第45話 突然のモテ期!?
ガッ! ビュン! ザッ、ガンッ!
帝国高等学院の鍛錬場に木剣とは思えないような打音や風切り音が響く。
鍛錬場には幾人もの生徒が居るのだが、誰もが鍛錬の手を止めて一組の試合に視線を注いでいる。
目まぐるしく入れ替わる身体の位置、残像すら見えないほどの速さで振るわれる木剣、破裂したかのような打撃音。
使われているのが刃の無い木剣とはいえ、擦っただけでも大怪我するのは間違いない攻防は、学院生の枠に収まるどころか騎士団の鍛錬でも滅多に見られないほどの迫力で生徒たちを圧倒していた。
……人ごとみたいに解説してる場合じゃないな。
俺に向かって鋭い一撃を繰り出してくるのは同じ学院の男。
プルバット侯爵家の令息、ガーランドだ。
俺のやることなすこといちいち突っ掛かってくる気に入らない男で、歴史ある名門貴族の家柄と豊かな領地を持つ家柄。
なにより気に食わないのが230カル(約185cm)を超える長身にアッシュグレーの髪、青い目という、令嬢からの人気を一身に集めるところだ。
その上座学も剣術も学年上位で性格はくそ真面目の堅物となれば俺と気が合うわけがない。
……嫉妬じゃないからな!
入学当初から何かと衝突しているのだが、年若い男同士がぶつかるとなればやはり実力行使となるわけで、特にプルバット侯爵家は武名で成らす貴族家だ。ガーランドも幼い頃から鍛錬を積んでいたらしい。
まぁ、それでも俺の方が強いけどな。
初めて会ったときから幾度となく模擬戦をしたが、今のところ俺が全部勝っているわけだけど、最初ははっきり言って他領の新兵程度の力量といったところ。
が、ガーランドは回数を重ねるごとに腕を上げていて、今回に至っては油断すれば一撃を食らいそうなほどの練度になっていた。
……長期休暇の間に相当な鍛錬を、それも徹底して基礎を鍛えたんだろうな。
基本的に俺からはあまり攻撃せずにガーランドの剣撃を受け流してできた隙につけ込んだりしているのだが、以前なら攻めが通用しないことに焦りや苛立ちでだんだん攻撃が雑になっていたのに、今は息を切らせながらも目は冷静に俺の動きを見極めようとしている。
剣も大振りせずにこちらの動きを制限しようという意図を込めた振り方になっているので俺の方も結構攻めあぐねているほどだ。
「チッ! ちょこまかと!」
舌打ちしつつ鋭い突きを繰り出すガーランドの剣先を下から跳ね上げ、返す剣で袈裟に振り下ろす。
だがそれは器用に腕を畳んで身体に引き寄せた剣の鍔で受け止められる。
「グッ! 馬鹿力め」
木剣同士がぶつかる大きな音と共にガーランドが顔をしかめて膝を落とす。
体勢が崩れた状態で俺の打ちおろしを受け止めたために耐えきれなかったのだろう。なので俺はすかさず奴の首に木剣の剣先を当てて勝負は付いた。
「クソッ、まだ届かないのか」
「お~ぉ、高貴な貴族様とは思えない悪態が口から出てるぞ。だいたい、そう簡単に追いつかれてたまるかよ」
悔しそうなガーランドに俺は軽口を返す。けど、内心はかなり驚いている。
俺が知っている帝国の騎士はそれほど多くないが、先日まで一緒だったフォルス公爵家の騎士と比較しても今のガーランドの力量は遜色ないどころかかなり上位と言えるだろう。
はっきり言って、休暇前の授業で対戦するはめになったモルジフ殿下の取り巻き連中よりも全然強い。
ガーランドは俺と同じ15歳で、従軍経験も実戦経験もないことを考えると相当な才能の上に鍛錬を積み重ねていることがわかる。
当然負けるつもりは欠片もないが、レスタールの血脈に胡座をかいて鍛錬を怠れば一撃食らうこともあるかもしれないとすら感じている。
……今のうちに潰しちゃ駄目かな。うん、駄目なのはわかってるって。
俺とガーランドは改めて一礼すると、それ以上言葉を交わすことなく離れる。
と、遠巻きに俺たちの対戦を見ていた生徒たちが我に返ったように鍛錬に戻っていった。
ガーランドの方には何人もの男女が駆け寄っていき、何やら言葉を掛けているようだ。
どうせ「惜しかったですね」とか「格好良かったですぅ」とか言われているのだろう。……つくづく気に入らない。俺なんて目が合っただけで令嬢たちに顔を背けられるのに。
「あの、フォーディルト様、ですよね?」
「へ?」
不意に後ろから声を掛けられて、思わず間抜けな声が出てしまう。
振り返ると、小柄でややぽっちゃりめの大人しそうな女の子と、それより少しばかり背の高いほっそりとした女の子が立っていて、俺を見ていた。
襟の紋章から貴族科の女性ということはわかるし、話したことはないが何度か顔は見たことがある、ような気がする。
「え、えっと、わ、わたくしはティーム・ブル・アリエスと申します。アリエス子爵の長女です」
「私はネリール・ルッシュ・カルセームです。男爵家の出です。お見知りおきくださいませ」
小柄な方の女の子がティーム嬢、細身の女の子がネリール嬢らしい。
「あー、フォーディルト・アル・レスタールです。言葉を交わすのは初めて、ですよね? 俺、いや、自分に何か?」
数少ない友人以外の女の子から声を掛けられるのは久しぶり過ぎて声が裏返りそうなくらい緊張しつつ訊ねる。
「い、いえ、先ほどのガーランド様との試合、とても素敵でした!」
「そうです! かねてからフォーディルト様の勇名は聞いておりましたけれど、武門で名をはせるプルバット侯爵家の御令息を相手にまるで寄せ付けない強さ! 是非とも一度お話を伺いたいですわ」
ズイッと顔を寄せられて、思わず仰け反ってしまう。
「そ、そう、ですか。その、機会があれば」
「本当ですか? では、近いうちにお茶会にご招待させていただきます!」
令嬢たちはそう言って立ち去っていった。
……何が起こった?
え、これ、悪戯とか、嫌がらせとか、そういうの?
周囲を見回してみるが、狼狽える俺を嘲笑するような視線は……ないな。
どういうこと?
今までにない事態に、脳の処理が追いついていない。
入学したばかりの頃は辺境伯令息という肩書きで多少は令嬢から注目されたこともあったけど、その領地が魔境と呼ばれるレスタール領だと知られるとあっという間に引いていった。
それからも一生懸命婚活に励んだわけだが、今では令嬢たちは俺と目が合うと引きつった顔で会釈をしながらそそくさと離れていくという、涙無しでは語れない状況になっていたのだ。
なので、ものすごい久しぶりに、令嬢の方から、しかも好意的な言葉を掛けてくるという未曾有の出来事。
俺の混乱を理解してほしい。
どうにも今までの環境から疑念が頭に纏わり付いて落ち着かない気持ちのまま鍛錬場を後にする。
借りていた木剣を備品室に戻し、更衣室で着替えてから自分の所属するクラスに移動したのだけど、何か、妙に視線を感じる。
視線を感じた方に目を向けると、目が合った途端に逸らしたのが数人。逸らさなかったのも数人いる。
逸らしたのは男子が多いようだが、逸らさなかったのは令嬢が多いか?
休暇前なら俺に向けられる視線といえば侮蔑だったり畏怖だったりとあまり好ましいものじゃないのばかりだったけど、今はどちらかというと興味深げというか、珍獣でも見るかのような視線のように感じる。
長期休暇が明けてまだ数日しか経っていないのだけど、特にトラブルや目立つようなことをした覚えはないので疑問でしかない。
教室へ到着する。
今の状況を誰かに解説してほしいのだけど、俺が気軽に声を掛けられる相手は限られている。
その筆頭であるリスランテは、残念なことに姿が見えない。他には……誰もいないな。
相談できそうな奴が見当たらず、溜め息交じりに肩を落とす。
考えてみれば貴族科には俺の友達少ないんだよなぁ。
「フォーディルト様」
「フォーディルトさん」
呼ばれて顔を上げるとまたまたふたりのご令嬢。
さっきの娘たちと違って今度はクラスメイトなので顔も名前も知っている相手だ。
「えっと、なにかな?」
若干警戒気味に訊ねる。
仕方ないだろ? これまでの人生で、一日に4人の令嬢から話しかけられるなんてこと一度も無かったんだから。
「フォーディルト様は婚姻相手を探していらっしゃいましたよね?」
「ボッシュ男爵令嬢との縁談は無くなったと聞いたのですけど、本当ですか?」
そんなことを聞かれ、俺は精神的なダメージを受けながら素直に頷いた。
もうサリーフェ嬢とのことが広まってるのか!?
もしかして、さっきからの視線はそのせい?
「フォーディルト様がよろしければ、わたくしとの縁談を設けていただけませんか!」
「あ、抜け駆け! フォーディルトさん、彼女より私と縁を紡いでください。もちろんレスタール領へ嫁ぐ覚悟はあります!」
「ちょっとお待ちを! どうか我が子爵家の当主と会ってほしいのですが」
ひとりの令嬢が口火を切るともうひとりが、それを見てまた別の令嬢が近づいてきて、次々に縁談を申し込まれた。
ど、どういうこと?
いや、マジで、何が、どうなってるんだ?
だ、だれか教えてくれぇ!!




