21.犬猿の仲
サヴィニー伯爵とナタリー様は、テーブルを挟んではったと睨みあった。
「まあまあ、お二人とも、その辺で」
王立学院の副学院長が、困ったように言った。
「我らはルブラン伯爵家のおもてなしにあずかり、才能ある生徒の未来のために尽力せんと、王都からやって来たのではありませんか。魔術師の塔と王宮騎士団の代表としていらしたお二人が、そのように角突き合わせていがみ合っても、マティルド嬢のためにはなりますまい」
一部の隙もない正論を言われ、サヴィニー伯爵とナタリー様は口をつぐんだ。
「……王都と違って、こちらはずいぶんと寒く思われるのではありませんこと? 北部はすでに冬に入りかけておりますから」
お母様がにこやかに言う。
「たしかにそうですわね。ソラン王国は南北に長い地形をしておりますから、北部と王都では季節が一つ、違うような気がいたします。こちらでは雪はまだ降ってはいないのですか?」
「ええ、でも一月もしない内にこちらは雪に閉ざされてしまうでしょう」
ナタリー様とお母様が和やかに会話している。
「……こちらの肉は冬眠前の魔獣でしょうか?」
「ああ、それは魔獣ローグの肉です。昨日、マティルドが狩ってきたものでして!」
お父様が張り切ってサヴィニー伯爵に答えた。するとサヴィニー伯爵の青い瞳がキラッと光った……ような気がした。
「ほう、マティルド嬢が」
サヴィニー伯爵はテーブルから身を乗り出すようにしてわたしを見つめた。
「ローグは素早い魔獣だ。王宮騎士団に所属する騎士であっても苦戦する者もいるくらいなのに、マティルド嬢はお一人でローグを狩られたのか」
「いえ、その、他に二人、騎士がおりました」
わたしは曖昧な笑みを浮かべて答えた。なんとなくだが、わたし一人で狩ったとは言わないほうがいいような気がする。
「騎士が二人……、なるほど。騎士はどの程度、ローグを狩るのにマティルド嬢を手助けしたのかな?」
「ええと」
わたしは頭をフル回転させた。嘘はよくない。が、
「騎士のお二人は、わたしよりよほど活躍してくださいましたわ。お二人のおかげで、ローグを狩ることができたのです」
うん、嘘ではない。騎士がお花を籠いっぱい摘んでくれたからこそ、魔獣を狩れたんだしね。
「ふうん」
サヴィニー伯爵はニヤッと笑った。
「実は私は、ランドールからマティルド嬢についていろいろ話を聞いていてね」
なんですと。
ギクリとするわたしに、サヴィニー伯爵は楽しそうに言った。
「ランドールは、マティルド嬢の剣技を絶賛していたよ。あの男があれほど饒舌に他人を褒めるのを私は聞いたことがない」
ランドール様は卒業後、王宮騎士団に入団する。マンガでも、在学中からランドール様は王宮騎士団と関わりがあった。
ランドール様は王太子殿下の実質的な護衛とみなされているし、副団長であるサヴィニー伯爵と知り合いでもおかしくない。
恐らくランドール様は、幼なじみであるわたしに気を遣って、だいぶ盛った感想をサヴィニー伯爵に伝えたのではないだろうか。
優しいのはランドール様の長所だが、それが裏目に出てしまったんだな……。
「ランドール様はお優しい方なので、そのようにわたしを褒めてくださったのでしょう」
するとサヴィニー伯爵が笑い出した。
「優しい!? あの男が!?」
ハハハと朗らかに笑うサヴィニー伯爵に、わたしは呆気にとられた。そんな変なことを言っただろうか。
実際、ランドール様は礼儀正しく優しい御方だ。いつもわたしをシモン様から庇ってくれた。それに、理由は謎だが、会うたびにお菓子をくれたしね。
「これはランドールのためにも、ぜひともマティルド嬢に王宮騎士団へ入っていただかねばな」
サヴィニー伯爵が楽しそうに言う。なんでわたしが王宮騎士団に入るのが、ランドール様のためになるんですか。
「馬鹿げたことを!」
ナタリー様が憤慨した様子で言った。
「マティルド嬢、いいですか。サヴィニー伯爵の甘言に乗せられてはなりません。騎士など、野蛮で不潔でしかも危険と隣り合わせの職業です。なってもいいことなど一つもありません! 魔術師こそ至高の職業です!」
「へえ。そうは言ってもナタリー、君は純粋な意味では魔術師と言えないんじゃないかい?」
「なんですって!?」
サヴィニー伯爵の言葉に、ナタリー様はワナワナと震えた。
「エドガー、いま何と言ったの!」
「別に。君が騎士を野蛮で不潔だと罵ったから、つい口が滑ってしまっただけだよ」
「よくもそのような……!」
周囲を置き去りにしていがみ合う二人に、お父様もお母様も、ついでに王立学院の副学院長も黙り込んでしまった。
噂には聞いていたけど、王宮騎士団と魔術師の塔って、ほんとに仲が悪いんだな……。
いや、サヴィニー伯爵とナタリー様は、学生時代から何かと衝突していたからしかたないのかも。
マンガでちょろっと描かれていたけど、ナタリー様は魔力量がちょっと少なくて、剣と魔術、どちらも優れていたサヴィニー伯爵に嫉妬と憧れ半々の感情を抱いていた。
学生時代はナタリー様も素直にサヴィニー伯爵の実力を認め、賞賛されていたのだけど、サヴィニー伯爵が魔術師の塔を蹴って王宮騎士団に入ってしまったことで、一気にお二人の仲は険悪になってしまう。
ナタリー様は魔力量が少ないせいで、周囲から実家の力で魔術師の塔に入った、なんて陰口を叩かれたこともあったし、魔術師の塔では事務方として働いていらっしゃるから、余計にサヴィニー伯爵への感情をこじらせてしまっているのだろう。
そしてこの二人のいざこざは、ナタリー様の妹デルフィーヌ様とサヴィニー伯爵の甥ガブリエル様の関係にも微妙に影響を与えることになる。
正直言って、めんどくさい……。ガブリエル様もデルフィーヌ様も国王派だけど、できればあまり近づきたくないなあ。




