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嫁取物語~婚活20連敗中の俺。竜殺しや救国の英雄なんて称号はいらないから可愛いお嫁さんが欲しい~  作者: 月夜乃 古狸
軍務編

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第69話 第76分隊

 ブランディス砦に到着した翌日。

 体力には自信があった俺も、他の新兵たちと歩調を合わせて延々と歩いてきたせいでそれなりに疲れていたらしく、宛がわれた部屋のベッドに横になった途端、あっさりと眠りについてしまった。

 荷物の整理をしてしまおうと思ってたんだけど、色々とショックなことがあったので少し落ち着こうと寝転んだのが悪かったらしい。


 とはいえ寝坊することもなく、目が覚めてから顔を洗い、着替えをすませた頃に一の鐘が鳴る。

 あ、帝国では昼と夜の時間が同じになる日を新年としていて、その日の日の出時刻を一の刻と定めている。

 大きな街だと一の刻から六の刻まで行政府や役場で鐘を鳴らして住人に時刻を知らせているのだけど、さすがに砦では一の刻と三の刻しか鐘を鳴らしていないそうだ。


 ともかく、初日から遅刻なんてすればイメージが悪くなるし、ただでさえ俺を嫌っているらしいオーリンドさんの印象も最悪だろうから、少し余裕をもって到着できるように部屋を出る。

 集合場所に指定された修練場は兵舎のすぐ目の前。

 砦の中ということでそれほど広くはないのだが、すでに数人の兵士が身体をほぐすために走り始めている。


「で、どこで待ってればいいんだろ? オーリンドさんが出てこればすぐにわかるとは思うんだけど」

 俺は軽く身体を動かしながら周囲をキョロキョロ。

 しばらくして、俺とは別の兵舎からオーリンドさんが出てきたのを見てホッとする。

 昨日の嫌われ具合から、やっぱり俺に副官なんて無理って言って来ないかもとか思ってたからな。

 さすがにそんな無責任なことはしないか。


「おはようございます」

「おはようございます。遅刻はしなかったようですね」

 朝の空気よりも冷たい視線と、どこか残念そうな言葉。

 早めに出てきて大正解だ。

 彼女より遅かったらきっと盛大に軽蔑されていたことだろう。

 ……まぁ、すでに嫌われてるからあまり変わらない気もするけど。


 オーリンドさんはそれ以上なにも言わずにさっさと俺の前を通り過ぎたので慌てて追うが向かった先はすぐそこだった。

 修練場の奥側の隅っこに集まっていた十人ほどの男たち。

 着ているのは軍服だが、国軍のものとは少し意匠が異なるので、多分辺境伯軍の兵士なのだろう。

 体格に多少の差はあるが、しっかりと鍛えられているのがわかる。歳は20代前半から30代半ばくらいだろうか。


「カルーファ、新入りの案内か?」

「いや、新しい分隊長だ。それから私もしばらくは副官として帯同する」

 オーリンドさんがそう言うと、最初に声を掛けてきた男が口笛を吹いて茶化す。

「そいつは気の毒になぁ。いっそカルーファが分隊長すれば良いのに」

 30代半ばくらいの、ちょっとガラの悪そうな男がニヤニヤと笑いながらそんなことを言ってくる。

 俺のことはもちろん、どこかオーリンドさんのことも小馬鹿にするような態度だ。


「新兵で士官ってことは貴族だろ? どうせすぐに逃げ帰るだろうから謙る意味はねぇさ」

 俺の内心に気付いたのか、男が鼻を鳴らして言うが、改めて名乗ると顔が真剣なものに変わる。

「へぇ、竜殺しの英雄様かよ。こんな前線に出てきたのは武名をならすためってか?」

「んなしょうもないことで来るような場所じゃないでしょ。それに赴任先を選ぶ権利が新兵にあるとでも?」

「なるほどねぇ、一応同情しておくよ。俺はムルド・サグード。分隊の雑用係みたいなもんだ」


 ムルドさんね。

 多分貴族子息が配属される指定席みたいな部隊なんだろう。

 高位貴族家でなくとも貴族であれば階級は分隊長からスタートするわけで、毎年のように実戦経験も無い役立たずの上官が来るとなれば態度だって悪くなるというものだろう。

 けど、今回配属されたのはすでに実戦の経験がある俺なわけで、多少は見直した、のかもしれない。

 オーリンドさんまで軽く扱われている理由まではわからないけど。


「とはいえ、実際にここで通用するかはわかんねぇからな。悪いが分隊長殿がどのくらい使えるか試させてもらいたいね」

 そうなるよね。

 んで、どこぞの英雄譚みたいに部隊の兵士相手に模擬戦でもするのかと思いきや。

「レスタールの狩人がバカ強ぇって話は俺も聞いてる。けど前線で必要なのは剣技だけじゃねぇさ。むしろ他の能力が無けりゃ仲間を危険にさらすだけだからな」

 ごもっとも。


 そんなわけで、基礎鍛錬は明日以降にして砦の外に出ることになった。

「お、おい。さすがにそれは……」

 俺に対して反抗的な態度には平然としていたオーリンドさんだったが、さすがに配属されたばかりの高位貴族子息を危険な目に遭わせたとなれば彼女の責任問題にもなるからか慌てて止めようとする。

 けど、ここでやっぱり止めたとして分隊の兵士と信頼関係を築くのが遅くなるだけだし、今後連携するにしても互いの実力・能力は知っておかなきゃならないわけだし。

 なので、オーリンドさんの言葉はサラッと無視してムルドさんの後に続く。

 けっして彼女の態度への意趣返しなどではない。

 ……ホントだよ?


 兵舎に自分たちの武器装備を取りに行き、砦の門脇にある厩舎に行く。

「俺たち第76分隊の主任務は国境の巡回監視だ。決められた範囲を馬で移動して他国の兵や野盗、難民なんかが入り込んでいないかを確認する」

 なるほど。

 特に意外性はなく、ごく普通の、重要な任務だ。

 ただ、俺は馬に乗れないのだけど。


「貴族なのにか? しかし、乗馬の訓練からかよ」

「別に馬は必要ないよ。同じ速度で走れるし、馬より体力もあるから」

 というか、俺たちレスタールの狩人からすれば馬なんて、遅いわ長距離走れないわ飼育に手間も費用も掛かるわでメリットがほとんどない。

 せめて魔境に生息するリグムくらいの力が無いと利用する気にもならない。もっとも、デカいし目立つので狩りには使えないから結局荷運びくらいしかさせてないのだけど。

 ともかく、半信半疑、というか、大口叩いている程度にしか思っていない様子で、とりあえず巡回してみようということになった。


「ルートは?」

「この北門から西に行って、いくつかある林とその先の荒れ地が身を隠しやすい場所が多いからその辺りが俺たちの担当区域だ。いつもは隊を半分に分けて巡回しているが、今日は全員で一緒に行動する」

 ムルドさんとしては身の程知らずの新兵を最初にガツンとやっておくくらいの目論見で、本当に危険な目に遭わせるつもりはないのだろう。

 俺としても別に武功に飢えてるわけじゃない。

 軍役期間をできるだけ穏やかに過ごしつつ、お嫁さん探しをしていきたいだけだ。


 ムルドさんの他の兵士たちも、疑わしい目で俺を見つつ馬に跨がる。

 ブランディス砦のすぐ北側は国境を挟んだ緩衝地帯となっていて、突然の侵攻にすぐに気付けるように木々は伐採されてだだっ広い平原が続いている。

 それもあって、砦に駐屯しているのは騎兵が大部分を占めていて、それは俺の配属された第76分隊も同じだ。

 慣れた動作で手綱を操る仕草は熟練のそれだ。


 基本的な装備は腰に片手剣を下げ、鞍には弓と矢筒、1リード(約80cm)ほどの楕円の盾を背負い、手には槍。身体は動きやすさを重視して簡素な軽鎧だった。

 分隊の連中の装備も同じだけど、それぞれの剣や槍、弓の大きさや形が違っていて、多分そういった装備は個人が用意したものなのだろう。

 俺はというと、腰に短剣とナイフを差し、持っているのは個人所有の戟。防具は身につけていない。

 ちなみに、オーリンドさんは他の人よりも少ししっかりとした甲冑と長槍という装備で、盾や弓は持っていないようだ。


 全員の準備が整い、巡回に出発。

 並足で四半刻(約30分)ほど進み、俺が問題無くついて行っているのを見て速度を上げる。

 並足から早足、駈歩と、普通の人では短時間ついていくのも難しい速度も、俺にとってはそれほど苦にならない程度。

 さらに四半刻ほど走り続け、箱庭のような小さな林に到着したところで休息することにした。


「……ただの噂じゃなかったのか。バケモンかよアンタ」

 林の中にある小さな井戸に着き、俺がほとんど息を乱していないのを知ったムルドさんがそう呆れ交じりの溜め息を吐く。

 他の連中が俺を見る目も、砦での侮ったものからどこか畏怖の混ざったものに変わっているみたいだ。

 まぁ、彼らはまだ疲れた様子を見せていないが、馬たちは息を切らして水をがぶ飲みしてるし、彼らほど慣れていないらしいオーリンドさんが疲れた顔をしているのに、俺が平然としていたのだから仕方がないのかもしれない。

 レスタールの狩人なら全員同じことができるんだけどな。


「体力は文句の付けようが無いな。竜殺しってんなら武力は考えるまでもないだろうし、レスタールの連中は日頃から森で狩りをしてるんだろ? なら気配を殺したりもできるのか?」

「まぁ基本だし、それができなきゃ狩りもできないから森に入るのは許されないよ」

「はぁ~、失礼しました、分隊長殿! 試すような真似をして申し訳ありません」

 あら、ずいぶん早く認めてくれたものだ。

 他の連中はどうかと思って見回してみたが、ムルドさんの言葉に不満そうな顔は見えなかった。オーリンドさんだけは俺に向ける冷たい目が変わっていないが。


「指揮官としちゃあまだ未知数だからな。これからもなにかあれば率直に意見させてもらうが、アンタがただの新兵だとはもう思わねぇよ。そんじゃ、休憩がてら部隊の連中を紹介するぞ。こいつは分隊の補給を担当してるオリエスト・コームだ」

「よろしく、分隊長殿」

「こっちが主に斥候を担当するジュセッド・ライカルツとドラグジッド・ワングル」

「お見知りおきを」

「よろしく」

「そんで、そこで水を汲んでいるのがタッタ・ピルーで……」


 ムルドさんが次々に部隊の面子を紹介してくれる。

 名前と多少の役割分担程度で、部隊間で上下関係はないらしい。

 それと、これまでの移動中に俺の方も彼らをしっかり観察していて、動きや筋肉の付き方なんかから大凡の力量と得意な武器はわかった。

 実際に指揮をする機会がどのくらいあるのかはわからないが、年に数回は緩衝地帯で小競り合いがあるらしいので、駆り出される可能性はあるからな。

 とりあえず、当分は巡回と連携訓練を重ねて信頼と戦術を構築していこうと思う。


 ……あの、オーリンドさん、俺が初日に部隊の人たちと少しばかり打ち解けたからって面白く無さそうに睨むの止めてもらえませんかね?



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― 新着の感想 ―
やれやれ… 女性問題で偏見あるのはまあ女だから仕方ないけど 宮廷の女官やギルドの受付嬢ならともかく、戦場に立つものが相手の力量すら正確に計れないのはそのうち命取りになるぜ…(^◇^;) まあ男にもそう…
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