26 少女との出会い
タルトと顔を見合わせて、頷きあう。
「〈女神の守護〉〈身体強化〉〈リジェネレーション〉〈マナレーション〉、タルトには〈女神の一撃〉も」
「ありがとうですにゃ」
すぐにでも走り出したい気持ちをぐっとこらえて、支援をかけ直す。私たちは強くない。声を聞いてすぐに駆けだすよりも、きちんと態勢を整えることが大事だ。
支援をかけたら、慎重に走る。途中で複数体の魔女に見つかったら、助けられるものも助けられなくなる。
「にゃうっ、あ……っ!」
「〈キュア〉! タルト、大丈夫!?」
「大丈夫ですにゃ! お師匠さまは前を見てくださいにゃ!」
「……しっかりついてきてね!」
「はいですにゃ!」
沼に片足を入れてしまったタルトの解毒をして、私は再び走り出す。周囲の音をちゃんと聞こえるように集中する。――うん、タルトもちゃんとついてこれてる。
しばらく走ると、少女の荒い息遣いと、魔女の『ギュギュ』という声が聞こえてきた。よかった、まだ無事みたい!
――いた!
発見と同時に、息を呑み込みそうになって、けれどそれを耐えて口を開き声を荒らげる。
「タルト、投げて! 〈女神の守護〉〈ヒール〉〈キュア〉!!」
「!? ――っ、〈ポーション投げ〉!!」
私のスキルがかかった一瞬後に、彼女の周囲を覆っていた淡い光が消え、タルトの〈火炎瓶〉が飛んできた。そして火柱を上げて、彼女に群がっていた魔女三体を倒す。間一髪だったよ……!
「はー、よかったぁ」
「間に合ったですにゃ」
大きく息をついて、私とタルトは頬を緩ませた。
「大丈夫?」
「しっかりしてにゃ」
私は慌てて彼女を抱き上げる。このまま毒沼の上に倒れていたら、永遠に毒状態の繰り返しになってしまう。もう一度〈キュア〉をして、様子を見る。
「……っ、苦しいのが少し楽になりました。助けていただき、ありがとうございます」
「どういたしまして。とりあえず……今はここから脱出するのが先決かな」
タルトに彼女を任せ、私が先行しながら出口へと向かうことにした。
ここまで動揺せずに動けた私を、誰か褒めてくれてもいいのでは? と、思ってしまう。という理由は、今しがた助けた彼女――七歳くらいの可愛らしい少女のことだ。
淡い銀色の髪はお尻くらいまでの長さがあり、サラサラで美しい。毒沼のせいで汚れてしまっているけれど、着ているのは白を基調にし、青が差し色になっている法衣と帽子だ。長い袖口は、今や水分を含み重たそうに見える。そして極めつけは――彼女の身長よりも長い杖。
――私は、彼女を知っている。
「あ、魔女が二人いるにゃ……!」
「〈女神の守護〉! 戦闘に慣れてきたから二体でも――」
大丈夫と、そう言おうとしたのだけれど、それより先に「わたしが守ります!」と高く澄んだ声が耳に届く。もちろん発信源は、彼女だ。
「女神フローディアよ、そのお力をお貸しくださいませ。〈女神の聖域〉」
途端、淡く優しい光が彼女を中心に溢れかえった。
「……っ!」
「にゃあぁっ!」
その神秘的な光景に、思わず息をのんだ。毒の沼地は浄化され、本来あったであろう緑豊かな姿を覗かせた。その範囲は、私たちも含めて半径五メートルといったところだろうか。魔女は聖なる光に阻まれ、私たちに近づくことができない。
『ギュ……ッ!』
「いけない、〈女神の一撃〉!」
「ありがとうですにゃ! 〈ポーション投げ〉!!」
私がスキルを使うとタルトはすぐに察してくれて、魔女を攻撃した。二体とも一撃で倒し、さらに嬉しいことに〈防護マスク〉をドロップしている。ラッキーだ。
そして神聖なスキルを使った彼女は――教皇ティティア。
女神フローディアに愛されし子で、ツィレのクリスタルの大聖堂にいるNPCだ。彼女に関するシナリオも、いくつか用意されていたし、実際に私もクエストをしたことがある。
健気でとてもいい子で、世界平和を願っている。しかしそれゆえ、いろいろな事件に巻き込まれてしまう。
……でも、どうしてこんなところにいるんだろ?
確かティティアには護衛の聖騎士がたくさんいたはずだ。彼らがティティアを一人にするとも思えないし、そもそもなんで〈枯れた泉〉なんて危険なところにいるんだろうか。
「ふー、無事に生還!」
「にゃー!」
「わー!」
無事に〈枯れた泉〉から帰って来たことを喜ぶと、タルトだけではなくティティアもぽやんとした顔で一緒に喜んでくれた。落ち着いた喋り方なので、ちょっと棒読みっぽく聞こえるんだけど……抑揚の少なさが味があっていい感じだ。
私は〈純白のリング〉を取り出して、二人に「使うね」と告げる。
「? なんですにゃ?」
「わたしも初めてみました」
タルトとティティアが二人して首を傾げた。
「そういえば、これもレアなアイテムだったか……使ってみるから、見てて」
「はいですにゃ」
「はい」
タルトとティティアが二人して頷いた。
なんだかシンクロしていて可愛い二人に笑いつつ、私はリングを頭上に投げる。すると、フラフープくらいの大きさになり、私の体をくぐった。するとあら不思議! 毒沼での汚れが綺麗に取れてしまう!
「す、すごいですにゃ!!」
「わー」
めちゃくちゃ感動したらしく、タルトとティティアの二人が拍手をしてくれる。目がキラキラしているので、早く使いたくて仕方がないのだろう。
私はタルトとティティアに使い、二人の汚れもさくっと落としてあげた。綺麗になった美少女二人が並ぶ様子は、まさに眼福だ。
「――さて。自己紹介をしましょうか。私は〈癒し手〉のシャロン」
「わたしは弟子で、〈錬金術師〉のタルトですにゃ」
「……助けてくれてありがとうございます。わたしはティティア。〈教皇〉です」
「にゃっ!?」
ティティアの自己紹介を聞いて、タルトが驚きのあまりピョンッと跳び上がった。




