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16.ルブラン領


「実は魔術の授業で、わたしがユニーク魔術を使えるのではないか、と教師に言われたんです」

「なんですって」

 お母様の目が驚きに見開かれた。


「ユニーク魔術!? まさか……、ミレー伯爵家ならともかく」

 ですよねー。ルブラン家はゴリゴリの武闘派だし、先祖にもこれといった魔術師はいない。

 たぶん、わたしが転生者であることが関係しているんじゃないかって気がするけど、これも本当のところはどうなのかわからない。ただ、


「学院の教室と、この執務室、二か所で同じ呪文を唱えました。そうしたら、何らかの魔術が発動して、自室の寝台の上に転移していたんです」

「転移ですって!?」

 お母様が両手で口を覆った。

「なんてこと。転移なんて、それは……、あの大魔術師ドミニク様の……」

「いえ、ドミニク様と同じ魔術ではないと思います!」

 わたしは慌てて言った。


「わたしの場合、二度とも同じ場所、自室の寝台の上に移動していました。移動先の指定はできなかったんです。ドミニク様は行きたい場所に自由自在に移動できたと聞きますから、それとは明らかに違うと思います」

「そうは言ってもマティルド、それは、その魔術は……。わたしは魔術には明るくないけれど、一瞬で王都からルブラン領に移動することのできる魔術なんて、聞いたこともありません。『転移』はドミニク様の死とともに失われてしまったし」


 お母様の言うとおりだ。

 わたしが黙り込むと、

「とりあえず、お父様の帰りを待ちましょう。……学院へ使いを立てなければ」

 少し落ち着きを取り戻した様子でお母様が言った。

「あなたは部屋で休んでいなさい。本当に体は大丈夫なのですか?」

「はい、特に何の問題もありません」


 お母様はほっとしたように息を吐いたが、すぐに厳しい表情を浮かべた。

 学院、そしてリヴィエール侯爵家への対応、そして今後のわたしの使い道について考えているのだろう。前世の意識では冷たく感じられるが、マティルドとしては至極当然と思える。


 それでなくともルブラン伯爵家は、わたしのやらかしのせいでケルテス辺境伯家の筆頭寄子としての面目丸つぶれ状態なのだ。リヴィエール侯爵家から、わたしをコレット様の学友に、という申し出のおかげで、現在は出禁を解かれているけれど。

 しかし、わたしに魔術の才――それも、魔術師の塔に入れるかもしれないほどの――があるとわかれば、話は別だ。それを踏まえて、今後の貴族社会での立ち位置や領地への影響など、考えなければならないことは山ほどある。


 わたしにとっても、今までの流れを変えることができる絶好の機会だ。どういう方向に向かうのかが問題だが、うまくすればコレット様の学友ではなくなるかもしれない。それは無理でも、学院を卒業してからの身の振り方は確実に変わるだろう。


「あっ、姉さま!」

 自室に戻る途中で弟のブライアンに会った。

「どうしてここに? 姉さまは今、王都にいるのではなかったの?」

 ブライアンは大きな青い瞳をキラキラさせて、わたしに抱きついてきた。

 二歳年下のブライアンはまだわたしより背が低いが、少し会わない内にまた体が大きくなったような気がする。きっと、学院卒業前に抜かされてしまうんだろうなあ。


「ちょっと用事があって、こちらに戻ったのよ。変わりはない? ちゃんと勉強はしている?」

 ブライアンと話しながら部屋に戻った。夕食の時間まで少し休み、アリサに手伝ってもらって着替えてから食堂へ行く。


 学院の制服は一人で着られるように作られているが、貴族令嬢としての装いは、すべてメイドの手伝いが必要になる。

 こういうところも、前世の記憶を思い出した今となっては面倒くさく感じてしまう。


 食堂へ行くと、お母様とお父様は既に席についていた。

「お父様、お母様、申し訳ありません。遅れてしまったでしょうか」

「マティルド、本当に帰っていたのだな」

 お父様が息を呑んでわたしを見ている。


「エリーズに聞いて、まさかと思ったが……」

 名を呼ばれたお母様がため息をついた。

「無理もありませんわ。わたしもメイドにマティルドが屋敷にいると聞かされた時は、何を馬鹿げたことを、と怒ってしまいましたもの」

「しかし、本当なのか、マティルド。おまえが『転移』を使えるというのは」

「違います、転移ではありません!」

 わたしは椅子に座りかけていたが、思わず立ち上がってしまった。


「わたしの魔術は、ドミニクさまの『転移』とは明らかに違います。先ほどお母様にも説明しましたが、わたしは移動先を自分で選べないんです。強制的に自分の部屋に……、ルブラン領の自分の部屋に飛ばされてしまうんです」

「しかし、それでも驚くべき魔術だ。王都から一瞬にしてルブラン領に移動するとは」

 お父様は頭を振った。

「……もしかしたら、おまえは魔術師の塔に入れるかもしれん。そうなれば、ルブラン家初の慶事となるぞ」

「お父様、気が早すぎます」

 そうなったら、わたしも嬉しいけど。


 その後、ブライアンも食堂に来たので魔術についての話はそこで終わり、王都での出来事やわたしがいない間のルブラン領の話で盛り上がった。

「姉さま、僕、師匠から初めて一本を取ったんですよ」

 ブライアンが胸を張って言う。

「そうなの、素晴らしいわね。わたしもブライアンに負けないように剣のお稽古をしなくちゃ」

 本当は今日、魔術の後に剣術や体術の授業があったのだが、こんな事態になってしまったからね……。何日か学院の授業は欠席することになるだろうけど、履修登録はどうしよう。


「姉さま、明日もここにいる?」

「ええと……」

 ちらりと両親を見ると、お母さまが小さく頷いた。

「マティルドはしばらくこちらにいますよ」

「ほんと!?」

 やったー! と喜ぶ弟が可愛い。しかし、しばらくとはどのくらいの期間を言っているのか。お母様に目線で問いかけると、


「先ほど王立学院へ早馬で手紙を送りましたから、その返事次第となるでしょう」

 とすると、手紙が学院に届くまで五日、すぐ返事を送ってもらうとしてさらに五日。まあ、すぐに返事がくるってことはないだろうから、だいたい二週間くらいはこっちにいられるってことか。


 やったー! 二週間はコレット様の理不尽な要求から解放される! うまくすれば永久に解放されるかも!


「……マティルド。こちらにいる間も、きちんと勉強はするように」

 浮かれるわたしに、お母さまが釘を刺した。




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