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18.肉と花が必要だ


「あら、もう返事がきたわ」

 早いわね、とお母様が執事に手渡された手紙を見て言った。


 朝食の席だが、お父様はすでに領地の見回りに出ているため、お母さまとわたしとブライアンの三人しか食堂にはいない。


 王都は秋に入ったばかりだが、こちらはすでに初冬の気配がする。暖炉に火を入れても、中々部屋が暖まらない。

 寒いわねえ、とブライアンに言うと、もう姉さまは王都の人間ですね、なんてからかわれて笑っていたのだが。


 え、待って。今お母様、返事がきた、って……。

「お母様、そのお手紙は、まさか王立学院からではありませんよね?」

 早馬で王立学院へ手紙を送って、まだ六日しか経っていないのですが。


「その、まさかです」

 お母様は手紙に目を走らせ、「あら」と驚いたように言った。

「明日にはここに王立学院の使者が到着されるそうですよ」

「どうやって!?」

 わたしは思わず大声を上げてしまった。そんな馬鹿な。

「マティルド」

「すみません、お母様」

 マナー違反をお母様にたしなめられ、わたしは首をすくめた。しかし、


「お母様、使者は王都からいらっしゃるんですよね……?」

「ええ。王宮騎士団の副団長と魔術師の塔の事務次官と」

「ちょっと待ってください!」

 わたしは失礼を承知でお母様の言葉をさえぎった。なんだそれは。


「いや、そんな、何がどうしてそんなことに? えっ、お母様は王立学院へ手紙を送ったのですよね? それなのに、なぜ、王宮騎士団と魔術師の塔から使者が……」

「将来有望な生徒への特別な配慮、と書かれてあるけれど」

 お母様は片手を頬に当て、ふう、とため息をついた。


「困ったわ。王都にお住まいの高位貴族をもてなすなんて、我が家でできるかしら」

「そっちの心配ですか!」

「王宮騎士団の副団長と魔術師の塔の事務次官ですよ? 何か失礼があれば、ルブラン家なんてひねり潰されてしまうでしょう」


 お母様の言葉に、わたしとブライアンは震えあがった。

「ぼ、僕、明日は部屋で過ごします……」

「わたしも部屋に……」

「馬鹿言わないでマティルド」

 ピシャリとお母様が言った。


「あなたの処遇をめぐって、わざわざ王都からいらしてくださるのよ。あなたがいないでどうするの」

「……仮にわたしが己の処遇について何か意見を申し上げたとして、それを考慮していただける可能性はあるのでしょうか」

「あるわけないでしょう」

 なら、わたしいなくても良くない?


「わたしは、その、気を付けてはいるのですが、あまり忖度というか、気遣いができる人間ではございません。以前、ケルテス辺境伯家のご嫡男にも、それで失礼を働いてしまいましたし。……わたしがいないほうが安全というか、ご不興を買う恐れがないと思うのですが……」

「わかっています」

 お母様が苦虫を噛み潰したような表情で言った。

「あなたの性格を、親であるこのわたしがわからないとでも思いますか。……手紙に、必ずあなたを同席させるようにと書かれているのです。ここまで書かれているのにあなたが姿を見せなければ、そちらのほうが問題です」


 おうふ。

 わざわざ王宮騎士団と魔術師の塔から使者を派遣してくださる(しかもありえない早さで)というのは、たしかに「将来有望な生徒への特別な配慮」って感じがするけど、でも、そこまで期待されるのもプレッシャーというか……。

 やだなあ、大魔術師ドミニク様並みのユニーク魔術を期待されてたらどうしよう。


「なんだかお腹が痛くなってきました……」

「明日までに治しなさい」

 非情な命令を下すお母様。ブライアンが同情の眼差しでわたしを見ている。ううう、お姉ちゃん辛いよ。


 領地の見回りから帰ってきたお父様も、この知らせには仰天した。

「明日だと!? 早すぎるだろう!」

「魔術師の塔と魔法騎士のサヴィニー伯爵ですから、何らかの魔術をお使いなのでしょうね」

 居間の椅子に腰かけ、お父様は呻くように言った。

「何のためにそこまで……」

 ほんとだよ。そこまでしてルブラン領にやってきたって、いるのはわたしだよ。意味ないと思う。


 そうは言っても、魔術師の塔と王宮騎士団からわざわざやって来る方々をもてなさない訳にはいかない。

「魔獣ローグの肉が手に入ればいいのだが」

 お父様がつぶやくように言った。

 魔獣ローグの肉は数少ないルブラン領の名産品だ。特に今時期、冬眠前は脂がのっていて一番美味しい。王都に出回るのは輸送の関係もあってだいたいが塩漬け肉だが、領内なら新鮮な肉を食べられる。


「あなた、花も必要ですわ」

 お母様が困ったように言った。

 ああ、うん……。王都では高位貴族のお屋敷には、季節を問わず生花が飾られているからなあ。北部でもケルテス辺境伯家くらいお金持ちだと、温室があるから花には困らない。が、我が家では……。


「花と肉……、今から森に行けば間に合うか」

 そう、温室などない我が家では、この時期、花が必要になったら魔獣が跋扈する森へ出向いて採集するしかないのだ。魔獣の肉も同じ。

 何事も金ではなく労働で解決する。それがルブランの掟。


「あ、わたしが採ってきましょうか?」

 思いついて手を上げると、お父様が困惑したように言った。

「かまわんが、どうしてわざわざおまえが? 採集に長けた騎士なら他にもいるぞ」

「肉はともかく、花は採集したらすぐ屋敷に届けたほうがよろしいでしょう? わたしなら、行きはどなたかの馬に乗せていっていただければ、帰りはあの魔術を使って一瞬で帰ってこれますから」

「なるほど!」

 お父様が膝を叩いた。

「魔術とは便利なものだな。……うむ、ではマティルド、近場の森で花を採集してきなさい。魔獣の肉は、騎士を二名ほど同行させて狩らせることにしよう」


 ブライアンが僕も行きたい! とねだったが却下された。

 まだブライアンは猪型や狼型の魔獣までしか倒せないんだよね。少なくとも熊型の魔獣を倒せるようにならないと、少人数で森へ入ることは許してもらえない。


 よし、では久々に魔獣退治をしてくるか!

「マティルド、あなたは花を採集しに行くのです。魔獣退治は騎士のお仕事ですよ」

 お母様が心配そうに言う。……はい、もちろんです。忘れてなどおりませんとも、ええ。



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