第58話 亡国の貴族令嬢
俺が声を掛けると、女の子は驚いて跳び上がり、護衛らしき男は顔を引き攣らせながら咄嗟に腰に手をやる。
……そこには何も無いけどね。
当たり前だけど、帝都の中で武器を持ち歩けるのは衛兵と特別に許可された護衛騎士だけだ。国軍所属の騎士や貴族家当主であっても例外じゃない。
では、貴族の護衛はどうしているのかというと、必要に応じて衛兵に護衛を要請するか、護衛に棍などの非殺傷の武器を持たせている。
帝都外から護衛のために入って来た騎士や傭兵はというと、外門(帝都外街区に入るための門)で申告すると、そこで衛兵の手によって武器類全てを布で頑丈に巻かれて封印を貼られる。
やむを得ない事情以外で封印を破ると厳罰を科されることになるので、普通は傭兵ギルドや貸金庫などに預けて持ち歩くのは最小限にしている。
もっとも、これは過剰なほどの衛兵を配置していて治安が良い帝都だからできることでもある。他領の街の場合は護衛は帯剣しているのが普通だし。
ちなみにレスタールの狩人はそれすらも面倒なので外門の衛兵にお金を払って預かってもらっている。重くて頑丈なだけの剣や斧、槍ばかりだから盗んだところで大して金にならないだろうからね。俺は一応寮には封印をされたままの状態で持ち込んでいる。刃を潰した練習用は学院に置いてあるけど。
まぁ、そんなわけで、護衛の人も剣は持っていないのでいきなり斬りかかられたりする恐れはない。ひょっとすると少しくらいは武器を隠し持っているかもしれないけど、そんなものを出したら大問題になるのでそこまで馬鹿じゃないだろう。
「……なんのつもりだ?」
俺がわざわざ背後に回り込んでから声を掛けたせいで護衛の男は警戒心を露わにしている。
とはいえ、つけ回されていたのはこっちなので、その台詞は俺が言いたい。背後に回って驚かせたのも腹いせみたいなものだし。
意味もわからず監視されるように着いてこられたんだからこのくらいの意趣返しくらい我慢してもらおう。
「用があるのはそっちなんじゃないの? さっきからずっとつけ回してるのはなんでだ?」
俺が少しばかり目つきを鋭く(自分的に)して逆に訊ねると、男は気まずそうに、少女の方は困ったように笑いながら頬を掻いた。
「あはは、噂の竜殺しを見かけたから興味本位、かな? 声を掛けなかったのは、キミに迷惑が掛かったら申し訳ないからだよ」
「無礼はお詫びする。だが我々に悪意はないので容赦してもらいたい」
そんな言い訳と謝罪を向けられて、俺としてもどういう態度を返すのが正解なのかわからなくなる。
俺たちがその場で対峙していると、ボーデッツとワリスが人混みをかき分けながらようやく追いついてきた。
「もう! いきなり行動するの止めてよね」
「フォーディルトさん、知り合いだったんですか?」
俺たちの雰囲気が剣呑なものじゃなかったからか、遠慮することなく声を掛けてくる。
「いきなりじゃないと逃げられるかもしれなかったからな。それと知り合いじゃないぞ。というか、名前も知らないし会うのも初めて、だよな?」
自信はないけど。人の顔と名前覚えるの苦手なんだよな。
「というわけで、一応名前を聞いておきたいんだけど? 俺は知ってると思うけどフォーディルト・アル・レスタール」
「えっと、僕も、だよね? ボーデッツ・クルーフ・タルドです」
「あ、あの、ワリス・タックと言います。帝都の平民です」
別に平民とか付け足す必要ないから。
俺たちが先に名乗ったので少女たちのほうも答えないわけに行かないと思ったのだろう。躊躇いがちに口を開いた。
「……マーリゥ・カ・ルージュと申します」
「マーリゥ様の護衛騎士、クーレグです」
三つ名(名・氏族名・家名で構成される名前)ってことは貴族令嬢で間違いないか。聞いたことのない家名だけど。
帝国の場合、貴族は名と姓の間に氏族名を入れることになっていて、その氏族名は家系のルーツがどの地域なのかを示している。例えばボーデッツの氏族名であるクルーフは、大昔に存在したタモティア王国東部の地名から取られたものらしいし、リスランテの氏族名のミーレはクレスタ王国の王家の姓が元となっているそうだ。
そして、貴族以外は氏族名を名乗ることが許されていない。理由は、知らん。
「マーリゥ嬢とクーレグさんね。それで、なんで俺たちを……」
「え? あ、ふ、フォー、ちょっと」
俺は彼女たちがつけ回していた理由を尋ねようとした直後、ボーデッツが俺の腕を引っ張ってすぐ近くの路地に連れてきた。
「ど、どうしたんだよ」
俺の抗議にボーデッツは呆れたように首を振る。
「あのね、フォー。彼女の家、ルージュ男爵家って知らないの?」
……聞いたことあったっけ?
まったく覚えてないんだけど。
「俺が帝国史苦手なの知ってるだろ」
「帝国史とか関係ないから! はぁ~、まぁそんな所だろうとは思ったけどね。それにレスタール辺境伯家くらいの高位貴族なら気にする必要はないのかもしれないし」
ますます意味がわからん。
「彼女、バルテアの人だよ。確か、学院では隔離学級だったはず」
「ふ~ん、先帝時代に併合された国、だったよな? けど、隔離学級って、彼女の家、何か問題起こしたのか?」
「…………はぁ~~~!」
たっぷり溜めた挙げ句の長い長い溜め息。
失礼な奴だな。
「フォーって本っ当に! 他の貴族のことに無頓着だよね!」
心底、文字通り心の底から呆れたといった表情と口調で区切りながら言うボーデッツ。
そんなに俺はダメダメなの?
困惑する俺に、ボーデッツは懇切丁寧に説明してくれた。
なんでも、旧バルテア王国は大昔に大陸南部一帯を支配していた国が分裂してできた国で、かつての国の中心だった場所を領土にしていたらしい。
そのせいか気位が高く、国力が衰退し人口も減っているのにやたらと好戦的で、たびたび帝国にも侵攻してきていたんだと。
んで、先帝が領土の拡張政策を内政重視に転換してしばらくした頃、大規模な侵略を仕掛けてきた。が、当時で500数十万人程度の国が、3000万人を超える人口を有し、100万人以上の兵を持つ帝国に勝てるはずなどあるわけがなく、奇襲によって占領した街や村は、準備を整えた帝国軍にあっという間に奪い返され、バルテア軍は壊滅。
逆に帝国によって侵略され、領土は全て占領されてしまった。
普通ならこの時点で完全な敗戦。
戦争責任者を処刑して帝国に許しを請い、莫大な賠償金と領土の割譲を約束して国としての生き残りを図る。はずなのだけど……
バルテアの王は全ての街や村の人間に徹底抗戦を命じ、帝国に支配されるのを良しとしなかった多くの国民が激しく抵抗した。
結果、バルテア王国の住民は徹底的に弾圧され、領土全てを帝国に併合された。
王族やほとんどの貴族は幼子に至るまで処刑され、ごく一部の、帝国への侵攻や敗戦後の抵抗に反対していたり、反帝国活動に関与せずに領地の混乱を治めるべく奔走した貴族だけは家の存続を許されることになった。
マーリゥ嬢のルージュ男爵家もそのひとつなのだそうだが、帝国が圧倒的な勝利を得たとはいえ、それでも侵攻された街や村、戦った兵士の犠牲は少なくない。
ましてやそれが一方的な侵略の結果となれば、帝国民の感情として国が滅んだのだからそれで恨みっこ無しというわけにはいかないのだろう。
旧バルテア王国の民は移動の自由を許されず、他の領地よりも高い税率を課され、武器になるようなものは農具や石工、大工道具に至るまで規制されている。
旧王都や主要な鉱山、穀倉地、港湾都市などは皇室の直轄領とされ、家の存続を許された貴族も一律で男爵位にされた上に、後継者は皇帝が指名するという。
同じ帝国の臣民でありながら、レスタール領の民とは別の意味で忌避され蔑まれる立場なのだそうだ。
そのせいで旧バルテア王国の貴族は、学院でも問題を起こした貴族家や商家の子女を徹底的に再教育するために設けられている特別なクラス、別名隔離学級に入れられてしまうんだと。
……ずいぶんと酷い話だ。
戦争の当事者の子や孫は関係ないだろうに。
俺の立ち位置からはそう思えるんだけど、バルテア王国が滅亡してまだ40年しか経っていないとなれば、直接被害を受けた人や遺族の記憶もまだまだ薄れていないので仕方がないのかもしれない。
「とにかく! そんな立場の令嬢がフォーに近づいて来たんだから少しは警戒しなよ」
「わ、わかったよ。っていっても、まだ目的もわからないし、何か目論見があったとしても俺には何もできないぞ」
最近変な意味で勇名になってしまった俺を利用しようとする連中もいるみたいだけど、実際のところ俺に、というかレスタール辺境伯家にそんな力はない。
帝都や社交界じゃただの蛮族扱いで発言力なんてないし、領地は遠く離れた辺境で産業といえば森の魔獣や野獣から得られる素材と多少の鉱物くらいしかない。
一商会ていどならともかく、貴族家が期待するのは無駄に高い戦闘力くらいだろう。
「その戦闘力がおかしいんだけどね」
「えっと、失礼したね。それで、どうして俺たちの後を?」
興味本位とは言っていたけど、さすがにそれを真に受ける気にはならない。
チラチラ見る程度ならともかく、1刻ちかくも着いてきてたんだからな。
「あはは、うん、ごめんなさい。ちょっとした下心はありました」
俺が改めて訊ねると、マーリゥ嬢は苦笑いをしながら素直に頭を下げた。
「そちらの、ボーデッツ様の様子では私が旧バルテア貴族なことを知っていると思うのだけど、私たちは帝都で肩身が狭くて。竜殺しの英雄と仲良くなれたら少しは過ごしやすくなるかもって思ったの。それに、私は小柄な男性が好みだし」
なんですと!?
最後の台詞はごく小さな声だったけど、狩人の超聴覚(自称)を持っている俺の耳にはしっかりと届いたぞ。
が、すぐに思い至る。
この場には俺よりさらに小柄なワリス・タックが居るんだけど、本命はそっちってことはないのか?
「あの、私からもお詫びします。お嬢様は自分から声を掛けては辺境伯令息にいらぬ迷惑を掛けてしまうと考えたようで、後日改めて訪ねた方が良いとは言っていたのですが。名高いフォーディルト殿と知己を得たという建前だけでもお許しいただけないでしょうか」
「はい。それ以上は望みませんので、知り合いを名乗ることだけでも。も、もちろんフォーディルト様の名を悪用したりはしません」
俺に向かって深々と頭を下げるマーリゥ嬢とクーレグと名乗った騎士に困惑する。
「なるほどねぇ。旧バルテアってだけで学院でもかなり冷たくされるだろうからね。僕みたいな下位貴族の子女だったら下手をすれば立場を悪くしかねないから近づこうとしないだろうし」
「お恥ずかしいですけど、学院のクラスでも邪険に扱われることが多くて困っているんです。まだあと3年も通わなければいけないので、あの、気を悪くされました、よね?」
ボーデッツの指摘に、マーリゥ嬢が言い添える。
上目遣いで俺をチラチラ見るのは、怒っていないかと不安なのかもしれない。
確かに下心ありで近づいて来たことに少しばかり思うところがないわけじゃないが、そもそも俺が令嬢に近づこうとすることもお嫁さんになってほしいって下心ありきなわけで、人のことを責める資格などあるわけがないのだ。
「ん~、とりあえず、お友達になりましょうか」
そう言ってみた。
というわけで、今回はここまでです
下心ありで近づいて来た令嬢
フォー君の婚活相手になるのかどうか……
それから、お詫びをひとつ
別作品の書籍化作業のため、9月頃まで更新が不定期になるかもしれません
できるだけ更新頻度は維持したいと思っていますが、何しろ筆が遅い年寄り狸なので
更新できなかったらごめんなさい! m(_ _)m
今週も最後まで読んでくださってありがとうございました。
そして感想を寄せてくださった方、心から感謝申し上げます。
数あるWeb小説の、この作品のためにわざわざ感想を書いてくださる。
本当に嬉しく、執筆の励みになっております。
なかなか返信はできませんが、どうかこれからも感想や気づいたこと、気になったことなどをお寄せいただけると嬉しいです。
それではまた次回の更新までお待ちください。




