9 〈ワイバーン〉がやってきた
「……ふう」
焚火の音を聞きながら、私はゆっくり空を見上げる。満天の星が視界いっぱいに広がると、思わず「ほうっ」とため息が出てしまう。
「空気も美味しいし、ここは最高だ~」
私はぐぐーっと伸びをして、一息つく。後ろを見るとテントが二つあり、そこで男女に別れて就寝中だ。私、リロイ、ケント、ココアの四人は順番に見張りをしていて、今が私の番。せっかくなので、景色を堪能しているのである。
夜のフィールドは、まだ来る機会があんまりないからね。
焚火でお湯を沸かして、お茶を淹れる。考えるのは、今後のことだ。
「ケントとココアもパーティに加わったし、〈冒険の腕輪〉とスキルの話もしたし……やることがいっぱいだ。ちゃんとスケジュールを立てておかないとね」
当面の目標は、レベル40になって二次職に転職すること。
私はツィレの〈フローディア大聖堂〉で〈ヒーラー〉に。ケントは私の故郷――〈ファーブルム王国〉の〈王都ブルーム〉で〈騎士〉か〈盾騎士〉のどちらかに。ココアはこの国にある〈森の村リーフ〉で〈ウィザード〉か〈言霊使い〉になれる。
だけど二次職に転職する前に、ツィレのルミナスおばあちゃんのところに行って全員分の〈冒険の腕輪〉を作ってもらう。ああ、材料も集めに行かなきゃだね。〈プルル〉と〈花ウサギ〉のドロップと採取だから、別に私がいなくても問題はないはず。私とタルトは、材料集めしてる間に〈スキルリセットポーション〉の準備をしておこう。
それが終わったら、全員でパーティを組んで少しだけレベルを上げて……ロドニーから大聖堂を取り返す!
……うん、完璧な作戦だ!!
あ! それと移動手段もほしいね。馬を借りて移動するのもいいけど、やっぱり乗り物アイテムというものは便利なのだ。ただ、入手場所のほとんどがダンジョンなので、結構大変だけど……きっとなんとかなるだろう。
私がムフーっと鼻息を荒くしていると、「交代の時間です」とリロイがテントから出てきた。欠伸を噛み殺していて、眠そうだ。
「おはようございます」
「……おはようございます。モンスターは出なかったみたいですね」
「平和でしたよ」
頷き、私はリロイのお茶も用意する。
ごく稀にモンスターが来ることはあるけど、一応ここは安全地帯ですからね。優雅に見張りという名の一人作戦会議をしていましたよ。
リロイはお茶を受け取り一口飲むと、息をついた。
「では、見張りを替わりますね。シャロンもゆっくり休んでください。……今日から本格的に狩りをするのでしょう?」
「ありがとうございます。いつも以上に頑張って狩るために、もう少し休みますね!」
「……ええ」
私の言葉にリロイが若干頬を引きつらせたけれど、気にせずテントに戻って眠ることにした。
***
「うっし、レベルアップ!」
ケントがぐっと拳を握りこんで、声をあげた。足元には、〈ゴロゴロン〉のドロップアイテムが転がっている。
朝ご飯を終えた私たちは、さっそくレベル上げのための狩りに取りかかった。狙うは〈ゴロゴロン〉と〈シルフィル〉の二種類だ。戦うにつれて慣れて来て、狩りのスピードが上がっている。よきよき。
「わたしもレベルアップですにゃ!」
タルトが嬉しそうに尻尾をピンと立てた。隣にいるティティアも、「わたしもさっき上がりました」と喜んでいる。そんなティティアを微笑ましそうに見守っているリロイ。
それからしばらく狩りを続けていると、私のレベルが35になった。ゲーム時代に比べたらかなりゆっくりだけど、現実世界だと考えるとかなりいいペースだ。
……そろそろ〈ワイバーン〉に手を出してもいいんじゃない?
私がそんなことを考えると、『キュイイィィッ』という声が聞こえてきた。これはゲームでもよく耳にしていた、〈ワイバーン〉の鳴き声だ。
ケントが「なんだ!?」と声をあげて、すぐに警戒態勢を取る。リロイも支援スキルをかけ直し、周囲に視線を巡らせている。二人とも頼りになる前衛だね。
「今のは〈ワイバーン〉の声だよ。……もしかしたら、誰かが戦ってるのかもしれない」
「〈ワイバーン〉と!? いや、熟練の冒険者だったら可能……か?」
私の言葉に、ケントが「熟練冒険者すごいな」と呟いてるけれど、私たちだって倒せるよ? まあ、ソロはまだ無理だからパーティ戦になっちゃうけど。
しかしそんな会話をしていたのも束の間で……。私たちの耳に、微かだけれど助けを呼ぶ声が聞こえてきた。どうやら〈ワイバーン〉と戦っていたわけではなく、〈ワイバーン〉から逃げている人がいるみたいだ。
「お師匠さま! す、すごい足音が聞こえてきますにゃっ!」
「すごい足音……」
耳をピクピク動かして様子を探っているタルトの声に、私は嫌な予感が頭をよぎる。というか、その可能性しか考えられないんだけど……。
「ど、どうしましょう? すぐに加勢にいかないと、逃げてる方たちが〈ワイバーン〉に食べられてしまうかもしれません……!」
「あ~、確かに私たち人間なんてペロリと食べられてしまうかもしれませんね」
心配そうにするティティアに私が冗談半分で応えると、ひいっと顔を青くした。
「でも、とりあえず大丈夫そうですよ。ほら」
「え?」
私が指をさすと、全員がその方向へ顔を向けた。見ると、砂ぼこりが舞い上がり、荒い息遣いと、走ってくる人の影が二つ。そしてその背後には、一頭の〈ワイバーン〉と、計二〇匹程度の〈ゴロゴロン〉と〈シルフィル〉がついてきていた。
「うわっ、なんだあれ!」
「あんな数、無理だよ!」
「きっと、〈ワイバーン〉から逃げてるうちにほかのモンスターにも追われちゃったんだろうねぇ」
とても立派なトレインになっている。このままだと私たちも巻き込まれてしまうけど、さてどうしよう? ――そう考えたところで、ティティアが一歩前に出た。
「ミモザ! ブリッツ!」
「あの二人はティティア様直属の〈聖騎士〉です!」
「――! それは助けないわけにはいかないね」
ティティアとリロイの言葉を聞き、私はすぐ様「タルト!」と声をかける。
「力技で行くよ! 〈火炎瓶〉を全員に渡して、一気に投げる!!」
「はいですにゃ!」
私の言葉を聞いてすぐ、タルトが〈鞄〉から火炎瓶を取り出してみんなに渡す。〈女神の一撃〉をかける余裕はないけど、全員で投げつければある程度のダメージは与えられるはずだ。
「私は女性に、リロイ様は男性に支援をかけて――〈身体強化〉〈女神の守護〉!」
「――っ、〈身体強化〉〈女神の守護〉!」
「投げるよ!」
私が声をあげると同時に、全員が手に持った〈火炎瓶〉をモンスターの群れに向かって投げつける。私は投げ終わると同時に、タルトに〈女神の一撃〉をかけ――タルトは待っていましたと言わんばかりに、二回目の〈ポーション投げ〉を使う。
「きゃあああぁぁっ!」
「なんだこの爆発は!!」
ミモザとブリッツが叫び声をあげるのを聞きながら、私は二人に支援をかけ直しておく。が、残りは〈ワイバーン〉一頭だけで、〈ゴロゴロン〉と〈シルフィル〉は今の攻撃ですべて倒すことができていた。
……〈ワイバーン〉も瀕死だね。
このまま〈ワイバーン〉狩りの流れに持っていくのがいいかもしれないと思いながら、私はひとまず倒すための指示を出す。
「ケント、前衛をお願い。リロイ様は支援を切らさないようにお願いします。〈ワイバーン〉の攻撃力は高いですから」
「〈挑発!〉」
「わかりました。〈女神の守護〉」
前衛は二人に任せて、私は後衛を担当する。といっても、することはいつもと変わらないけどね。タルトに〈女神の一撃〉をかけて、後は高みの見物だ。
「いきますにゃ! 〈ポーション投げ〉!」
「〈女神の一撃〉」
「にゃっ、〈ポーション投げ〉!」
「〈女神の一撃〉――って、倒したね」
「にゃにゃにゃっ」
このまま〈ポーション投げ〉ラッシュをしようとしたけれど、先ほどの攻撃ですでに瀕死だった〈ワイバーン〉は光の粒子になって消えた。地面にはドロップアイテムが落ちている。同時に、私のレベルも上がる。さすが〈ワイバーン〉だけあって、経験値もおいしいね。
そしてそのすぐ近くでは、ミモザとブリッツが座り込んで「へ……?」とぽかんとしていた。




