13.魔術の授業
「ルブラン伯爵令嬢は、ひょっとしてこの人形を以前、見たことがあるのではないか?」
授業の終わり、藁人形の腹に紙を突っ込んでいると、隣の席に戻ったガブリエル様が言った。
ピルシュカ語で「貧乏」という言葉が見つからず、苦労した……。なんなの、ピルシュカの人々は全員富豪ですか?
「いいえ、初めて拝見いたしましたわ」
マティルドとしては初めてだからね、嘘ではない。しかし、
「見たことはなくとも、この人形について何らかの知識を持っていたのではないか?」
ガブリエル様の指摘に、わたしはギクリとした。
「……なぜそのように思われましたの?」
「君はこの藁人形を見た瞬間、嫌そうに机の端に押しのけていた。……実を言うと、藁人形についてのマシュトラ先生の説明は、完全なものではない。先生もあえて口にしなかったのだろうが、ピルシュカでの使い方は、先ほどのように自分の不運の肩代わりさせるものと、もう一つ……、呪いとしての使い方がある」
ガブリエル様の視線が痛い。
「これはピルシュカでは割と一般的な闇術なんだが、この藁人形を憎い相手に見立て、夜中にこっそり呪いをかけて相手を死に至らしめるという使い方もあるのだ。……君はそれを知っていたのでは?」
「気のせいです」
「しかし……」
「誤解ですわ」
その後、しらを切り続けるわたしに、ガブリエル様は根負けしたように言った。
「わかった。人形の件はもういい。……しかし、昨日のことは」
「何か誤解があるようですが、わたしは王太子殿下に害をなすようなことは、誓っていたしませんわ」
「それはわかっている、そうではなく……」
ガブリエル様は言い淀み、ため息をついた。
「もう昼休みだ。一緒に食堂に行かないか?」
「申し訳ありません、食事を持参しておりますの。食堂へは他の方をお誘いください」
王太子の誘いは断れなくとも、ミレー家の誘いなら断れる! ルブラン家は貧乏だけど、家格も歴史もミレー家と同じレベルだからね!
わたしは軽やかに身を翻し、『俊敏』のスキルを全開にしてその場を後にした。
いくらウザくとも、国王派のミレー伯爵家のご令息を、腹立ちまぎれに投げ飛ばすわけにはいかない。逃げるが勝ちだ。
しかし、せっかくコレット様から解放されたと思ったら、まさかミレー伯爵家のご令息に付きまとわれることになろうとは。わたしの不運は貧乏というより、人間関係にあるのかもしれない。
中庭に置かれたベンチに座り、昨日とは打って変わって質素な昼食をとる。食べ終えると、わたしは膝のパンくずを払って立ち上がった。
わたしと同じく食堂を使えない貧乏な生徒が結構いるらしく、中庭に置かれたベンチは、持参した昼食をとる生徒たちでいっぱいだった。
この時期はまだいいけれど、これから寒くなってきたら外で食べるのは厳しいだろうなあ。わたしは北部出身で寒さにも強いが、そうでない生徒も多いだろう。ガリガリに痩せて、見るからに栄養の足りていない生徒もいる。大丈夫なのかと心配になるが、うちも余裕はないからなあ……。
三限目、午後の最初の授業は魔術だ。
「ルブラン伯爵令嬢」
ガブリエル様がわたしに手を振る。あああ……、やっぱりガブリエル様と一緒だ。まあしょうがないね。学院卒業後、ガブリエル様は魔術師の塔に入るエリートだし。
こっちこっち、と手招きされ、しぶしぶ窓際の最後列、ガブリエル様の隣に座った。見回したところ、第二外国語と同じく女子は三割くらいしかいない。
その女子たちの中心には、ラクロワ公爵家のデルフィーヌ様がいた。ミレー家ほどではないけどラクロワ家も魔術の名門だしね。
マンガでは、デルフィーヌ様がガブリエル様に対して劣等感を抱いている描写があったけど、現実ではどうなんだろう。
「君は文官志望なのか? それともひょっとして魔術師を?」
「まだ決まっておりません! ミレー伯爵令息こそ」
「ガブリエルでいい」
いきなりガブリエル様が言った。
「どうも君とは、長い付き合いになりそうだし」
首をかしげ、ガブリエル様は光の加減で金色に見える不思議な瞳でわたしを見た。
うっ……、ガブリエル様って『予知』のスキルを持ってるんだよね。この表情、首をかしげる様子といい、マンガで見たスキル発動時のガブリエル様そのままの姿だ。
しかし、冷静に考えれば国王派のガブリエル様と「付き合いが長くなる」のはありがたいお告げと言えるのではなかろうか。わたしがすぐ死ぬなら、付き合いが長くなることはないんだし。
「……では、どうぞわたしのことはマティルドとお呼びください、ガブリエル様」
「わかった。……ありがとう、マティルド嬢」
笑うとえくぼができるんだね。ガブリエル様ってわたしよりよほど可憐な令嬢っぽい。
「僕が言いたかったのは、君のように優秀な人材が王太子殿下をお支えしてくれればと」
「ガブリエル様、授業が始まりますよ」
勢いよく言いかけたガブリエル様を手で制する。今日はこの授業のために来たといっても過言ではない。気合いを入れていくぞ。
魔術の教師は、優しそうな見た目の小柄な老婦人だった。白髪交じりの髪をふんわりと結い上げ、眼鏡をかけてニコニコしている。
「バベット・ウージェです。皆さん、よろしくね。今日は初めてですし、まずは皆さんが魔術を使えるかどうかを確認いたしましょう」
おっとー! いきなりそう来るかあ!
皆ざわついている。そりゃそうだ。貴族ならだいたい魔力はあるだろうが、だからといって魔術を使えるかどうかはわからない。
自分の魔力が火、水、土、風、光の五属性いずれに属しているか、そしてその魔力は魔術に適した質と量を備えているのか。
今の時点でそれがわかっているのは、ガブリエル様とラクロワ家のデルフィーヌ様くらいじゃないの?
「マティルド嬢、君は魔術を使えるか?」
「いいえ。スキルがあるので魔力はありますが、自分が魔術を使えるのかはわかりません」
ミレー家やラクロワ家くらい魔術に特化した家なら別だが、他の家門は学院に入るまでわたしと似たり寄ったりの状態のはずだ。
ソラン王国は魔術に関する知識を厳重に管理しているから、教師を雇って魔術を教えてもらうことはできない。ミレー家、ラクロワ家は別として、魔術を習いたいなら王立学院に入るしかないのだ。
平民だとさらに情報を得づらいだろうし、ひょっとしたら自分に魔力があるかどうかも知らない生徒がいるかもしれない。
「一人ずつ、前に出てください。まずは魔力の質と量、それから属性を確認しましょう」
バベット先生、優しげな見た目だけど、けっこう酷いことを言っている。これだと魔力が少なかったり魔術に向かない質だったりした場合、皆の前でさらし者になってしまうのでは?
皆もそう思っているのか、教室のざわめきが大きくなる。しかし、ここで尻込みして魔術の授業を受けないという選択肢はない。ガブリエル様が立ち上がり、さっさと前に出るのに続き、わたしもバベット先生の前に立った。
「あなたはかなり魔力があるわね。質も申し分ないわ。属性は火、風、水、土、光。五属性の魔術をすべて使えるでしょう」
バベット先生の言葉に、ガブリエル様は軽く頷いた。しかし教室の生徒はこれを聞いて大騒ぎになった。「聞いた!? 五属性ぜんぶですって!」「さすがミレー伯爵家だな」「あの後に鑑定受けるのイヤだよ……」等。
わたしも嫌だが、もう遅い。すべてを見通すようなバベット先生の目に、じっと見つめられている。……バベット先生は間違いなく『鑑定』の上位スキル持ちだな。
しかし、
「……あら? あらあら」
バベット先生が首をかしげる。
ま、まさかわたしは魔力がないとか!? いや、貴族令嬢らしくないと両親に嘆かれたが、わたしには『俊敏』というスキルがある。魔力がなければスキルは発現しない……、はず。それに、属性まではわからないが、神殿で祝福を受けた時も魔力ありと言われているし。
マンガでは、マティルドの魔力については何も描かれていなかった。物語が始まるや否やすぐ殺されてしまってたし、そもそもマティルドはモブキャラだし。
しかし、えええ……、実力不足で魔術師の塔に入れないのはしかたないとしても、貴族なのに魔力がないとか、ありえない理由で撥ねられるのはカンベンしてほしいんですけど。




