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嫁取物語~婚活20連敗中の俺。竜殺しや救国の英雄なんて称号はいらないから可愛いお嫁さんが欲しい~  作者: 月夜乃 古狸
学院編

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第43話 やっぱり貴族って面倒くさい

 俺の隣には高位貴族の令嬢なのにいつも男装している変人にして頼りになる友人のリスランテ。

 そして目の前には、妙にヒラヒラした飾りのついた服を着た小太りの中年。

 コイツが不躾にリスを掴もうとしてたので思わずその手をはたき落としたのだが、それに腹を立てているらしく俺を睨みつけてくる。

 いや、男装してあまり令嬢っぽくない言動をするとはいってもリスは紛れもなく公爵令嬢なんだから本人の許しなく触れようとしちゃ駄目だろうが。

 それと、さっきまで側に居た護衛の騎士たち。素知らぬふりでリグムを連れて離れていくんじゃない! 仕事しろよ!


「なんだ貴様は! 子供が貴族同士の話に割り込むんじゃない!」

 ララブージとかいう中年男の言葉にムカッとくる。

 誰が子供だ! ちょっとばかり俺より背が高いからって見下すんじゃない。……毟ってやろうかな。

「僕の友人に無礼な真似は止めてください。そもそも士爵でしかなく官位も得ていない貴公が爵位を得ていないとはいえ辺境伯家の跡継ぎであるフォーディルトを睨みつけるとはどういう了見ですか」

「? フォーディルト、どこかで聞いたような。あ、いや、しかし、私とリスランテ嬢との会話に割り込むなど、そちらの方が無礼でしょう」

 いや、会話になってたか?

 サラッとスルーされて焦ったこの男が食い下がろうとしてただけじゃん。


「はぁ~、では彼に決闘でも申し込みますか? 父君であるローギス伯爵から勘当されるでしょうが」

「な、決闘など、野蛮な……まさか、フォーディルト、れ、レスタールの魔人卿!?」

 大げさなくらい驚いて俺の顔を見てから慌てて目を逸らしたララ中年。

「お、お忙しそうですので、こ、ここここ、これで失礼、さ、させていただきます!」

 不自然なほど引きつった笑みを浮かべてから逃げるように立ち去った。

 なんだ、ありゃ?

 てっきりもっとしつこく絡んでくるかと思いきや、俺の名前を知った途端に顔色を変えるなんて。……面識ないはずだよな?


「くふふ、やっぱり休暇前の決闘騒ぎはかなり広まってるみたいだね。あれだけ注目を集めておいて大恥かいたテルケル伯爵家は今頃大変じゃないかな」

 どうやらわかっていた、いや、予想していた? らしいリスが笑う。

 後になって聞いたところによると、例の決闘騒ぎは、フォルス公爵が直々に立ち会うとあって、テルケル伯爵家は俺に勝ったところを見せつけようと付き合いのある貴族連中を沢山呼んでいたらしい。そのせいで帝都で暇を持て余した阿呆どもが娯楽がてら見に来たと。

 ところが結果は見事なほどの惨敗。

 それもたったひとりに20人で戦って、掠り傷ひとつ負わせられずに。

 

 面目丸つぶれだけでは終わらず、武名を轟かせるレスタールに無謀にも喧嘩を売った挙げ句に歯牙にも掛けられず蹴散らされたとあっという間に噂が広まり、その無謀さと判断の甘さ、高位貴族に敵愾心を露わにした影響などに危機感を抱いた周囲の貴族たちが距離を取り始めた。

 そしてさらにはレスタールの戦士が報復するのを恐れた傭兵たちが伯爵領から逃げ出したことで、常備兵の維持費用をケチっていたこともあって領内の治安が悪化。商人たちもがテルケル伯爵領から店を引き上げ始めたそうだ。

 社交界で白い目で見られるようになるだろうって考えてたけど、もはやそんなスケールではなくなっているらしい。

 ……貴族社会って恐ぇなぁ。


 ともかく、変にレスタールの人間に喧嘩をふっかけてテルケル伯爵家の二の舞になるのを恐れて逃げていったということなんだろう。

 まぁ、はっきり言って面白くはないが面倒な相手をしなくて済むならそれで良いことにしよう。

「それは良いとして、結局あのオッサンはなんだったんだ?」

 さっさと城内に入っていくリスを追いかけつつ、俺は訊ねてみる。

 会話からあのララ中年がフォルス公爵の寄子の家ということと、リスにお近づきになろうとしていることはなんとなくわかったが、逆に言うとそれしかわからない。

 リスの態度からあまり重要な相手じゃないのと、好ましいとは思っていないのだろうとは思うが。


「ララブージ・カウ・ローギス、ローギス伯爵家の三男だったかな? うちの寄子で、この領の西側にある領地を預かっている家なんだけど、正直あまり運営は上手くいっていないみたいだね。だから頻繁にうちに援助の要請が来るんだけど、いい加減父上も呆れていてね爵位を取りあげようかって話も出てるよ」

 なるほどねぇ。

 そりゃあ焦って公爵の娘に取り入ろうとするわけだ。


 俺たちの暮らすアグランド帝国は、帝国って名がつくくらい広くてそれはもう沢山の貴族が居る。

 公爵家が4家、侯爵家が15家、辺境伯が4家、伯爵家はたしか80家くらいだったか。ここまでがいわゆる高位貴族と呼ばれる家だ。その下に子爵家、男爵家があり、下位貴族という区分になる。数は、いっぱい。

 高位貴族と下位貴族の違いは帝国議会へ出席する権限があるかどうか。つまり国政に関与できるのが高位貴族、できないのが下位貴族だ。

 そして、高位貴族は皇帝陛下に対して他者を自家より二階級下までの爵位へ推薦することができ、よほどのことがなければ却下されない。

 

 この場合、爵位を与えた高位貴族は相当な理由があれば逆に爵位を取りあげるように申し立てることができる。

 もっとも、与える場合とは違い、取りあげるためには監察官の調査が行われ、爵位を喪失または降爵させるに足る理由かどうかが審理されることになっている。まぁ、高位貴族の気分次第で爵位を取りあげられたらたまったもんじゃないからな。

 高位貴族にしても爵位を与えるために自分の所領を分けたり相応の収入を保証しなきゃならないからそう簡単に推薦は出さないし、取りあげるなんてもっと少ない。

 あの伯爵家はそれだけお荷物になっているということなのだろう。


 ちなみに、高位貴族の子女で爵位を継げなかった者は士爵という一代貴族を名乗ることが許されている。あと多少の年金も貰えるんだったかな。

 ただ、行政官や軍属で一定以上の功績が認められなければ、つまり新たに爵位を得ることができなければその子供は平民となってしまう。

 さっきのララ中年も伯爵の息子なので士爵となるが、親の爵位がなくなれば自動的に平民となるわけだ。

 あ、うちの領の場合は、これまでに爵位を与えたことも子供が士爵を名乗ったこともない。跡取りが辺境伯を継いでいるだけだ。なのでそういう面倒な状況になったこともない。

 つくづく貴族らしくないな。


「フォルス公爵家は歴史も古いし旧クレスタ王国の領土のほとんどを受け継いでいるから爵位を与えた貴族は結構沢山居るんだよ。その中でもローギス伯爵家は割と古い家で、先代までは堅実な運営をしていたらしいんだけどね」

 貴族あるあるだねぇ。

 いくら学院で領地運営を学んだって所詮は机上の知識。実際に運営をしていく中で経験を積んでいくしかないわけだが、中には現状に甘んじるよりも挑戦だと突拍子もないことをする奴も居る。

 古い家ってのは割と保守的だとは聞いてるけど、その伯爵さんは違ったんだろう。


 俺とリスはそんな話をしながら廊下を歩いて行く。

 ……ってか、廊下、長ぇ。

 どんだけ広いんだこの城。

 多分帝都の皇城よりはずっと小さいんだと思うけど、領の行政府を兼ねているらしいお城は公爵家の暮らす居所が一番奥側にあるので必然的にそこに辿り着くまでに多くの人とすれ違う。

 領主であるフォルス公爵の娘が帰省したのだから当然すぐに気付かれて一言でも挨拶をと声を掛けてくるわけで。

 さすがにそれを無視するわけにもいかずある人には丁寧に、またある人には適当に、時にはスルッと無視したりと、なかなか先に進めない。

 

「ゴメンね。別の入り口から入れば良かったよ」

「まぁ、仕方ないんじゃないか? 公爵閣下の掌中の珠が1年ぶりに領地に帰ってきたんだから、パレードが行われないだけ大人しいもんだろ」

「そんなことになるんだったら絶対に戻って来ないけどね!」

 俺が冗談めかして言うと、リスはゲンナリしながら返す。

 それでも奥に行くにつれ人は少なくなり、やがて領主の執務室の扉の前まで辿り着く。


「代官には一応挨拶しておかなきゃね」

 リスがそう言いながら扉を叩くと、すぐに開かれてひとりの男性が姿を見せた。

「リスランテ様、お帰りなさいませ」

「フォルセット伯爵、お疲れさま。突然帰ってくることになって申し訳なかったね」

「ここはリスランテ様の家です。いつお帰りになったとしても不都合はありませんよ。ただ、別の高位貴族を招かれるなら話は少々変わってきますが」

 そう言ってジロリと俺のほうに目を向けてくる男性。


 歳は25歳くらいだろうか、225カル(約180cm)はある長身にそれなりに鍛えていそうな体つき、切れ長の目に通った鼻筋、仕立ての良さそうな官吏服(スーツのような服)に眼鏡という、いかにも仕事ができそうな雰囲気の美丈夫だ。

 いいなぁ、きっとこういう男がモテるんだろうなぁ。伯爵って言ってたし。

「っ!」

 内心の嫉妬が滲み出てしまったのか、俺が思わず見返すとフォルセット伯爵が怯んだように一歩下がる。

 いや、別に睨まれたから睨み返したってわけじゃないからね。単にお嫁さん探しに苦労しなかったんだろうなって思っただけだから。


「連絡が遅れたのは悪かったけど、今回は事情があったんだよ。レスタール辺境伯からリグムっていう馬? を譲り受けたからね」

「先程報告を受けています。公爵領で運用できるかは試してみなければわかりませんが、飼育環境は整えています。ただ、返礼をどうするかは公爵閣下のご意見を伺ってからでないと決められませんが」

 リグムの子供はあのままだと森に放すだけだから返礼は要らないって言ってあるんだけど、それだと公爵家が不義理だと思われるらしい。

 

 といってもなぁ。

 俺たちとしてはせっかく生まれてある程度の期間世話をしたリグムの子供を森に放すのは可哀想だと思ってたし、だからといって生まれた子供を全部飼育するには餌の確保が大変すぎる。

 それにリグムはそんなに美味しくないから食肉にはできないし、自分たちが食べる肉は自分たちで狩るというのが狩人の矜持でもある。

 結果、大部分が死んでしまうとわかっていながらも森に返すしかなかったわけで、フォルス公爵家が引き取ってくれるならそのほうが嬉しいのだ。


「とりあえず通常の馬と同額の銀貨を用意してあります。不足分は後ほど辺境伯領に届けることになるでしょう」

 ……お小遣いにしてしまおう。あとは次に帰るときのお土産代にすれば文句も言われまい。

「あはは、とにかく数日のあいだ、フォーディルトも滞在することになるから」

「承知しました。さすがに今晩は無理ですが、明日の夜に歓迎の酒宴を執り行うよう手配します」

「あ、あの、酒宴とかは別に。気を使われると逆に困るというか」

 代官伯爵の口から出た非常に面倒くさそうな催しに慌てる。


「そうはいきません。家督を継いでいないとはいえ、辺境伯令息を客として迎え入れて酒宴を開かないなど、公爵家の見識が問われます」

「フォー、パーティーが嫌いなのはわかるけど諦めなよ。フォルセット伯爵が言っているんだから必要なんだろうし」

「いや、そうかもしれんけど」

「きっと寄子や付き合いの深い貴族家も来るから、未婚女性も連れてくるはずだよ」

 堅苦しい貴族のパーティーなんか全力で拒否したい。が、リスが続けて言った言葉に、思わず心が揺れる。

 振られたばかりなのに節操がない?

 放っておいてくれ。

 今さらなりふり構っていられるか!


 にしても、やっぱり貴族っていろいろ面倒だな。

 親父も母さんも帝都に来たがらないのはこういう声を掛けられるのが嫌だから領地に引きこもってるのだろう。

 はぁ~、やっぱり来るんじゃなかったかも。

 


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