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嫁取物語~婚活20連敗中の俺。竜殺しや救国の英雄なんて称号はいらないから可愛いお嫁さんが欲しい~  作者: 月夜乃 古狸
学院編

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第49話 宰相閣下に直談判!

 モクモス子爵令嬢からの土下座懇願という羞恥攻撃を受けた翌日。

 俺はリスランテ公爵令嬢と一緒に帝城にある行政府に向かっていた。

 帝城は文字通り帝国の中枢として皇帝陛下の居城なのだけど、実際に皇族の暮らす区画は帝城の奥側の一部。ここは皇宮と呼ばれている。

 以前俺が呼び出されたのはそっちで、今回は別の場所。


 帝城はいくつかの区画に分かれていて、帝国議会の議場、近衛騎士団の宿舎や練兵場のある区域、軍務全般を統括する元帥府の他、俺たちの目的地である行政を司る区画などがある。

 行政区画には帝国内の内政全般を統括する内政府、周辺国を含めた諸外国との外交を担当する外政府、帝国の財務を担当する財務府、法律を制定・改正したり法制度を維持・適用し裁判を行う法政府がある。

 各行政府はそれぞれ第二階位の四賢大臣と呼ばれる主要大臣が統括しているのだが、その上司にあたるのがリスランテの父親にして帝国官位第一階位の宰相、フォルス公爵というわけだ。


 当たり前だが、皇帝陛下に次ぐ地位にある宰相閣下とはそう簡単に会うことはできない。

 帝国議会の議長や軍部のトップである元帥、四賢大臣以外の人間は、たとえ高位貴族だろうが所定の手続きを経て予定を組み、皇帝陛下か宰相自身の許可が無ければ話をすることすらできないのだ。

 そんなお忙しい宰相閣下(皮肉込み)に、今回はリスに頼んでゴリ押しして時間を作ってもらった。人の決闘騒ぎに嘴突っ込むくらいだからその程度の暇はあるだろう。

 もちろん学院は自主欠席。

 普段真面目に通っているので特に問題無い。はずだ、多分。


 行政区画の一番奥側にある建物(もちろんここまで入ってくるにも許可が必要)の入り口で受付だが門番だかわからない厳つい男に目的を告げる。

 俺に対しては不審な目を向けたものの、リスの顔は知っていたのかあっさりと中に通してくれた。

 そのままリスの案内で建物の奥に。

 そもそも許可の無い人は入ることができない場所のせいか、警備の兵士などは見当たらない。

 迷いそうなくらいややこしい通路を通って辿り着いたのは重厚そうな大きな扉。


「リスランテです」

「……入りなさい」

 リスが扉を叩くと、一拍おいて返事が返ってくる。

 彼女の顔を見ると頷いていたので俺が扉を開いた。

 部屋の中は意外に広く、両側の壁は書架になっていて、奥に宰相閣下のデスク。手前の右側には応接のためのソファーとテーブル。反対側には会議のためだろう大きな机と椅子が複数置かれていた。


「ご無沙汰しております。本日は無理を聞いていただいてありがとうございました」

 デスクで何やら事務作業をしていたらしいフォルス公爵に頭を下げる。

 仕事中だったようだけど、デスクの上は綺麗に片付いていてウチの領主(馬鹿親父)とは違ってやり手の雰囲気が満載である。

「レスタール辺境伯次期当主からの要請とあれば仕方あるまい。モクモス子爵領に出現した火竜の件だと聞いているが?」

 一切の前置きがなく本題に入れるのは楽だ。

 普通の貴族相手だと社交辞令だとか色々面倒な会話が先に来るので面倒くさいからな。


「その前に訊いておきたいのですけど、今回の件、宰相としてどう考えているんです?」

 これを聞かなきゃ始まらない。

 そもそも、たとえ下位貴族が相手だとしても本来他領の事情に口も手もだす権限は無い。

 要請を受ければ内容によっては援助したりすることはあるが、領地はそれを与えられた領主に帝国法の範囲での自治権が認められている。

 仮に隣接する領地で、自領にも影響があったとしても勝手に他領に入って火竜を討伐したりできないのだ。

 それができるのは皇帝陛下の勅命か帝国議会の決定、あるいは内容によって所管する行政府が必要と認めた場合は領主に対して命令したり介入したりすることができる。


「今のところは何もできんな。一応内政府から調査官を派遣することにはなったが、モクモス子爵から直接の援助要請は受けていないからどうしようもない」

「火竜が他の領地を襲わないとは限りません。子爵領の人たちも大勢殺されてしまっているんですよ? 放置して被害が拡大したらどうするんですか?」

 ごく当たり前の質問。

 だが俺がそれを言うとフォルス公爵は苦虫を噛みつぶしたような顔を見せた。


「言いたいことは理解している。被害に遭っているのは帝国の臣民だからな。私としてももどかしいとは思っているのだが、モクモス子爵の寄親であるコーリアス侯爵の頭越しに手を出して彼の面子を潰すわけにもいかん」

 フォルス公爵が特定の派閥を作ったり所属したりしないのは、ただでさえその高い地位と帝国開闢以来の名門貴族という立場、大きすぎる影響力で帝国を不安定にさせるわけにいかないという考えだからだという。

 代表的な派閥である貴族派や皇族派、議会派などとも一定の距離を取っているのもそのためだけど、それだけにそれらの派閥からは不満が出たり嫌われたりしているらしい。

 それだけにバランスを重視した対応をせざるを得ないのだろう。


 それはわかる。

 けど、俺の期待する答えじゃないんだよなぁ。

 市井で暮らす普通の人たちにとって、貴族の派閥だの権力バランスだのどうでもいいことでしかない。

 あの人たちにとって一番大事なのは自分たちの命と生活であって、もっと言えばそれさえ守れるなら為政者なんて誰でも構わないのだ。

 そしてそれは俺たちレスタールの人間にとっても同じ。

 貴族同士の権力争いなんて興味がないし、面子とかバランスなんてままごと遊びとしか思えないわけだ。


「そうですか。それじゃあ……」

 溜め息を堪えつつ俺が口を開いた直後、扉がノックされたと同時に勢いよく開かれる。

 ノック、意味あったのか?

「邪魔するぞ」

 地面から響くような低い声と共に入って来たのは、儀式用みたいな派手な装飾の騎士服で大柄な身体を包んだ壮年の男。

 250カル(約2m)近い長身に服の上からでもわかる鍛え上げられた体躯。血のような濃い赤色の髪に金色の瞳、整えられた髭と鋭い眼光で睥睨する様は帝国軍兵士の畏怖と尊敬を一身に集めている。と、本人は語っている。


「ジール殿、先触れもなくいきなり来るのは止めてほしいといつも言っているでしょう」

「堅いことを言うな」

「帝国元帥がルールを破っては示しがつかないでしょう」

 苦言を呈するフォルス公爵に、ジールと呼ばれた男は面白くなさそうに鼻を鳴らす。

 そう。

 このいかにもな御仁は帝国の軍務を統括する元帥で、名前はジール・リメス・カシュエス伯爵。

 見るからに威圧感のある生粋の武人という雰囲気だが、野生の熊にしか見えないウチの親父と比べると随分と洗練されているという感じで、俺の苦手な相手だったりする。


「フォーディルトも久しぶりだな。たまには元帥府にも顔を出せと何度も言っているだろうが」

「疲れるから嫌です」

 言葉遣いはぞんざいだが粗野な感じはしない。ただ、どうにも俺はこの人に気に入られているようで、騎士団への勧誘がしつこいのだ。

 俺に弟妹が居ることも知っていて、親父の跡を継ぐのではなく騎士として栄達を目指せと。んで、何度か無理矢理引っ張られて騎士団の鍛錬に付き合わされた。

 手を抜けば抜いたで文句を言われ、真面目にやればプライドを傷つけられた騎士達の相手をひっきりなしにする羽目になった。

 貴族家令息には学院を卒業したら2年間の軍役が義務づけられているのだけど、今から憂鬱で仕方がない。


「それで、なんの用ですか?」

 俺との話に割り込む形になったカシュエス元帥に、フォルス公爵が改めて問う。内容によっては俺は出直すことになるだろう。

 だがそれに答えたのは、元帥に続いて部屋に入ってきた人物だった。

「ガリスライの息子が先走らないようにするためだ」

「へ、陛下!」

 その声にフォルス公爵が驚く。ってか俺もビックリした。


 ライフゼン・フォル・レント・アグリス皇帝陛下のお出ましである。

 公爵は慌てて立ち上がって陛下の前で膝をつき、俺とリスも同じく臣下の礼をとる。

「良い。突然来たのはこちらだ。余人もおらぬ場で礼儀など無駄なことは無用にしよう」

 無駄とか言っちゃったよ。

 どこか悪戯っぽいというか、可笑しそうな笑みをたたえた皇帝陛下に呆れていると、陛下は俺に視線を移して顔を真剣なものに変える。

 ……口元がヒクヒクしてますけど、どうかしたんでしょうか。


「フォーディルトがここに来た事情は報告を受けている。フォルス公爵が軽々に動くことができないこともな。貴様のことだ、単に公爵に泣きつくために来たわけではあるまい。何をするつもりだ?」

 学院で親父と同期だったという話だけど、そのせいかどうにも陛下は俺の考えに理解が深すぎる気がする。

 なので、俺は正直に答える。もともと公爵にはちゃんと話すつもりだったし。


「えっと、地元の友人たちを連れて旅行でもしようかと」

「ほう? 何人ぐらいでだ?」

「ん~、運動不足を愚痴ってる連中を、200人くらいですかね? それ以上は旅費が厳しいので」

「お、おい!」

「くっ、くふふ」

 陛下の問いに俺が答えると、公爵の顔が引きつり、元帥は口元を覆って笑いを、堪えてないな。


「レスタールの狩人が200人で旅行か。それはさぞ賑やかな旅程になりそうだな。目的は火竜見物だろう?」

「ええ。あくまで観光です」

「ひとりで100人の熟練兵を蹴散らすレスタール兵が200。2万の軍と同等の戦力ですな」

 そんな単純なものじゃないでしょ。

 さすがに2万の軍と同じことはできませんよ? いくら突破力があっても戦線維持能力や回復力は数が重要だし。


「さすがにそれは許可できん」

「別に辺境伯領の住民が国内の旅行するのに許可は必要ないですよね?」

 帝国は辺境伯以外の領地は決められた以上の兵力を持つことができないので、兵士の国内移動に関する規定は存在しない。だからモクモス子爵の寄親であるコーリアス侯爵が援軍を送ることができたわけだ。

 そもそもレスタール領の場合、兵力と言っても治安維持を名目とした少数が居るだけで、有事の時は義勇兵を募ることになっている。

 

 なので、立場としてはただの一般人が200人で旅行するというだけのことなのだ。それを規制するとなると商会が隊商を組んで荷を運ぶこともできなくなってしまう。

 俺がここに来たのは、行政府が現状打開に動いているかの確認と、動いていない場合に俺の方針を伝えるためだ。あと、後始末くらいはお願いできないかなという期待も。


 反論することができなかったようで公爵が頭を抱えてしまったけど、代わりに元帥が興味深そうに訊いてくる。

「だが、今からレスタール領に使いを出しても到着まで時間が掛かるのではないか?」

「そろそろ領地の連中が帝都に届け物と買い出しに来る頃なので、足の速い奴に手紙を持たせるつもりです」

 うちの領では定期的にレスタール領の報告書類や租税を乗せてやって来たついでに帝都で買い出しするのだけど、今回は俺の注文した新しい戟を持ってきてくれることになっているのだ。

 

 普段森にこもっているレスタールの狩人にとってこの買い出し部隊は娯楽でもあるので数日のうちには絶対に来るはずだ。最近は魔境の素材が結構高く売れていてお財布に余裕もできてるしね。

 んで、きた連中の中のひとりにまた領地まで走らせて、直接モクモス子爵領に向かうようにしておけば、早ければ10数日で合流できるだろう。

 火竜討伐なんて聞いたら間違いなく大急ぎで、多分3日もあればレスタール領まで戻ってくれると思う。……馬車で2週間の距離だけども。


「その辺で許してやれ。宰相の立場は帝国の安寧を常に考えなければならんのだ。その上で言うが、さすがにレスタールの狩人200人はやり過ぎだ。まぁ、火竜を討伐するのに200で足りると考えると空恐ろしいが、レスタール辺境伯に寄子の救援を任せてはコーリアス侯爵も面白くなかろうし、逆恨みされるのは嫌であろう?」

 そりゃまぁ。

 けど確かに高位貴族が素直に感謝するなんてことは考えにくいか。


「そもそも、帝国内の治安は最終的に国軍が対応するべきものだ。よって、カシュエス元帥旗下の軍を火竜被害の調査と対策に向かわせる。そこで、レスタール辺境伯令息に要請するが、魔獣討伐の専門家として狩人を100名、貴様の指揮で同行させよ。時を経れば被害が大きくなることも考えられる故、現地での合流も許可する」

 ……そう来たか。

「結局コーリアス侯爵の頭越しに対応することになるなら一緒じゃないんですか?」

「火竜の件は領地監察官からも報告が上がってきている。余はこれが帝国全体の脅威だと判断した」

 俺が疑問を呈すると、陛下がわざとらしく肩をすくめながら言い、カシュエス元帥が続ける。

 

「実際、火竜の襲来は一領地で対応出来るものではない。コーリアス侯爵が派閥貴族の兵をかき集めれば何とかできるだろうが、派閥の盟主という立場が揺らぎかねない借りを作るとは思えんからな」

 つまりはコーリアス侯爵じゃ対処不可能と判断したと。

「余からの勅命という形ならば侯爵も何も言えんだろう。皇帝の権限を制限して領主貴族の権限拡大を主張する連中にはいい薬になるだろう」


 逆に領主貴族がもっと兵力を持てていたら対応出来たとか言いそうだけどな。

「まぁ、余や元帥に文句を言えない分、フォーディルトに恨みが向くかもしれんが。どのみち行くつもりだったのだから構わんだろう?」

 構いますけど!?

 いや、まぁ、国軍が動かなくても行くつもりだったのは確かだし、さすがに実際に見たことがない空飛ぶドラゴンが相手ではこっちも命懸けになる。

 国軍のバックアップがあるならかなり有利になるだろうから多少の不利益は甘受するべきか。


 その後、いくつかの指示を受けてから俺とリスは宰相閣下の執務室を後にする。


「あのさぁ、結局僕は一度も口を開いてないんだけど、一緒に来る意味あった?」

 廊下を歩きながらリスが不満そうに唇を尖らせる。

 が、意味あるに決まってるだろ!

 俺ひとりで、こんなゴチャゴチャした通路、帰る自信ないからな。



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地べたを這い泥水を啜る覚悟で兵力の調達を測ったモクモス子爵令嬢、彼女の覚悟は何処までも気高く美しい
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