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嫁取物語~婚活20連敗中の俺。竜殺しや救国の英雄なんて称号はいらないから可愛いお嫁さんが欲しい~  作者: 月夜乃 古狸
学院編

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第64話 北の国から

 荒涼とした草原が広がる大地。

 大陸でも北に位置するこの地はすでに秋も深まり、冷たく乾いた風が通り抜けていく。

 近くに水場はほとんどなく、耕作に適さないため広いだけの利用価値のない土地というのが周辺国の認識だ。

 そんな荒野の南側、遠くまで見通せる小高い丘の上から見下ろしていたのは漆黒の軽甲冑に同色のマントを纏った精悍な顔つきの青年だった。


「ずいぶんと集めたものだな」

「見たところ1万5千は居そうですね。話には聞いていましたが麦の不作はかなり深刻らしいので各部族総出でやってきたんでしょうね」

「迷惑なことだ。自分たちの食い扶持くらいは自分たちで用意すれば良いものを。それでも尚足りなければ支援くらいはするだろうに」

 眼前数ライド(数km)先に集結しつつある軍勢を見ながら青年が呆れたように呟く。


「無ければ奪えば良いという感性ですから。だからいまだに国としてまとまることもできないんでしょう。今回は食料が無いということで団結しているようですが、戦いに勝ったとしても今度は同胞同士で奪い合いでもするんじゃないですかね」

 副官らしき男も頷きつつ同意する。


 大陸北部にあるファンル王国の北側に国は存在しない。

 とはいえ人の営みはあり、広大な土地に十数万人の遊牧民が暮らしている。

 彼らは数百~千人程度の部族ごとに集まり、ある部族は定住し、ある部族は家畜を育てながらの移動生活を送っている。

 大陸北部は河川が少なく、小さな湖や沼が点在するばかりで耕作には不向きな土地だ。

 加えて真夏でも朝方には霜が降りるほど気候が厳しいため、食糧の自給は難しく、足りない分を近隣への略奪で賄っている。

 

 ただ、平然と略奪を行い気性が荒い遊牧民たちだが、食料と若い娘を奪えばそれ以上の殺戮をおこなうことはなく、また狩り場が無くなったら困るという意識があるのか、同じ集落を頻繁に襲撃することは無いため、北部の村落は彼らに渡す食料や奴隷をあらかじめ用意しておくことで対応しているようだ。

 それに、彼らも毛皮や毛織物、岩塩などを商人に売って、対価として食料や香辛料買ったりもしていて、まったく話が通じない相手というわけでも無いのだが、だからといって仲良くできるわけもなく、今年のように気候が悪く作物が不作になると大規模な略奪を起こすのだ。


「想定よりも多いですが大丈夫ですかね?」

「不安か?」

「なにせ人数はこっちの5倍以上ですからね。アミュゼ殿下が指揮しないのならさっさと逃げ出しているところですよ」

 ファンル王国の第5王子という肩書きを持ちながらも立場の低いアミュゼは国軍司令の命令によって北部守護、つまり遊牧民たちの大規模略奪の防衛をするために指揮下の兵を引き連れて布陣している。

 指揮下といっても手勢はわずか2500名ほど。

 一国の王子が率いるにしてはあまりに少ない。


 いかにアミュゼが軽視され、いつ死んでも構わないと思われているのかを表した状況である。それに、王都の高位貴族からすれば北部辺境の村や小さな街が襲われることなどそれほど気にしていないのだろう。

 遊牧民たちに領土などという考えはなく、略奪が終われば勝手に帰って行くのだから自分たちが危険にさらされるわけでもないと考えているのだろう。

 いつか遊牧民たちの人数が増え、本格的に気候の良い土地を目指して南下してくるなど想像もしていない。


「それじゃあそろそろ動きますか」

 遊牧民たちが集結し、移動を始めたのを見た副官が言うと、アミュゼが頷く。

 丘の上からでは砂粒程度にしか見えないが、アミュゼたちの部隊が見えたのだろうか、雪崩を打つようにこちらに近づいてくる。

 乾燥地帯が多く寒暖差の激しい大陸北部では馬ではなくジャグロという山羊と馬、両方の特徴を持つ、毛足が長く角の生えた獣を飼育していて毛や乳、肉を得ているが、大柄な体格の雄は騎乗にも使われていて、今回の襲撃で遊牧民たちもジャグロで攻め込んできている。


 速度は馬よりは遅い。

 だがそれでも万を超える大軍が津波のように押し寄せる光景は相当な威圧感がある。

 が、丘の麓まで半ライド(約400m)の位置まで迫った騎兵が次々につんのめるように転倒する。

 よく見るとジャグロの足が地面に掘られた穴に落ち、勢い余って倒れたようだ。

 むろん偶然ではなく、戦場がこの場所になると予想したアミュゼの部隊が遊牧民の騎馬、騎ジャグロ? の動きを阻害するために掘らせたもので、直径30カル(約24cm)深さ50カル(約40cm)の穴に布を被せて土で偽装している。

 ただ、あくまで嫌がらせ、いや、足止めのためのもので、馬と違って足が強く頑健なジャグロは足を取られて転倒することはあってもまず骨折などしない。

 すぐに立ち上がって、振り落とされた遊牧民も再び騎乗するだろう。


 だがアミュゼの目的には影響がない。

「……今だ、綱を切れ!」

 王子の掛け声で丘の裏側に据え付けられた投石機、重りを用いた梃子を利用して握りこぶしより大きな石を無数に飛ばす、トレジュシェット式と呼ばれる物だ。

 引き絞られせり上がった重りを支えていた綱が切られ、逆側に乗せられていた複数の石が立ち往生している遊牧民たちに降り注ぐ。

 投石機は攻城戦にも用いられるよく知られた兵器だが、アミュゼは丘の後ろ側に配置することで集結した遊牧民から見えないように配置していたのだ。

 

 10機もの投石機から打ち出される数十の石礫。

 アミュゼの部下たちは空になった投石機の重りを再び引き上げ、次の石を装填していく。そして間髪入れずに再射出。

 狙いなどはつけられていないが、空中でばらけながら高速で飛来する石に打たれ、次々に遊牧民たちが倒されていく。

 とはいえ相手は1万5千もの騎兵だ。

 投石で負傷するのはごく一部でしかないのだが、打ち倒された遊牧民やジャグロが障害物となり、また痛みのあまり暴れ回るせいで無事な者も自由に動くことができない。


「弓!」

 突撃の足が完全に止まったところに次の命令が飛ぶ。

 丘の中腹で岩陰に身を潜めていた弓兵が一斉に弓を射かける。

 射程の長い長弓は易々と遊牧民の集団に届き、彼らが慌てて曲剣で打ち払うも圧倒的な数に抗することはできず、あっという間に数百人が骸と化し、その数倍もの者が負傷していく。

 一般に想起されるような大軍同士がぶつかり合うのとは違う、あまりに一方的な攻撃。

 数の差、騎乗技術の差を埋めて余りある戦いぶりは遊牧民たちの度肝を抜いたことだろう。


 やがて諦めたのか、遊牧民たちが引き上げ始める。

 傷ついた身体で騎乗する者、ジャグロを失い他の者に乗せてもらう者、あるいはそれすらできず足を引きずりながら歩く者。

 すでに戦意は感じられず、1万をわずかに超える程度にまで減った遊牧民たち。

 そこに今度はアミュゼとその部下の駆る騎馬が追い打ちを掛ける。


「足を狙え! 命まで取る必要はない」

 アミュゼの目的は遊牧民たちにファンル王国への略奪を完全に諦めさせること。

 完勝したとはいえまだ遊牧民たちの数は万を超えている。今は引いたとしても体勢を整えて再びやってくるのを防ぐために足に傷を負わせるつもりなのだ。

「がぁ!」

「くそがぁ!」

 個々の騎乗技術では遊牧民が上のため、アミュゼの部下たちは2騎一組で逃げる遊牧民に攻撃を仕掛けていく。


「な!?」

「うわっ!」

「卑怯な王国人め! これ以上同胞を傷つけさせん!」

 先行していた騎兵が後ろから槍で突こうとした瞬間、凄まじい勢いで振られた大剣が割り込み、そのまま一人を馬ごと両断する。

 慌てて足を止めたもうひとりも、構え直す隙すら与えられず胴を切られて落馬した。


「下がれ! 深追いするな!」

 アミュゼがすぐに声を張り上げる。

 部下たちは命令にすぐさま反応し、追うのをやめて距離を取る。

「……部族の長か」

 遊牧民たちとアミュゼの部隊との距離が開き、一際大きなジャグロに跨がった男が姿を現した。屈強そうな遊牧民たちの中でもさらに大柄な男だ。

 まるで丸太のような太い腕で人の背丈ほどもありそうな大剣を片手に持ってアミュゼを睨み据えている。


「卑怯で臆病な王国人が! 俺がひとり残らず切り捨ててやるぞ!」

 吠える男に部下たちが弓を構えるのをアミュゼが制止する。

「臆病かどうか、試してみるが良い」

 アミュゼはそう返すと、手にしていた槍を投げ捨て、鞘から剣を抜く。

「大きな口を!」

 部族長らしき男は忌ま忌ましそうにそう吐き捨てると、大剣を振り上げながらジャグロの腹を蹴った。


「死ねぃ!」

 激突せんばかりに正面から迫りつつ、男が横薙ぎに剣を振るう。

 ギィン!

「な!?」

 重量と速度、その両方が十分に乗った大剣はアミュゼが下から掬い上げるように振るった無造作な長剣によって高々と跳ね上げられる。

 驚いた表情の男がジャグロを反転させるべく手綱を引いた。

 のだが、それに追随したのはジャグロと男の下半身だけ。

 跳ね上げられた大剣を掲げたままの上半身は慣性に従い、前方に放物線を描いて地面に落ちる。

 男の剣を弾いたアミュゼはすれ違いざま切りつけたのだが、おそらく彼は自分がどうなったのかを理解することはなかっただろう。


「お見事です。連中を追撃しますか?」

「いや、おそらくは大きな部族の長だろう男が倒されたのだ。少なくとも冬が終わるまでは来ないだろう。負傷者の手当が終わったら息のある遊牧民を治療してやれ。捕虜として王都に連れて行く」

「承知しました」

 アミュゼの言葉に、副官はホッと息を吐きながら頷いた。



「アミュゼ・ノル・セント・ファルセット、此度の北方遠征見事であった。寡兵で1万5千もの蛮族を壊走せしめし武勇は並ぶ者なしと言えよう。それほどの者を一小部隊の指揮官に留めておくのは損失でしかない。よって、貴様に旅団を編成する権限と王家から必要な予算を与える。それから……そうだな、新設する旅団への命令は余と元帥のみとしよう。人員はどこからでも引き抜くが良い」

 

 ファンル王国の王宮。

 北の遊牧民の侵攻を壊走させたアミュゼが王都に帰参すると、先触れによって報告を受けていた国王に呼び出された。

 実の父親でありながらここ数年はほとんど会話を交わすことがなく、謁見の間で顔を合わせてもその表情は息子に対するものにしては冷淡に見えるものだった。

 国王の側妃、アミュゼの母親が亡くなってから王は彼に対する関心を失ったように周囲からは思われていたため、開口するなりアミュゼの功績を褒め称え、旅団の指揮権を与えると言った時は参列していた貴族たちがどよめいたほどだ。


 旅団は王国における軍編成の枠で、現在は3つの旅団がある。

 王都と王家直轄地を守護する第1旅団、帝国に対する抑えとして南部に展開する第2旅団、その他の辺境の治安維持を担当する第3旅団だが、そこに新たに加わることになる。

 後に提示された旅団の規模は騎兵が3千、その他歩兵や輜重部隊を含め1万。

 既存の旅団の7割程度だが、担当地域は無く有事の遊撃と予備兵力という扱いだ。

 侵攻の規模が大きかったとはいえ、たった一度蛮族との戦いに勝利した褒賞としては破格のものだが、アミュゼはこれまで隣国との小競り合いや犯罪組織の摘発、大規模盗賊団の殲滅などで功績を挙げても報賞を受けていないことも加味している。


 ざわめきが収まらない中、アミュゼは深々と一礼して謁見の間を退出する。

 国王はというと、功績を称えて前例がないほどの褒賞を与えたにもかかわらずその後ろ姿を見る目にはなんの感情も読み取ることができない。

 そのことが参列していた高位貴族たちの混乱を助長させていた。

 愛妾(貴族たちの認識では、だが)が亡くなったことで関心を失った王子が冷遇されているのはひとえに王のアミュゼへの態度が原因だ。

 それなのに今回功績を過分なほど評価し、王家の資産を切り崩してまで兵を与えた。かといって関係が改善されたようにも見えない。

 貴族たちは今後アミュゼに対してどのように接すれば良いのかを決めかねていた。


「クソッ! 大人しく蛮族どもに殺されていれば良かったものを」

 謁見が解散となり、廊下を歩きながら老人が顔を顰めながら吐き捨てる。

「ですが、陛下としてもほとんど被害を受けることなく蛮族を撃退したことは評価せざるを得なかったのでしょう」

「だからといって旅団の指揮権など、過剰もいいところだ。しかも今後はこちらが命令して戦場に送ることもできん」

 付き従う壮年の貴族が取りなすが、老人の怒りは収まらない。


「しかし陛下の態度はあの混ざり者に冷淡でした。まだ時間はあるのですから、次の手を打ちましょう。取り急ぎ、殿下のところに送り込む者の選定を進めます」

「……これ以上功績を挙げて後継者候補に祭り上げられては困る。早めに芽を摘み取らねばならんぞ」

 取るに足らないと侮っていた捨てられた王子が、いつの間にか自分たちの立場を脅かす存在となっていた。

 それは彼らに受け入れられるものではなかった。



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― 新着の感想 ―
どこぞの金髪の小僧かな?笑
この国もそこそこ腐ってるんやな。
ここにも老害発見。
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