第65話 結局お嫁さんは見つけられませんでした
帝国高等学院。
帝都の中にあって広大な敷地を持つこの学院のど真ん中に建つ講堂では学院長のありがたい長話が続いている。
講堂の中央にこの日学院卒業を迎える5年次の生徒。それを挟むように右側に4年次と左側に3年次の学院生が整列している。後方には残りの1、2年次の生徒たち。
そして、その三方を来賓の貴族や学院生の親族などが囲んでいる。
そんな中、俺はというと中央部の最前列に居た。
そう。
俺はこの日を以て高等学院を卒業するのだ。
2年間はどうしたって?
……真面目に勉強してましたよ?
いや、まぁ、結局お嫁さんは見つけられなかったんだけどさぁ。
火竜討伐の影響で多少は悪評も緩和したみたいな感じだったんだけど、やっぱりレスタール領がド辺境で危険な場所だという評価まで覆すことはできず、多少話が弾んだところでそれ以上の関係にまで発展させられなかったわけだ。
それにどうやら高位貴族の間では別の理由があってレスタール辺境伯家と距離を詰めるのを避けているという。
そうなるとその高位貴族の寄子貴族はもちろん、付き合いのある貴族家も腰が引けてしまうのも仕方がないことだ。
そう、仕方がないことなんだ。うん。
そんなわけで、あれからも俺は婚活に励んでいたのだけど連敗記録を伸ばすだけの徒労で終わってしまった。
マーリゥ嬢とは4年次に少しだけ話をすることができたけど、彼女はこれからもルージュ男爵領と旧バルテア王国の領民のために働きたいと、改めて俺に力強い視線を向けて意思表示をしたからそれ以上親密になるのは諦めた。
色々な問題をなんとかしてレスタール領に来てもらえたとしても、それじゃあ彼女の意思をねじ曲げることになってしまう。
もちろんレスタール領からでも旧バルテア王国の人たちのために働くことはできるだろうけど、遠く離れた領地からできることは限られるからね。
その時点ではまだそこまで関係が深かったわけじゃないから俺は彼女を応援することにした。
……まぁ、ショックだったのは本音だけど。
しかし、元々切り替えが早くて打たれ強いのが俺の特技だ。
その後の2年間もなんとか令嬢と仲良くなろうとしたり、条件に合いそうな貴族家に縁談を打診したりした。
全滅だったけどな!
もうね、いっそのこと貴族じゃない平民の女性を探そうかと思ってるくらい。
下位貴族家はそうでもないけど、高位貴族は国政に関わることが多いために婚姻相手が平民というのは色々と面倒だったりするが、どうせ権限も無ければ国政にも関わらないレスタール辺境伯家なんだから話の持っていきかた次第でなんとかなりそうな気もするし。
そんなことを考えている間に式典は進み、アグランド帝国皇帝ライフゼン陛下の挨拶を最後に俺たちの学院生活が終わりを迎えた。
5年間という長いんだか短いんだかわからない期間。
色々とあった。
はずなんだけど、覚えているのは婚活に励んだことと振られたことばかり。
まぁ、リスや友人たちと馬鹿騒ぎしたのは楽しかったけどな。
「はぁ~っ! 終わったぁ」
式典が終わり、講堂から退出した時点で卒業。学院生ではなくなった俺たちは寮に向かって歩く。
直立不動で堅苦しい話を聞いていたせいで固くなった背中と肩を動かしながら溜め息を吐いていると、リスが苦笑する。
「相変わらず畏まった場が苦手なんだね。ここ数年はそれなりに式典とかに出る機会も多かったのに」
呆れたように言われたが、こればっかりは何度経験しても面倒さが勝つので仕方がないのだ。
「レスタール領には明日出発するの?」
「ああ。今頃迎えの連中がお土産を限界まで荷車に詰め込んでる頃だろうし」
俺は張り切って帝都で買い物しまくっていた狩人たちの姿を思い出しながら肩をすくめた。
レスタール領の産物を友人のワリス・タックの実家が買い取ってくれるようになってから、その金を使って帝都で酒や乾果物、砂糖や香辛料、綺麗な織物などを仕入れて帰って行くのが恒例となった。
といっても狩人たちの生活を乱すほどではなく、年に数回程度では領に暮らす人たちのたまの贅沢、ちょっとした楽しみ程度のものだ。
まぁ、領の女性たちの圧で回を重ねるごとに荷車の数が増えていっているんだが。
今回は荷車8台と狩人は10人。それに女衆の中から選ばれたふたりが加わっている。多分、男たちには任せておけないって考えたんだろうなぁ。ガッツリ釘を刺してないと酒ばっかり買っていこうとするから。
「羨ましいね。僕もレスタール領で息抜きしたいよ」
リスが憂鬱そうに言う。
なんでも明日からしばらく公爵家の行事や茶会、晩餐会などで忙しいらしい。のんびりした田舎で羽を伸ばしたいと思っても無理はない。
どうやら彼女はレスタールの街が気に入ったらしいのだけど、結局リスが行ったのは3年次の一度だけ。
翌年からは公爵閣下の許可が下りなかったらしい。
「なんなら一緒に行くか?」
「そうしたいのはやまやまだけどね。さすがに学院を卒業して貴族の一員になったわけだからそうもいかないよ。あ、行きたいのは本当だからね」
皇立高等学院を卒業することで貴族子女はようやく貴族を名乗ることが許される。
リスにとっては卒業してからおこなわれる行事や晩餐会がその大事なお披露目ということで、さすがにサボるわけにはいかないのだ。
「わかってるって。軍役が終わって落ち着いたらまた来てくれよ」
レスタール領に行くのを拒否したように聞こえたかもと慌てるリスに、俺は笑ってそう返す。
「そ、そう言えば、フォーはギリギリまで向こうに居るつもり?」
「遅れるわけにいかないし、水の月は雨が多いからな。少し早めに戻ってくるつもりだよ。宿が取れれば良いんだけどな」
2ヶ月後、学院を卒業した貴族令息は帝都に集まらなければならない。
というのも、貴族家の男子は2年間の軍役を義務づけられているからで、特別な事情がない限り拒否はできない。
平民と貴族家令嬢の場合は義務ではなく希望者のみで、期間内の除隊も認められている。もっとも、軍務科に所属していた人はほぼ軍役に就くけどな。
それで、軍役の期間内は原則として実家に帰ることができなくなるので、卒業した日から2ヶ月間の休暇は帰省して軍務の準備をしたりする。
俺もその期間はレスタール領に帰って心を休めたり、久しぶりに狩りをしたり、武器を用意したりするつもりだ。
何しろ俺の使う武器、戟は軍の装備にはないし、支給される槍や剣は俺が使うには軽くて脆すぎるから自分で用意するしかない。
「同じ任地の配属になるように祈ってるよ。フォーが何をやらかすか楽しみたいし」
「人聞き悪い。なんで俺が問題起こす前提なんだよ」
「いや、だって、変に先輩面して威張りくさった貴族令息とか上官の理不尽な命令とか、フォーが我慢できるとは思えないし」
……ソンナコトナイヨ?
ちなみに、まだ俺たち学院卒業生の配属先や任地は知らされていない。
すでに大半は決まっているのだろうけど、事前に知らせてしまうと任地やその周辺の領主に圧力を掛けたり便宜を図るように指示したりするってことが過去にあったらしい。
なので、基本的に関連のありそうな領地からは離れた任地に行かされるというもっぱらの噂だ。
まぁ、レスタール領の周囲に軍の任地は無いし、付き合いのある貴族家なんてほとんどないので俺の場合はどこになるのかまったく予想ができない。
可能なら未婚で婚約者も居ない下位貴族家の領地とかにしてもらいたいと思っているのだけど。あと、できるだけ平和でのんびりと訓練だけで任期を終えられそうなところ。
そう。
俺はまだ諦めていない。
学院よりもずっと難しいのは確かだけど、少数ながら軍役に加わる令嬢も居るし、任地で事務官をしている女性も居るかもしれない。
軍役が終われば本当にレスタール領に帰るしかないから、なんとかそれまでにお嫁さんを探して連れて帰るつもりだ。
「諦め悪いね」
「やかましい! 俺は運命に逆らってみせるんだ!」
俺のイチャイチャほのぼの生活のために。




