20.王都からの使者
「お嬢様、お加減が悪いのですか?」
わたしが何度もため息をついているせいか、アリサが心配そうに言った。
「昨日は何頭も魔獣を仕留められたと伺いました。お疲れなのでは?」
いや、魔獣討伐はストレス解消になったから、ぜんぜん問題ない。問題はわたしの使った魔術、『逃走』だ。
三度目に使った魔術『逃走』では、今までとは違い、移動先を自分で指定できた……と、思う。
自室の寝台の上ではなく、屋敷の前あたりに移動できたらなあ、と思ったら、そのとおりに移動できたのだ。
しかし、これが大魔術師ドミニク様の『転移』と一緒かと言われると、それは違うと思う。そもそもユニーク魔術は他の五属性の魔術とは違い、汎用性がない。だからこそユニークと呼ばれているんだけど。
魔術は、各人の魔力属性に応じたものしか使用できない。どんなに魔力があっても、魔力属性が水属性だけなら、炎系の魔術は使えないのだ。ガブリエル様のように五属性全部使用可能なら、魔力量に応じてどんな魔術も使い放題だけど。
しかし、ここで問題になるのがユニーク魔術である。ユニーク魔術の属性は何かというと、未だに解明されていないのだ。五属性のどれにも属していない、ということだけしかわかっていない。そもそもユニーク魔術は他の魔術と違い、使用者本人以外、誰も同じ魔術を使えないから、解明のしようもないんだけど。
だから、わたしの『逃走』とドミニク様の『転移』は別物だ。……まあ、ちょっと似てるなあ、とは思うけど。
昨夜、ユニーク魔術についてお父様とお母様に説明したのだが、二人とも納得していない様子だった。わたし自身よくわかってない状態で説明したからしょうがないんだけど。
ていうかわたしのほうが教えてほしいくらいだ。魔術の授業を一回受けただけの学生に、未だ解明されていないユニーク魔術について説明しろと言われても無理があると思う。
ふう、と何度目かのため息をつき、わたしは鏡に映る自分の姿を見つめた。
瞳の色に合わせた濃い紫色のベルベットのドレスで、わたしの持っているドレスの中で一番高価なものだ。紫水晶を使った花のような髪飾りもつけている。ここまで着飾ったのは久しぶりだ。昔、神殿で祝福を受けた時以来ではなかろうか。
「よくお似合いですよ」
アリサが褒めてくれる。ありがとう、と返したが、気分は沈んだままだ。
ああー、これから王宮騎士団の副団長と魔術師の塔の事務次官をおもてなしするため、晩餐会に出席しなければならない。
二刻ほど前、王都からいらした使者の方々が屋敷に到着した。わたしも両親とともにお出迎えしたのだが、一行は魔術の副作用でひどくお疲れのようだった。わたしたちとはろくに言葉も交わさぬまま、一行は用意された部屋へ直行し、そのまま晩餐の時間まで休まれることになったのだ。
つまり、わたしの処遇に関する話し合いは、これから晩餐の間でされる。
ただでさえ雲の上の方々と一緒に食事するというだけで緊張するのに、その結果がわたしの生死を左右するかもしれないと思うと、緊張を通り越して胃が痛い。
どうしよう。何か失礼を働いたら、騎士団にも魔術師の塔にも入れないかもしれない。そうなったら、マンガのストーリーどおりわたしは……、そんなのイヤだああああ!
「お嬢様、そろそろ晩餐の間へまいりませんと」
アリサに促され、わたしは椅子から飛び上がった。
「そ、そうね……、い、い、行かないと……」
「……お嬢様は魔獣討伐で、自分よりも大きな魔獣に果敢に立ち向かう、と騎士の方から伺っておりますのに……、どうしてそんなに使者の方々に怯えていらっしゃいますの?」
アリサが不思議そうに言う。
「いや、それはその、王都の高位貴族の方々をおもてなししなきゃならないわけだし……」
「お嬢様はまだ学生でいらっしゃいますし、多少失礼があったところで、それほど厳しく咎められるようなことはありませんよ」
「それはそうだと思うけど、ほら、わたしは前科があるでしょ」
シモン様とのことほのめかすと、アリサは眉根を寄せた。
「……メイドの分際でこのようなことを申し上げるべきではないのかもしれませんが、二年前のことは、お嬢様には何の非もないことと思っております。だって、お嬢様はただ、剣の試合に応じただけではありませんか。……試合の結果にあれこれ文句をつけるなんて、騎士道にもとる振る舞いですわ」
怒ったようにアリサが言う。
「ありがとう。アリサは優しいわね」
ちょっと元気が出た。
うん、やる前からビクビクしてても始まらない。何事も度胸だ。よし、行くぞ!
晩餐の間は、いつもより三割増しに美しく飾りつけられていた。テーブルや暖炉の上には、昨日騎士たちが採ってきてくれた花々が活けられ、燭台にも高さのそろった新しい蝋燭が立てられている。銀食器もまぶしい輝きを放っていた。
六人分か……、我が家にある銀食器は六組しかないから、ギリギリセーフだ。
高位貴族に木のカップを出すわけにはいかないから、銀食器が足りなければお酒は回し飲み、料理はシェアしてもらうことになっちゃうからね。北部の貴族なら問題ないけど、王都の高位貴族はお酒の回し飲みや料理のシェアを嫌う方が多い。そうならなくて良かった。
お父様もお母様もすでに席についている。お母様は落ち着いて見えるけど、お父様はちょっと顔色が悪そうだ。
「遅くなってしまったかな。申し訳ない」
颯爽と男性が晩餐の間に入ってきた。短いプラチナブロンドに青い瞳。王宮騎士団の紋章が縫われたマント……、サヴィニー伯爵だ! なんかキラキラしてる。顔立ちは違うのに、なんとなくジェラルド王太子を思い出すというか。
「失礼いたします」
続いて楚々と現れたのは、金髪、緑の瞳に眼鏡をかけた女性だった。魔術師のローブをお召しだから、魔術師の塔の事務次官、ナタリー・ラクロワ様だろう。デルフィーヌ様の姉にあたる御方だから、容姿もよく似ている。
後もう一人、真っ白い髭をたくわえた老紳士が入ってきた。おお、この方は王立学院の副学院長だ。入学式で見たから間違いない。
ええー……。ちょっと大物ばかりで、すでにキリキリ胃が痛い……。
給仕人がわたし以外のゴブレットに葡萄酒を注いでまわる。エールではなく葡萄酒……、ルブラン家にはワイン蔵などないから、この晩餐のために急遽用意したんだろうなあ。
わたしのはもちろん、お酒ではない。葡萄酒を沸騰させてアルコールを飛ばしたものだ。ちょっとだけスパイスと蜂蜜が加えられていて、とてもおいしい。
飲み物が行きわたったところで、お父様がゴブレットを掲げた。
「王都よりわざわざお越しいただき、ありがとうございます。皆様のご健勝とさらなるご活躍を祈念いたしまして、乾杯」
するとサヴィニー伯爵が、わたしを見てニコッと笑った。それだけで周囲がキラキラと輝く。
ジェラルド王太子ほどではないが、サヴィニー伯爵もやることなすこと輝いてしまう美形なんだな。
サヴィニー伯爵がゴブレットを掲げて言った。
「才能あるご令嬢の未来に」
「優秀な若き魔術師の未来に」
そう言ってナタリー様も杯を掲げたが、
「……事務次官どの、マティルド嬢の未来を魔術師と決めつけるのはいかがなものだろうか」
サヴィニー伯爵がさっきとは打って変わって冷ややかな笑みを浮かべている。
「まあ、どういう意味かしら。わたくしはただ、マティルド嬢の魔術の才を褒めただけですわ。実際、彼女はユニーク魔術の……それも大魔術師ドミニク様に匹敵するような、素晴らしい魔術の使い手ではありませんか」




