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嫁取物語~婚活20連敗中の俺。竜殺しや救国の英雄なんて称号はいらないから可愛いお嫁さんが欲しい~  作者: 月夜乃 古狸
学院編

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第47話 黒衣の魔王子

 広大な版図を持つアグランド帝国ではあるが、実際には大陸の南東部、オウリス河を中心とした広範な支流域を半分ほど支配しているに過ぎない。

 当然ながらアグランド帝国以外にも数多くの国家が存在し、同盟国であるプリケスク王国やその敵対国のジェスビア王国などが西部に、南西部や北部、北西部にも大小様々な国が(しのぎ)を削っている。


 特に、北部のファンル王国、北西部のグルヴィロウ霊国、南西部の東ルカリュゴ皇国はその周辺地域で覇を唱えるほどの国力を誇り、歴史上たびたび帝国とも矛を交えている。

 前述したように、今の帝国は拡張政策ではなく内政重視のため、それらの強国とは距離を取ったり関係改善のために交流を図ったりしつつ探り合いを続けているというのが真相だ。

 

 グルヴィロウ霊国や東ルカリュゴ皇国としてもアグランド帝国ほど国内が安定しているとは言いがたく、また周辺国を完全に掌握しているわけではないため、帝国が自国の領土を脅かさないのならば、とりあえず帝国と表面上だけでも平穏な関係を維持した方がいいという考えのようだ。

 とはいえ、全ての国がそうだというわけではない。

 

 特に、北部のファンル王国は、かつて魔境の狩人たちが参戦したことでレスタールの一族が辺境伯となることになった切っ掛けの戦いで帝国北部に侵攻した国であり、狩人たちによって多くの兵と占領したばかりの土地ばかりか、逆に戦後賠償として王国南部にあった重要な鉱山や街をいくつも割譲させられた経緯がある。

 それ以来ファンル王国にとってアグランド帝国は不倶戴天の敵であり、たとえ帝国が拡張政策を転換したとて、たかが百数十年ていどの刻が流れたところでそれは変わらない。

 帝国人からすればいきなり侵攻してきてそれが失敗して領土を失ったからと恨まれる筋合いはないだろうが、所詮戦争などというものは身勝手なものなのだから今更それを責めたところで意味はない。


 そのファンル王国の中部。

 帝国のオウリス河と水源を同じくする河岸に築かれた王都は40万人もの人口を抱える大陸でも屈指の大都市だ。

 当然、王城はその規模に似合う巨大で壮麗なものであり、王と王族の暮らす居所と高位貴族や官吏が仕事をする行政府の建物に別れている。

 そして行政府の奥まった場所にある部屋で、10人ほどの男が顔を突き合わせていた。


「今年の収穫は例年と同等が見込まれるか。労役を増やしたがあまり成果はでていないようだな」

「いや、雨が少なかったせいで単位あたりの収量が減ったと報告を受けているから一概に成果がないとは言えないのではないか?」

「代わりに鉱山での労役が減って収量が少なくなっては意味がないぞ」

「刑を厳しくして鉱山に送る人数を増やせば良いだろう」


 彼らは王国の高位貴族たち。

 話されているのは行政に関する事柄だ。

 王を戴いているファンル王国だが、絶対王政ではなく大方針を国王が決定し、それに基づいて高位貴族たちが合議で王国を運営している。

 会議に参加する貴族の任免権は国王にあるためその権威は強大だが、だからといって専横がまかり通るほどではなく、主要貴族が大きな権力を保持しているというのがこの国の特徴だ。


「帝国への工作はどうなっている?」

「高位貴族の幾人かと密約を交わしている。まぁ、あの帝都で日々化かし合いに血道を上げている者どもだ。とても信用などできないが、多少の弱みを握っているからな。裏切るような真似はしないだろう」

「だがまだ時間は必要ですな。現皇帝は堅実な施政を行っていますので多少の揺さぶりでは崩れないでしょう」

 合議に参加している貴族の年齢は様々だが女性はいない。


 老齢の男が確認し、初老の狡猾そうな男が分断工作の進捗を語る。

 それを聞いた大柄な壮年の男が感想を口にしてから慌てて老齢の男の顔色を窺う。

「……帝国に我が領土を奪われたのは儂の曾祖父の時代だ。願わくば奪い返すのをこの目で見届けたいとは思っているが、何より優先すべきは帝国を滅ぼすことよ。さらに十数年待つ程度は仕方あるまい」

「閣下の気概はお見事ですが、最近面白い駒が手に入ったようで、上手くいけばもっと早く帝国は揺れそうですぞ」

 老人に別の男が答えると、その内容に視線が集まる。が、男はそれ以上話すつもりはないらしく、どこか人の悪い笑みを浮かべただけだった。


「帝国の方はともかく、このところ北がまた騒ぎ始めたようだな」

「我が国以上に北は作物が不作だったようですからな。冬が来る前に食料を奪いたいのでしょう。どう対応しますか?」

 ファンル王国が敵対しているのはアグランド帝国だけではない。

 そもそも冬が厳しい大陸北部は食糧が不足しがちで、農業に向いた土地の奪い合いが何百年も続いている。かつて帝国に侵攻したのもそういった事情があったからだ。とはいえ、そのせいでさらに厳しい状況に追い込まれることになったわけで、逆恨みだろうが帝国への敵愾心が衰えない理由でもある。


 そして人間は自然環境が厳しい土地で長く暮らすと気質が荒々しくなりやすい。

 ファンル王国の北に位置する国にもそれは当てはまり、国境に近い村や街はたびたび略奪の被害に遭っている。

 北部の国境線は長く、防衛に不向きな地形のため王国は対応に苦慮していた。

 国力としてはファンル王国の方が遙かに上なのだが、かの国の兵士は精強なうえ、奪ったところで旨味のほとんどない土地ばかり。多大な戦費を費やすわけにもいかない。

 そのため場当たり的な対応で追い払うのが精一杯という状態が続いている。これまでは被害といっても大きな問題となるほどではなかったが、例年にない不作となれば大規模な侵攻に備えないわけにはいかなかった。


「……丁度良いのが王宮に居るであろう」

「アミュゼ王子、ですか」

「ふん! 下賤な血を引く奴など王子と呼びたくはないがな。だが戦が上手いことだけは認めておる。奴とその部下に対処させれば良い」

 忌々しげに吐き捨てるように言う初老の男に、若い貴族が眉を寄せて質問を重ねる。

「ですが、あの王子の部下といっても騎士団や兵士のはみ出し者がせいぜい2千ほど。さすがに北の兵を迎え撃つには少なすぎるのでは?」


「なに、巷で戦上手、武神などと持ち上げられているくらいだ。多少の時間稼ぎくらいはできるであろうよ。むしろ役立たず諸共戦死してくれるなら手間も省けるというものだ。その間に北方騎士団を砦に置いて後詰めとすればいくらでも対処できる」

 別の、壮年の男がそれに答える。

「な、なるほど。ですが、もしあの黒王子だけで勝つようなことがあればどうしましょう」

「さすがにそれは無理だろう。国全体の不作を補うほどの略奪をしようというのなら1万程度の兵は出てくるはず。野戦では奇策を使うこともできぬからせいぜい動き回って時間を稼ぐことができれば上々だろう」

「万が一、敵将を討つことができたとして、それを功績とするかどうかは我々が決めれば良いのではないか? はみ出し者が騒ぎ立てたところで証拠などどうとでもなる」


 国の中枢たる会議場で、当人の居ないまま多くのことが決まっていく。

 誰ひとりとしてその結果がどういう帰結を辿るのか知ることのないままに。




「兄様!」

 王城の廊下を歩く影を呼ぶ声に、向けられた男が足を止める。

 比較的色素の薄い者が多いファンル王国で黒髪黒目の人間は珍しく、肌までも浅黒い褐色となれば王都でもほとんどみることがない人種だ。

 背はおよそ240カル(約192cm)と長身で、細身ながら鍛え上げられた身体が服を通してでも見てとれる偉丈夫だった。そしてそれにも増して目を引くのが全身を覆う漆黒の衣。


「カルーセ」

 男が声の方を向くとそこに居たのは10代前半で、プラチナブロンドの髪とアンバーの瞳を持つ明るい雰囲気の少女だった。

 少女に兄と呼ばれていたが、髪や肌の色だけでなく顔立ちもまったく似ていない。

「北方に出征されるというのは本当なのですか!?」

「……誰から聞いた?」

 つい先程軍務長官から命じられたばかりのことを、眼前の少女が知っていることに眉を顰める。


「侍女たちが噂していたのが聞こえたのです。それより、何故兄様なのですか! 優秀な指揮官なら何人もいるではありませんか。どうして兄様ばかり危険な場所に」

「チッ! 逃げ道を塞いだつもりか。姑息な真似を」

 男から思わず舌打ちと愚痴がこぼれる。といっても少女に聞こえないように声を抑えることはできたようだ。


「いつものことだ。カルーセは心配しなくても良い」

「アミュゼ兄様! でも……」

「問題無い。北の国の連中とは何度も戦った。俺は今度も勝って帰ってくる」

 目を潤ませながら心配そうに見上げるカルーセにわずかに口元を緩めてからアミュゼは腰を落として目線を合わせると、少女の髪を優しく撫でる。

「本当、ですか?」

「ああ。今回は頼りになる部下たちも一緒だからな。さっさと戦って、必ず戻ってくる」


 アミュゼ・ノル・セント・ファルセット。

 高位貴族たちの会議でも名の上がったこの男は、ファンル王国の第5王子という立場ではあるのだが、髪と肌をみればわかるように異民族の出だった母の血を色濃く受け継いでいる。

 そして対面の少女、第3王女であるカルーセ・オール・セント・ファルセットとは異母兄妹という間柄だ。


 とかく異民族を蔑む傾向にあるファンル王国で、王の側妃とはいえ黒髪と褐色の肌の女性は常に中傷されてきた。当然その息子であるアミュゼもだ。

 交易のための使節団の一員としてこの国にやって来た母親を一目見た王が熱心に口説き落とし、周囲の反対を押し切る形で側妃として迎え入れたのだが、母にとってこの国はけっして居心地の良い場所ではなかっただろう。

 幸い、王の愛情は本当だったようで、後宮でも他の妃と顔を合わせる必要が無いように配慮して部屋を用意し、母親によく似た顔のアミュゼの扱いも悪くない。国王は、だが。


 王には6人の王子と4人の王女が居るが、周囲の影響もあってか、アミュゼと他の兄姉たちとの関係はあまり良いものではない。

 ただ、母と比較的仲の良かった側妃の娘であるこのカルーセだけが彼を兄と慕ってくれている。とはいえまだ年端のいかない娘でしかない彼女に兄を庇うことなどできるわけもない。

 だからこそその想いだけは純粋にこの暗い色を纏った兄を心配しているのだろう。


 今やこの王宮で彼に心を注ぐのはこの小さな少女ただひとり。

 3年前に突如として母は身罷り、同時に父王はアミュゼと顔を合わせることはなくなった。

 それ以来、喪服のような漆黒の軍衣と鎧に身を包み、命じられるままに戦いに赴く日々。

 いつしか貴族たちの間で『魔王子』『黒王子』などと蔑みのこもった名で呼ばれているようだ。


「すぐに帰ってきてくれますか?」

「約束する」

 たったひとつの帰る理由。

 それだけが彼をこの国につなぎ止めている。



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