19.お母様には逆らえない
「おりゃああああ‼」
わたしは雄叫びをあげ、マッドベアーと呼ばれる巨大な熊型の魔獣に向かって突っ込んでいった。
首を横に切り裂くように薙いで、素早く後ろに飛び退く。
「お嬢様、これ以上魔獣を倒しても持ち帰れませんよ」
「大丈夫です!」
騎士の一人に言われたが、わたしはウキウキで返した。
「お父様も言われたとおり、わたしは魔術を使って一瞬で屋敷に戻れますから! その時、狩った魔獣も一緒に持っていけばいいのです!」
そう考えると、あのユニーク魔術はなかなか便利だ。
どんなに遠くにいて、どんなに重い荷物があっても、一瞬で家に帰れるのだから。
わたしはここ最近の鬱憤を晴らすように、マッドベアーを斬り、突きまくった。
『俊敏』のスキルを使えば、余裕でマッドベアーの攻撃をかわせる。
わたしは力がないから、手数で勝負するしかない。この体はまだ十二歳だから、剣に力を乗せて戦うには筋肉というか体重が足りないのだ。
そうして何度も斬りつけまくると、ついには音をたててマッドベアーの巨体が地面に倒れた。
おお……、やったよ! ローグほどではないけど、この時期のマッドベアーも脂がのってて美味しいんだよねえ。足や腕の付け根を集中して攻めたから毛皮も綺麗な状態だし、屋敷に持ち帰ったらきっと喜ばれるだろう。
よし、次は……、あ、お花も採らないと。
「お嬢様、花は俺たちで採集済みです」
「まあ……、いつの間に?」
「お嬢様が魔獣を狩っていらっしゃる間に採集しました」
騎士の一人が、籠に山盛りの花を差し出した。
「そろそろお屋敷に戻りましょう、お嬢様」
もう少し魔獣を狩りたい気もしたが、わたしと違い、騎士たちは馬で屋敷まで帰らねばならない。
「そうね、ではそろそろ……」
帰りましょうか、と言いかけた次の瞬間、わたしはザッと横に飛んだ。
その直後、先ほどまでわたしのいた場所に銀色の塊が落ちてきた。魔獣だ!
「これは……、ローグですね!」
一見、猿に似ているが、毛皮の色が銀色だからすぐわかる。知能はそれほど高くないんだけど、とにかく素早いから力勝負の騎士は苦戦しがちな魔獣だ。
わたしはこういう素早さ命の魔獣は得意! ちょうどお父様が欲しがっていたし、この魔獣を狩って打ち止めにしよう!
「この魔獣はわたしが狩ります! 皆さんは撤退の準備をなさってください!」
「この魔獣は、って……、最初からお嬢様しか戦ってませんよ」
「俺たちは花しか摘んでませんが」
騎士たちが何か言っているが、スルーして魔獣ローグに集中する。
もう花は十分だ。最後にこのお肉だけ、手に入れば……!
「ぅおおおお!」
ローグの動きをとらえ、気合いとともに剣で貫く。手応えを感じると同時に、ローグが断末魔の声を上げた。
よし! 一発で仕留めたぞ!
「あまり大きくはないけど……、晩餐にお出しする分くらいにはなるかしら?」
息絶えたローグを見下ろして言うと、
「十分だと思いますよ。足りなければマッドベアーに一角ウサギもありますから」
「ではお嬢様、こちらもお忘れなく」
騎士に花を山盛りにした籠を渡される。
「ありがとう。お二人も気を付けて屋敷に戻ってください」
わたしは倒した魔獣を自分の傍に引きずってくると、籠を抱えた状態で体のどこかに魔獣が触れているようにした。なんとなく、こうしておけば一緒に移動できるような気がする。
「『逃走』」
声に魔力を乗せた時、今さらだがこのまま自室に戻るのはイヤだな、と思った。
切り裂いたわけではないから血まみれではないけれど、それでも血のついた魔獣の死体とともに自室の寝台へ移動、というのはちょっと……。できれば屋敷の前あたりに移動できればいいのになあ。
そう思いながら、わたしは魔術の発動を感じてぎゅっと目をつぶった。世界が歪み、体がねじれるようなこの感覚……、やっぱり慣れない。しかしさすがに三度目ともなると、意識を失わずに済みそうだ。
ズン、と体が沈み込むような感覚とともに、空気の変化を感じる。森の中とは違う、人々のざわめきと乾燥した空気だ。
目を開けると、
「……あれ?」
目の前に、ルブラン家の屋敷があった。
自室の、寝台の上ではない。屋敷前の馬車回しに移動したようだ。わたしの姿に気づいたのか、玄関の扉が開いてわらわらと使用人たちが現れる。少し遅れてお父様がやって来るのが見えた。
「マティルド? ……騎士と一緒に帰ってきたのか? ずいぶん早いな」
「……いえ、騎士のお二人は、一刻ほど後に戻られると思います……」
お父様はわたしを見、それからわたしの周囲にある魔獣の死骸(一角ウサギ、マッドベアー、ローグ)を見た。
「……マティルド、おまえは自室の寝台の上にしか転移できないと……」
「言いました! たしかにそう言いました! でもなぜか今回は、ここに飛べたんです!」
お父様は額に手を当て、唸るように言った。
「それはつまり……、大魔術師ドミニク様の『転移』と同じではないのか……?」
「違います!」
「しかし、実際に自分の行きたい場所に転移できたのではないか」
お父様の言葉に、わたしは少し考えた。どうして今までとは違う場所に……、思い当たることと言えば、
「魔術を発動させる時、ちらっと思ったんです。魔獣の死骸と一緒に自室に戻るのはヤだなって。屋敷の前あたりに移動できればな、って……」
「それは『転移』ではないか!」
やっぱり! とお父様が大声を上げた。
「あなた、何を騒いでいらっしゃいますの」
お母様が現れ、使用人にテキパキ指示を出した。
「魔獣は井戸の脇にある作業場で毛皮を剥いで、血抜きをしてから厨房に持っていきなさい。一角ウサギは今日、ローグは明日の晩餐に出しますが、マッドベアーは燻製と塩漬けにするように」
お母様はくるりと振り向くと、
「マティルド、あなたはまず湯浴みをなさい。詳しい話は晩餐の時に聞くことにします。……あなた、それでよろしいですわね?」
「いや、しかし……」
「ここでこれ以上、マティルドの魔術について騒ぐおつもりですの?」
お母様に睨まれ、お父様は決まり悪そうに頭を掻いた。お母様、強い。
「……マティルド、なぜあなたが自室ではなく屋敷の前に転移できたのか、晩餐の席でしっかり説明してもらいますからね」
「え!? ……あ、ハイ……」
わたしにだってよくわかっていないのに、説明と言われても。
でも、お母様には逆らえないしなあ……。
わたしはお父様と肩を並べ、とぼとぼとお母様の後について屋敷に入ったのだった。




