第24話 〈異界送り〉のローザ
その少女はこちらに対して警戒心を隠さない。
考えてみれば当たり前だ。
神の介入で転移させられる直前までバルバロッサの部下として、こちらと敵対していたのだ。
アランドラまでバルバロッサを呼び寄せ、シオンの転送用魔法陣を妨害し、あまつさえリンネの逃亡まで防いでしまった。
これらの行為でこちらが被った被害はかなり大きい。
自分でもその自覚を持っているのだろう。
こうして、一対一で向き合ってしまった段階で何をされるのかわからないのが理解できているのであろう。
〈異界送り〉の異名を持つ、このローザという少女の表情には、その恐怖がそのまま滲み出ている。
「…………っ!!!」
ローザは尻もちをついた状態で後ろに後退っていく。
これは俺の推測にしか過ぎないが、シオンと同じくローザの転移魔法も現在は使用できないのだろう。
そうでなければ、ゴブリンに追いかけ回されているのに、転移魔法も使わずに逃げ回るわけがない。
また、バルバロッサの部下が転移魔法を使えないとはいえ、ゴブリン如きを倒せないとは思えない。
このことから導き出される答えは一つ……
「お前、転移魔法が使えないと、ただの女の子ってことか?」
俺の言葉に一瞬だがビクッと反応があった。
つまり図星ってことだな。
「なるほどなぁ……転移魔法に特化した魔導士ってことか。なかなかレアなタイプだな」
つまるところ、代々転送魔法の能力のみでベルンハイム王国に仕えてきたのだろう。
ローザは首を左右に振りながらさらに後退っている。
遭遇してからこちらに怯えるばかりの状態が続いている。
……というか、一点だけさっきから物凄く気になっている点がある。
「何で喋らないんだ?」
ゴブリンから追われている時も、俺と遭遇してからも、かなり恐怖を味わっているだろうに、その口からは全く声が発せられていない。
「……もしかして声が出せないのか?」
ローザはその言葉を聞いた瞬間、ハッとした表情を浮かべると、一転して神妙な面持ちになってしまった。
そして意を決したかのように、自らの喉元を指差した。
ローザの喉元にはチョーカーが付けられていた。
そのチョーカーの中央に奇妙な宝石が光を怪しげな光を放ち続けていた。
「……何だそれ?何だか怪しい宝石だなぁ」
ローザは引き続き、そのチョーカーを指し示している。
……かと思うと、次は口元を指差し、そして次は口の前で指でバツ印を作って見せた。
「……今のは何かのジェスチャーか?」
俺の問いにうんうんと勢いよく頷く。
……なるほど、このジェスチャーから導き出される答えはというと……
「その宝石のせいで声が出せないのか?」
俺の答えにさらに勢いよくブンブンと首を縦に振る。
「自分では外せない?」
さらに首を縦に振る速度が増して行く。
「外してほしい?」
とうとう、拍手をし出した。
正解のようだった。
「それはひょっとしてバルバロッサに強制的に付けられたものなのか?」
ローザはその言葉を聞いて涙を流し始めた。
……そいういうことか、この宝石のせいで声を出せなくされて無理矢理、従わされていたのかもしれない。
とりあえずこのチョーカーを外さないとな。
俺は慎重にローザの喉元のチョーカーに手を掛ける。
ローザはギュッと目を瞑って動くのを我慢しているようだ。
俺は中央の宝石を指でつまむと、力を入れて一気に引っ張る。
その瞬間、宝石から魔力が微量ではあるが、魔力が放出される。
ローザは苦し気な表情を浮かべている。
恐らく、何者かがこのチョーカーをローザから放そうとした時に抵抗が起きるように仕掛けがされているんだな。
これは早く外さないと危ないぞ。
俺は指先に魔力を込めてさっきよりも力を込めてさらに引っ張った。
チョーカーがブツッと音を立てて千切れると途端に宝石にヒビが入り始め、音も無く崩れ去ってしまった。
「……よし、これで声を出せるはずだ。喋れるか?」
「……はい、大丈夫です。ありがとうございました」
ローザは開口一番、お礼を言ってきた。
「いやいや、無事で何よりだ」
「ずっとあんな物を付けられていたのか?」
「はい……5年程前からずっとです。ベルンハイム城にいる時は外してもらえる時もありましたけど、外にいる時は……」
「酷いもんだな、あれは言うことを聞かせるための物なのか?」
「そうです。あれは一種の呪いのアイテムで、術者が決めた言葉以外は話せなくなってしまうんです。私の場合は転送系の魔法を使用するための言葉以外は話せないようにバルバロッサから術を掛けられていました……」
……それは酷いな。
バルバロッサに逆らえないようにそんな呪いを掛けられていたなんて、本当に酷い話だと思う。
正直、ローザの魔法にはかなり苦しめられたが、事情を聴いてしまえばローザも立派な被害者だった。
やはり憎むべきはバルバロッサか。
「あの……アランドラでは本当に申し訳ありませんでした!バルバロッサから声を封じられて……元に戻してほしければ指示に従えと脅されて……私の両親もベルンハイム城に幽閉されているので……逆らえなくて……」
「あれ?エレールの話ではローザの一族は代々ベルンハイム王国に仕えているんじゃなかったのか?」
「はい、それは事実ですが……今のバルバロッサの代になってからは、あまりの圧政ぶりに付いていけなくて……父さんも母さんも城を離れようとしたんですが、バルバロッサに感づかれてしまって捕らえられてしまったんです」
……そういうことだったのか。
バルバロッサの奴、本当に王として、人として、最低だな。
九大英雄の名が泣くぞ。
『NHO』でのバルバロッサは、確かに圧政を敷いている王ではあったが、ここまで露骨な悪の存在では無かったように思う。
これはいよいよ何とかしないと、ベルンハイム王国に奴の犠牲者が増えるばかりだ。
「今日も、バルバロッサに無理矢理連れていかれて、こんなことに巻き込まれて……気付いたら山の中にいてゴブリンにまで追い掛けられて……もう少しで死ぬところでした。本当に助けていただいてありがとうございました!」
ローザが再び頭を深く下げながら礼を述べた。
こうやって見ると礼儀が行き届いた普通の少女だ。
こんな少女まで戦いに巻き込むバルバロッサは本当に許せないやつだ。
「いや、こちらこそ事情を話してくれてありがとう。やはり元凶はバルバロッサだな。あいつのことはいつか俺たちが何とかする。君の両親も助けてみせるから安心してくれ」
「ありがとうございます!私が出来ることがあれば何でも協力しますので、よろしくお願いします!」
俺の言葉にローザが涙ぐむ。
この世界での九大英雄に関して、全員が全員、バルバロッサのような感じでは無いと思うが、他にもあんな悪辣な存在がいるのであれば止めなければならない。
今は九大英雄の力に遠く及ばないが、いつか自分の力で止められるようになってやる!
今まで漠然としていたこの世界での目標に、少し具体的な目標が追加された瞬間だった。
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