「私」は……なるほど、なかなか強そうな顔をしていた。
「これなら貴族の方々にもナメられずに済むわね。ありがとう、皆」
「……」
「そんな顔をしないで。……今晩はパーティーが終わったら帰るけれど、もしバルトが若いお嬢さんを連れて帰った場合は、そっちのおもてなしを優先させてあげてね」
念のために言っておくと、メイドたちはあからさまに嫌そうな顔をした。
「……そんな旦那様は、認めたくありません」
「ごめんなさい、でも、念のために言ったのよ。……分かってくれる?」
なるべく優しい口調で、でも有無を言わせずに念を押すと、皆は頷いた。
私は今夜、「いい妻」になりきる。
夫の隣で微笑み、夫を立てて――もし彼が浮気をしていたとしても悠然と受け入れる、いい女になる。
それが、エレルフィア王国の貴婦人としてあるべき姿だから。
バルトを、縛り付けたくはないから。
居間に下りると、そこには既に仕度を終えたバルトがいた。
いつも白い騎士団服姿の彼は、私とよく似た青色のジャケットとスラックスという格好だった。
でも、求婚時に着用していたバッジやマントをこちらに付け替えていて、若くて優秀な騎士、という風格が漂っている。
明るい赤茶色の髪は丁寧に手入れされ、長い後ろ髪は青色のリボンでまとめている。私も髪をぐりぐりっと巻き上げて髪飾りで留めているけれど、その髪飾りと彼のリボンはほぼ同じ色だ。
ヘルベルトと何かを話していたらしいバルトは会話を中断させると、私を見てきた。
その緑色の目が大きく見開かれ、何か言葉を考えているかのように口が開閉され――結局出てきたのは、ため息だった。
「……いつぞやを思い出す化粧だな」
「あらあら、ごめんなさいね。このドレスに見合うためには、けばけばしい厚化粧にしてもらわないといけなくって」
もはや腹すら立たないので嫌味たっぷりに言ってやると、ソファから立ち上がったバルトは肩を落とした。
「……あの頃のは、年不相応なメイクだったからつい言ってしまっただけだ。今回のは……まあ、そのドレスには似合っていると思う」
「ええ、どうもありがとう。バルトも、凛々しくってとっても素敵よ。あなたなら、会場中のご令嬢の恋心を一身に集めてしまうでしょうね」
明らかな皮肉だけど、バルトは少し眉を動かしただけで言い返しはせず、ヘルベルトから鞄を受け取った。
「……そろそろ行こう」
「ええ」
バルトが脇を少し開けたので、そこに腕を滑り込ませて身を寄せる。
そうして歩きだしたけれど……バルトは明らかに歩調をゆっくりにして、ヒールの高い靴を履く私のために遠慮していた。
「もっとさっさと歩いていいわよ」
「よくない。靴擦れでもして歩けなくなったらどうするつもりだ」
「そのときはバルトに担いでもらおうかしら」
「馬鹿言え、淑女を担ぐわけないだろう。歩けなくなったのなら抱えるが、そうならないように用心してくれ」
……。
……少し、意外だった。
私のからかいに、「置いて帰る」くらい言いそうだと思っていたけれど、予想以上に真面目な回答が返ってきた。
「……そういうのは、本命の子に言いなさいよ」
「本命とか義理とか以前に、これは夫として当然のことだと思っている」
バルトはそれだけ言うと口を閉ざし、私を連れて馬車に乗り込んだ。
バルトたちの上司に当たる騎士団長主催ということで、彼の屋敷が会場だった。
バルト曰く現在の騎士団長は侯爵家出身のお坊ちゃん育ちだけれど根っからの武人気質で、屋敷には広い馬場や兵士の訓練場だけでなく、小さめながらも闘技場まで設置されているという。
バルトと一緒に馬車を降りて、華やかな装いの招待客たちで溢れる中庭を歩くけれど――庭にぽつぽつと建っている石像はどれも、上半身裸のおじさんの像だ。
もしかしてこれが騎士団長本人? と思ったけれど、バルトに聞いたところあれらは神話に出てくる軍神を模したものらしい。本人の像じゃなくてよかった。
今日のパーティーに招待されている騎士は百人ほどでそのうち半数近くは既婚者なので、妻や子どもも数えると二百人規模になるという。
「っと……」
バルトと並んで歩いていると、とん、と横から誰かにぶつかられた。
何ごとかと思ったらそこにいるのは六歳くらいの男の子で、思わず頬が緩んでしまった。
「あら、どうかなさいましたか?」
「あ、ご、ごめんなさい。お母様かと思いました」
尋ねると、男の子は思いの外しっかりと答えた。
どうやら両親と来ていて、私を母親と間違えたようだ。
バルトがこちらを見て、「あれ」と声を上げた。
「君は確か、アーレント様のところのご子息じゃないか?」
「は、はい。そうです」
「そうか。俺は昔、君の父上の部隊で働いていたんだ。君がもうちょっと小さい頃に、アーレント様が君を見せてくれたんだ。とても賢い自慢の息子だ、と言われていたよ」
バルトが優しい笑顔で言うと、男の子はえへへ、と照れたように笑った。
「ありがとうございます。騎士様」
「俺はバルタザール・リューガーで、隣にいるのは奥さんのディートリンデだ。迷ってしまったのなら、一緒にご両親を捜そうか。……ディートリンデ、いいか?」
「もちろんよ」
どうやらこの子はバルトの知り合いの子どもらしいし、子どもの面倒を見るのは嫌いではない。
男の子はほっとしたように微笑んだ。私が手を差し出すと握ってきて……小さな手の温もりに、ほんのりと胸が温かくなった。
男の子の両親は、間もなく見つかった。
何度もお礼を言う夫婦と手を振る男の子を見送り……ふと、私はバルトの方を見てみた。
バルト、優しい顔で男の子を見守っている。もしかして――
「バルト、子ども好きなの?」
「いや、別にそういうわけではない。だが、普段はもっと大きな見習いたちをしばいているから、あれくらいの年の子どもは……可愛らしいな、とは思う」
「……そうね」
――私たちの間に生まれることは、ないだろうけれど。
なんとなく気まずい空気になり、私たちは気を取り直して挨拶回りをすることにした。
そうして実感したけれど――前に厨房の料理人やエトヴィンから教えてもらっていたとおり、なるほど確かにバルトは人気者だった。
バルトの姿を見るとどんどん人が集まってきて、挨拶してくる。
伯爵家次男であるバルトよりも身分も階級も上の人までにこやかに寄ってくるから、彼の顔の広さとフットワークの軽さには舌を巻いた。
「やあ、バーティ! 隣にいるのが、噂の奥方か」
「ええ、そうです」
「そうか! 仲よくやるんだぞ!」
「あっ、バーティ!」
「よう、おまえも参加していたのか」
「ああ。後でこっちに来いよ。たまには見習い同期同士で喋ろうぜ。……って、おまえは結婚したんだったな」
「私のことはお気になさらず」
バルトと同じ年頃の騎士を見て、私は微笑んだ。
見習い同期ということは、バルトにとっての大事な戦友だ。そこに妻がいたら邪魔にしかならないだろうから、私は席を外すべきだ。
同期の騎士がいなくなったところでバルトがちらっとこちらを見てきたので、私は余裕たっぷりに笑ってみせた。
「モテモテね、バルト」
「……別に」
「照れなくてもいいのに」
「照れていない」
そう言うバルトは本当に照れてはいないようで、むしろ少し難しい顔をしている。
「色男が台無しよ」
「君がそれを言うか」
「ごめんなさいねぇ、妖怪厚化粧はお喋りなのよ」
ふふ、と笑ってやり、前を向く。
妖怪厚化粧は、頑張って演技をしないといけないからね。




