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嫁取物語~婚活20連敗中の俺。竜殺しや救国の英雄なんて称号はいらないから可愛いお嫁さんが欲しい~  作者: 月夜乃 古狸
学院編

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第51話 フォーレ山の火竜

 居心地の悪い思いを3日間という苦行に耐えて、ようやく目の前に見えてきたトルス男爵領の街。

 ここで追加の兵団とレスタールの狩人たちと合流してからいよいよ火竜に占拠されたモクモス子爵領に向かうことになっていたのだけど、何故か見えるのは街から立ち上る煙。

 それも一ヶ所だけでなく、見えるだけでも煙は三ヶ所から。

 立ち上っている煙は真っ黒なもので、狼煙を上げているのでも炊煙が上がっているのでもないだろう。


「あれは……まさか」

 カシュエス元帥が険しい顔で呟く。

 トルス男爵領もモクモス子爵領も国境からはかなりの距離がある。仮に盗賊の集団が居たとしても普通に考えて街を襲うなどはあり得ない。

 だとすると考えられるのはひとつだけだろう。


「軽装騎兵を2小隊先行させよ。街門を開けさせ状況を確認。工兵隊は急ぎ弩弓を用意せよ!」

 元帥閣下の号令に、30騎ほどの騎士が街に向かう。

「閣下、俺も行きます。もし火竜だったら民衆を街から避難させないと被害が広がります」

「むぅ、仕方がないか。騎兵1中隊に市民の避難誘導をさせる。それに同行しろ」

 元帥閣下は厳しい表情を崩さないまま、軽装騎兵部隊の中隊長に指示を出す。

 軍を預かる身としては状況もわからないまま兵を動かしたくないのだろうけど、帝国市民を守るのは軍として最も重要な役目だ。

 状況の確認をしつつ、煙の原因が火竜ならば速やかに住民を避難させなければならない。


 元帥閣下の指示にすぐさま騎兵が隊列を整えて走り出す。俺の方をまったく気にする様子がなくむしろ置いていくつもりらしい。

 けど、それなら俺も騎士連中に気を使ってやる理由は無いよな?

「んじゃ、好きに動き回ることにするか」

 そう呟いて、俺は輜重隊の荷車に括りつけてあった武器を引っ張り出した。

 ついこの間レスタール領から届いた新しい戟だ。

 先端に巻き付けられていた布を解いて輜重部隊に預け、戟を肩に掛けてから街に向かって踏み出す。


「なっ!? れ、レスタール殿!?」

 街まであと半分くらいの位置で騎兵たちに追いついた。

「先に行ってるよ。住民の避難をよろしく」

 追い抜きざま隊長っぽい飾りのついた軽甲冑の騎士に忘れずに声を掛けておく。

 このくらいの嫌味は言っても良いよね?

 後ろでムキになって馬に鞭を入れている気配がしてるけど、俺は容赦なくさらに速度を上げる。

 レスタールの狩人は馬の襲歩並みの速度で走ることができるし、駈歩(かけあし)くらいの速さなら一刻ていどの時間維持することもできる。疲れるけどな。

 騎兵の場合、綺麗に整地されていない地面や石畳では駈歩ほども速度を出せないのでこんなにあっさり追いつけるのだ。


 なので、ほどなく街のすぐ前まで到着した。

 が、街門は閉じられていて、通常なら常駐しているはずの門番の姿もない。

 先行していた偵察の騎士の姿も見えないが、おそらく城壁の外側を回って、開いている門がないか確認しているのだろう。

 そして、近づいたことで人の叫び声や悲鳴のような声、獣のうなり声のようなものが微かに聞こえてくる。

「門を壊すのは時間が掛かりそうだな」

 城砦都市ほどではないが、昔は他国との国境が近かった時代もあり、野盗や難民から街を守るために城壁で街を囲んでいたらしい。なので、街門もかなり丈夫に作られているので壊すにしてもかなり大変だと思う。


 仕方がないので城壁の方を乗り越えることにする。

 走ってきた勢いそのままに城壁に足を掛けて上に跳ぶ。

 城壁の高さは5リード(約4m)ほどなので、さほど苦労することなく壁の上に手を掛けて、一気に飛び越える。

「うわっと! 城壁ギリギリまで家が建ってんのかよ」

 勢い余って向こう側にある建物にぶつかりそうになったのを身体を捻って体勢を立て直して無事着地。

 と同時に周囲を見回すと、逃げてきたらしい住民が数十人、必死に街門を開けようとしているのが目に入った。


 とにかく門を開けないことには避難誘導のために向かっている騎士達が入れないし、後続の軍も足止めされてしまう。

 俺も門を開けるために近づく。

 人の背丈より長い戟を持っていたからか、俺が近づくと門に取り付いていた住民が慌てて道を空けてくれた。

 人がはけたことでわかったのだけど、街門は内側に(かんぬき)を掛けて閉じるようになっているのだが、その閂が鎖で固定されていて、それを外さなければ抜けないようになっているようだった。

 

 普段なら門番が鍵を使って鎖を外すようにしているのだろう。だがその門番の姿が見えず、住人たちは石で閂や鎖を叩いて壊そうとしていたようだ。

 他に方法が思い浮かばなかったのだろう。中には手を血だらけにしている男の姿も見える。

 その頑張りには申し訳ないけど、今は少しでも早く門を開けなきゃいけない。というわけで、閂目がけて戟を一振り。それだけでぶっとい木材は真っ二つになる。

 さすがレスタールで一番の鍛冶職人。

 ほとんど感触すらなく両断できたのに大満足である。


「門を開けろ! すぐに帝国軍の騎士達が来るから避難してくれ!」

 俺が言うと、驚いて固まっていた住人たちも今の状況を思い出したらしく、急いで重そうな門を数人で押して開け放った。

 丁度そのタイミングで後続の騎士達が到着したらしく、大声で街の外に出るように促し始めた。

 それを横目に、俺は街の中、煙の上がっている方に向かう。


 城壁に囲まれた都市や街の特徴として建物が密集していて路地が狭く、見通しがほとんどきかない。

 街の中はかなり混乱しているらしく、逃げ惑う人々が大勢いるので彼らが逃げるのと逆方向に進もうとするのだが遅々として進まない。

 まさか薙ぎ払って進むわけにいかないので困っていた俺の視界に入ったのは、緩やかな傾斜で、景観維持なのか高さに規制があるのか、ほとんど同じ高さが並ぶ屋根。

 都合の良いことに、建物の2階部分に窓の花台がせり出しているので、軽く跳んでその手すりを掴み、勢いをつけて屋根まで飛び乗る。


 お~、これなら見通しも良いし人の流れも上から見ることができるな。

 素早く周囲を見回して、一際騒ぎが大きそうな街の中央に向かって屋根の上を走る。こういうときは幅の狭い路地は便利だ。簡単に飛び越えられるからな。

 地上の路地と違ってほとんど一直線に走ったのでかなり早く奥まで来ることができた。

 街の中央近くの、建物がない広場のような場所が見えてきたと思った瞬間、そこから炎の柱が上がり、住民と思われる悲鳴と怒号が大きくなる。

 明らかに火事などではない炎の形。

 間違いなく火竜だろう。


 広場の縁に建つ家の上までくると一気に視界が開け、暴れ回る巨大な翼付き蜥蜴が見えた。

 街の警備兵が必死になって抵抗していたのだろう。

 だが、全長20リード(約16m)を超える怪物相手に敵うわけもなく、それでも住民を逃がそうと懸命に時間を稼いでいたようだ。

 広場のあちこちに焼け焦げた姿で倒れている軽甲冑の兵士や、火竜に食いちぎられたのか手や足を失って呻いている兵士、それに犠牲なった住民の姿も多数見られる。

 そして今にも踏み潰されそうになっている兵士と、彼が背に庇っている小さな子供を抱きしめて蹲る女性。


「ちっ! 間に合え!」

 躊躇する間もなく屋根の上から火竜目がけて全力で跳ぶ。

 そしてその勢いのまま身体を捻り、遠心力をたっぷり加えた戟を、振り下ろそうとしていた火竜の前足に下から叩きつける。

 人間の胴体よりもぶっとい足を両断するつもりで振るった一撃だったが、火竜は危機感を覚えたのか咄嗟に前足を引いたらしく、爪を2本ほど叩き切っただけで終わった。


「女性たちを連れて逃げろ!」

「あ、う……」

 突然割り込んだ俺に驚いた兵士。

 すぐに言葉が出なかったのか、呻くような声が漏れるだけだったがそれでも急いで女性を子供ごと抱えて立ち上がらせると、路地に引っ張っていってくれた。


 ギュルガァァ!

 ご自慢の爪をぶった切られたからか、それとも獲物を奪われたと思ったのか、火竜が怒りの声を上げて俺を睨む。……睨んでるんだよな? 蜥蜴の表情なんかわからんけど。

 けどまぁ、改めて見るとやっぱりデカい。

 頭だけで俺より遙かに大きく、それなりの面積がある広場の大半が火竜で占められているように感じられるほどだ。

 さすがに俺ひとりでコレを相手するのは厳しいか。

 救いなのが、火竜がデカい上に広場が石造りの建物に囲まれていて、俺よりも火竜の方が動きが制限されていることだろう。


 燃えて煙を上げているのは主に木材で作られている屋根で、壁などは石材が多く延焼は最小限で済んでいるようだ。こんな建物が密集する街で火が燃え広がっていたら犠牲者はもっと増えていただろう。

 とにかく、相手がデカすぎて俺の決定力が不足しているのはどうしようもない。

 カシュエス元帥が軍の本隊を連れてくるまでの時間を稼ぎつつ、できるだけダメージを与えておくことにしよう。


 ガァァァァ!!

「っと、ヤベ!」

 ちょこまかと動き回りながら牽制していると、火竜の動きが一瞬止まり、大きく息を吸ったように見えた。

 危険を感じた俺は、避けるのではなく逆に一気に距離を詰めて火竜の懐、というか顎の下に飛び込む。勢いがありすぎて石畳が割れた気がするけど気にしない。


 俺の姿を見失ったらしい火竜が、勢いのまま炎を吹き出そうとした瞬間、俺は再び全力で戟を下から叩きつける。もちろん狙いは火竜の喉。

 いくら硬い鱗に覆われている竜種でも、身体の内側の皮膚はそこまで硬くないはず。

 しかし火竜はそのことすら察知したようで、火を吐くのを止めて顎を引きつつ頭を上げる。

 

 ガギンッ!

 生き物から出るとは思えないような固い音と強い衝撃で戟が弾かれる。

 それでも皮一枚くらいは切ることができたようで、火竜の顎から赤黒い血が流れ落ちた。

 そのことに驚いたのか、火竜が後ろ足で立ち上がり、俺から距離を取るように後ろに下がる。

 そして、背中に折り畳まれていた蝙蝠のような翼を広げた。


 バサッ。

「飛ぶ気かよ!」

 火竜に飛ばれたら今度はこっちが不利になる。

 上空からはこっちを狙い放題だろうし、俺の方は広場の中を逃げ惑うしかなくなる。

 まぁ最悪路地に逃げ込めば避けることはできるかもしれないけど、まだ住民たちの避難も終わっていないだろうし、逆に避難した住民の方に行かれても困る。


 またまた全力で火竜の方に跳ぶ。

 が、虚しく跳びながら振るった戟は掠めることもできずに火竜は飛び上がってしまった。

 自分の有利がわかっているのか、悠々と舞い上がった火竜は余裕の表情、多分、そんな感じの顔をこちらに向ける。

 なんか、そう考えたらそうとしか思えなくなってくるな。

 ちょっとムカついてきたんだけど?


 なにか手はないかと素早く周囲を見回す。

 あれは……槍、だな。

 警備兵のものだろう。3リードほどの長さの槍が広場に何本か転がっているのが目に入る。

 いくつかは槍先や柄が折れていて、警備兵たちの奮闘を物語っているが、無事なものも数本あるようだ。

 俺はその一本を手に取る。

 少し軽いが、なんとかなるか。


 見上げると、火竜は相当こちらを侮っているようで、俺の方に顔を向けたままどう料理してやろうかとばかりに空中で静止している。

 ……やっぱり所詮は蜥蜴野郎だな。

 俺は槍を逆手に持ち、息を整えてから全力で火竜目がけてぶん投げた。

 投擲用の槍と違いバランスが投げるのには向いていないけど、そのあたりは投げ方を工夫することで調整できる。

 そして、人を侮って舐めくさった態度の火竜にほんの少しばかりムカついた気持ちを込めた槍は一直線に飛んでいき、慌てて身体を翻した火竜の後ろ足の付け根あたりに突き刺さった。


 ギュアォォ!!

 予想外の痛みだったのだろう。火竜の悲鳴が街に響く。

 よし!

 槍先なら強さ次第で鱗を貫通できそうだ。

 気を良くした俺は転がっていた槍を再度拾って投擲の構えを取る。


「って、うわっ!」

 再び槍を投げようとした俺に向かって火竜が炎を吹き出してきた。

 ヤツも十分な態勢じゃなかったのか、炎の勢いはそれほど強いものじゃなかったのだけど、機先を制された俺は躱すのを優先せざるを得なくて投げるタイミングを逃してしまう。

 ブォン!

「チッ! 危ねぇ」

 続いて繰り出された尾の一薙ぎに、槍を捨てて戟で受け止めて吹っ飛ばされる。

 勢いを逃すために自分から後ろに飛んだのでダメージはないが、その隙に火竜は俺を忌々しげに(しつこいようだけど蜥蜴の表情なんざわからんが、そんな気がするのだ)睨んだ後、槍が突き刺さったままの状態で飛び去ってしまった。

 

 クソッ。

 できればここで仕留めるか、せめてもう少し怪我を負わせてやりたかった。



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