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嫁取物語~婚活20連敗中の俺。竜殺しや救国の英雄なんて称号はいらないから可愛いお嫁さんが欲しい~  作者: 月夜乃 古狸
学院編

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第57話 変な令嬢と知り合いました

 大陸南東部に覇を唱えるアグランド帝国。

 広大な領土と豊かな穀倉地帯、数多くの鉱山を抱える強大な国家。というわけで、その中心たる帝都は広い。あと人も多い。

 帝都の外周を囲んでいる堀の内側だけで60万人以上が暮らしている。それも5歳に満たない子供は基本税(人頭税)の対象にならないので統計から除かれた数だ。

 堀の外側はさらに2層に分かれていて、帝都の市民権はもっていないが基本税を納めている準市民が暮らす帝都外街区とその外側に、基本税を納めていない流民たちが住み着いている貧民街と呼ばれる外縁部があって、全部合わせると100万人を超えるらしい。


 ちなみに、基本税を納めていないと帝国民であっても法的保護の対象にはならないけど、生存権と就労権は認められている。

 なので、場所は制限されているものの働いて金を稼ぐことはできるし、殺されたりすれば殺した相手が帝都の市民権を持っていたとしても罪に問われることになる……一応は。

 ただ、貧民街に住み着いている無納税者は帝都外街区までしか入ることができず、準市民は堀の内側に住むことはできない。

 そういった形で帝都の治安は守られている。という建前だ。

 実際はスリやひったくり、暴力沙汰なんて日常茶飯事だったりするのだけど、それでも他領の大きな街に比べれば大分マシらしい。


 とはいえ、それだけの人口が暮らす帝都は活気に満ちていて、帝国全土から様々な物品が集まる市場はいつも人でごった返している。

 馬鹿みたいに広い帝都で市場と呼ばれている場所はいくつもあるけど、俺がやって来たのは学院からほど近い北広場の市場だ。

 多くの貴族子女が通う学院の近くということもあり、このあたりの治安は帝都でもかなり良い方で、スリやひったくりにさえ気をつければ女性でもひとりで買い物ができる。

 といってもさすがに貴族家の令嬢が来ることはまず無い。一部例外は居るけども。


「しっかし、いつ来ても人が多いよな、ここ」

「他の市場はもっと多いよ。北広場は審査が厳しくて商会じゃないと出店できないけど、他は個人店が多くてその分値段も安いから。帝都の南側なんて油断してると襲われたりすることもあるくらい治安が悪いし」

 ややふくよかな丸顔貴族令息のボーデッツが人混みを除けながらぼやくと、小柄で童顔、どこか小動物を思わせる容姿の男子が笑いながら答えた。

 帝都内に出入りが許可されている外街区の住民にも経済的な格差があって、南側は比較的低収入の人が多いらしいからな。

 それでも外街区の市場よりは治安がマシだって言うんだからな。衛兵はちゃんと仕事しろって思わないでもないが。


「んで、ワリスの家が出している店はまだ先なのか?」

「もうすぐですよ。うちは帝都の商会では新参なので」

 小柄な男子、ワリスがそう言いながら通りの先を指差すと、巨大な熊の毛皮(頭付き)が飾られた大きなテントに、周囲の店より明らかに多くの客が詰めかけているのが見えた。

「おぉ~! 繁盛してるみたいだな」

「フォーディルトさんのおかげですよ。父さんはレスタール領と学院には足を向けて寝られないっていつも言ってます」

 大げさに褒めそやすワリスにどんな顔で答えれば良いのやら。


 この、いかにもお姉様に可愛がられそうな容姿を持つワリスとは、学院で勘違い高位貴族の馬鹿息子に絡まれていたのを助けたことで知り合った。

 聞けば帝都で商会を営んでいる家の長男で、将来のために学院の政務科に通っているらしい。

 ちなみに、学院で寮に入る義務があるのは貴族家の者だけで、平民は通っても構わないことになっている。遠方から来ている人は寮に入っているけどね。帝都は家賃が高いから。

 そんなわけで学院で顔を合わせれば雑談したりする仲になったのだけど、ワリスの家は比較的新興の商会で、すでに大手商会ががっちり地盤を固めている物品では割り込めないので雑貨や調度品などを浅く広く扱っているという話だった。


 とはいえ、帝都に中小の商会なんてそれこそ数え切れないほどある。

 その中で生き残っていこうとするなら何か強みが必要で、これまではとにかく足で稼ぎながら少しずつ商会を大きくしてきたと。うん。大したものだ。

 そこから少し話は飛ぶのだけど、レスタール(うちの)領は狩った獣の毛皮や牙、内臓なんかの素材や森で採取した鉱物は、領までやってくる行商人に全て売り渡してきた。

 俺たち狩人はあまり富を築くことに興味がないし、酒と旨い飯、必要な分の道具類があればそれで十分だと考えていたので、レスタールの産物が高値で取り引きされていて、行商人がかなり儲けていると聞いても特に気にしていない。

 辺鄙で危険な森の中に、必要な物資を売りに来てくれるだけでありがたいので、それで商人も潤うならお互い得しかない。


 ただ、そうは言っても時折帝都まで買い出し部隊が来ていることでもわかるように、行商人が持ち込んでくれる荷は、どうしても食料や生活必需品が中心、というか行商人の絶対数が少ないのでそれで精一杯だったりする。

 なので、嗜好品の類は領地の報告書を帝都に届ける&若手狩人の鍛錬の名目で定期的にやってくる連中が帝都で買って帰るのを楽しみにしているわけだ。

 ただ、産物を行商人に売って引き換えに必要なものを買うという関係上、レスタールの領民が持っている帝国のお金は微々たるものでしかない。領地で暮らす上ではあまりお金って必要ないから貯めるという意識すらないし。

 なので、毎度クソでかい荷車でやってくる割にはそれほど多くの買い物はできずにいたわけだ。


 そこで、レスタール領を見ていたリスの提案で、買い出し部隊の荷車に獣の素材や鉱物を乗せてきて、帝都の商会で換金して買い物をすることにした。

 その売る相手としてワリスの商会に声を掛け、喜んで取り引きに応じてもらったというわけだ。

 どうやら魔境産の品物は帝都に入ってくる頃には加工され、元の値段の数十倍にまでなっていて、しかも数が少ないので、商会に荷が入るとすぐに買い手が付くほどの人気になっているそうだ。

 俺たちとしたら輸送費を考えても信じられないほど良い値段で買い取ってもらえて、帰りは荷車が満載になるほど買い物ができているので万々歳なのだけど。


「でも、元々レスタール領に買い付けに来てた行商人は文句を言ったりしないの? 直接帝都に売られちゃったらせっかく高値で売ろうとしてたのが台無しでしょ」

「別に問題無いと思うぞ。元々集まった素材や鉱物の中で行商人が全部買い取ることはできてないし、月に一度、荷車ひとつ位の量じゃ需要を満たせないらしいから値崩れもしないだろうってリスも言ってたし」

 ボーデッツの心配に、俺は笑って首を振る。

 レスタールの領内には5千人以上の狩人がいて、日々狩りに勤しんでいるのだ。

 全てが売れる獲物とはいかないし、狩りの際に売り物にならなくなってしまうこともあるとはいえ、数十人の行商人が持ち込む穀物や生活必需品と釣り合う取り引きだとどうしても余ってしまうわけで、その分を帝都に持ち込んでいる。

 

 狩人相手にあくどい商売をしようとする奴はすぐに出禁になるので、基本的にレスタールに出入りしている行商人はちゃんとした価格で引き取ってくれているからな。

 ともかく、行商人の商売はこれまでと変わらずどころか、なまじ帝都で素材そのままの状態で売られるようになると逆に求める人も多くなるらしく、むしろ価格は上がっているみたいだし、ワリスのところの商会は新しい売り物で大きな利益を上げて、ウチは嗜好品がたっぷり買えて、全員が幸せ。

 うん、実に良いことだ。


「結構いろいろな物を売ってるんだね」

「うちは元々雑貨屋だからね。食品や鍛冶物みたいに大きな商会が扱う物は仕入れられないからそれ以外を色々売ってたら品数が多くなっちゃったんだ」

 俺とボーデッツがテントに並べられている品々を見ているとワリスが説明してくれた。

 他の場所にある市場は帝都民の生活のための出店だが、この北広場の市場で商会が出している店は見本市の意味合いがあるようで、本店で扱っている物の一部を広く取りそろえているそうだ。

 その中でもワリスのところではテントの上から垂れ下がらせたレスタール領産の大熊の毛皮がかなり強烈な客引きになっているみたいだ。


 テントの大きさは、学院の教室の半分にも満たない程度だけど、折りたたみ式の棚や台に所狭しと並べられた商品は台所用品から靴や服の手入れ用品、装飾品まで無節操と思えるほど幅広い。

 レスタール産の素材はどこかなっと探していたらほとんどは装飾品に使われていた。

 翡翠や紅玉は森の中を流れる川縁によく転がってるので俺も子供の頃お小遣い稼ぎで拾いに行っていたものだ。

 あとは、岩亀という甲羅の大きさが1リード(約80cm)くらいになる亀の甲羅を加工した物もあるな。どんくさいし捕まえやすくて肉も美味いけど外皮と甲羅がクソ固くて大変なんだよなコレ。甲羅の表面を削ると半透明の乳白色で光を当てると虹色に光る骨が出てくるので昔から女衆が首飾りに使っていたくらいありふれた物なんだけど、金や銀の台座にはめ込まれると凄く高級品にみえてくる。


「フォーディルトさんの気に入った物があったら何でも持っていってください!」

「いやいや、売り物なんだからお金払うって。まぁ、俺が装飾品なんて買っても今のところ使い道ないけどさ」

 自虐的? ほっといてくれ!

「あれ? そういえばモクモス子爵家のエリウィール嬢はどうしたの? またフラれた?」

「またってなんだ、またって!」

 ボーデッツの失礼すぎる発言に抗議の声を上げておく。

 

 とはいえ、あれだけ積極的に秋波を送ってきていたエリウィール嬢なのだけど、最近はあまり近づいてくることがなくなった。

 学院内で顔を合わせれば普通に挨拶はするし、何かお手伝いをすることはありませんか? なんて訊かれたりもするから嫌われたというわけじゃなさそうだけど、理由は俺にもわからない。

 俺としては彼女のような打算ありきでグイグイ来られるのは苦手なので諦めてくれたのならそれが一番良い。

 ……負け惜しみじゃないよ。

 まぁ、またまた婚活が振り出しに戻ったのは確かなので危機感が募るけども。


 ひと通りワリスの店を見てから市場の散策を再開。

 そもそも今回北広場の市場まで来たのは学院の試験前の骨休めということで、最近人気になっているというワリスの出店(でみせ)を覗きがてらブラブラしようという目的だ。

 小腹が空いたので屋台で串焼きやコッパ(パンに具材を挟んだ軽食)を買って食べながら歩く。

 帝都の広場は災害時の避難所や、万が一他国の侵攻を受けた時に軍が陣を敷くことを想定して結構広く作られている。

 市場が開かれる二の刻(午前8時頃)から四の刻(正午頃)という限られた時間で全部の店を見て回ることは難しいくらいだ。

 他領の都なら祭りの時くらいしかないほどの賑わいがほぼ毎日繰り返されるのはさすが帝都ということなのだろう。


「と、ところでさぁ」

 コッパを頬張りながら俺たちの後ろをチラチラと見ていたボーデッツがなんとも言い辛そうに口を開いた。

「あの、フォーディルトさんの知り合い、ですか?」

 ワリスも遠慮がちに訊ねてくるので、俺もそちらに目を向けるのだけど、そこに居たのは十代半ばくらいの少女と、護衛らしき大柄な男がひとり。

 褐色の肌と彫りの深い顔立ちの少女は俺と目が合うとニッコリと笑いながら小さく手を振ってくるのだけど、15リード(約12m)ほどの距離を空けてそれ以上近づいてくる様子はない。


「……見覚えないなぁ」

 俺は首を捻る。

 肌や顔立ちから帝国でも南方の人だとは思うのだけど、俺の知り合いに南方出身の人は居ないし、学院でも知り合った覚えがない。

 俺はあまり人の顔を覚えるのは得意じゃないけど、チラッと見たところ結構可愛いので会えばさすがに覚えていると思うんだけどな。

 彼女たちの存在に気付いたのは少し前。

 ワリスの店を出てからのことで、俺たちの後ろを付かず離れず一定の距離を保ちながら付いてきていて、俺たちがどこかの店に入っても後に続くわけでなく、かといってバレないように姿を隠そうという素振りもない。


 もちろん俺に跡を付けられる心当たりなんてまるで無い。

「……自覚がないって恐いよね」

「ですね」

 お前ら煩い!

 かといってボーデッツやワリスではなく、明らかに俺に視線を向けているので非常に対応に困る。

 貴族か平民かは見た目ではわからないけど、護衛が付いているということはそれなりの家柄だろうということは察することができる。


 まぁ、考えたところで心当たりがなければ結論なんて出るわけがない。

「というわけで、直接訊いてみることにする」

「え? 直接って」

 唐突に結論を出した俺に驚くボーデッツたちを置いて、俺は通行人が姿を遮った瞬間に気配を絶って大きく迂回しながら少女の背後に回る。


「ってことで、俺たちに何か用なのかな?」

「え!? きゃぁ!」

「っ! いつの間に!?」

 俺が声を掛けると少女はビクリと飛び上がり、護衛の男は慌てて顔を引き攣らせる。

 さぁて、お話を聞きましょうかね。



というわけで、今回はここまでです

フォー君が新たな令嬢と知り合ったようですが、さて、少女の正体は!?



今週も最後まで読んでくださってありがとうございました。

そして感想を寄せてくださった方、心から感謝申し上げます。

数あるWeb小説の、この作品のためにわざわざ感想を書いてくださる。

本当に嬉しく、執筆の励みになっております。

なかなか返信はできませんが、どうかこれからも感想や気づいたこと、気になったことなどをお寄せいただけると嬉しいです。


それではまた次週の更新までお待ちください。

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