第66話 配属先は最前線でした
今回から新章!
軍務編スタートです
Side ???
「上手くやったのだろうな」
「ご安心を。騎士団からの横やりはありましたが、慣習どおりということで押し通しましたよ」
私がそう答えると、皇子、モルジフ殿下は満足そうに頷いて部屋を出ていった。
ただそれだけをわざわざ聞きに来たらしい。
殿下は学院を卒業してすでに2年経ち、本来皇族として公務に忙しいはずなのだが皇太子殿下が優秀すぎるせいで比較され、ふてくされているとは聞いていた。
おそらく適当に公務をサボってきたのだろう。
「殿下にも困ったものですな。何年も前のこと、それもご自身が一方的に敵愾心を抱いて、ですから」
「そう言うな。力を持ちすぎた臣下を危険視して排除するのは為政者の本能のようなもの。まぁ、普通はそれを取り繕うくらいの知恵は持っているものだがな」
陛下も皇太子殿下も臣下を本心では信用などしていないだろうが、そのことを一切表に出していない。
為政者としては立派だとは思うが、こちらとしてはどのように思われているか常に気を張っていなければならないのが悩みどころだ。
その点、モルジフ殿下はすぐに感情が顔に出るからわかりやすい。
直情的で物事を好き嫌いで判断する性格なのも操る側としては都合が良い。
「しかし、よろしいので? アレには必要以上の干渉はしないと決められていますが」
「問題無かろう。あくまで職権の許される範囲で適材適所を判断したのだからな。まぁ、不幸な事故でも起こってくれれば重畳。何事もなく終えたところでこちらが困るわけでもない。もちろん、北の厄介者と相打ってくれれば言うことはないがな」
形としては殿下の我が儘に応えたわけだし、なにより、アレが帝都の近くに居たままでは色々とやりにくくなるかもしれない。
その意味では、殿下からの要望がなくてもやっていたことは同じだ。
「では、いよいよ……」
「あくまで慎重に、だ。特に北の連中からは目を離すな。向こうはこちらを利用しているつもりだろうが、望み通りに動いてやる義理などない」
連中の目的は帝国の混乱に乗じて領土を切り取ることだが、それでは困るからな。精々上手く踊ってもらわなければ。
火竜が簡単に討伐されたのは計算外だったが、アレはアレで良い目くらましになった。
Side フォーディルト
花の月の最終日。
レスタール領でたっぷりと英気を養い、というと聞こえは良いが、狩り、狩り、書類仕事、狩り、書類仕事、狩り、狩りと、なんだかんだでこき使われて、疲れを取るどころじゃない休暇だった。
幸い、3年次の時に皇帝陛下から紹介された文官さんと、そのご友人がふたり。レスタール領への移住を承諾してくれたのでかなり領主としての負担が減ったので親父と母さんが大喜びしていた。
今後は輪番で買い出し部隊と一緒に帝都まで来て、行政府への報告や届け出なんかもしてくれるらしいから、弟妹たちが学院に入学しても俺の時みたいな苦労はしないはずだ。
で、慌ただしい休暇を終えた俺は、軍役に従事するためにまた帝都までやって来ていた。
学院生だったころは寮に泊まれたけど、今回は友人に紹介してもらった宿に滞在していて、余裕を持って少し早めに到着した俺は帝都観光を楽しんでいた。
だって、ほら、さすがに帝国貴族の末席に居る者として義務である軍役の就任式に遅れるわけにいかないじゃん?
決して領で仕事を押しつけられるのから逃げたわけでも、どうせなら少しくらい休暇を満喫したいとか思っていたわけでもないのだ。うん。
そんなこんなで学院生活の間に行けなかった場所に行ったりしていたら、あっという間にこの日が来てしまった。
事前に受け取っていた帝国軍の制服を着て就任式が行われる帝城に歩いて向かう。
儀礼用の軍服なので少々派手で目立っているから通行人からチラチラ見られて気恥ずかしいけど、毎年恒例のことで特に珍しい光景でもないからか視線はすぐに外される。
余談だけど、当然のことながら式典以外では今の服じゃなく、もっと実用的な軍服を着用することになっている。荷物が増えるだけなので統一してほしいものだ。
「あっ、フォー! 久しぶり」
「ん? ボーデッツか。さすがに今日はサボらなかったのか」
帝城の門が見えてきた頃、後ろから声を掛けられたので振り返ると、友人の男爵家令息ボーデッツが走り寄って来たので皮肉っぽくそう返す。
何しろ小太りな体型からわかるようにボーデッツは運動全般が苦手で、貴族科必須の武術授業も単位ギリギリまでサボりまくっていたのだ。
「さすがに軍役拒否なんかしたら家を追い出されちゃうよ。一応、希望軍役種は補給か軍略の後方支援にしたから、それが通ることを祈っているよ」
貴族としては少々情けなくも感じるが、騎兵部隊や歩兵部隊に配属されても訓練についていけなそうだからな、ボーデッツは。
まぁ、学院での成績を考慮して配属先を決めているらしいから大丈夫だろ。下手に足手まといを配置すれば部隊長から文句が出るだろうし。
「フォーはどこになるんだろうね。騎士団から勧誘を受けてるんでしょ?」
「あ~、なんかそんなことも言われたけど、基本的に軍役で騎士団に配属されるのは軍務科で騎士志望の優秀な生徒だけだろ?」
俺としては特に希望があるわけじゃない。というか、学院時代もカシュエス元帥のせいで散々騎士団の訓練に付き合わされたからな。
危険がないのは良いけど、朝から晩まで鍛錬なんてしたくないわ。
希望は南部か東部ののんびりとした場所で、治安維持の巡回とか衛兵で2年間過ごしたいものだが、どうなんだろうな。
できれば女性とも触れあえるような穏やかなところだったら良いんだけど。
最近は落ち着いてたけど、火竜討伐の英雄とか持ち上げられて騒がれたこともあったから。
「リスランテ嬢が手を回して同じ配属になってたりして」
「いやそれはない」
どこか揶揄うようにボーデッツが言うけど、即座に否定しておく。
リスがそんな私情を挟むとは思えないし、そもそもあの堅物公爵閣下が、たかが新兵の配属に口を挟むわけがない。
まぁ、周りが勝手に忖度してリスを安全で楽な部署にするってのならあるかもしれないけど。
「やあ、久しぶりだね。フォーとタルド卿は体調大丈夫かい?」
噂をしてたらリスランテが登場。
ボーデッツはあからさまに慌ててたけど、別に聞かれてまずい話をしていたわけじゃないので俺はいつもどおり手を挙げて挨拶しておく。
周囲を見てみると、リスだけでなく礼軍服に身を包んだ見知った連中の顔がチラホラと。
帝城の門に到着すると、そこには数人の学院教師の顔もあった。
人数が多いのでいちいち入門許可を確認するのを省くためなのだろう。俺たちも教師に一礼してそのまま門を通り抜ける。
式典が行われるのが騎士団の練兵場ということは事前に知らされているので迷うことなく向かう。
同じ方向に歩いている面々のほとんどは男ばかりだけど、少ないながら令嬢も居る。
ちなみに集まっているのは貴族家の子女だけでなく、軍務科を卒業した平民もいるのだけど、礼軍服のデザインが少し違う。
その理由は貴族家の子女の場合、配属時点で分隊長待遇なのに対し、平民出身者は見習いとして下級兵からのスタートになるからだ。
その代わり、軍服や装備品は貴族家は自腹、平民は支給されることになっているし、貴族令息は特別な事情がない限り2年間は除隊できないが、平民は作戦行動中以外はいつでも除隊できる。
練兵場に到着すると、すでに結構な人数が集まっていて、ある者は緊張気味に、ある者は余裕の表情で周囲と談笑している。
「ガーランドはさすがに余裕綽々っていった感じだね」
「アイツは元々騎士志望だったからな。張り切ってるんだろうさ」
学院時代は何かと俺に突っ掛かってきたガーランドは気合いの入った表情で式典が始まるのを待っているようだ。
取り巻きめいた連中はさすがに声を掛けづらいのか、少し離れた場所に固まっているみたいだが、まぁ、学院では後をくっついて歩いていた奴らも、軍務となればガーランドと行動を共にできないだろうし、そもそも眼中に無さそうだったからな。
あ、目が合った。
「だから、いちいち睨み合いするの止めなよ」
「変わらないね、キミたちは」
ボーデッツとリスが呆れた様子でたしなめてくるが、睨んでくるアイツが悪い。
式典前に騒ぎを起こすわけにはいかない。
向こうも同じ考えなのだろう、ほぼ同時に目を逸らして指定された位置に整列すると、ほどなく式典、軍役の就任式が始まった。
まず最初に皇帝陛下の名代としてルーベンス皇太子殿下から激励のお言葉をいただき、次いでカシュエス元帥閣下が身が引き締まるような脅し、もとい、訓示があった。
質実剛健が尊ばれる軍の行事ということもあって、式典自体はこれで終わり。
長々とお話が続く学院の卒業式典も見習ってほしいものだ。
そして、順番に練兵場から退出するのだけど、出入り口で任地の辞令を受け取るわけだ。
そこでは受け取るだけ。
渡されたらさっさと練兵場から出て行き、ほとんどの者がそのまま帝城の中庭に移動する。
俺とボーデッツ、リスランテも同じく連れだって移動。
到着するや、気になって仕方がない様子だったボーデッツが真っ先に辞令を取り出して開いた。
「やった! 南部駐屯地の補給部隊で調達会計班に配属だって。良かったぁ!」
南部駐屯地といえば、2年ほど前に新設された訓練所のあるところだな。
騎士団や兵団が入れ替わり立ち替わり訓練のために滞在するから補給部隊とかは大変そうだけど、訓練とかは最低限だろうしボーデッツ向きだろう。
「リスは?」
「はぁ~、帝都の近衛騎士団付きだって。なんか、地位を笠に着たみたいで嫌なんだけど」
訓練はそれなりに厳しいけど絶対的な安全地帯。
まぁ、帝国でも最高位の貴族令嬢を、万が一でも危険な場所に配属するわけにいかなかったんだろうな。
本来軍属になる必要すらない令嬢だから、さぞ配属も頭を悩ませたことだろう。
「で? フォーは、どこの配属?」
「特に希望は出さなかったんでしょ?」
ボーデッツの言うとおり、希望を出したところでそれが通るとは思えなかったから希望欄は空白で出したのは事実。
ちょっとドキドキしながら辞令の封を開ける。
「……北部、ブランディス砦に配属を命ず」
敵対国家のファンル王国と接する最前線ですね!




