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嫁取物語~婚活20連敗中の俺。竜殺しや救国の英雄なんて称号はいらないから可愛いお嫁さんが欲しい~  作者: 月夜乃 古狸
学院編

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第44話 帝国の澱

Side リスランテ


 帝都にあるフォルス公爵家の邸宅。

 帝国の建国から皇帝を支え、唯一永世公爵位を持つ名門貴族の邸宅に相応しく、帝城にほど近い一等地に建つ重厚な建物の一室で書類に目を通していた男は扉を叩く音で顔を上げる。


「リスランテです」

「入りなさい」

 短いやり取りの後、書斎の扉が開き、若い娘が姿を見せた。


「父様、本日帝都に戻りました」

「うむ。報告は受けている。長旅で疲れていないか?」

 部屋の主、フォルス公爵は愛娘の無事な姿を見て、気付かれないようにそっと息を吐いた。


「……怒っていませんか?」

 父親の反応が予想と違ったのか、リスランテは意外そうに尋ねるも、公爵は苦笑を浮かべて首を振る。

「今更叱りつけたところで意味はないだろう。無論勝手なことをした罰は与えるがな。当分の間、学院以外の外出は禁止。それからレスタール領訪問の詳細な報告書を3日以内に提出しなさい」

 さらに罰の軽さに再度驚く。


 確かにリスランテは公爵令嬢らしくもなく、供回りも連れずに帝都を出歩くことが多いので、それが禁止されるのは窮屈ではある。

 だが、今回彼女は父親であるフォルス公爵の許可を得ずにレスタール領に行った。それもフォーディルトと。

 もちろん騎士が帯同しているので間違いが起きていないことは証明できるのだが、高位貴族の令嬢として醜聞になりかねないのは確かだ。

 それに、そもそも本来実家である公爵領までの送り迎えを担当する騎士達を言いくるめてレスタール領までの護衛をさせたのも叱責されてしかるべきだ。


「父様、護衛を務めてくれた騎士達への罰はご容赦願います」

「当然だ。むしろ馬鹿娘の我が儘に付き合わせてしまったことを詫びねばならんくらいだ」

 溜め息交じりの返答に、リスランテはホッと胸をなで下ろす。

「そのことはもう良い。それで? レスタール領はどうだった?」

 口調を改めて尋ねる父親の顔はどことなく悪戯めいて見え、あの領地でリスランテが感じた驚きや困惑を、公爵が予想していたことを察した。


「……言葉では表現しづらいですね。とにかく何もかもが常識外れ。領都も領民も、善良さと野蛮さを両立させていて非常に魅力的でした。そしてなにより、あの戦闘力は異常です」

「くくく、騎士達もさぞ自信を喪失しているだろうな。騎士団長に活を入れさせよう」

 可笑しそうに声を上げる父親に、リスランテは不満そうな目を向けた。

「父様はレスタール領に行かれたことがあるのですか?」

「もう20年以上前の事だがな。現当主ガリスライ・アル・レスタールが帝都でやらかした事件の後始末で行く羽目になった。2度と行きたくはないが」

 苦笑いで返されれば文句を言う気にならない。


「あの領は特殊だ。100年以上経とうと帝国に染まることなく、森に生き、森に帰る事を選び続けている。故に金銭でも善悪でもなく、約定によって皇室に従っているのだ。皇帝陛下がひとたび約定を違えればあの領は即座に帝国を見限るだろう」

「……だから私がフォーディルトと親しくするのを黙認している、ということですか」

 リスランテの言葉に、公爵は肯定も否定もせず目を伏せる。


「帝国の建国から300余年。長い歴史の中で様々なところに澱が溜まってきている。特に国境から遠く離れた帝都は」

 権力と腐敗はある意味相関関係にある。

 特に、先代の皇帝陛下が、それまでの拡張路線を改めて内政を重視する政策に切り替え、国内が安定してくると、徐々に高位貴族や豪商が権力を振りかざすようになってきた。

 もちろん歴代の皇帝は広大な版図を治めるために様々な法を制定し、制度を整えてきた。全ての貴族の子女を集めて教育する学院もそのひとつだ。


 だが統治が長くなれば抜け道を作ったり、他の権力者と協力したりと、様々な方法で利益を得ようとするのは避けられない。

 監察官の買収や弱みを握る。定められた方法以外で税を徴収。高位貴族が結託して監査を妨害など、方法は多岐にわたる。

 それらを長期的に抑制するのは困難で、どうしても制度に緩みが出てきてしまうのだ。


「今の皇帝陛下は暗君ではない。むしろ可能な限り臣下の声を聞き、悪い部分を改めようとしているのだが、長い年月の中で溜まった歪みはいずれ表に出てくるだろう。行政を監督する私の責任でもあるな」

「その時のためにレスタールの狩人たちを?」

「いや、彼らはたとえ帝都が揺れても自ら関わろうとはしないだろう。むしろ彼らに動かれては困る」

 貴族社会は複雑怪奇であり、微妙な力関係でバランスをとっている。

 その中で、レスタール領の武力は極めつきの鬼札だ。


 高位貴族の多くは彼らの特殊性と武力を理解していて、敵に回す危険も味方に引き入れる困難さも知っている。

 そうでなければ、高い爵位と強大な武力という、貴族にとって魅力的な要素に引き寄せられるように婚姻攻勢をしかけることだろう。

 たとえ領地が危険極まる森のど真ん中だろうが、蛮族と蔑まれる領民だろうが、下位貴族の令嬢を両手で余るほど差し出してでも縁を繋ごうとするはずだ。

 そしてこれこそが、フォーディルトが嫁探しに苦労している理由でもある。


 味方に引き入れるには躊躇し、さりとて別の高位貴族が近づこうとすれば牽制する。

 その意味ではリスランテがフォーディルトの傍らに居るという状況は丁度良いのだろう。

 彼女がレスタール辺境伯の跡継ぎと結ばれるのは現実問題として難しい。

 帝国最高位の貴族と、独自の武力を持つ辺境伯との婚姻は、明らかに国内の力関係のバランスを崩してしまうため、皇帝が許可するとは思えない。

 加えて、高位貴族の令嬢が親しくしていれば、下位貴族の令嬢など近寄れるはずがない。

 それに、フォーディルトに秋波を送っているレスタール領に隣接するプリケスク王国の女王ヴェルテに対する牽制にもなる。


 父親であるフォルス公爵の政治志向は中立。

 皇室とも他の派閥貴族とも一定の距離を保ち、可能な限り問題を大きくしないように、対立からの暴発を防ぐよう心を砕いている。

 それが宰相として行政を取り纏めるフォルス公爵に与えられた役割だ。その彼の立場からもリスランテとフォーディルトの婚姻は反対せざるを得ない。

「……わかりました。()()、ですけれど」

 娘の返答に、その心の内を察している公爵はなんともいえない表情で溜め息を吐いたのだった。




Side モルジフ皇子


 カン、カンッ、ガッ! ズザッ!

 帝城の西側にある近衛騎士用の練兵場に、木剣がぶつかる乾いた音が響く。

「どうした! 近衛騎士の技量とはこの程度か!」

「クッ、どうかこのあたりでご容赦ください、殿下」

 苛立って怒鳴り声を上げる帝国第2皇子モルジフに、相手を務めていた騎士が頭を下げる。


「貴様等が俺との鍛錬に手を抜くからあのような恥をかく羽目になったのだ!」

 ガッ!

 癇癪を起こしたモルジフは持っていた木剣を地面に叩きつける。

 跳ね返ったものが足に当たり、頭を下げていた騎士は眉を顰めるが姿勢を変えることなく下げ続ける。


「殿下、どうか騎士達を責めないでやってください。我々近衛騎士の役目は皇族方の身を守ることこそが責務。殿下に対して本気で剣を振るうことなどできるはずもありません」

「それでは剣の技量を磨くことなどできぬではないか! 貴様は俺に下賎な傭兵に剣を習えとでも言うのか!」

「殿下が磨かねばならないのは相手を打ちのめす剣ではなく、身を守り近衛騎士が駆けつけるまで時間を稼ぐための技です。殿下自らが人を切ることなどあってはなりません」

 近衛騎士の隊長を務める男の至極まっとうな言葉にもモルジフは耳を貸そうとしない。


「そのような弱腰で粗暴な蛮族を御することなどできるか! 力で屈服させてこそ上に立つ者の矜持であろう!」

 粗暴な蛮族が誰のことを指すのか、近衛騎士たちが知らないわけもない。

 学院で大勢の前でフォーディルトに歯牙にも掛けられず遇われたのは、今では帝都の誰もが面白おかしく噂している。

 しかも、皇帝陛下はその噂を止めようともしていないことでモルジフが見限られているのではないかと貴族の間で囁かれているほどだ。


 フォーディルトに無意味に突っ掛かり、無様な姿をさらすことになった後、その皇族として相応しくない言動を叱責され、皇帝陛下からモルジフは謹慎を命じられていた。

 長期休暇までの間学院は欠席となり、休暇中も帝城の中で雑務をこなす日々。

 休暇も残り少なくなった先日、ようやく謹慎が解かれたモルジフはその鬱憤を晴らすかのように近衛騎士を相手に木剣を振るっていた。

 挙げ句、ヒステリックに喚き立てる事態になったわけだ。

 

 もちろん、これは剣技の指導にあたっていた近衛騎士にも責任はある。

 皇子相手に怪我をさせるわけにはいかず、この先戦場に出る予定もない。仮に出たとしても安全な後方で指揮のまねごとをする程度だろう。

 そんなモルジフに過酷な鍛錬を課す意味などなく、気分良く剣を振るえるように褒めそやしてお茶を濁していたのだ。

 そのせいで盛大に勘違いしたモルジフは肥大した自尊心の赴くまま、よりによって近衛騎士すら簡単に蹴散らすような帝国最強クラスのレスタール辺境伯令息に突っ掛かった。

 そのツケが今モルジフに降りかかっている。


「クソッ! もういい!」

 ひとしきり喚いた後、モルジフはそう吐き捨てて練兵場を後にする。

 投げ捨てた木剣を片付けることも、相手を務めた騎士に礼を言うこともなく、荒々しく歩き去るモルジフを見送る近衛兵たちの目が冷め切っているのに気付くこともない。


「どいつもこいつも役に立たん。下級貴族風情が馬鹿にしやがって!」

 モルジフにとっては厳しい選抜をくぐり抜けたエリート軍人である近衛騎士も、憎悪の対象である辺境伯令息も、学院で席を並べる貴族家の令息も一様に下級貴族としか認識していないのだろう。

 ブツブツと恨み言を口にしながら自室に向かうモルジフだったが、彼の名を呼ぶ声に足を止めた。


「モルジフ殿下。ご無沙汰しております。ご壮健そうで何よりです」

「ビブリスト侯爵か。貴様の目には今の俺が壮健に見えるのか?」

 不機嫌そうに言葉を返すモルジフに、ビブリスト侯爵はニンマリと湿気のある笑みを浮かべる。

「殿下のお怒りは例の噂が原因ですかな?」

「チッ! あのような戯れ言を貴様も信じているとでも言うか」

「まさか! 殿下ほど優秀な皇族が少々の不手際程度で評価を落とすなどあり得ません。皇帝陛下が殿下にことさら厳しくされるのも期待の表れでしょう。それを解さぬ無能どもが囀っているに過ぎぬことは私も理解しておりますとも」


「ふん。調子の良いことを」

 そう返しながらも、モルジフの機嫌は多少改善したらしい。

「実は、珍しいものが手に入ったので殿下に献上しようと探していたのですよ。それと、少々ご相談がありまして。殿下もお忙しいとは存じますが、卑小なる私に少しばかりお時間を割いていただけないでしょうか」

 ことさらに相手を持ち上げる言葉に自尊心を刺激されたのか、鹿爪らしい表情を作って大仰に頷くモルジフ。


「ふむ。卿がそこまで請うのならば仕方あるまい」

「おおっ! ありがとうございます」

 わざとらしいほど大げさに感激して、ビブリスト侯爵は頭を下げる。

 その口元は、愉悦を堪えるように歪んでいた。



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 リスランテ頑張れ。  ところで……  あの領は特殊だ。100年以上経とうと帝国に染まることなく、森に生き、森に「帰る」事を選び続けている。  「森より出でて、森に戻る」の意図があった場合「帰る」…
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